日本につながる子どものための日本語教育 【第1回】 座談会 日本につながる子どもの日本語教育のこれから(前編)
- 日本につながる子どものための日本語教育
- このコーナーでは、「日本につながる子どもの日本語教育」の関係者や広く関心のある方々に向けて、複数のことばと文化の中で成長する子どもを支えるために役に立つ情報や活動例、新しい取組などを分かりやすく紹介していきます。
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2025年2月
国際交流基金日本語国際センター
新連載、始まります!
海外における「日本につながる子どもの日本語教育」(注1)への取組が必要とされている状況を受け、新連載を開始することになりました(注2)。連載の開始にあたり、「日本につながる子どもの日本語教育のこれから」と題して、子どもの日本語教育分野の第一人者である佐藤郡衛(国際交流基金日本語国際センター所長)、真嶋潤子(同関西国際センター所長)ならびに、国際交流基金の日本語教育部門の担当部長である四ツ谷知昭(同日本語第1事業部部長)の3氏による座談会を2024年10月に国際交流基金日本語国際センターにて行いました。座談会の様子を前編、後編の2回に分けてお届けします。
今回は、多様な「日本につながる子ども」の強みを肯定的に捉えるためのキーワードとして、「文化間移動」と「異文化間能力」についてご紹介します。そのうえで、多様な子どもにとっての日本語教育がどのような意味を持つのかについて考えていきます。

撮影:さくら屋フォトスタジオ
【座談会登壇者】
佐藤郡衛(国際交流基金日本語国際センター所長=写真左)
真嶋潤子( 同 関西国際センター所長=写真中央)
四ツ谷知昭( 同 日本語第1事業部部長=写真右)
1.「日本につながる子ども」の多様さをどう捉えるのか
──「日本につながる子ども」と一口に言っても、その言語的文化的背景は多様で、子どもそれぞれの状況が大きく異なることが、2023年12月に日本語国際センターにて実施した「日本につながる子どもの日本語教育関係者ミーティング」(注3)でも指摘されていました。このように多様な子どもたちを、どのように捉え、支援していくことが望ましいのでしょうか。
四ツ谷:日本につながる子どもの日本語教育、つまり継承日本語教育というのは、各国の教育制度にも影響を受けているので、その国・地域によってそれぞれ事情はかなり違っているというのを感じています。学習の形態も、補習授業校や保護者が行う小規模の教室に通って学んでいたり、あるいは教育機関には通っておらず、家庭のみで学んでいたりとさまざまです。そういった中で、モデルを作って一律に当てはめてこれで勉強しなさいというやり方ではなく、各国・地域それぞれの状況を踏まえて、現地の継承日本語教育の事情に通じている関係者の方々の意見を聞きながら連携していくことが望ましいのかなと思いますが、いかがでしょうか。
佐藤:そうですね。現地の事情を踏まえ、今まで一生懸命取り組んでいらした関係者の方々のネットワークを大切にしていくことが必要ですね。そのうえで、今まで支援の対象から漏れていた子どもたちが、一体どういう子どもたちなのかというのを、子ども中心の当事者の視点を持って問い直していくことが必要なのではないでしょうか。子どもを捉えるときに、日本語ができるかどうかということだけを絶対的な基準にしてしまうと、日本で生まれ育った同年齢の子どもに比べて日本語ができないことで、自分は勉強ができない、どうせやってもダメなんだという気持ちを抱かせてしまいかねません。また、日本への帰国予定や永住といった従来の枠組みからのアプローチだけでは、移動の多い現代において、子どもを取り巻く環境の変化と多様性に対応しきれないと思います。そこで、多様な子どもたちを捉えていくうえでのキーワードの1つが、「文化間移動」じゃないかなと私は考えています。日本語という言語からだけではなく、異文化間で生きる子どもと広く捉え、子どもたちの強みを私たち大人がどう捉えていくのかが問われていると思いますね。
真嶋:その文化間移動の子ども、移動する子どもというのは、キーワードだと思います。今世紀は特に移動の世紀で、大人が移動し、それにつれて子どもも移動します。子どもが移動する中で得られた多様な背景や経験を、どうすれば本人の不利にならずに伸ばせるのか。それには、子どもにとってプラスになるような大人の考え方と支援がいるんだろうなと思います。
