日本語教育通信 授業のヒント
文化の見方を深めるデジタルポートフォリオの活用
授業のヒント
このコーナーでは、海外の日本語教育の現場で、すぐに応用できる具体的な教え方のアイデア、ヒントを紹介します。
目標 |
---|
|
対象レベル |
|
クラスの人数 |
|
準備するもの |
|
「ポートフォリオ」とは
いま、異文化理解能力の育成は多くの国で学校教育の目標に取り入れられています。日本語国際センターの日本語教師研修の中でも、異文化理解能力の育成が研修の目標の一つとして掲げられています。その目標を達成させるために使われているツールの一つとして、JF日本語教育スタンダード (以下、JFS)が提案しているポートフォリオを挙げることができます。
ポートフォリオは、学習者のニーズ、学習の目的に合わせて、学習の過程、成果を自分で自由に記録・保存するものです。当センターで使っているポートフォリオは以下のものです。
- (1)評価表
- (2)言語的・文化的体験の記録
- (3)学習の成果
(2)の「言語的・文化的体験の記録」には、日本で見たことや聞いたことの中で不思議に思ったことや面白いと思ったことを記録したものなどを入れます。それを通して自分と違う言語や文化に対する理解を深めることができるだけでなく、自分の文化についても新しい視点や態度を得ることができます。それが異文化理解能力の育成に繋がります。注1
2019年度海外日本語教師日本語研修で活用した「デジタルポートフォリオ」について
2019年度海外日本語教師日本語研修(以下、2019日本語研修)は約6週間の研修で、17カ国・地域から27名の外国人日本語教師が参加しました。研修の目標は、教師として必要な日本語運用力を伸ばすことと日本に対する理解を深めることです。
研修の始めに研修参加者に日本の印象について聞いてみると、ほとんどの人は「便利」「きれい」と言っていて、その例としてよく挙げられたのは自動販売機、コンビニ、電車、トイレなどでした。これだけですと、日本文化に対する理解は文化の見える部分、つまり表面的なものに留まってしまい、社会的な背景やものの考え方に気付かないおそれがあります。注2
自分とは異なる文化に触れたとき、自文化と比較してみたり、社会的な背景やものの考え方、つまり文化の見えない部分について考えたりできるようになるためには、どうしたらいいのでしょうか。
2019日本語研修では、異文化理解を深める取り組みの一つとして「デジタルポートフォリオ」を活用しました。デジタルポートフォリオは上述の「(2)言語的・文化的体験と学び」を記録するためのものです。今回の「授業のヒント」では、デジタルポートフォリオの活用法と効果について紹介したいと思います。
デジタルポートフォリオの作り方とその実例
図2 2019日本語研修で使ったデジタルポートフォリオのフォーム【PDF:321KB】
デジタルポートフォリオという名前は、スマートフォンやデジタルカメラで撮ってきたデジタル素材を活用することから由来しています。
研修参加者は、まず、街を歩いているときに見かけたびっくりしたもの、わからないものなどを写真に撮って、フォームの「写真」の欄に貼り付けます。それから①「説明」と②「思ったこと」を書きます。実は、以前使っていたバージョンでは①と②しかありませんでした。②でどうして撮ったのか、その背景について考えたことを書いてもらおうと思っていましたが、実際は、「便利」「きれい」などと表面的な感想で終わってしまっていました。そこで、今回は③「他の人のコメント」と④「感想」を付け加えました。どうしてバージョンアップしたかというと、③他の人の考えを聞くことを通して、④では自分の考えをより広く、より深くすることができると考えたからです。
2019日本語研修の研修参加者が実際に作ったデジタルポートフォリオを見てみましょう。取り上げられたのは、街で見かけた食品サンプルです。
図3 2019日本語研修で作ったデジタルポートフォリオの実例1(第1段階)
①には、飲食店の前に陳列されているメニューには値段だけでなく、食品サンプルもあるという説明が書かれています。②はその時点で思ったことを書く欄ですが、自分の国では見たことがないのでびっくりしたということが書かれていて、なぜ食品サンプルがあるのか、どんな効果が期待できるのか、といった考察には至っていないようです。
