世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)ベトナムでひろがる・つながる日本語教育

ベトナム日本文化交流センター
遠藤かおり、雄谷進、武田素子、足立健治、伊藤亜紀

近年、日本語の学習者数、教育機関数、教師数が大幅に増加しているベトナム(1)では、日本語熱も一層高まってきています。それに伴いベトナム日本文化交流センター(以下、当センター)での実施事業も増え、現在は「初等教育支援」、「中等教育支援」、「"日本語パートナーズ"(以下、NP)派遣事業」、「日本語教師育成強化特別事業」、「JF日本語講座」、「日本で生活をするために必要な日本語普及事業(以下、生活日本語普及事業)」という6つの事業を行っています。ベトナムの日本語教育の充実・発展のために、これらの事業を有機的に連携して実施しており、総勢12名いる専門家等の活動もハノイ、ホーチミン、ダナンを始め、ベトナム全土にひろがっています。今回はその中でも「初等教育支援」「NP派遣事業」「生活日本語普及事業」についてご紹介したいと思います。

1.小学生も日本語勉強中!

ベトナムでは、教育課程において外国語教育を重視する政策「国家外国語プロジェクト」が進行中で、このプロジェクトの一環として、2016年9月から小学校での日本語教育を試行してきました。2019年5月に3年間にわたる試行が終わり、ベトナムの教育訓練省によって2019-2020年度(2)から小学校での日本語教育が普及段階へ進むことが決定されました。このプロジェクトでは、小学校3年生から高校3年生までの10年間(3)、第一外国語として日本語教育が実施されます。また、カリキュラムには、全体目標として「日本語でのコミュニケーション能力を備えることと、現代の国際環境でコミュニケーションできる必要な力を身につけること」が示されています。2019-2020年度は、ハノイ市の2校で日本語教育が開始され、小学3年生の子どもたちが週に4コマ日本語や日本文化を学んでいます。

このプロジェクトにおける専門家の仕事は、大きく二つあります。一つ目はベトナムの教科書作成チームとの教科書作成、二つ目は初等教育の日本語教師支援で、教科書作成会議と小学校とを行き来する日々です。小学校の日本語教育はまだまだ始まったばかりで、小学校で教えるのが初めての先生も多いのですが、生徒に真摯に向き合う先生方一人一人の強みを生かし、悩みに寄り添った支援ができるよう授業巡回をしています。そして、現場の声を教科書に反映させつつ、どうやったら生徒がより楽しく日本語が学べるのか、みんなでアイディアを出しながら業務にあたっています。

また、初等教育段階での日本語教育の開始に伴い、小学校から大学まで連続性と一貫性を持った日本語教育が実施できるよう、各段階の日本語教育実施機関や関係者との連携が今まで以上に必要となってきています。日本語教育を通して「国家外国語プロジェクト」で目標として掲げられている「外国語の意思疎通に自信を持ち、多言語・多文化環境で勉学、就業できる機会の可能性をひろげ、国家の工業化、近代化へ貢献を図ることができる人材」を育てられるよう、関係機関と協力し、ベトナムの日本語教育を支えていきたいと思っています。

生徒の元気な声が飛び交う小学3年生の授業の様子の写真
生徒の元気な声が飛び交う小学3年生の授業の様子

2.NP活動のひろがり!

2014年に始まったNP派遣事業ですが、ベトナムでは2019年度までに長期NP6期、短期NP6期を受け入れてきました。長期NPは約10か月、派遣地域の中等教育機関を巡回し、日本語授業においてベトナム人教師のアシスタントをしたり、日本文化紹介を行ったりします。短期NPは10日程度の期間、派遣地域の中等教育機関を中心に訪問し、短期NPが在籍している大学や大学のある地域の紹介、日本文化紹介、そして短期NPの特技を生かした活動を行います。専門家は、限られた時間の中でNPの活動が円滑に進むよう教務面の支援を行っています。

今回はNPと一緒に行った教材作成についてご紹介したいと思います。一つ目は「ベトナム語版アソシエーションカード」です。これは、ひらがな/カタカナをその文字の形や音から連想されるベトナム語と関連付けて覚えていく補助教材です。ベトナム語は地域によって発音や単語が異なるため、北部・中部・南部それぞれの地域のひらがな/カタカナアソシエーションカードを作成することにしました。長期NPとベトナム人教師に協力を呼びかけ、NP派遣校の生徒が自分たちで考えて描いたオリジナルのイラストを応募してもらい、選考は当センターとその地域のベトナム人教師で行いました。二つ目は「動作かるた」です。これは、短期NP6期が活動で使用したひらがなや動詞を学習するためのオリジナル教材です。彼らの原案を基に、ベトナムの生徒が学びやすいように編集し直しました。

完成した「ベトナム語版アソシエーションカード」と「動作かるた」の写真
完成した「ベトナム語版アソシエーションカード」と「動作かるた」

これらの作成には、当センターのスタッフにも協力してもらいました。生徒が楽しく興味を持って日本語学習に取り組めるよう、この活動から生まれた「ベトナム語版アソシエーションカード」と「動作かるた」という教材を、今後の当センターの日本語教育支援に活用していきたいと思います。

3.『いろどり』説明会実施中!