──「文化間移動」をキーワードとして、子どもにとってプラスになるように考えるというのは、具体的にどういうことなのでしょうか。
佐藤:子どもたちを、多様な背景を持った人と関わる中で異文化間能力を育む存在だと捉えるということですね。子どもたちは、他者と関係を築いていくために自分と向き合い、自分と向き合う中で、自尊感情であったり自己肯定感であったりも育んでいく。そして、他者と関わっていくことで、新しい社会、新しい仕掛け、仕組みを作っていく。これが「異文化間能力」であり、こうした力が必要だと思います。日本につながる子どもたちというのは、既存のものに適合していく存在ではなく、まさしくそういう新しいものを作っていける人材なんだというように積極的に評価していくことが必要だと思います。そして、子どもたち自身がさまざまな能力を培ったり、友達と関わったりすることが、ことばの発達なり関係性を構築していくことにも繋がっていくと思います。
真嶋:日本語という言語だけじゃないという話で言うと、私は「日本につながる子ども」の鏡のような存在の、日本国内在住の「外国につながる子ども」の教育に関わる機会があって、色々見せてもらったり、調査させてもらったりした経験があるんですね。そうした中で、外国につながる子どもたちを、日本語ができない特別な支援が必要な子っていう風に最初からその面だけに着目してネガティブに見るのは、違うんじゃないかなと思っています。人間として全人的に見てあげたいという思いが私にはありますし、そういう気持ちの先生方は日本でも増えてきていると思います。
2. 子どもにとっての日本語学習の意味とは
──子どもを日本語という言語の側面からだけではなく、全人的に捉えていくことが必要だということですね。それでは、日本語のみから評価しないとなったときに、子どもたちにとって、日本語教育はどのような意味を持つのでしょうか。なぜ子どもたちは日本語を学ぶのでしょうか。
佐藤:なぜ日本語を学ぶのかと言われた時に、「関係性」の中で捉えていくということを改めて私たちが認識しなくてはいけないと思いますね。子どもにとって日本語が介在する時の先生の役割とか、仲間の役割とか、教材の役割とか。三者関係の中で教育は成立していくわけです。仲間との協働学習を通して、こういうことを話すことができるんだという経験の積み重ねによって、日本語が好きになって、日本語を通した関係性が作られていくように思います。子どもは日本語を教える先生が好きであれば自ずと日本語の学習に向かっていくんじゃないかなって感じがしますね。
真嶋:関係性を通した自分作りということで言うと、一例ですがタイのバンコクにある「バイリンガルの子どものための日本語教室」というところでは、小さい子も、お兄ちゃん、お姉ちゃんも、それから親も加わっていくつかのグループになって一緒にテーマ型・体験型活動をしているんですね。私が見学したのは、家族やグループで自分の住む地域を歩いて地図を作ってみるという活動の報告会でした。そうすると、グループで活動する中でそれぞれに役割ができたり、小さい子は、上の人を見て学んだり、ああいう風になりたいと思ったり、仲良くしてほしいから日本語を使うとか、まさに年齢や背景の違う人との関係性を、ことばを通して作っていくっていう様子が見られます。それには、もちろん時間もかかりますし、今日の50分でこれをやらせたら、この関係が作れるとか、そういうことは計画して決まっているわけではないんですけれど子どもたちはやってみたら楽しくなって、どんどんやる、そのうちに関係性ができて、コミュニケーション能力もついてきたっていうような、楽しかったなと感じられる活動だなと思います。それは、ペーパーテストで測れるような到達度ではないんです。ですが、そこに毎週行って、続けてやっていって、自分を探すと言うか、周りの人と関係を作って楽しく過ごすっていうことが力になっているんだろうなと思います。「子どもは楽しくないとやらない、楽しくないと続けない」と言われています。楽しいの意味は色々あるとは思うんですけれど、自分にとって意味があるとか、達成感だったり、親や仲間と一緒になにかできたりするということもあると思います。
佐藤:そういった体験を重視したプロジェクト型学習において特に大事なのは、何を目標にするのかっていうところでしょうね。つまり、この取組をしたら子どもたちにこんな力がつくということです。これは皆さんお持ちだと思うんですが、そこが明確になってくると非常にわかりやすいと思うんですね。継承語教育の中でどういう子どもたちにどんな力をつけていきたいか。それはことばの力と同時に、例えば考える力であったり、比較する力であったり、表現する力であったり、あるいは人と関わっていく力であったり、そういうことを考えることが必要ですね。何を目指すかということからバックワードでデザインして、具体的な活動に落とし込んでプロジェクトベースの活動をして、そしてそれがうまくいったかどうかを評価していくことが必要ですね。
