世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)シベリアの日本語教育専門家派遣20年、そしてその先へ

ノボシビルスク国立大学
三森 優

20年にわたる日本からの専門家派遣事業ですが、いよいよ、現地の皆さんにバトンを渡す時が来ました。 残り少ない任期ですが、ここではノボシビルスク国立大学、さらにノボシビルスク市やノボシビルスク近隣(と言っても、どこも鉄道で片道文字通り一晩かかるような距離のところですが)の日本語教育についてご紹介します。

ノボシビルスク国立大学の日本語教育

私の赴任先であるノボシビルスク国立大学は、ノボシビルスク市から車で1時間の郊外の研究都市にあります。所属先となっている東洋学学科では、約50名の学生たちが日本語を第一外国語として学んでいます。国際交流基金の日本語専門家(以下、専門家)は、日本語を第一外国語とする全ての学生たちと毎週一緒に勉強しています。ロシアの方々は他人に対してあまり感情をはっきり見せない傾向があり、学生たちも概して大人しいですが、そんな皆さんが授業で笑顔になってくれる時は、とてもうれしく思います。

学科には、学科長をはじめ日本語を話す教師も、私の他に6名います(日本語科目4名、日本関連科目2名)。ただ、日本人教師は私一人だけです。これらのロシア人の先生方とは、適宜各クラスについて相談をしながら授業を進めています。先生方とは、不定期に学科室でお会いしますが、その際にクラスについての話だけでなく日本語や研究についての質問を受けたりもします。

専門家は通常授業の他にも、大学で行われる国際学術会議や学生学術会議、外国文化紹介イベントなどの行事に協力・参加しています。既に20年間日本語の専門家を受け入れているノボシビルスク国立大学では、依然として日本人と接する機会は乏しいですが、学科の先生方も自分なりの教授スタイルを確立し、毎年一定レベルの卒業生たちを輩出できるようになっています。

ノボシビルスク、西シベリア地域と日本語教育

上述のノボシビルスク国立大学の仕事の他に、専門家はノボシビルスクの他の日本語教育機関や、さらに西シベリア地域の機関への支援も行います。ノボシビルスク市内では、ノボシビルスク国立工科大学及び付属リツェイ(注:「リツェイ」は初中等教育機関の一種)、ノボシビルスク国立教育大学、ノボシビルスク国立経済経営大学や、さらにノボシビルスク市が運営しているシベリア北海道文化センター、ノボシビルスク市第4番ギムナジウム(注:「ギムナジウム」も初中等教育機関の一種)、第130番リツェイでも日本語が学ばれています。また、12月には日本語能力試験(以下、JLPT)も実施されており、これらの機関の先生方とも協力しながら、JLPTなどの日本語教育関連事業実施支援を行っています。

これまでも、シベリア北海道文化センターが行う各種日本文化事業、西シベリア地域の弁論大会、教師セミナー、工科大学での学術会議や弁論大会、東洋文化イベント、各大学や学校での特別授業など、様々な行事へ協力を行ってきました。赴任先であるノボシビルスク国立大学は市内から離れた郊外にあるため、市内の機関の皆さんとそこまで頻繁に会うというわけにはいきませんが、市内ではそれぞれの機関で活発に日本語教育が行われており、各機関で行われる行事のたびに、先生方にもお会いし意見交換しています。

ノボシビルスク市は札幌市と姉妹都市で、日本からも度々お客さんがお見えになっています。日本とノボシビルスクは物理的にも心理的にもまだまだお互い「遠い」場所かもしれませんが、ノボシビルスク―成田間の直行便も週1便ですが運行されるようになった現在、日本とのさらなる交流が期待されています。

また、ノボシビルスク市の他にも、トムスク、オムスク、クラスナヤルスクの各都市へも出張し、弁論大会への協力やそれぞれの機関での授業、日本語教育に関する相談受付なども行っています。トムスクでは学内の弁論大会を拝見しましたが、パワーポイントを使った発表形式、また、妖怪の話など多岐にわたるテーマの弁論を興味深く聞きました。オムスクでは、同市の数少ない日本語教師と授業についての意見を交換もできましたし、クラスナヤルスクでは日本センターにお邪魔して、折り紙のクラブにも参加させていただきました。どこの町の皆さんも、日本人と接する機会が非常に少ない状況のなか、それぞれ興味あるものを通して、日本語や日本について学んでくれているのだな、と嬉しく感じました。また、各地で日本語教育に携わっておられるロシア人、日本人の先生方の頑張っている姿にも、勇気をもらっています。

東洋学学科主催の国際学術会議の写真
東洋学学科主催の国際学術会議

2020年、そして、これから…

さて、2019年末から世界は、人類は、大きな試練を迎えています。シベリアの地、ノボシビルスクでも、あっという間にその大きな災いの波に飲み込まれてしまいました。ノボシビルスクでは、2020年3月第2週に市内各大学の学長が集まる会議が行われ、第3週初めには、派遣先の東洋学学科が所属する人文学院(学部レベル)の会議で遠隔授業への移行が決定されました。その決定翌日の授業からすぐに遠隔授業への移行を行わなければならない事態となりましたが、既にこれまで度々ビデオ会議システムの「Zoom」を使っていたこともあり、割とスムーズに遠隔授業へシフトすることができました。

何より今回の遠隔授業への移行の際に「素晴らしい」と感じたのは、学生たちが特に苦も無く対応してくれたことです。「遠隔授業ではコレコレを使うから準備しておいて」と言っただけで、皆さんすぐに対応できる。このように変化への柔軟な対応ができたのは、ひとえに皆さんの若さと、何よりやはり優秀さによるものなのだな、と感心しました。

ロシアは皆さんご存知の通り、とても大きな国です。広大な国土に多くの町が散らばっています。ノボシビルスク周辺の各都市も、日本の感覚からするとたいそう離れたところにまさに点在しています。このように物理的に簡単にお互い会うことができない場所ですが、だからこそインターネットの上手な活用が望まれます。実際、3月末にはオンラインでセミナーを行うことができました。ロシアの日本語教育界にいる人材は、皆さん優秀です。現在の「禍」を奇貨として、オンラインでのやり取りを活発化させるような、まさに「災い転じて福となす」ことができれば、今回の事態も「辛い」だけではなく、ポジティブに捉えられる余地があるのではないか、せめてそう思いたいと、今業務を続けています。

来年度以降、シベリアだからこそ、今だからこそ、新たな形での交流が活発になることを祈っています。

クラスナヤルスク日本センター折り紙クラブの様子の写真
クラスナヤルスク日本センター折り紙クラブの様子

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Novosibirsk State University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ノボシビルスク国立大学の日本語講座は、西シベリア地域の日本文化研究・日本語教育において中心的役割を果たしている。多くの卒業生が日本語教師、翻訳・通訳家、東洋学研究者として活躍している。専門家は、人文学研究科東洋学学科での日本語授業の他、イベント運営協力、留学相談、また現地教師への教材や授業についてのコンサルティングなどの業務を行う。
所在地 Pirogova str.1, Novosibirsk, 630090, Russia
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
人文学研究科東洋学学科(以下、東洋学科)、日本研究センター(以下、日本センター)
日本語講座の概要
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