日本語教育通信 日本語からことばを考えよう 第2回
- 日本語からことばを考えよう
- このコーナーでは、日本語に特徴的な要素をいくつか取り上げ、日本語を通してことばをとらえなおす視点を提供します。
【第2回】ことばの意味とは?
みなさん、こんにちは。
このコーナーでは、ことば―言語―というものはどんなものなのか、どうやってとらえたらいいのかを、日本語ということばを通じて考えていきたいと思います。
さて、今回は「ことばの意味」について考えます。
1. 「かわいい」ランニングシューズ
先日、家族で靴屋さんにランニングシューズを買いに行った時のことです。私は人が多いところや買い物が苦手なので、あまり考えず適当に「これでいいや」と近くにあるシューズを選びました。

- 私:
- これに決めた!
- 娘:
- え、これかわいくないよ。もっとかわいいの探してくるから待ってて。
(しばらくして) - 娘:
- ほら、こっちのほうがかわいいよ。
- 私:
- (え、どう違うの…)
自分が選んだのと娘が選んだのは、どちらも黒いシューズで、ロゴの色が少し違う以外はどこがどう違うのかさっぱりわかりませんでした。そもそもランニングシューズが「かわいい」必要があるのかもわからないし…。どう違うのかは気になりましたが、何となく娘の意見に従いました。
1.1 「かわいい」の使われ方
「かわいい」はあるものを形容することば(形容詞)ですが、小さいものや強くないものに対して使われることが多いようです。赤ちゃんや小動物(子猫、うさぎ)、キャラクター(キティちゃん、ピカチュウ)、小さいもの(ベビー服など)などは典型的な例ですが、魅力的なルックスやしぐさなどにも使われますね。また、すごくこわそうな人が猫にやさしい声で話しかけていたりすると「かわいい」ということになりますね。色や形、デザインについても「かわいい」ものがあるようです。
1.2 「かわいい」の辞書的意味
辞書には何と書いてあるでしょうか。『岩波国語辞典』を引いてみましょう。

- ① (小さくて)愛らしい。「-子ねこ」。小さい。「-電池」。
㋐愛して大事に思う。「-子には旅をさせよ」。㋑かわいらしい - ② 同情を誘うばかりにかわいそうだ。
「かわいい」の意味を知るためには、「愛らしい」、「小さい」、「かわいらしい」ということばの意味も知っている必要がありそうですね。「サングラスをかけたこわいお兄さんが、道で会った子猫に食べ物をあげている」場合の「かわいい」は、辞書から意味を知るには難しそうです。また、小さくないのにどうして「かわいいシューズ」なのか、辞書からはわからないですね。
どうやら「かわいい」は辞書を飛び出して、いろいろなふうに使われるようになったみたいです。
2. ことばの意味
辞書は、初めて接したことばや、聞いたことがあるけれど意味がよくわからないことばの場合に役立つようです。例えば「忖度(そんたく)」は先ほどの辞書では「他人の気持ちをおしはかること」と説明(定義)されています。「配慮」とどう違うのかということまではわかりませんが、とりあえず意味はわかりますね。
難しいことばをやさしいことばで説明するのは簡単ですが、やさしいことばほど意味を説明(定義)するのは難しいです。やさしいことばはよく使われるので、意味があっちこっち飛び回ってしまう(つまり、意味が逃げてしまう)ことも、とらえにくい原因のひとつなのでしょう。
そもそもことばの「意味」って何なんでしょう?
2.1 説明と感情
『意味の意味』(Ogden&Richards)という本(名著です)があります。難しい本ですが、ふだんあたりまえのように使っている「意味」ということばが、とても広い意味をもっていて、専門分野で使われる場合も、学者によって使われ方に違いがあり、そのため議論が混乱している様子などが描かれています。
その中で、言語には「象徴的(symbolic)」と「喚情的(emotional)」の二つの用法があると述べられています。前者は「富士山の標高は3776メートルである。」というような説明で、後者は「おめでとう!」、「この音楽はいやされる。」みたいにある感情や態度を表したり伝えたりする用法です。前者は発言が合っているか間違っているかを問うことができますが、後者はそうではありません。
2.2 「かわいい」の意味
「かわいい」は「小さい」、「愛らしい」という基本的な意味から拡張して、さらに“kawaii”というポップカルチャーにまで発達し、日本国外にまで知られるようになりました。このことばは、概念(はっきりと定義された意味)的なものではなく、前節で述べた感情や態度を表し伝える「喚情的(emotional)」なものなのではないでしょうか。
そして、指し示す内容についての反応は主観的で、人によって「“何”がかわいいか」は異なってくるのではないでしょうか。
あるアイドルがかわいいかどうかは人によって違いますし、猫がかわいいというのもすべての人にあてはまるわけではありません。「この服かわいい」と本人が思っていても、「目のやり場に困る」と思う人もいるでしょう。
さて、私の選んだランニングシューズは、なぜ、「かわいくなかった」のでしょうか。また、「かわいい」ランニングシューズとはどういうものなのでしょうか。こんな簡単なことばなのにわかりませんでしたね。なぜわからないのか、その理由だけはわかった気がします。
3. ことばは生きもの
北原白秋の「言葉」という詩に次のような一節があります。

