世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)実践につながる学びの場 ―自ら成長できる教師の育成を目指して―

国際交流基金ニューデリー日本文化センター
有馬淳一・井元麻美・金ケ江洋子・酒見志奈子

2018年7月にインドの日本語教師育成センター(以下、TTC)が設立されてから3年になりました。今回は未経験者向けの育成コースA(以下、コースA)の第4期生(2020年9月修了)の特集をしたいと思います。前半はコースAの内容を紹介し、後半はコース修了後の活躍をリポートします。

コースAで大切にしていること

コースAは360時間という、TTCの中で一番長いコースです。全く教えた経験のない受講生たちが、教授法を学び、教案を書き、実際に模擬授業ができるようになるまでのコースです。
特に2020年はコロナ禍の中、2月に開講した第4期は3月中旬に一時休講となり、8月にオンライン授業として再開しました。コースAも一部、今までとは違う授業のやり方にすることを余儀なくされました。

コースAで大切にしているのは、「体験を通して学ぶこと」です。例えば、テストや文化体験を実施するときには何に注意すればよいのかなど、まず受講生にやってもらい、上手くいかなかった部分に気づかせ、どうすればよいか考えさせるという形式で授業を行います。しかし、オンライン授業では実際に「体験」が難しいものも多く、この部分をどう克服するかが課題でした。

もう一つ大切にしていることは、「自分で成長できる教師を育てること」です。コースの最後に模擬授業を行いますが、そのために教案を書いてもらいます。ほとんどの受講生が初めてです。教案は授業の準備のために書く計画書です。しかし、それだけではありません。授業後に自分の振り返りに使うことで、次により良い授業をするためにも役立てられます。

また、お互いの模擬授業を見学し、コメントし合うことで、自分ひとりの考えだけでなく、他者の視点から学ぶ体験をします。

コースAは360時間という比較的長い時間を通して、受講生自身が考え続け、行動し続けるからこそ実現できる学びがあると思います。
コースA修了後、教壇に立って教えている元受講生に以下のような質問をしてみました。

Q. コースAで学んだことで、今教えるときに役立っていることがありますか。それは何ですか。

回答はこうでした。
A. コースAは本で教えるだけでなく,授業をインタラクティブにする方法も教えてくれました。
コースAはとても実践的なコースで,実際の教室で起こる状況を想定した授業内容なので、毎回考えさせられました。そして、コースAで学んだ教案の作り方は現在も役に立っています。 

実際に日本語を教える経験を積む中で、TTCでの学びが更に深くなっていっているようです。この回答を聞いて、大変うれしく、また修了生の成長を頼もしく感じました。(執筆:酒見)

インドの笑い話をオンラインで、日本語劇で披露している様子の写真
インドの笑い話を日本語劇で

コースA修了生、現場で活躍中

では、コースAの修了生の中から、現在、ニューデリー日本文化センターが実施しているJF講座で教えている教師の活躍ぶりを紹介しましょう。

スガンダ・シャルマさんは2020年9月にコースAを修了して、2021年1月からA1<かつどう>の授業を週2回担当しています。実際に自分で教えるのは週1回90分ですが、今学期の授業はすべてオンラインのため、自分が教えない時間でも常に控えていて、もう1人の教師(やはりコースAの修了生)をサポートします。

毎回の授業の前にスガンダさんから私のところにメールで教案が送られてきます。遅くとも1日前には届きますので、教案を見て、その時間に特に注意してほしい点などを書いてコメントを返します。スガンダさんによると、教案を書くだけで1日かかるそうですから、毎週それを継続するだけでも大変なものですが、さらに1日かけてPPTで教材を作るのだそうです。

毎回はできませんが、新人のスガンダさんの授業はできるだけ見学するようにしています。回を重ねるごとに上達しているのが見て取れますし、授業をするのが好きなのだろうなということも伝わってきます。

1日かけて作るというPPTはやはりよくできています。以前からオンライン教材を自作しているというだけあって、随所に工夫もオリジナリティもあって大したものです。教師が自分でも日本語を学び、学習者自身の文化的背景や興味・関心をよくわかっているからこそ、教科書だけではどうしても足りない部分を補っていい教材ができるのでしょう。

授業を見ながらメモしたことを、毎回フィードバックします。ここまでが、コースAで日本語の教え方の基礎を学んだ後で、現在は実際に授業をしながら経験を積んでいる若い教師たちに対して私がしていることです。

毎回の授業で心がけていることは何か、スガンダさんに尋ねてみました。教案の流れに沿って教えるようにしている、指示をはっきり伝えるようにしている、学習者に推測させて場面がはっきりわかったかどうか確認するなど何点か答えが返ってきたのですが、その中のいくつかは、前に私が授業後のフィードバックで書いたことでした。

コースAで学んだことを活かしながら、教師たちがそれぞれの教育現場で日々成長している様子を見ることができるのはこの上ない喜びです。(執筆:有馬)

オンライン授業の様子の写真
A1かつどうの授業で実践中

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, New Delhi
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
インドおよび周辺の南アジア諸国における日本語教育支援・普及を目的としている。具体的な業務としては、(1)インド国内外でのワークショップ、勉強会、コンサルティングなどを通じた日本語教師や日本語教育機関への支援・協力(2)初等・中等学校での日本語普及のためのプロモーション、行事への参加(3)初等・中等学校に所属する現職教師の研修および新規教師養成、情報通信技術を利用した日本語教育の導入推進(4)JF日本語講座の運営、講座担当講師の育成など多岐にわたる。
所在地 5-A, Ring Road, Lajpat Nagar-Ⅳ, New Delhi, 110024, India
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:3名
国際交流基金からの派遣開始年 1999年
What We Do事業内容を知る