バケーションランドの日本語教育

ホールデール・ミドル・スクール/ハイ・スクール
湊 智子

Maine the way life should be

メイン州は東と南は大西洋に面し、北はカナダに食い込むように国境線を接する、アメリカ合衆国本土最東端の州です。北海道を上回る面積をもちながら人口は約132万人(北海道は約547万人)と少なく、日本人にはあまりなじみのない州ではありますが、アメリカでは深い森や岩の多い海岸線などその美しい自然とロブスターなどの海産物で知られ、「バケーションランド」として夏には多くの観光客で賑わいます。また、作家スティーブンキングの生まれ育った州として有名で、映画にもなった『スタンド・バイ・ミー』や「ショーシャンクの空に」の原作『刑務所のリタ・ヘイワース』など、彼の作品の舞台のほとんどがメイン州をモデルとして書かれています。ですが、キングの小説のような凶悪事件はめったに起こることもなく、メインの治安の良さは全米でもトップランクです。近所同士で鍵を預け合ったり、鍵をかけないという家庭も珍しくありません。特に私の派遣された州都オーガスタに近いこの辺りは、本当に広々とのんびりとした場所で、人々は日の出とともに散歩をし、日が暮れる頃には家に帰り、家族や友人と過ごすのんびりとした時間を何よりも大切にしています。

人口の約94%以上を白人が占め、日本人はおろか、外国人を見ることすら多くはないメインですが、教育の面では独立性や個性をとても尊重していて、教育形態にもさまざまな形があります。 一見閉ざされたように見えるこの土地で、「ダイバーシティー」を尊重することの大切さを学べるよう、外国語教育を提供したいと願う教育者や保護者達がいることは、大変ありがたいことだと思います。

RSU#2

私が派遣されたホールデール中学校、高校があるRSU第2学区(以下、RSU#2)は、「スチューデント・センター」の名のもとに、生徒たちは基本的に自分のペースで学習をします。RSU#2は州内でも珍しい、幼稚園から高校までの外国語教育を提供している学区です。もともとはRSU#2の中でもホールデール小学校、中学校、高校だけが日本語教育を行っていましたが、学区内にある全ての学校で授業内容を一律にするため、数年前から学区内の残りの学校にも日本語授業を提供することになり、一気に学校、生徒数が増えました。昨年度、小中高とあわせて約1000人の生徒がいましたが、教師数は変わらず2人、私を含めても3人だけです。幼稚園、小学校は一人の先生が毎日違う学校に通います。学校間が離れているので、移動だけでも大変な時間がかかってしまいます。中学、高校は授業時間が長く、物理的に教師が移動できないため、衛星テレビを使ったテレビ中継で他学校に授業を配信しています。教科書等は一切使用せず、全て教師による手作りの教材を使っています。 既述したように、ここでは外国人に会う機会自体がごく稀で、近くには日本食のレストランも、アジアンマーケットもありません。日本はおろか、アジアノ関する情報量の少なさは想像を絶するものでした。このように限られた環境の中で、文化紹介をし、アメリカとの違いを知ってもらうことは、文字通り子供たちに「違う世界を見せる」ということでした。私の仕事は主に、今の日本に関する情報を集め、文化紹介のプレゼンテーションの作成をすること、また実際に畳を使って和室を作ったり、日本料理や茶道の授業の準備をしたりすることでした。

また、生徒たちは自分のペースで勉強を進めるので、どうしても各生徒の学習の進捗状況に大きな開きが出てきます。圧倒的に教師の数が足りていない中、各生徒の学習状況を把握、管理し、遅れている生徒に対してキャッチアップのお手伝いをすること、レベルが違う生徒が混在しているクラスでの授業などは私の大切な業務となりました。

学校を超えて

私のリードティーチャーは、ご自分で和太鼓を作って生徒たちに教えていらっしゃいます。私も先生から和太鼓を教えて頂いて、ファンドレイジングコンサートで演奏をしました。学校クラブ以外にも、地元のチャリティーイベントで演奏をしたり、地域のダイバーシティイベントで他学校の生徒たちに「和太鼓出張授業」を提供するお手伝いをさせて頂きました。また、地域の日本食に興味のある人を募って、日本の食材を売っている店を一緒に探し、買いに行くところから始めて、日本料理の作り方を教えたり、プレゼンテーションを用いながら日本語の仕組み、日本の歴史や行事紹介などをしました。

I lead

わかっていたつもりでしたが、それでもやはりアメリカの広さは実際に住んでみて初めて理解できました。生活習慣、制度、住んでいる人々の性格など、一つ一つの州で制度や仕組みが別々の国かのように違っていました。そうかと思うと、どこに行っても同じような街並みが州を跨いで続くこともあり、それは本当に不思議なことのように思えました。私が派遣されたメイン州は、一年を通じて本当に美しい場所ですが、夏の過ごしやすさに比べ、冬の厳しさは凄まじく、特に今年は連日-20度を超え、大雪で電線が切れ、大停電になって何日も電気やインターネットはおろか、トイレやシャワーが使えなかったり(ろうそくで暖をとった家もあったほどでした)、4月になっても雪が降り積もったりと、地元の人々にも「crazy winter」と言われる程の長く寒い冬でした。こんなに長くつらい冬があっても、メインに生まれた人は、あまりメインから出ていかないようです。メインで生まれ育った人が多く、皆心からメインを愛していて、日々を大切に、決して派手ではないですが満ち足りた生活を享受しているように見えます。

派遣されてからあっという間に一年間がすぎましたが、二年目になった今、よりいっそう学んでいきたいと思うのはアメリカの「リーダシップ教育」についてです。日本でも昨今、リーダーシップ教育の重要性が叫ばれていますが、アメリカではより日常的に行われていて、授業内や学校生活で「リーダーシップ」を示すことができた生徒は高く評価され、先生方もいかに学生たちのリーダーシップを育むことができるか、常に頭を悩ませていらっしゃいます。そのような環境で過ごす中、「リーダーシップ」とは一体何であるのか、人を導くということは一体どういうことなのか、と強く感じるようになりました。残された期間、アメリカでの生活や教育の現場を通じて、帰国した際少しでも日本の教育に貢献することができるよう、これからも一生懸命勉強していきたいと思います。

  • 派遣先での写真その1
  • 派遣先での写真その2
  • 派遣先での写真その3
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