世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)日本語教育アドバイザーの仕事 〜「学びの舞台」をつくる〜

ロンドン日本文化センター
藤光由子

日本語教育アドバイザー(以下、アドバイザー)は、コロナ禍によって活動が制限される状況にあっても、なんとかワクワクする学びの空間を創り出そうと日々模索しています。今回のレポートでは、国際交流基金ロンドン日本文化センター(以下、JFロンドン)が行なった落語・小噺を題材とした事業をご紹介しながら、「学びの舞台」の演出家であり裏方でもある、アドバイザーの仕事についてお伝えしたいと思います。

古典芸能×日本語教育

英国は、もともと日本研究の伝統があり、文化芸術への関心も高いところです。日本語教育事業でも、日本の文化芸術に関心を寄せる幅広い層にアピールするような内容を、アクセスしやすい形で提供することができたらと考えていました。伝統文化を入り口に、日本語の学び方にも新しい可能性を拓きたいという願いもありました。そんな中、同じ英語圏の米国において、長年にわたり古典芸能である落語や小噺を日本語教育に取り入れる取り組みを行ってきた教育家との出会いがあり、JFロンドンの企画にご協力いただけることになったのです。

はじめの一歩:落語の魅力を伝える

最初の一歩は、2020年6月、米国の教育家と日本の落語協会の師匠方をオンラインの場にお招きしての「落語入門イベント」という形で実現しました。英国をはじめ20カ国以上から、日本語教育および日本研究にかかわる教師と学生、約100名が参加し、このテーマへの関心の高さが浮き彫りになりました。当日の進行とレクチャーは英語、落語の口演は英語字幕付きで、Q&Aも日英バイリンガルで提供され、「落語初心者にとっても非常にわかりやすく、落語のおもしろ味がわかる、とても素晴らしい解説とデモンストレーションだった」という高い評価を得ることができました。

小噺を「やってみる学び」の案内役として

次のステップとして、「教師のための小噺ワークショップ」を企画しました。これは小噺の実践を授業などに取り入れるための日本語教師向けの研修です。学習者は小噺の世界を生き生きと表現する活動を通じて、言葉が使われる文脈と聴き手を意識した伝え方のスキルを磨くことができるのではないか、また、その全身的な表現の体験を入り口として、日本の伝統芸能、歴史、文化への関心を深め、鑑賞力を育んでいくきっかけを提供することができるのではないか、そして、まずは教師自身がそれを体験することが重要ではないかと考えたのです。このワークショップが2020年10月に実現し、欧州10か国から意欲的な教師22名が参加しました。恥ずかしさを捨てて思い切って「やってみる学び」。自分の小噺動画を仲間と共有しながら学ぶプロセスでは、不思議な連帯感が生まれていました。

国際交流基金ロンドン日本文化センター制作のオリジナル手ぬぐいの写真
国際交流基金ロンドン日本文化センター制作のオリジナル手ぬぐい
(デザイン:ブランド那由多)

実践シェアの場を整える

2020年12月には、ワークショップ参加教師の一人が担当クラスで学習者によるオンライン小噺発表会を実現されましたので、その魅力的な実践についてお話を伺う機会を作りました。その発表会には、日本語がわからない家族や友達もたくさん参加していたそうです。そこで文化の仲介者となったのは教師ばかりではありません。学習者は自分の噺の翻訳を用意し、お客様に複言語でのサポートをしていたそうです。小噺が日本語教室の内と外をつなぐ役割を果たしていました。

その後も、アドバイザーから声掛けをして、月に1−2回のペースでワークショップ参加者による「実践シェア会」を企画したところ、実践者同士の繋がりが更に深まっていったのです。お互いのオンライン授業や「小噺クラブ」に参加して、他の教師の学生のパフォーマンスにゲストとしてコメントしたり、自分の学生を連れて行って交流の機会を作ったりすることも自然に行われるようになりました。そして、2021年2月には、教師の自主的な活動として、学習者の「オンライン合同小噺発表会」(仮称)プロジェクトが立ち上がりました。コンクールではなく、英国各地、欧州各地で小噺にチャレンジした教師と学習者の小噺の発表と交流のイベントとして準備が進められています。2021年5月現在、8カ国16機関の教師がメンバーで、60名ほどの学習者が発表会に向けてお稽古中。プロジェクトを通じて各地の教育現場に新しい繋がりが生まれていることを、本当に素晴らしいと思います。

新たな「学びの舞台」をつくること

教師研修の企画運営に携わるアドバイザーの仕事とは、学びの場に素敵なリソースパーソンをお招きし、参加者が伸び伸びと学びあえるように学びの場を整え、「学びの演出家」あるいは「裏方」として、新たな「学びの舞台」をつくり続けることではないかと思っています。それは、参加者が、仲間と一緒に上がってみたいと思うような舞台であり、自分のクラスの学習者にも同じ経験をさせてあげたいと願うような舞台でなければならないでしょう。 

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, London
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ロンドン日本文化センターは、英国における教育関係者のネットワーク、相互交流の促進を図りつつ、日英諸機関と連携して日本語教育振興を目的とする多様な事業を企画・実施している。主要事業としては、英国日本語教育学会との共催セミナーの企画・開発、中等教育段階および高等教育段階の学習者向けのスピーチコンテストの共同主催などがある。このほか、教育機関への支援として、日本語教育プロジェクトへの助成、専門家によるコンサルティングやワークショップも行なっている。
所在地 101-111 Kensington High Street, London, W8 5SA
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1997年
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