ここから先の③と④は教室に持ってきてから作業を続けます。③では、まず、自分の見つけたものの写真を、他の人に見せて説明し、その人が思ったことなどコメントをもらいます。そして、もらったコメントを書き入れます。④には、そのコメントを受けて、もう一度考えたことを書きます。
図4 2019日本語研修で作ったデジタルポートフォリオの実例1(完成版)
③「他の人のコメント」欄には、その食品サンプルを見て、おいしそうだと書かれています。④「感想」欄には、ふつうのメニューより食品サンプルのほうがはるかに楽しくてよいと書かれています。②の「びっくりした」と比べて、どうして食品サンプルが使われているかについて考えが深まったことがわかります。
デジタルポートフォリオの実施方法
まずデジタルポートフォリオのフォームをデータ形式で渡します。今回は毎週2枚以上を課題として出しました。研修参加者はフォームに写真を貼って①と②を入力したらプリントアウトして、ホームルーム注3の時間に持ってきます。そこで、写真を見せながら、「あなたの国にもありますか」「あなたの国にこれと似ているものはありますか」「どうして日本にこれがあるのでしょうか」「これは誰のためのものですか」などの質問をします。それから、他の人のコメントとして聞いたことを③に記入して、さらに自分で考えた感想を④に書き入れます。全部完成したら、提出してもらい、最後に教師が確認します。
この活動の注意点!
1.言語面でのチェックはなるべく少なめにすること
文化の見方を深めることがこの活動の目的なので、意味がわかれば、教師は特に日本語の間違いを直さないことを事前に学習者に知らせておきます。
2.正解はないこと
結論を出すための活動ではなく、プロセスを大事にする活動なので、見方がいろいろあっていいということも知らせておきます。
3.評価の仕方
評価する場合は②と④を比べて自分の考えが広がったかどうか、深まったかどうかにポイントを置きます。また書かれているものだけでは、考えにあまり変化が見られないようでも、学習者の頭の中ではすでに何らかの変化が生じている場合もあるので、教師が評価するよりも学習者に自己評価をさせたほうがよいと思います。学習者のポートフォリオの中からモデルになるようなものを見つけて、フィードバックに使ったり、一定の期間を経たあと、発表会を開いたりするのも見方を深める方法の一つだと思います。図5の実例2では、②のところでは、カラスが悪い鳥だという見方になっていましたが、④のところでは、これからカラスを見ても怖くないと書かれています。これは異文化理解への大事な一歩だと見ることができます。
図5 2019日本語研修で作ったデジタルポートフォリオの実例2
海外で活用する場合の工夫について
今回紹介したデジタルポートフォリオは日本国内では活用しやすいですが、海外では少し工夫が必要です。
まず、使う写真ですが、わざわざそのために日本に撮りに行くわけにはいかないので、学習者にネット、映画、ドラマ、アニメ、漫画、雑誌などから探してもらうのがよいと思います。最近日本へ旅行に行く人も増えているので、その人から見せてもらうこともできるのかもしれません。
次に、言語面のことですが、文化の見方を深めるための活動なので、学習者が日本語以外の媒介語で意見交換ができる場合は日本語の使用にこだわることなく、母語などの媒介語を使ってぜひ活発に議論するといいでしょう。
文化の見方を深めるためにデジタルポートフォリオを使ってみましょう!
注:
- 1:国際交流基金(2017)『JF日本語教育スタンダード【新版】利用者のためのガイドブック』、p26
- 2:ヒューマンアカデミー(2011)『日本語教育能力検定試験完全攻略ガイド第2版』、p336、翔泳社
- 3:ホームルームは研修スケジュールや生活に関する諸連絡を伝達したり、ポートフォリオの共有や学習内容をふり返ったりするために、クラスに分かれて行う週2時間の授業のことです。
参考文献:
- JF日本語教育スタンダード
https://jfstandard.jp/summary/ja/render.do - JF日本語教育スタンダード【新版】利用者のためのガイドブック
https://jfstandard.jp/pdf/web_chapter1.pdf#page=23 - 「JF日本語教育スタンダード」準拠コース事例集2015‐JF講座における実践‐
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/education/jf/case/2015/pdf/jf2015.pdf
(高 偉建/日本語国際センター専任講師)