世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)日越の良好な関係を背景に広がる日本語教育

ベトナム日本文化交流センター
栗原幸則・大塚武司・佐藤修

日本語学習者数の増加

日本語能力試験ベトナム受験者数のグラフ

2015年度に国際交流基金が実施した海外日本語教育機関調査(以下、調査)によれば、ベトナムの日本語教育機関で日本語を学習する人の数は64,863人です。東南アジアにおいては、インドネシア、タイに次ぐ学習者数であり、世界では8番目に学習者数の多い国です。2012年度と比べると約1.4倍に増えていて、日本語学習者数上位10カ国の中でフィリピンに次ぐ2番目の伸び率となっています。また、日本語能力試験の受験者数も東南アジアで最も多く、図のとおり大幅に増加し続けています。
日本語能力試験「統計データ」より作成)

ベトナムの日本語学習者数が大きく伸びているのは、まず日系企業による経済活動の活発化と人の移動の増加からだと考えられます。

ベトナムと日本は経済的に補完関係にあり、日系企業の進出も盛んです。また、近年要人往来も非常に活発となっており、両国の関係はこれまでで最良の状態にあると言われています。特に、2017年2月に天皇皇后両陛下が初めてベトナムを訪問されたことは、両国の相互理解と親善を一層深める歴史的な機会であったと言えるでしょう。

そうした両国の良好な関係が背景となり、近年、留学生数と技能実習生数も急激に増えています。

ベトナム政府による日本語教育拡大

ベトナム小3生向け日本語教科書上巻下巻の画像
ベトナム小3生向け日本語教科書上巻下巻

日本語学習者が増加している理由としては、ベトナム政府が日本語教育の拡大に積極的であることも挙げられます。それは政策によって進められているもので、外国語を習得した人材を増やし、海外との関係を強化することで、ベトナムの経済発展に繋げようとするものです。

2003年に始まった中等教育段階における日本語教育は、学習者数が2015年度調査時点で10,995人までになりました。2012年度調査時からちょうど倍に増えたことになります。特に、ホーチミン市以外の南部地域では10倍にもなっています。新規に始める学校が多いほか、一旦一つの機関で開講されれば、学年が上がるにつれて雪だるま式に学習者が増えていくからです。

初等教育段階においては、2016年9月に、ハノイ4校とホーチミン1校の計5校の小学校で小学3年生を対象とした日本語教育が開始されました。小学生たちは写真の教科書を用いて、楽しそうに日本語を学習しています。

教室環境

ベトナムは年少者の数が多く、例えば公立小学校では一クラスに60名以上いることも少なくありません。さらに中学校の中には午前と午後で生徒を入れ替えるところもあります。教室内はたくさんの子供でいっぱいで、授業中にトイレに行くような際には生徒をかき分け教室を出るのが大変です。校庭も広い学校は少なく、あまり激しい運動をしているのを見ることはありません。広さがある場合でも校庭内に樹木が何本もあることもあり、真っすぐ走れるようにはできていません。もちろん、日陰ができるので暑さ対策にはなっていると思います。

入門クラスの授業後にの画像
入門クラスの授業後に

日本と大きく異なる点は他にもあります。ほとんどの学校では大きな太鼓を鳴らして授業の開始終了を知らせています。また、小学校や中学校では昼寝の時間が設けられているのですが、寝る場所は何と自分の教室の机の上なのです。机が折りたたみ式になっていて、開くと椅子の上に板が敷かれ、その上に寝られるのです。驚きと共に素朴な感覚と懐かしささえ感じられます。

『まるごと』を通して、自立的な学習者を(ハノイJF講座)

2012年にスタートしたハノイのJF講座は、『まるごと―日本のことばと文化―』(以下、『まるごと』)をメインテキストに、受講生のニーズに応えながら授業の改善を重ね、常に受講生から高い満足度を得ています。2017年度は、入門(1クラス)、初級1(2クラス)、初中級(1クラス)でスタートし、学生や社会人、主婦など、さまざまな年代や背景を持った人が同じクラスで学んでいます。

全体的に活動を好む受講生が多く、授業では教師が指示を言い終える前に、机を倒さんばかりの勢いで席を立ち、大声でタスクに取り組み始める人も少なくありません。その迫力たるや教師が圧倒されるほどです。日本に対する尽きない興味を原動力に、渋滞、雷雨、熱風をものともせずバイクでやってくる受講生からは、日本語が学べること、日本文化に触れられることに対する素直な喜びが伝わってきて、教師陣も大きな刺激をもらっています。『まるごと』を通して、自立(律)的な学習者に成長できるよう、教師も日々の授業の工夫に取り組んでいます。

今後は、JF講座内での活動だけではなく、JF講座での実践をもとに、JFスタンダードの理念や『まるごと』を使った授業がどのようなものかを外部の日本語教育機関に伝えていくこと、そして既に『まるごと』を導入している機関には教授面でのバックアップや意見交換なども重要な活動の一つになっていきます。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation Center for Cultural Exchange in Vietnam
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金の海外拠点の一つで、日本語事業のほか、芸術文化、日本研究・知的交流の分野で文化交流事業を実施している。
ベトナム政府が推進する「2008-2020年期国家教育システムにおける外国語教育・学習プロジェクト」に日本政府も協力しており、当センターは初中等日本語教育のカリキュラム・教科書作成、教師研修等を行っている。
また、専門家派遣地を中心に中等日本語教師向け研修、巡回指導等を行っている。
さらに、高等教育機関や民間日本語学校に対する日本語教育支援も積極的に展開しており、現職教師対象の講座も開講している。
ハノイ、ホーチミンで一般人対象のJFスタンダード準拠日本語講座も開講している。
所在地 27 Quang Trung, Hoan Kiem, Hanoi, Vietnam
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:6名、指導助手:1名
(うちホーチミン市:専門家2名、フエ市:専門家1名、ダナン市:専門家1名派遣)
国際交流基金からの派遣開始年 2008年
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