日本語教育通信 授業のヒント 作文の評価にルーブリックを使ってみませんか
授業のヒント
このコーナーでは、海外の日本語教育の現場で、すぐに応用できる具体的な教え方のアイデア、ヒントを紹介します。
2024年6月
国際交流基金日本語国際センター
学習者が書いた作文などを、みなさんはどのように評価し、フィードバックしていますか。「誤りを赤ペンで添削する」「文法や語彙の誤りを指摘し、減点していく」「読んだあと自分の判断でABCをつける」「チェックポイントをあらかじめ決めておき、それが書かれているかどうかを見る」…いろいろな方法があると思います。どのような方法で行うにしても、学習評価では「公平であること」「信頼できること」が重要です。作文を評価するときは、ルーブリック注1を使うと便利です。今回はルーブリックを使った評価方法をご紹介します。
ルーブリックとは

ルーブリックとは、評価シートの一種で、ある課題をいくつかの構成要素に分け、その要素ごとに評価基準を満たすレベルについて詳細に説明したマトリクス表のことです(ダネル・スティーブンスほか 2014:2、右図参照)。ルーブリックは、スピーチ、レポート、プロジェクトワーク、模擬授業などのパフォーマンスを評価するときに用いられます。『JF日本語教育スタンダード【新版】利用者のためのガイドブック』(2023)にはルーブリックの作り方が詳しく解説されていますが、初めて作るには作業が多く複雑で、負担が大きいです。そこで今回は、JF日本語教育スタンダードに準拠したコースブック『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)シリーズの公式ウェブサイト「まるごとサイト」内の教師用リソースの中にあるルーブリックの例を少しカスタマイズして作る方法をご紹介します。サイトの教師用リソースのうち、中級1と2には、「口頭テスト・作文テストの評価表の例」という資料があります。この資料には、「口頭テスト(会話)」「口頭テスト(長く話す)」「作文テスト」の3つのルーブリックの例が載っており、クラスに合わせて書き換えたり、翻訳したりして使うことができます。ここでは「作文テストの評価例」を見ながら、まずルーブリックの構成を確認していきます。
『まるごと』の作文テストの評価例
はじめに横の軸を見ていきましょう。横の軸には「尺度」が並んでいます。このルーブリックの尺度は4つですが、粗くて3つ、細かくて5つで作るのが一般的です。それぞれの段階を「がんばって/もう少し/できた/すばらしい」や、「あと少しで達成/達成/十分に達成」など、学習者にわかりやすく、前向きな表現で記述します。言葉と数字を組み合わせ、「がんばって(1/2/3)」のように1つの尺度をさらに細かくすることもできます。
次に、縦の軸です。縦の軸には、「評価の観点」が並んでいますが、ここは「全体的評価」と「分析的評価」の2つの部分でできています。薄いブルーの部分が、「全体的評価」です。「全体的評価」では、作文をどの程度うまく書けたか、メッセージが伝わったかといったタスクとしての達成度を評価します。それに対して、一方の色がついていない部分は「分析的評価」と呼ばれ、「文法」「表記」など、言語を細かく分けて、知識の質と量を評価します。「分析的評価」は、「評価の観点」をあまりに細かくすると評価に時間がかかります。複数をまとめたり、思い切って対象外としたりするなどして、評価する目的に合わせて適切な数になるようにします。「評価の観点」は、教師が必要だと判断すれば、「読み手意識」「意欲や態度」「他者との協働」「情報検索能力」など、言語項目以外の項目を含めてカスタマイズすることができます。
ルーブリックの各欄には、「できること/できないこと」を具体的に解説した「評価基準」が書かれています。このルーブリックの例には、3(評価の観点)×4(尺度)=12の「評価基準」が書かれています。ルーブリックを作るときもルーブリックで評価するときも「できた」の列を起点にします。ここでは日本語で作っていますが、学習者の理解を最優先させるなら、ルーブリックは学習者の母語で作ることが理想です。
ルーブリックを書き換える
