世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)1年間の遠隔授業を経て

キング・サウード大学
米田 晃久

2020年度のこのページには、コロナ禍で第11回日本語弁論大会が延期になったこと、そしてサウジアラビアでは教育機関において遠隔授業が始まったことを書きました。あれから1年経ち、キング・サウード大学では、2021年5月においても遠隔授業が続いています。当初は初めてのこともあり、戸惑いもありましたが、現在は教員も学生もこれが普通になったように思います。

これまでにはなかった難しさにも直面しました。遠隔授業ではビデオ会議システムを使って授業をしていますが、ほとんどの学生がビデオを使わずに参加します。つまり、教員は学生の顔が見えないパソコンのスクリーンに向かって授業をしています。これまでに比べ、学生の反応がわかりにくくなりました。学生がビデオを使わない理由としては、インターネットの回線の問題などもありますが、サウジアラビアの場合は文化的な事情も大きいようです。家族の様子が見えるのを好ましく思わない学生も多く、ビデオをオフにし、マイクなどで家族の声が入るとミュートする学生もいます。それでも、これまで1年以上、対面で授業をしたことがある学生たちとの間では、声の調子だけでも、どんな状況かなんとなく想像がつき、学生同士もお互いがわかっているので、教室と近い雰囲気で授業を進められるようになりました。

教員だけ顔出しされているオンライン授業風景の写真
教員だけ顔出しの授業風景

厳しかったのは、遠隔授業が始まってから入ってきた新入生です。一度も顔を見たことがない学生、それは学生同士も同じです。こうした中で、お互いがどういう人間であるかを知るのは、対面授業の時より時間がかかりました。授業以外の時間でお互いを知ることが難しかった分、学生は初級の授業でよく行われる「自己紹介」や「自分の身の回りのことについて言う」ことが、本当の意味で必要なこととなり、授業がより現実的な日本語を使う場面となり、お互いを知る機会になりました。

ただ、このような生活が既に1年以上となり、教員も学生たちも、そろそろ対面に戻れないかという気持ちもあるようです。日本語専攻の学生77名にとった遠隔授業に対するアンケートでは8割近くの学生が「対面授業」を望んでいる結果となりました。2020年度後期は中間試験だけが大学のキャンパスで行われました。普段であれば、試験後は翌日の試験に備え、早く帰る学生も多いのですが、久々に会った友人たちとマスクをしながら楽しそうに話す光景がキャンパスのいたる所で見られました。

学生間の距離を取って実施された中間試験の様子の写真
距離をとっての中間試験

延期となっていた第11回日本語弁論大会については、当初予定していた形とは異なりますが、在サウジアラビア日本国大使館のホームページ内の「令和3年天皇誕生日祝賀記念特集」において、一部の参加者のスピーチが公開されています。
https://www.ksa.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00056.html#anchor5

内容も個性的で興味深いのと同時に、この数年でのサウジアラビアの社会の変化を象徴するように女性参加者の姿もページ内で公開されています。サウジアラビアには女性が日本語を学べる教育機関がない中、彼女たちがどのように日本に興味を持ち、日本語を学んできたかが述べられています。

対面授業に戻りたいという男子学生とコロナ禍の前から独学でオンラインツールを使って日本語を学んできた女性の学習者。これはサウジアラビアの日本語教育の現状をよく表していると思います。両者を見て、対面と遠隔(オンライン)のどちらが優れているかという選択ではなく、学びたい人が、それぞれ自分に合った形で日本語が学べるように環境を整えていくことが、サウジアラビアの日本語教育の発展にとって重要なことなのだと思うようになりました。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
King Saud University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
キング・サウード大学では1994年に日本語専攻課程が開設された。1998年には、それまでの3年制から予備教育期間を含めた5年制の課程となった。現在は4年制の課程となっている。日本語専攻課程は日本語学習を通じた全般的な異文化理解教育を目指している。カリキュラムは通訳や翻訳といった実務的かつ高度な運用能力を育成すべく、デザインされている。また、湾岸諸国で唯一、日本語専攻の学士号が取得できる教育機関であることから、湾岸諸国、アラブ諸国における日本語教育の中核を担う役割を期待されている。専門家は授業担当、カリキュラム・教材作成に対する支援、加えて研究への助言などを行う。
所在地 P.O.Box 87907, Riyadh 11652, Kingdom of Saudi Arabia
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
言語翻訳学部 近代言語学科 日本語専攻課程
日本語講座の概要
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