世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)海外拠点でのアドバイザーとして

国際交流基金ロンドン日本文化センター
根津誠

ロンドン日本文化センター(以下、JFロンドン)は、国際交流基金(以下JF)の海外拠点24か所の一つで、英国全体の日本語教育の促進のために様々な事業を行っています。

2015年海外日本語教育機関調査によると、英国の教育機関で日本語を学ぶ人は、前回の2012年調査に比べて約15000人から20000人に、また教育機関数は308から364に増加しました。主な要因として、2014年にイングランドの初等教育で外国語が必修化されたことが挙げられます。と言っても、カリキュラムが変わったから自動的に学習者や教育機関が増えるわけではありません。このレポートでは、すでに教えている現場教師の支援や、日本語導入に向けての教育機関への働きかけなど、JFロンドンの日本語普及事業の一部を紹介し、派遣専門家を含む「日本語教育アドバイザー」の役割に触れたいと思います。

まずは教えるヒトとモノ

現場で最初に必要なものは、教える先生と教材です。JFロンドンでは初等教育の「日本語授業計画案例」と教材例を提供し、その使い方を体験的に紹介する「初等教育リソース共有ワークショップ」を実施しました。ワークショップでは他の参加教師も活動例を紹介し合いました。学校で使う教科書が指定されているわけではなく、クラブ活動など様々な授業形態もあるので、参加者の教授活動の幅を広げるために有意義な機会となりました。

初等教育リソース共有ワークショップの画像
初等教育リソース共有ワークショップ

また、エジンバラ大学の先生が中心に進める、スコットランドの学校教員を対象とした日本語・教授法セミナーに出講しました。スコットランドはイングランドと異なり、中等教育での選択試験科目として日本語が入っていませんが、スコットランド政府は学校教育での母語プラス2言語の導入(1+2アプローチ)を進めていて、この勢いに乗って日本語教育にも新しい動きがあります。参加者はほぼ全員が日本語未修者で、「JFにほんごeラーニング みなと」を使って入門レベルの日本語を学習し、学習リソースについて学びました。

先立つものがなくては…

どの国でもそうですが、学校の予算状況は非常に厳しいものがあります。JFロンドンでは日本語導入費用の一部を助成するプログラムを行っており、教材購入や、講師謝金などに充てられています。2015〜2016年度は英国全土で合計62件の助成を行いました。うれしいことに、JFロンドンからの支援が終了したあと、学校予算のみで日本語クラブが定着したり、正式な授業科目に昇格するというニュースも聞きます。専門家は支援先の決定に際して意見を述べたり、コンサルティングとしてカリキュラムや使用教材についてアドバイスしたり、助成した機関を訪れたりもしています。

普及のためのネットワーク

上のような支援があっても、学校が日本語に関心を持ってくれなければ、何も始まりません。英国の日本語教育機関数はヨーロッパで最大ですが、人口比で言うとそれほど大きくなく、フランス語、ドイツ語、スペイン語といった言語的、地理的に近くてメジャーな外国語や、最近数を伸ばしている中国語に比べて、きっかけに乏しいといえます。このスタートに役立つのが、Japanese Taster for Schools (JTS)と呼ばれる、ボランティアによる出前授業プログラムです。かつてはStepping Outという名前でJFロンドンのアドバイザーが出張していましたが、現在は各地のボランティアが行くことで広がりと継続の面で進化しています。Japan DayなどのイベントでのJTSボランティアによる日本語と文化の活動が好評で、のちに日本語コースができるときに教師として採用される例も少なくありません。ちなみにJTSボランティアの多くは日本人で、自身の子育てでの日本語の扱いに悩む人もいます。2016年に行ったJTSボランティア研修会では、家庭内の日本語使用に関する情報交換会を同時開催し、ボランティアのニーズに応えるとともに、新たなボランティアの開拓につながりました。

JTSボランティア研修会同時開催の情報交換会の画像
JTSボランティア研修会同時開催の情報交換会

この数年新しく実施されたプログラムに、校長や外国語主任などの教育関係者の日本招へいがあります。日本では学校訪問や教育関係者との懇談、日本語教育導入のためのディスカッションが行われました。訪日がきっかけで日本ファンになり、帰国後は校内に日本ファンを増やしたり、日本語プログラムに力を入れるなど、心強い味方が増えています。

また、新しい地域拠点として近隣の学校をイベントに招いたり、地域の連携について話し合う機会を設けたりする学校も出始めました。先生方から見れば、日本から来た専門家や団体より、自分たちと同じ立場の先生の本音の方が共感を得やすいはずです。今後も、こうした拠点になってくれそうな機関を重点的に支援していく予定です。

最後に、これらの事業の実施には、英国で日本語を学び、今はJFロンドンで日本語教育事業に携わる強力なイギリス人職員や、英国経験の長い日本語教師の仲間といっしょに業務に当たります。派遣専門家としては他国の経験を元に企画立案し、派遣期間終了後も英国や英語圏の状況を理解する者の一人として、継続して貢献していきたいと考えています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, London
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ロンドン日本文化センターは1997年に日本語センターを開設。その業務は、JF日本語講座、当地の教育情報の収集と支援事業の企画・実施である。
  • 教材開発と提供:初等教育用には「Japanese Scheme of Work」「Ready Steady NihonGo!」、中等教育用にはリソース群「力CHIKARA」を開発、公開している。
  • 初中等各校における日本語導入促進を目的とした出張授業、教師研修会や日本語コース、教育情報を提供するコースなどを実施している。
  • このほか、スピーチコンテストの実施、英国日本語教育学会との共催事業、ウェブサイトを通しての情報提供などを行っている。
所在地 Lion Court, 25 Procter Street, London, WC1V 6NY, U. K.
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名 日本語指導助手:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1997年
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