授業準備をするとき、教師は教科書を見ながら、「目標は何か」「どのような活動をするのか」「学習者が混乱しそうなところはどこか」「どこにどれぐらい時間をかけるのか」などを確認すると思います。ルーブリックは、授業準備をするとき、授業の目標や内容を反映させて作ります。そして、授業の最後に、準備のときに作っておいたルーブリックを使って評価すれば達成度が適切に測れ、目標、指導、評価に一貫性を持たせることができます。
では、ここからは、以下の通り『まるごと』中級2(B1)のトピック7「お気に入りの映画」パート5「映画レビューを投稿」を使った授業を想定し、先ほど確認したルーブリック例を書き換える方法を解説していきます。
目標 | 最近見た映画について、自分の感想やコメントをレビューサイトなどに書くことができる。(JF日本語教育スタンダードB1) |
---|---|
クラスの学習者 | 成人 |
クラスの人数 | 10人前後 |
使用する教科書 | 『まるごと』中級2(B1) トピック7「お気に入りの映画」パート5「映画レビューを投稿」 |
留意事項 | 読んだ人が見たくなるような映画レビューにすることを学習者に伝え、同時に「読み手意識」について確認をする。 クラスメイトが書いたレビューをお互いに読み合って、魅力的に感じたレビューを選ぶことを伝える。 |
『まるごと』中級2(B1)
トピック7「お気に入りの映画」パート5「映画レビューを投稿」
ルーブリックは、(1)尺度と評価の観点を決める、(2)評価基準を書く、(3)全体を確認するという順番で作ります。今回はなるべく「まるごとサイト」の例を生かしながら、映画レビューを評価するルーブリックにカスタマイズします。
(1)尺度と評価の観点を決める
最初に全体的評価の尺度を決めます。タスクの達成度の尺度は、元のルーブリックを生かして、「がんばって/もう少し/できた/すばらしい」という4つの尺度をそのまま使うことにします。ただし、今回はさらに尺度を細かくするため、個々の尺度をさらに3つ(「1/2/3」)に分けてみます。同じ「できた」でも1であれば「もう少し」に近く、3であれば「すばらしい」に近いことを意味します。こうすることで、1つの「評価基準」の中でもどれぐらい達成できたのか細かく表すことができます。
分析的評価は、「構成」「文法・語彙・表記」の2つに加え、今回のタスクが映画レビューということを考慮して、「読み手意識」を追加することにします。「読み手意識」とは、どんな文章を書くかによって異なりますが、今回は「読み手が親しみを感じる文章を書く」こと、「映画の面白さを伝えようとする意欲が文面から感じられる」こととします。
全体的評価と違い、分析的評価の尺度はさらに尺度を細かくすることはせず、「がんばって/もう少し/できた/すばらしい」の4つのみにします。
映画レビューのルーブリック
(2)評価基準を書く
ルーブリックの枠を作ったあとは、細かい「評価基準」を作ります。「できた」の列から埋めていきましょう。ルーブリックの例をなるべく生かしますが、授業で扱った内容を加えることで映画レビュー用のルーブリックにカスタマイズします。
教科書には、「ア.言いたいことがうまく伝わるレビュータイトルをつける」「イ.好きなところやよかったところ/よくなかったところを考える」という活動があります。これらができたかどうかを測るため、この2点を評価の観点に含めます。作文は、「長さ」も重要な観点になります。記入用フォームを見ると「ウ.全角2000字以内」とありますが、教科書に載っている映画レビューの読解文が600字だったため、学習者が書くレビューも同じく今回は600字にします。「できた」の2段目の評価基準の部分が今回のタスクのために補足した情報です。これらアイウが揃えば、「2」を達成したものと考えます。「1(低め)」は、左隣の評価基準を見て該当する要素がある場合、「3(高め)」は、アイウが揃っていて、さらに右の評価基準に該当する要素がある場合の評価です。「すばらしい」の欄は、右隣にさらに上の尺度がないため、「3(高め)」はなく、「2」までとなります。したがって、このルーブリックの尺度は大きく4段階、細かく11段階となります。
「がんばって」「もう少し」「すばらしい」の欄も同様に情報を入れていきます。分析的評価の部分は手を加えず、ルーブリックの例をそのまま使うことにします。