※「かわい」は「かわいい」の意味
辞書には、用例がたくさんあり、標準的な文脈・場面で使われることばが、主に収録されています。できて間もない新しいことばで意味がまだはっきりしていないもの、多くの人に使われていないもの、下品なものなどは載ってないでしょう。
私が知らないことばに「バズる」とか「エモい」ということばがありますが、もちろん普通の国語辞書には載っていません。ネットで調べることはできますが、意味がわかることと使えることは違いますね。なれないことばを無理して使うと、年齢に似合わないこと言って「イタい」とか言われてしまうかもしれません。この「イタい」も辞書の意味範囲を飛び越えて新しい意味を得ています。
新たな意味を得たり、別の意味で使ったりすることを「拡張」と言いますが、これは常に起こっていることです。
ことばは生きものです。「ひィとつひィとつ跳(は)ねる」ものなのです。
今出てきたことば、新しい使い方はやがて辞書に載るかもしれません。あるいは、やがて消えてしまうかもしれません。
3.1 わからないことばに出会ったら…
ことばは文脈の中で使われます。使われている場面や文脈がなければ推測もできません。実際の会話、インターネットの記事、コーパスなどに触れてみてください。
もちろん、辞書を引くのが一番いいということばもあります。今回の記事を読んでいる方はどんな場合か、もうわかると思います。
辞書には苦手なことばがあります。
ひとつはやさしすぎることばです。先ほども例に出しましたが、水や足、右・左、よい・わるい、歩く、寝るなどの語は、説明するとかえって難しい語を使うことになります。また、このようなことばはユニバーサルで、およそどんな言語でもほぼ同じ意味の語が存在するとされています。「自然意味論メタ言語」(Anna Wierzbicka)などと言ったりします。
もうひとつは、概念が複雑なことばです。たとえば、「文化」という語は、人類学・心理学・教育学によって意味するところや使われ方に違いがありますし、文化人類学でも、学者によって定義の仕方がいろいろです。このようなことばは辞書では足りないので、専門的な用語集が必要になります。
わからないことばに出会ったら…
そのことばがどんな意味を持っているかは、文脈(context)から推測することが大切です。
「意味」は定義に経験を加えたものです。実際に触れることによって意味が理解され、そして使用にむすびつくのです。
考えよう
- (1)日本語の「かわいい」と最も近い意味を持つ語は、みなさんの言語では何ですか。
(日本語母語話者の場合、知っている外国語で考えてください。) - (2)その言語では、「かわいい」で形容されるものやことはどんなものですか。
日本語との間にどんな違いがありますか。 - (3)「うつくしい」と「きれい」についても、考えてみましょう。
読書案内
- (1)『ことばと文化』鈴木孝夫(1973)岩波新書
古典的な本ですが、「ことばの意味」を考える上で大切なことが、とてもやさしく面白く書かれています。 - (2)『意味の世界-現代言語学から視る』池上嘉彦(1978)NHKブックス
これも古典的な名著です。意味論に興味がある人、これから研究しようとしている人は読むことをおすすめします。 - (3)『新解さんの謎』赤瀬川原平(1999)文春文庫
『新明解国語辞典』(三省堂)を取り上げて、辞書にはどんなことが書かれているのかが、面白おかしく書かれています。気楽に読める一冊です。
(生田 守/日本語国際センター専任講師)