世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)日本語を学び続けやすい環境を整える

ローマ日本文化会館
鶴田靖行

ローマ日本文化会館は1962年に日本政府によって開設された海外初の文化会館です。ボルゲーゼ公園や国立近代美術館、各国の文化施設が立ち並ぶ閑静な文教地区の中にあります。日本語講座(以下、JF講座)は1964年に開始され、半世紀以上にわたり一般向け日本語講座としてイタリアの人々に日本語学習の機会を提供してきました。受講生の年齢層は10代から80代までと幅広く、職業も様々で、アニメやマンガ、日本旅行、日本の伝統文化、日本語への興味・関心から自発的に日本語を学び始める人が多いのが特徴です。したがって、JF講座では、生涯学習を意識し、日本語の習得だけを目標にするのではなく、長く楽しく日本語とつきあってもらえるよう様々な工夫を凝らしています。

学習成果のアウトプットと共有を通じてクラスを居心地のよい場所へ

日本語とイタリア語は言語的な特徴が大きく異なり、習得には長い時間がかかるため、勉強を途中であきらめてしまう人が少なくありません。このような中で日本語の勉強を長く楽しく続けていくためには、学習成果のアウトプットと共有を通じて、クラスでのコミュニケーションを活発にし、クラスをあたたかな居心地のよい場所にすることが大切だと考えています。たとえば、イタリアの人たちはおしゃべりやコミュニケーションを好む人が多いので、授業中の会話練習や作文課題ではテキストの例を用いながら、できるだけ自分自身のことを話したり書いたりすること(個人化)を目指しています。そして書き上げた作文は廊下に掲示して共有しています。作文を通してクラスメートの人となりを知り、相手への関心が高まれば、クラス内に助け合いの雰囲気が生まれ、居心地のよい場所になります。また、上のレベルの受講生の作文を読むことで、これから日本語でどんなことが表現できるようになるのかをイメージできるようになります。そうすることで、勉強でつまずきそうになっても、あきらめずに勉強を続けていくことができると感じています。

また、JF講座ではポートフォリオ活動にも力を入れています。ポートフォリオとは、学習の過程や成果を自分自身で記録・保存するもので、当館の受講生は「Can-doチェックシート」、「学習成果物」、「文化体験の記録」をまとめたものを作成しています。2018年度まではコンクールという形でポートフォリオの普及に努めてきましたが、その目標がある程度達成できたことから、2019年度からはコンクール形式をやめ、学期終了時に他の受講生の参考となるポートフォリオを展示するというやり方に切り替えました。ポートフォリオの展示は作成した人にとっても、まわりの受講生にとっても、大きな刺激になっているようです。

作文の掲示風景の写真
作文の掲示風景

ポートフォリオの展示風景の写真
ポートフォリオの展示風景

「教わる存在」から「発信する存在」へ

日本語を通したコミュニケーションの場として、また共通の趣味や興味・関心によってクラスの枠を超えた受講生同士のつながりを築くことを目的として、「“好き”をシェアしあーも(イタリア語「-iamo」は「~しましょう」の意)」というイベントを始めました。これは受講生が自分の好きなことや興味があることについてプレゼンテーションを行うイベントです。2019年度は3人の受講生が「日本のアイドルグループ」「柔道」「編みぐるみ」というテーマで発表し、そのテーマに関心のある受講生が聴衆として参加しました。発表の後には活発な質疑応答も行われ、発表を終えた受講生の表情からは自分の好きなことを他者と共有できた満足感と発表をやりとげた達成感がうかがえました。

また、「日本語読書会(Circolo di lettura in lingua)」というイベントを当館図書館の司書と協力して新たに開始しました。これは文学に関心のある中・上級レベルの日本語非母語話者と日本語母語話者が各回の課題図書を読んで、日本語でディスカッションを行うイベントです。当館で2度開催後、コロナウイルスの感染拡大により対面での実施が困難になりましたが、今後はオンラインで継続していく予定です。

近年、世界各地のJF講座では、入門・初級レベルの日本語講座からオンライン化していく傾向が見られますが、入門・初級レベルでは対面クラスでの学習サポートと学習者同士の友好関係の醸成に力を入れ、学習を軌道に乗せることが大切だと考えています。そのレベルで日本語の基礎力と日本語を通した人間関係を築くことができれば、その後は対面でもオンラインでも学習意欲を失うことなく、自分のペースで学習が進められるのではないでしょうか。

当館ではこの他にも「日本語多読会」や「和伊和伊しゃべりあーも(日本語会話の会)」といったイベントを開催していますが、これらのイベントに共通している点は、参加者の間に「日本語教師と日本語学習者」という関係性が無いことです。「教える者と教わる者」というアンバランスな関係の中では対等なコミュニケーションは生まれません。「自律学習」というと自分自身で学習目標や学習計画を定めたり、自分のペースで学習を進められたりすることをまず思い浮かべますが、学習者を教わるだけの受動的な存在から、自分自身ができることを発信(アウトプット)していく能動的な存在に変えることも自律化にとって重要な点だと考えています。

当館ではこれからも日本語学習を継続しやすい環境整備に力を入れ、ひとりでも多くの方が日本語を通して毎日の生活を豊かにできるようお手伝いをしていきたいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Cultural Institute in Rome (Italy)
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ローマ日本文化会館は1962年、政府による海外初の日本文化会館として開館、日本語講座は1964年に開講された。以来、文化芸術交流、海外における日本語教育、日本研究・知的交流を3つの柱として様々な事業を実施。イタリアの日本語教育機関は高等教育がほとんどである中で、ローマ日本文化会館の日本語講座は、高校生や一般社会人にも日本語学習の機会を提供し、年間延べ400名強が日本語を勉強している。日本語講座の運営の他に、イタリア国内外での研修会を通した教師支援、ネットワーク形成支援、日本語能力試験などによる学習者支援、日本語教育事情の情報収集、地元団体が主催する催しへの協力などにも力を入れている。
所在地 Via Antonio Gramsci, 74 00197 Rome, Italy
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名、指導助手:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1986年
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