最後に、「読み手意識」の欄を埋めます。この欄は例にはないため、教師が評価基準を自作して追加します。前に述べたように「読み手意識」とは、(a)「読み手が親しみを感じる文章を書く」、(b)「映画の面白さを伝えようとする意欲が文面から感じられる」の2点をここでは指します。「親しみの気持ち」「意欲」の両方が揃っていれば「できた」、どちらか一方がなければ「もう少し」、両方がなければ「がんばって」とするとうまく3つの尺度に書き分けられます。「読み手意識」は、(a)(b)の2つを満たせば十分であり、それ以上の要素はないため、「すばらしい」は設定せず、「できた」までとします。
(3)全体を確認する
完成したルーブリック全体を見て、「評価基準」にわかりにくいところはないか、尺度は均等になっているか、同僚など周りの人にも見てもらって確認します。これでルーブリックの完成です。
完成した映画レビューのルーブリック
ルーブリックを使う
完成したルーブリックを使って、映画レビューを評価します。評価の際は、先入観が入らないよう、学習者の名前がわからないようにします。評価する際は、最初に「できた」の列の評価基準を確認します。該当すると判断した場合、その欄に〇または✓をつけます。該当していないと判断したら、左、もっと達成していると判断したら右にある「評価基準」に目を移し、該当する欄を探します。隣り合う尺度のどちらにするか判断に迷ったとき、または同一の尺度の中でも1(低め)なのか2(真ん中)なのか3(高め)なのか迷ったとき、2段目にある3つの要素(アイウ)が役に立ちます。例えば、レビュー全体としては「できた」と判断しても、何か足りないと思ったときは「もう少し」の欄を見ます。この欄に「足りない」に該当する要素が1つあれば、「できる」の中でも「1(低め)」と評価します。反対に、よくできていると思ったら、「すばらしい」の欄を見てください。「すばらしい」に該当する項目が1つあれば、「できた」の中でも「3(高め)」と評価します。
評価の信頼性を高めるため、できれば2人以上の教師が、難しい場合は1人が時間をおいてもう一度ルーブリックに記入するようにしましょう。複数の結果を照らし、一致していなかった場合は調整して最終的な評価を出すようにします。全員の評価が終わったら「タスク達成」の4段階(または11段階)ごとに学習者が書いたものを仕分け、評価が極端に違う作文が含まれていないか確認します。ここでは教師による評価の仕方を紹介しましたが、それ以外にも、学習者が自分で映画レビューを評価する自己評価、学習者同士がお互いの映画レビューを評価しあうピア評価にもルーブリックを使うことができます。
おわりに
「まるごとサイト」にあるルーブリックの例をカスタマイズしましたが、作り方に慣れたら、『JF日本語教育スタンダード【新版】利用者のためのガイドブック』(2023)2章を参照し、「みんなのCan-doサイト」を使ってオリジナルのルーブリックを作ることもできます。下に、筆者が作ったルーブリックを2つ紹介しますので、参考にしてください。そして是非ルーブリックの作成にチャレンジしてみてください。
目標 | 将来AIに仕事を取られるかもしれないと不安を感じている悩み相談の記事を読んで、回答者として、自身の経験や感情を表現しながら、現時点での最善策について自分の考えを述べることができる。(JF日本語教育スタンダードB2) |
---|---|
クラスの学習者 | ノンネイティブの日本語教師(母語はさまざま) |
クラスの人数 | 10名前後 |
トピック | 科学技術(AIと人間) |
留意事項 | 回答を読んだ後相談者の心が晴れるよう、書き方に工夫をする。 (例)「一方的に主張を押し付けない」「相談者をばかにしない」「失望させない」 |
例1のルーブリック
目標 | お世話になった日本人に、自分の近況などについて、ある程度詳しく伝える 手紙を書くことができる。(JF日本語教育スタンダードB1) |
---|---|
クラスの学習者 | ノンネイティブの日本語教師(母語はさまざま) |
クラスの人数 | 10名前後 |
トピック | 人との関係(近況報告の手紙を書く) |
留意事項 | 手書きで、縦書きの手紙を書く。 |
例2のルーブリック
注:
1.「ルーブリック」は『JF日本語教育スタンダード【新版】利用者のためのガイドブック』では「評価シート」と呼んでいます。
参考文献:
ダネル・スティーブンス, アントニア・レビ(2014)『大学教員のためのルーブリック評価入門』(佐藤浩章 監訳)(井上敏憲・俣野秀典 訳)玉川大学出版部
(押尾和美/日本語国際センター日本語教育専門員)