2019年4月より、即戦力となる労働人材を確保することを目的とした新たな在留資格「特定技能」が新設されました。当センターでは、特定技能などによる、日本での生活、就労を目的とした学習者を教えている教育機関への支援を昨年2019年11月より開始しました。現在は、専門家1名に加え、生活日本語コーディネーター2名、調整員1名、ベトナム人スタッフ2名の計6名で業務を行っています。これまでに約50の送出機関、短期大学などを訪問し、技能実習など、日本での就労目的の日本語教育の現状把握を行ってきました。

機関訪問だけではなく、教育機関への支援として、『いろどり 生活の日本語』(以下、『いろどり』)という新しい教材の普及活動をしています。『いろどり』は日本での生活、就労を目的とした日本語学習者のために作られた教科書です。

当センターではこの『いろどり』を多くの方に知っていただくために、説明会を行っており、大学、日本語センター、技能実習生の送出機関など、様々な機関の先生が参加されています。説明会では、『いろどり』の模擬授業を行っており、参加者は学習者役として、授業を体験することができます。体験した参加者からは、「学習者同士が話す活動が多く、おもしろい」、「使ってみたい」など、前向きな意見が出る一方、「うまく教えるには練習が必要」などの意見も出されます。いただいた意見を参考に、どうすれば『いろどり』をベトナムの先生に使ってもらえるのかを考える日々です。

(1)『海外の日本語教育の現状 2018年度日本語教育機関調査より』(国際交流基金)によると、2018年のベトナムの学習者数は前回の2015年の調査から約10万人増加の174,521人、機関数は約600機関増加の818機関、教師数は約5000人増加の7,030人であり、前回の2015年の調査から大幅な増加が見られた。
(2) 年度の記載はベトナムの学年暦による。2019-2020年度とは、2019年9月から2020年8月までを指す。
(3) ベトナムの学制は、小学校5年(1~5年生)、中学校4年(6~9年生)、高校3年(10~12年生)である。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation Center for Cultural Exchange in Vietnam
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金の海外拠点の一つで、日本語事業のほか、芸術文化、日本研究・知的交流の分野で文化交流事業を実施している。
ベトナム政府が推進する「国家外国語プロジェクト」のもとで、初等・中等教育の日本語教育の整備・発展に関する日越政府間の協力が合意されており、当センターは初等・中等教育のカリキュラム・教科書作成、教師研修等に協力している。
また、専門家派遣地を中心に中等日本語教師向け研修、巡回指導等を実施するとともに、新規日本語教師希望者、民間や高等も含む現職教師を対象とした新規日本語教師育成特別強化事業を展開し、ベトナムの日本語教育のさらなる発展のための重要課題である日本語教師の数の増加、質の向上に取り組んでいる。
加えて、国際交流基金アジアセンターが実施している「日本語パートナーズ」派遣事業によって、全国の日本語教育を導入している初等・中等学校の大半において、様々な世代の日本人がベトナム人教師のアシスタントとして活動し、生徒に直接に日本人と話す機会、日本文化に触れる機会を作っている。
ハノイ、ホーチミンでは、一般人対象のJF日本語教育スタンダード(JFS)準拠教材の『まるごと 日本のことばと文化』を使用した日本語講座を開講し、JFSの考え方や『まるごと 日本のことばと文化』のベトナムでの活用、導入の促進を図りつつ、各レベルのベトナム語版を順次出版している。 
また、2019年4月より開始された特定技能制度にも対応して、日本での就労希望者等を主な対象とした、日本で生活をするために必要な日本語(生活日本語)の普及事業を実施しており、関係する大学、短大、送出機関、職業訓練校等における日本語教育基盤整備およびその教師に対して説明会、勉強会、研修等による支援を行っている。
所在地 27 Quang Trung, Hoan Kiem, Hanoi, Vietnam
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:8名、指導助手:1名、生活日本語コーディネーター2名(うちホーチミン市:専門家2名、ダナン市:専門家1名派遣)
国際交流基金からの派遣開始年 2008年
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