真嶋:そうですね。バックワードデザインは大切ですね。ですが、そうは言っても、海外に出て子どもの日本語教育のために何をしたらいいかわからないから、とりあえず国語の教科書からと自分自身の体験を頼りにするという保護者の方や先生も中にはいらっしゃると思うんです。そこで、こんなことができますよという選択肢をJFからも共有するというか、お見せできるような形になるといいなと思います。でも、それも、あまり押し付けがましくなると、「私にはできていない」って保護者の方や先生方が感じてしまうこともありますから、これだけが正解っていうのではなくて、考える材料や情報を共有していくことが大事なんだろうと思います。
それから、子どもにとっての楽しさということについて言えば、カナダで継承語教育に長年携わっておられる中島和子先生が、ある講演会の最後の方で、自分の子どもや指導している子どもが、日本語を途中で諦めたり、もう難しいから嫌だって放棄してしまったりすることに対して、「日本に関する言葉やものが嫌いにさえならなければ、後になって自分に必要だと思ったら、エンジンかけて頑張りますから大丈夫ですよ」というようなことをおっしゃっていて、長い目で見て楽しいと思えるように支援していくことの大切さを感じました。子どもの発達段階において、その時々で必要なことも違いますし、子どもそれぞれにとっての日本語の意味や位置づけも変化していくのではないかなと思います。
──子どもそれぞれの発達や成長を見据えて、子どもそれぞれにとって何が必要で何を目指した教育なのかを考えることが大切だということですね。今回は、多様な経験や背景を持つ子どもの異文化間能力に目を向け、肯定的に捉え育んでいくことが必要だという話から、子どもにとっての日本語を学ぶ楽しさ、日本語教育の意味についてお話しいただきました。後編では、「日本につながる子どものための日本語教育」の取組の可能性について、教師や保護者への情報提供、研修、評価などの具体的な課題から考えていきます。
佐藤 郡衛(さとう ぐんえい)
東京学芸大学名誉教授、目白大学名誉教授
2020年4月より国際交流基金日本語国際センター所長
専門は異文化間教育学/博士(教育学)
真嶋潤子(まじま じゅんこ)
大阪大学名誉教授
2023年8月より国際交流基金関西国際センター所長
専門は日本語教育学、外国語教育学、言語教育政策/博士(教育学)
四ツ谷 知昭(よつや ともあき)
2023年3月より国際交流基金日本語第1事業部部長
注:
- 1.本コーナーでは、未来に向けて広い視点で考えていくために、国内で使われる「外国につながる子ども」にならい、「日本につながる子ども」という語を主に用いています。なお、外国語としての日本語や母語としての日本語と区別するために「継承語」「継承日本語」という語を便宜上用いることもあります。
- 2.JFによる近年の取組、調査報告、各地で主催、共催した関連事業やサイト等については、JFの事業内容ページ(「海外に在留する邦人の子等に対する日本語教育」)をご参照ください。
- 3.「日本につながる子どもの日本語教育関係者ミーティング」では、ある程度支援対象を明確にして議論する必要があるため、「家庭内言語の一つとして日本語を使用している家庭の子ども」「永住や長期滞在を予定している子ども」に関わる教育関係者を参加対象としました。本ミーティングの様子は、日本語教育通信日本語教育ニュースでも紹介しています。ミーティングの報告書は、「令和5(2023)年度「日本につながる子どもの日本語教育関係者ミーティング」報告書公開のお知らせ」から読むことができます。
もっと知りたい方のために
- 佐藤郡衛(2019)『多文化社会に生きる子どもの教育―外国人の子ども、海外で学ぶ子どもの現状と課題』明石書店
- 佐藤郡衛・菅原雅枝・小林聡子(2024)『子どもの日本語教育を問い直す―外国につながる子どもたちの学びを支えるために』
- ジム・カミンズ著、中島和子著訳(2021)『言語マイノリティを支える教育【新装版】』明石書店
- 真嶋潤子編著(2019)『母語をなくさない日本語教育は可能か―定住二世児の二言語能力』大阪大学出版会