世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)大学と大学生の日常と、日本語講座におけるひとつの変化

モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学
森林 謙

任期終了につきモスクワについてご紹介するのは3回目の今回が最後となるので、これまでを振り返り、まとめてみます。

ロシアの日本語学習者は、アジアなどと比較すると数の点では少ないのですが、自らの意志で日本語を学んでいるか、学習意欲の高さといった点で非常に特徴的です。例えば、あるeラーニングのコースでは、修了率の世界平均が30%ほどであるのに対しロシアでは80%でした。簡単なことよりも難しいことのほうがやる気も高まる傾向もあるようです。

1.大学生の日常、様子

日本への興味や日本語学習のきっかけとしてマンガやアニメといったポップカルチャーの影響は世界的なものと言えるでしょうし、こちらの大学生にもその影響は見受けられます。しかし、全体的な印象ではより伝統的なものへの興味関心が高いようです。多くの文豪が生まれ、クラシック音楽やバレエ、絵画など豊かな芸術文化を擁するロシアならではの影響があるのかもしれません。マンガは読んだことがないし今後も読まないだろうという学生も珍しい存在ではありません。

(他でもそうかもしれませんが、)一般に日本語は非常に難しい言語であるとされていて、学生たちも入学を決めた時点である程度の覚悟はできているようですが、課題に追われる日々はかなりハードです。自宅や寮に帰ると、夕食と少しの休憩を挟んですぐに課題に取り組み、就寝は午前1時や2時になるようです。サークルやクラブ活動もあることはあるのですが、それらに費やす時間は非常に僅かなようです。アルバイトをしたとしても家庭教師をするぐらいで、飲食店などでアルバイトをするようなことはかなり稀のようです。また、日本では新歓コンパなどで大学周辺の駅などで学生が酔いつぶれていたりする姿などを見かけたりすることがありますが、こちらではあり得ないことです。

普段の暇なときの過ごし方としては、読書をしたり音楽を聞いたり、余裕があれば映画を観たりすることもあるようですが、家族や友達とおしゃべりをしながらのんびり散歩をすることが多いようです。散歩をしたくなるような街並みや公園が多く、よく整備されていたりすることもその理由の一つかと思われます。幼少期からのピアノ、バイオリン、絵画、バレエ、アイススケートなどの習い事や勉強などの面ではストイックである一方、日常的には素朴で地に足のついた、心に余裕のある生活をしている印象を受けます。

学生たちの日本に対する印象が良すぎると言っていいほどなので、それぞれにとっての「実際の日本」を知ったときに幻滅してしまわないかと思うこともありますが、今後も自らの力と可能性と信じてそれぞれの道を歩んでいってほしいと願っています。

文学専攻1年生の写真と学習ノートの写真
文学専攻の1年生と学習ノート

2.JF講座(一般向け日本語講座)における変化

2016年秋、赴任直後に気になった点の一つとして、交流の場として設けられているはずのビジターセッションの出席率が普段よりも低くなりがちなことがありました。その後、改善を図った(「2017年度をご参照ください」)結果、出席率は15~20%ほど上昇し、ビジターセッションの日だけ極端に出席率が下がるようなことはなくなりました。

受講生がデザイン、実践したビジターセッションの様子
受講生がデザイン、実践したビジターセッション

また、あるクラスでは、受講生たちが自分たちでビジターセッションの活動のデザインと準備をするようになりました。ロシアでよく知られているクイズ番組をヒントにしたもので、受講生たちがロシアの日常生活などに関するクイズをつくり、ビジターが答えるというものです。司会などの役割分担も受講生同士で行い、アイスブレイクや活動の活性化に大きな効果をもたらすようになりました。ビジターや受講生の間から、「今までにない盛り上がりだった」、「ロシアについてより理解するきっかけになり以前よりも話が弾むようになった」など参加者にとって非常に満足度の高い活動となりました。クイズの答えからロシアについての情報を得るだけでなく、クイズ後グループごとに分かれて話をする際に、クイズの答えの背景や根拠について互いに知ろうとしたり説明したりし合う中で自然と活発なやりとりにつながっていくようです。

このように受講生たちが自発的に活動をデザインし実践する動きは、他のクラスにも波及しはじめました。有意義かつ楽しいと感じられることは自然と広まるものです。 このような受講生の間で主体的自律的な動きが始まったことは非常に喜ばしいことではありますが、学習を進めて行くと必ずぶつかる壁があります。それは、中級レベル以降の学習者たちにとっての「居場所」がJF講座にもその他民間の機関にもないことです。簡単に解決するものではありませんが、いつかこのような問題が解消されるような状況になることを願うしかありません。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称 モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学
Institute of Asian and African Studies, Moscow State University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
本学は、ロシアを代表するモスクワ国立大学内のアジア・アフリカ地域を対象とした研究・教育機関であり、言語教育の共通シラバス策定も担っている。日本・日本語研究では、文学、日本語教科書の執筆、通訳等、第一線で活躍している教授陣によって教育・指導が行われている。
専門家は本学での日本語クラスの担当とともに、モスクワ日本文化センターの日本語講座の管理運営に携わり、在ロシア日本国大使館への協力も行う。
所在地 Mokhovaya St., 11, Moscow, 125009 Russia
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学日本語学科
学生は日本語学科に所属するとともに、言語・文学、経済、政治、歴史、それぞれの専攻学科に所属する。
日本語講座の概要
沿革
  講座(業務)開始年 1956年
  国際交流基金からの派遣開始年 1993年
 
コース種別
  専攻
 
現地教授スタッフ
  18名(うち邦人1名)
学生の履修状況
  履修者の内訳 1年29名、2年30名、3年25名、4年16名、修士他17名
  学習の主な動機 日本の文化・歴史・社会等への関心、近年はポップカルチャー
  卒業後の主な進路 進学、教員、研究者、外交、マスコミ、日系企業等
  卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N1~N2程度
  日本への留学人数 年間10名程度

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