米国若手日本語教員(J-LEAP) 8期生 総合報告書
ミネソタでの挑戦・続

ハーディング・ハイ・スクール
中山 諒

ONE TEAM!

J-LEAPの先輩・同期の派遣校訪問や、ミネソタ内にある日本語プログラムのある他校訪問で学んだことを、自分の派遣校のクラスに導入しました。例えば、私たちのクラスでは、授業開始前のルーティーンがありませんでした。生徒はクラスに入っても落ち着かない様子で授業が始まってもそわそわしていることが多くありました。その問題を解決するために、同期の派遣校で行っていた授業前ルーティーンを取り入れました。生徒は日本語のクラスに入ったら、先生が言わなくても板書してあるクイズを解くようになり、自然と落ち着いて授業を始められるようになりました。
また、生徒主導のイベントを作りました。私が赴任した1年目に、体育祭を私が中心となって企画、実施し、生徒からはとても好評で、これからも毎年やりたいという声をたくさん聞きました。ですが、1年目の体育祭はほぼ私とリードティーチャー(以下、LT)が計画や準備、司会、片付けなどを担当した教員主導の体育祭でした。そこで、2年目は体育委員会を作り、企画から準備、司会進行、片付けなど多くの部分を生徒に任せました。すると生徒も自分たちのイベントという意識が強くなり、普段あまり日本語のクラスでは目立たない生徒も体育委員として活躍している姿を見ることができました。さらに、私がいなくなった後でも、生徒主導で体育祭を継続できる体制を作ることができました。

継続的な日本語学習を目指して

派遣校のハーディング高校の日本語クラスの生徒は、とても日本語、日本文学に興味があり熱心に学んでいました。しかし、高校で日本語学習を止め、大学では日本語の勉強を続けない生徒が多数を占めていました。その大きな要因の一つは、日本語を勉強し続けても将来日本語を使うイメージや日本で働くイメージが湧かないというものでした。そこで、継続的な日本語教育を促進していくため、また、どのような日本語を使った職業があるのかを高校生に知ってもらうためのプロジェクトが始まりました。日本語プログラムのある大学の先生方とミネソタ日米協会(以下、JASM)と協力し、高校生の大学見学、大学の日本語クラス参加、大学生と高校生の交流、日本企業勤務経験者による講演会などのイベントを開催しました。今まであまり交流のなかった高校と大学の日本語プログラムですが、来年度以降も連携しイベントを継続していけるような繋がりを作ることができたことは、日本語を継続して勉強できる環境づくりの大きな一歩になったと思います。

オンライン授業について

派遣校のハーディング高校では、生徒の各家庭のオンライン設備格差や家庭事情を考慮してリアルタイムでの授業は禁止だったため、週1回月曜日に1週間分の授業や宿題をSchoology(幼稚園から高等教育機関向けのソーシャルネットワーキングサービス)に公開する方法を採用しました。LTも私もこのやり方での授業は初めてだったため、何度もミーティングを繰り返し、入念な準備をしました。今まで教室で行っていた授業をオンラインで行うことは、生徒の集中力やアクティビティー内容など様々な面で難しいと判断し、LTと私はせっかくのオンライン授業なのだから、より多く日本の動画や記事を使った授業にしようと決め、授業内容にあった日本のYouTube動画やウェブサイトなどをよく生徒に見せました。生徒にとっても身近なYouTubeを使うことは有効であったと思います。
私の主な役割としては、生徒の学習に役立つ日本のウェブ記事や動画を見つける、また、週に1回「日本語カフェ」をオンライン上で開き、日本語の練習をしたい生徒や宿題を手伝ってほしい生徒、雑談したい生徒が集まれる機会をつくる、といったことを行いました。

J-LEAPの活動を通して日米の懸け橋になる

日本人が比較的少ないミネソタ州では、日々生活していく中で日本人と接する機会はほとんどありません。そこで、JASMに協力を要請し、JASMJ-LEAPの活動で日本とミネソタとの交流の架け橋になろうという強い意気込みを持って定期的にイベントを開催してきました。実は、ミネソタ州には日本人老人ホームがあります。その老人ホームへ日本語を勉強する高校生が訪問し、プレゼントを渡したり、歌を一緒に歌ったりするなどの交流を始めました。また、例年1月にJASM主催の新年会が開催されていますが、参加者の多くはミネソタに住む日本人やその友人、または日本関係団体でした。しかし、2020年の新年会では、JASMJ-LEAP9期生の佐藤先生と私が協力し、ミネソタ内の日本語プログラムのある高校、大学に、学校のPR、出し物、学生ボランティアへの参加を呼びかけました。当日は、例年よりも若者の参加者が多く、各校のイベントを通じて日米間の交流ができ、大成功でした。
また、派遣校のハーディング高校でも、日米間の若者交流は存在していました。同い年ではなく、教員と生徒という関係でしたが、私と生徒たちは学び合いの関係にありました。私が生徒に日本語を教え、生徒が私に英語を教える。このような関係の中には、決して馴れ合いではなく、お互いへの尊敬と信頼関係がありました。生徒にとって初めて出会った日本人として、これからも生徒が日本語の学習を継続していく要因に寄与できていたらとても嬉しいです。

学び続ける姿勢

2年前、「自分はまだまだ日本語教師経験が少ないから、なんでも学んで吸収して挑戦しよう!」という気持ちで日本を出発しました。J-LEAPの充実した研修でアメリカの日本語教育を学び、J-LEAPの先輩や同期の学校訪問で実践方法を吸収し、派遣校では学び吸収してきたことを実践に移すことに挑戦してきました。ときに、日本語教師として、生徒に日本語を教えることにプレッシャーを感じることもありました。しかし、分からないことがあったり迷ったときに自分を助けてくれたのは、学び続ける姿勢でした。今日分からなかったことは、今日学んで明日には分かるようにする、一歩一歩積み重ねていくことが若手日本語教師として必要だと思います。うまくいかなかったことや、悔しい思いをすることもありましたが、それも次の挑戦のための学びだと思って、この2年間突っ走ってきました。すべてのJ-LEAPでの経験が私の宝物です。
私のJ-LEAPの活動は終わりましたが、LTや今まで出会ってきた素晴らしい先生方のようになるためにはまだまだ足りないところだらけです。将来理想の日本語教師になるためにこれからも一歩ずつ着実に学び続けたいと思っています。中山の挑戦はこれからも続きます!

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