世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)改革を迫られる日本語専攻 ―私たちは何をすべきか―

北京日本文化センター
池津丈司 田邉知成 大脇元 

中国は世界の中で最も早くコロナ禍の被害に遭い、不確定要素はあるものの最も早く抑え込みに成功した国である。都市間の移動や小規模の集会はほぼ問題なく行えるようになっているので、全国規模のセミナーはオンラインの講義形式で、3、40名の小規模のワークショップは地域巡回セミナーで、という対応をとっている。このレポートでは、全国に500以上もある大学の日本語専攻が直面している課題から私たちの活動について触れてみたいと思う。

2020年9月に着任してまだ間もない10月、地域巡回セミナーのため、ある地方都市の郊外にある大学を訪れた。セミナーの前日に現地入りし、会場の校舎を下見した。校舎ではそこかしこに腰を下ろして膝にノートを広げ、ぶつぶつと暗唱する学生の姿が見られる。この後に試験があるわけではなく、普段からこのような光景が見られるという。これが学生たちの普段の勉強の姿なのだ。

学校で暗記の勉強をする学生の写真
キャンパスでひたすら暗記する学生たち

この大学は実はまだ正式には大学ではなく「学院」という名の高等教育機関である。一般的に学院というのは3年制の短大なのだが、この学院は20年ほど前に創立された後、4年制を導入し、業績を積んで学士の学位も授与できるようになり、いよいよ2022年には名実ともに大学へ昇格される見込みだという。中国では2000年から2008年の間に、高等教育機関が1040校から2263校に急増した。この学院もその中の一つということになろう。

2018年度の国際交流基金の海外日本語教育機関調査によると、中国では日本語専攻を有する高等教育機関は827機関、そのうち学士を授与しているのは547機関ある。中国政府は今年(2021年)までに、一流学部専攻を国家レベル、省レベルでそれぞれ10,000ずつ20,000認定する「双万計画」という政策を進めているところである。日本語専攻では42機関が選ばれる見込みだという。政府に一流のお墨付きをいただけるのは日本語専攻全体の1割にも満たないのである。

同じ2020年10月には別の省で、すでに一流に認定されている大学の授業も見せていただいた。授業は、学生が寮の自室で翻訳してきた文を読ませ先生が1文ずつ解説するという、いわゆる文法訳読法である。昔から一流の学生は自分で勉強するものであった。そして優秀な人材として巣立っていった。それはこれからも変わらないかもしれないし、あるいは変わることを迫られるかもしれない。

2014年に発表された新しい教育指針「立徳樹人」(道徳に立脚した全人教育)に基づく国家標準(指導要領)が2020年に施行され、大学の日本語専攻でも核心素養(キーコンピテンシー)を身につけさせることが要求されるようになった。グローバル化が進み、人工知能(AI)が発達する中で、翻訳や通訳は生身の人間の仕事ではなくなる可能性が高い。日本語の学習を通じて、協働力、論理的思考力、高度な読解力、表現力、自律学習力などのキーコンピテンシーを身につけ、学生を時代の変化に対応できる人材に育成しなければならないというわけだ。

新国家標準、核心素養に対応するため、この数年間にわたり、中国側の日本語教育関係者らとともに当センターの専門家も協力して研修を行ってきた。われわれは中等教育、高等教育の多様な研修やシンポジウムをオンライン、オフラインでこなす過密なスケジュールの中で、これからの研修をどのように行っていくべきか、日々頭を悩ませている。

2021年4月、全国日本語学科長・専攻長上級フォーラムというものが開催されるというので、オブザーバーとして参加させていただいた。参加者約230名の大がかりな大会である。基調講演があり、そのあとパネルディスカッションと分科会討論会が行われた。

中国日本語教育界の重鎮や大御所の先生方が参加するフォーラムの写真
全国大学日本語学科長・専攻長上級フォーラム

基調講演とパネルディスカッションでは中国日本語教育界の重鎮や大御所の先生方が異口同音に、これからは日本語ができるだけの人材ではなく、それぞれの大学の特色を生かした付加価値を持った人材を育成しなければならないと述べた。日本語以外に経済や法律、観光など、社会に求められる専門的知識も身につけなければならないというのである。

最後の分科会は、20名弱のグループに分かれて現場の実情などを話し合った。新しい国家標準の趣旨や目標は理解できるものの、特別優秀なわけでもなく、モチベーションも低く、一人では勉強できない、一般の大学生にとっては要求が高すぎるのではないかという声が多く聞かれた。この上に日本語以外の何かを専門的に学ぶというのは到底不可能ではないかというのだ。

話を聞いていると、ある代表のクラスでは、宿題で語彙を覚えてこさせ、教室でそのテストと文法解説を行うという授業をしているという。一流大学で見せていただいたのと同じ文法訳読法である。この代表もきっとそうやって日本語を学び成功した優秀な学生だったのだろう。しかし、学生数の増えた現代の平均的な学生には適していないかもしれない。

単語の暗記と文法の理解だけでは、人は普通何もできるようにならない。外国語は誰かとその言語で話し合い、考えながら読み、書かなければ身につかない。そのように外国語を身に付けることは世界を広げ、人を成長させる。それは中上級からではなく初級の最初から始められるものである。国家標準の趣旨もそういうことではないのか。われわれの活動は、いつもこのような理想と現実の接点を見つけるところから始まる。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Beijing
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
中国の日本語教育事情についての情報収集のほか、中国各地で教師研修会を実施し、カリキュラム・教材・教授法など、日本語教師に対する助言・支援をおこなっている。全国的な教師研修会としてはそれぞれ対象に合わせて、全国中等日本語教師研修会、全国中等教育二外日本語教師研修会、大学日本語教師教授法夏季集中研修会、全国高等職業学校日本語教師研修会、などがある。HP以外にもSNSを活用して情報発信している。
所在地 #301,3F, SK Tower, No.6 Jia Jianguomenwai Avenue, Chaoyang Beijing, 100022 CHINA
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:2名
国際交流基金からの派遣開始年 1999年
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