世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)留学経験を共有するために

バクー国立大学
坂下 太一

アゼルバイジャンにおける日本のイメージ

「どこから来たの?日本?テクノロジーの国だね?」
海外でタクシーを利用していて、運転手からこんなことを言われた経験がある方も多いのではないでしょうか。アゼルバイジャンでも日本と聞いて、まずは車や電化製品などをイメージする人が多いようです。また、若い人たちには日本料理が人気です。特に人気なのは巻き寿司で、首都バクー市内には巻き寿司の専門店も数多くあります。こうして見ると、アゼルバイジャンでも日本文化が普及しており、身近に感じられているように感じられます。しかし、在留邦人の少なさから、日本人と直接交流した経験のあるアゼルバイジャン人はそれほど多くはありません。近年では休暇に海外旅行をする人も増えていますが、旅行先は隣国のトルコやジョージア、ヨーロッパが中心で、日本に興味があっても、実際に訪問した経験がある人もほとんどいません。

アゼルバイジャンで人気の巻きずし
アゼルバイジャンで人気の巻きずし

日本への留学状況

アゼルバイジャンでは、経済的な理由から私費留学を希望する学生はほとんどおらず、大学在学中に奨学金をもらって留学するか、授業料が免除になる協定大学の交換留学プログラムに参加して留学することがほとんどでした。しかしながら、アゼルバイジャンでは、中等教育機関での日本語教育が十分に普及しておらず、ほとんどの学生が大学入学後に日本語学習を始めることになるため、大学在籍中に留学に必要な日本語能力を習得し、奨学金を得ることは容易ではありません。また、アゼルバイジャン人の中で「日本は物価が高いから生活できない」という漠然としたイメージが定着しており、交換留学プログラムにも参加する学生が数年間出て来ませんでした。

手を挙げた二人の学生

2018年1月、交換留学プログラムに2名の男子学生が参加を申し出てきました。決して優秀とは言えない二人でしたが、彼らの熱意に打たれた私は、他の先生と協議し、留学までに半年間の課外授業を受講することと、受け入れ先の大学から指定された日本語能力を満たすことの2点を条件として、交換留学への参加を承認しました。そして半年後、条件をクリアした2名の学生は協定大学へ1年間交換留学生として留学することになったのです。

アゼルバイジャン人の目で発信される日本生活

私は留学を前にした二人の学生に、課題を与えました。彼らの登録しているSNSを使って、できるだけ多く、日本生活の様子を発信するように伝えました。数年間伸び悩んでいる留学希望者への良い刺激になって欲しいと考えたからです。

留学中の彼らのInstagramFacebookは日々更新されていき、留学生活が充実していることがうかがえました。また、日本の道路や駐車場、ショッピングモールなど日本人から見れば全く特別なことではないものも、彼らの目には新鮮であったようです。私たち日本人が発信するよりも、彼らのSNSからはアゼルバイジャン人にとって魅力的なものが「日本文化」として発信されていきました。私の期待していた通り、彼らのSNSを見たアゼルバイジャンの学生達は、日本の生活を想像することができるようになり、次第に憧れるようになっていきました。それと同時に、学生の両親も同じアゼルバイジャン人が留学するのをみて、安心し、日本留学を前向きに考えてくれるようになっていったようです。

二人は2019年9月に帰国しましたが、弁論大会などのイベントや、彼らの体験した「日本文化」を後輩のために発表する機会を作っています。やはり留学経験者の話は、アゼルバイジャン人にとって共感できるものがあり、日本が身近に感じられるようです。

交換留学プログラムに参加中の留学生
交換留学プログラムに参加中の留学生

2人の留学生の影響

彼らの影響もあって、翌年の2019年にはバクー国立大学からは3名、アゼルバイジャン言語大学からは2名の学生が交換留学プログラムに申し込み、留学しています。また、難易度の高い試験として避けられる傾向のあった日本語・日本文化研究生試験も、受験者数が増加し、2019年には3名の学生が奨学金を得て、留学することができました。

2019年には留学生同窓会「JAAA - Japan Azerbaijan Alumni Association」が発足しました。この会では留学経験者間の交流の促進と、留学経験を生かせる場を増やしていくことを目的としているそうです。日本留学の価値を理解した人たち同士が協力して、彼らの留学経験を、今後アゼルバイジャンの社会にどのように還元していくのか、非常に楽しみにしています。

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