世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)コロナ禍における卒業論文

アインシャムス大学
森林 謙

学生のいない大学構内1の写真
学生のいない大学構内1

2019年12月に着任後、まず学期末試験の内容確認と校正に携わり、その後新学期準備、新学期のクラス担当と様々な業務が始まっていきました。今回は、その中でも特に印象深かった4年生の「卒論指導」について、卒論を書き終えた学生のコメント(原文のまま、掲載許可・了解済)を織り交ぜつつ紹介しようと思います。

アインシャムス大学日本語学科の卒業論文はすべて日本語で書くことになっています。「卒論指導」の開始当初は、週1回90分から120分程度、講師室で担当の学生(4名)とゼミ形式でテーマの絞り込みやテーマに合った調査目的・方法の妥当性について話し合いを続けていました。

しかし、世界的なコロナ禍の影響は当然ながらエジプト、カイロにも及び、2020年3月中旬以降大学は閉鎖となりました。通常のクラスはeラーニングとして、「卒論指導」についてはeメールで検討、やりとりを行うことになりました。カイロのインターネット事情は、もともと接続のスピートや安定性などに物足りなさがあるのですが、コロナによる外出制限中はさらに悪化しました。

いざeメールによる卒論を巡るやりとりが始まると、文字のみで伝え合う困難さについてあらためて実感させられることになります。対面式のゼミでは、週1回、1人あたりの検討時間は30分程度と限定されるとはいえ、互いに顔を合わせ、表情や身振り手振りとともに意図を伝え合うことができます。対面、口頭でのやりとりでは、互いに疑問や考え、意図をその場で即時的に確認することができるわけです。しかし、メールでのやりとりは学生にとってはもちろんのこと、こちらにとっても文字のみで概念的なトピックを伝え合うのはそれなりのエネルギーと時間がかかります。

数カ月間、4名の学生たちはニュアンスが伝えにくいことのもどかしさを抱えながらも、あきらめずに提出日ぎりぎりまで書き直し続け、全員無事に書き終えることができました。

卒論提出後の学生とのやりとり中で、うれしかったこととして挙げられていたのは、無事提出を終えて「ほっとした」などの達成感、最後まで頑張った自身を誇りに思う、などが共通していましたが、この経験はそれぞれの今後の人生にも大きな糧になるはずです。

大変だった感想としては、研究テーマの絞り込みや参考文献に関することのほかに、やはり「コロナウィルスの影響で大学が中止になり、ゼミができなくなったため、先生に直接相談できなくて、自分のしたいことなどをメールで説明せざるを得なかった。しかし、ちゃんと伝えられなく、困っていた時もあった。」(Eさん)という感想もありました。エジプト人教員の担当学生であれば、文字のみのやりとりであったとしても共通の母語であるアラビア語を使うことができるので、負担もさほど大きくなかったかもしれません。

一方、「私の指導は日本人で、論文に相談するうちに、日本語で会話をすることも楽しかったと思います。」(Aさん)というコメントもありました。

学生のいない大学構内2の写真
学生のいない大学構内2

今回担当した学生4名のテーマは、それぞれ「複合動詞の必要性」「カタカナ語習得における問題」「会話に対する学生の意識調査」「エジプト小学校の教科書問題」についてでした。なぜこのテーマなのか、やりとりを重ねていく過程でそれぞれの日本語学習を通しての実感、問題意識にもとづいているテーマであることが少しずつ見えてくるのが興味深く、印象的でした。提出期限が迫ってくると、休日や時間帯も関係なくやりとりの頻度も相当な回数になり、おそらく1人当たり数十回となっているはずです。振り返ってみると、それぞれの学生の「よりよい論文」を目指す強い意志を感じたからこそ、こちらとしても最後まで携わり続けることができたのだと思います。

最後に卒論提出後のNさんのコメントを紹介します。

「半年間お世話になりました。無事に卒論を提出できて、嬉しいです。大学へ行けなくなったとき、家で論文を書くことや修正することは無理だなと思っていましたが、今はそういうことを思い出すと、やはり思ったより簡単でしたと考えます。卒論を書く時間も十分だったし、先生はいつもコメントを送っていたし、大学へ行かないので朝早く起きる必要もないので、コロナの影響でいい点があると分かってきました。
でも、悪い点も色々ありました。毎年大学で卒業生のために「photo day」というイベントを行い、卒業生が友達と一緒に写真を撮ったり、思い出を作ったりするという1日です。悲しい事で、このイベントも卒業式も文化紹介ディーもコロナの影響で中止になりました。そして、今まで7月に大学で試験を受けるか、オンラインで試験を受けるかまだはっきり分かりませんので、心配です。
後期が始まったとき「今学期は大学の生活が終わるので、たくさんいい思い出を作りたい」と思っていたが、こういう大変な状態になることを全然想像しませんでした。でも、もうすぐ卒業しますので最後まで頑張るしか仕方がないんですね。
卒論を指導してくれて、色々ありがとうございました。
暑くなってきましたのでいっぱい水を飲んで、体に気をつけてください。」
「卒論指導」を通じて、エジプトの若い力、日本語学習や自身の課題に取り組む姿勢を目の当たりにし実感しましたが、日本語教育に携わるからこそ得られる貴重な経験となります。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称 アインシャムス大学
Ain Shams University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
アインシャムス大学言語学部日本語学科は2000年に設立され、外国語教育としてはエジプト国内で高い評価を受けており、入学難易度も高い。特に日本語学科には優秀な学生が集まることで知られている。専門家は学部クラス担当のほか、コースデザイン、エジプト人教員の修士・博士課程進学サポート、指導、助言を行っている。
所在地 Abbaseiya, Cairo, Arab Republic of Egypt
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
アインシャムス大学言語学部日本語学科
日本語講座の概要
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