日本語教育通信 授業のヒント
「語彙マップ」を作ってみよう!
- 授業のヒント
- このコーナーでは、海外の日本語教育の現場で、すぐに応用できる具体的な教え方のアイデア、ヒントを紹介します。
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語彙を増やそう
日本語学習において、語彙はとても重要な役割を担っています。四技能(聞く・話す・読む・書く)のどの能力においても、語彙力は密接に関わっています。日本語母語話者は、生活の中で自然とことばを身につけていきますが、日本語学習者は、自然習得には限界があり、教室の中で意識的に学習をしていく必要があります。しかし、実際の授業では、言語項目の中で文法が重視されることが多く、語彙学習に充てられる時間は少ないのではないでしょうか。今回は、授業中に手軽に取り入れられる学習法の一つとして、語彙マップを紹介します。
語彙マップとは
語彙マップとは、ある特定のトピックについて関連のある語彙や表現を連想してつなげていく概念地図のことで、学習者、学習者と教師、または学習者同士で作成します。紙の中央にトピックとなることばを書き、関連のある語を線で結んでいきます。
図1、図2の語彙マップは、学習者自身が自由にトピックを決めて書いたものです。図1のように、品詞を特定せず、「春」(名詞)、「きれい」(形容詞)、「散歩する」(動詞)など、思いつくままに自由な発想で書くのもよいでしょう。また、図2の語彙マップは、イラストや写真などを使って作成されています。具体的な絵や写真などのイメージ情報は印象に残り、記憶も促進されると言われています(Paivio, 1990)。
語彙マップの特長
1)意味概念を利用した語彙学習ができる
学習者がすでに持っている背景知識や概念を利用して、日本語の語彙を学ぶことができます。特に成人学習者は、母語での知識が豊富にあります。まずは、ある特定のトピックを通して母語で持っている概念を広げていき、その後で適当な日本語の語をあてはめていくと、無理なく語彙を覚えることができます。
2)語彙知識を可視化できる
学習者が自身の語彙知識を整理したり、授業の後で学びを確認したりすることができます。例えば、日本語の授業で「学校」に関するトピックを扱う場合、授業のはじめに、「学校」の語彙マップを作成させます。そして、授業終了後、ペンの色を変えて、新しく覚えたことばを書き足します。このように学習のプロセスを記録することによって、「知っている語が増えた!」と、学びを実感することができます。また、教師側も授業のはじめに、語彙マップを参考に学習者に必要な語を導入・説明したり、間違いを訂正したりすることができます。
3)学習者の興味・関心のあるトピックから語彙を広げることができる
J-POPや日本のアニメが好きな人、着物や茶道など伝統文化に興味がある人など、学習者の興味・関心はそれぞれです。トピックを指定せずに語彙マップを書かせてみると、「インスタグラム」「動物園」「私の旅行体験」など、個人の経験や感覚に基づく様々な語彙が飛び出し、時には日本語母語話者も知らないようなことばを学習者から学ぶこともあります。このように、学習者の興味や関心に引きつけた語彙マップの作成は、学習者の「楽しい!」「やってみたい!」という好奇心を刺激し、学習意欲を高める効果があります。自由トピックの語彙マップを作った後で、学習者同士で共有する時間を設けるとよいでしょう。日常生活では触れることのない語に出会えたり、また専門的な語彙を相手にわかりやすく説明する力を身につけることができます。
そのほかにも、4)語彙マップを見ながら、繰り返し学習したことばを確認することができる、5)語彙マップを作成することで、知っている語から使える語になる、6)作文活動やディスカッションの前作業として語彙マップを活用することができる、などの特長があります(Nation, 2013)。
それでは、次に、6)の事例として、作文活動に語彙マップを取り入れた実践を見てみましょう。
作文活動に語彙マップを取り入れた実践例
産出活動(作文、スピーチなど)の前作業として、語彙マップを活用する方法があります。作文活動での実践は、飯嶋(2015)でも報告されています。産出活動に必要な語の確認をし、内容や構成を考えるという点で、語彙マップは優れていると言えます。
