世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)オンライン授業へのチャレンジ

マラヤ大学予備教育センター日本留学特別コース
小林学、小林安那、辰巳委子

マラヤ大学予備教育センター日本留学特別コース、通称AAJ(Ambang Asuhan Jepun /日本への門)は39年の歴史がありこれまで4,000名弱の学生を日本に送り出してきました。

AAJには現在、マラヤ大学の常勤教員、文部科学省派遣の高校教員、国際交流基金の派遣専門家等、約40名の教師が在籍しており、日々学生の指導に当たっています(詳細は下記「派遣先機関の情報」を参照)。

2020年はAAJも新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けた1年でした。日本留学が決まり3月に訪日予定だった37期生49名はその日程が10月まで延び、毎年5月頃だった新入生(39期生)の入学も7月まで延びてしまいました。日本留学試験(EJU)を控えていた2年生(38期生)も授業の一部がオンラインとなり、教員・学生ともに“教育のパラダイムシフト”への対応に迫られましたが、何とか82名全員が無事日本留学資格を得ることができました。

<1年生>

AAJの1年生は毎年5月に入学し、約9か月間で初中級レベルの日本語まで勉強します。しかし、2020年度は入学が7月に延期された上に、新規の日本語専門家や指導助手3名の着任日も目処がつかないまま新学期を迎えざるを得ませんでした。コースもオンライン形式で始めることになり、用途別にMicrosoft Teams、Google Drive、Zoom、マラヤ大学のLMS(学習管理システム)を使い分けなければなりませんでした。授業は主にZoomで行うことになったのですが、コース開始以来初めての試みのため我々教員にも戸惑いがありました。そこで、コース開始前にマレーシア人教員、すでにマレーシアに派遣されている日本語専門家、日本で派遣待機中の新規日本語専門家など全員でZoomを用いた模擬授業をしたり、セミナーなどで得た情報を共有したりしながら準備を進めました。

このような状況で1年生の授業が開始されました。AAJではコース最初の3日間でひらがな・カタカナの定着が図られますが、2020年度はオンライン授業に向け日本語でのタイピングの仕方も覚えなければならず、学生は例年以上の日本語の洗礼を受けたようです。また授業数の大幅減にも関わらず進度が大きく変えられないため、2020年度は例年以上の過密スケジュールでした。さらに度々マレーシア政府から発令される活動制限令に左右され、オンラインと対面式授業を繰り返すことになり、教員・学生共に落ち着かない1年を過ごすことになりました。

この1年、教室で直接指導できなかったり、対面式に戻ってもソーシャルディスタンスを保たなければならなかったり、従来の方法では通用しないことが多々ありました。その一方で、オンラインの良さを知ることもできました。恒例行事の「ビジターセッション」はオンライン形式で行いましたが、担当者の活躍もあり日本や世界各地の日本人の方々も参加してくださり、学生は大いに刺激を受け活力向上になったようです。また1年生では以前からメンター制度を導入し学生の自律学習をサポートしていますが、改めてその重要性を認識すると共にSNSやオンライン会議システムを使った面談など、新たな可能性も広がりました。

今後も色々なツールを駆使して学生の自律学習をサポートしていきたいと思います。

オンライン授業の風景の写真
オンライン授業の風景

<2年生>

2020年4月、新2年生(38期生)の新学期は非常に慌ただしく始まりました。3月中旬にマレーシア全土がロックダウンとなり、厳しい活動制限が課されたためです。これを受け、AAJでは急遽2年生の授業をオンラインで実施することになりました。Microsoft Teamsを利用した同期型で行うことが決まりましたが、準備期間やノウハウが十分ではなく、様々なことが手探りの状態でした。
今回の経験を通じて感じたことは、学生たちの絆の強さでした。通常、AAJの学生は寮で暮らし、仲間と切磋琢磨しながら日本留学試験の受験に向けて過密なカリキュラムと大量の課題をこなしています。しかし、3月の休暇で帰省していた学生たちは寮に戻ることができず、4月~6月の3か月間は自宅から授業を受けなければなりませんでした。家で一人で勉強するということが不安やストレスの原因となり、学生たちにとって非常に苦しい状況が続きました。そのような辛く余裕のないなかでも、互いに気遣い励まし合いながら懸命に耐える姿は大変印象的でした。

幸い、7月に帰寮許可が下り、仲間との生活に戻ることができました。教員もできる限りのサポートやケアに努めました。帰寮後も度々オンライン授業になり、学習面だけでなく精神面への負担も懸念されましたが、自宅で一人で授業を受けていた時とは表情もやる気も異なり、「みんながいるから大丈夫!」「必ず全員で合格したい!」という力強い声が聞こえてきました。毎年恒例のスポーツ大会やスピーチ大会等、楽しみにしていた行事が次々と中止になり、学外への外出も規制され、なかなか息抜きができない状況ではありましたが、同じ目標に向かって進む、信頼できる仲間と過ごすことは大きな力となっていたようです。残念ながら修了式もオンラインでの挙行となりましたが、かけがえのない仲間と数々の試練を乗り越えてきた38期生は、明るく晴れやかな表情でAAJから巣立っていきました。

オンライン修了式の様子の写真
オンライン修了式の様子

参考文献
西村尚・石松文枝・奥西麻衣子・小林安那・辰巳委子・ジャミラ モハマド・マイサラ カマル・ ムハマド ナズルル ナナ クリザン・ロスニザ モハメド ノール(2021)「緊急時におけるオンライン授業の取り組み -マラヤ大学予備教育センター日本留学特別コースでの実践例と調査報告-」『国際交流基金日本語教育紀要』17、109-120

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