ここでは、『まるごと初級1A2 りかい』の10課「いつか日本に行きたいです」の作文課題注1を例に紹介します。
1)語彙マップの作成
まず、語彙マップの中央に学習者の名前を書きます(図5)。そして、(学習者が)「興味のある国」「その国で興味のある文化」→「その国でしたいこと」「(経験したものについては)その感想」などについて書き、語彙マップを広げていきます。語彙マップというと、語のみの広がりをイメージしますが、初級学習者は語彙、文法、表現を同時に学習している段階なので、語彙だけではなく、その課で覚えた文法、表現、助詞なども一緒に書き込むとよいでしょう。例えば、図5では「図書館」―「しょうらいいきたいです」、「Camel」(ラクダ)―「のりたいです」と書かれており、学習者が「名詞+動詞」の共起表現を意識的に学習している様子がわかります。また、この課で新しく学習した「~たいです」を使ったり、「楽しみです」などの定型表現を付け加えたりしています。はじめからまとまりのある文章を書くのは難しいため、語彙マップの作成を通して学習した文型や語彙を復習しながら、作文の構成を練っていきます。わからない語があれば、まずは母語で書き、その後で辞書で調べたり、教師に聞いたりしてもよいです。
2)作文を書く
次に語彙マップをもとに作文を書きます。すべての内容を反映させる必要はありません。特に書きたいと思った内容を選び、文章化します(図6)。
図6 図5の語彙マップをもとに書かれた作文
語彙マップの注意点
語と語を関連付けて覚えるのは、第二言語習得研究においても効果的であることがわかっていますが、まだ定着していない新しい語同士を結びつけて覚えると、学習者が混乱してしまうことがあります(Tinkham, 1997)。例えば、野菜の名前を一度に覚えようとすると、何が「はくさい」で、何が「にんじん」なのか、最終的にわからなくなってしまうことがあります。
また、今回は学習者が作成する語彙マップを中心に紹介しましたが、教師が学習者との対話の中で、語彙を引き出したり導入したりしながら一緒に作成する方法もあります。教材注2を参考に、教師から提示するのもよいでしょう。
語彙マップは、とても便利な語彙学習法です。視覚的にもわかりやすく、学習がもっと楽しくなります。ぜひ、みなさんの授業にも語彙マップを取り入れてみませんか。
注:
- 1.この作文シートは「まるごとサイト」から無料でダウンロードすることができます。
<https://www.marugoto.org/download/elementary1_c/> - 2.『語彙マップで覚える漢字と語彙 初級1400』や『にほんご語彙力アップトレーニング』などの教材が非常に役に立ちます。
参考文献:
- 飯嶋美知子(2015)「語彙マップを掲載した漢字教材を使用しての漢字授業―語彙習得から作文へ―」『JSL漢字学習研究会誌』7, 19-28.
- 国際交流基金(2011)『国際交流基金日本語教授法シリーズ3 文字・語彙を教える』ひつじ書房
- 徳弘康代(2016)「語彙マップを用いた初級漢字語彙教材の開発」『JSL漢字学習研究会誌』8, 15-19.
- Nation, I.S.P. (2013). Learning vocabulary in another language. Second edition. Cambridge: Cambridge University Press.
- Paivio, A. (1990). Mental representations: A dual coding approach. New York: Oxford University Press.
- Tinkham, T. (1993). The effect of semantic clustering on the learning of second language vocabulary. System, 21, 371–380.
参考教材:
- 徳弘康代(2014)『語彙マップで覚える漢字と語彙 初級1400』ジェイ・リサーチ出版
- 木下謙郎・三橋麻子・丸山真貴子(2015)『にほんご語彙力アップトレーニング』アスク出版
(池田 香菜子/日本語国際センター専任講師)