日本語教育通信 日本語からことばを考えよう 第3回

日本語からことばを考えよう
このコーナーでは、日本語に特徴的な要素をいくつか取り上げ、日本語を通してことばをとらえなおす視点を提供します。

【第3回】ことばと文化・社会

筆者(イクタン)アイコン画像

 みなさん、こんにちは。

 このコーナーでは、ことば―言語―というものはどんなものなのか、どうやってとらえたらいいのかを、日本語ということばを通じて考えていきたいと思います。


 さて、今回は「ことばと文化・社会」について考えます。

1. ことばと文化・社会

 みなさんはよく「文化」ということばを耳にすることが多いと思います。日本語教育でも「文化」は大切な用語になっていて、多くの教科書で「文化」があつかわれているのではないでしょうか。「文化」ということばはわかっているようでも、実際に「文化」とは何だろうと、その意味(定義)を考えてみると、意外に難しいことがわかりますね。さらに、「社会」ということばもあって、「文化」と「社会」はどこが共通していて、どこが違うのか、二つのことばの関係をとらえるのもかんたんではないですね。
今回は、「ことばは文化」であるということ、「ことばは社会」であるということが具体的に何を示すのかを考えてみましょう。

1.1 「ことばは文化」ということ

 「文化」はとても意味が広い用語なので、かんたんに定義するのは難しいですが、だいたい、習慣・価値・ものの見方を示していると言っていいと思います。すなわち、「ことばは文化」であるということは、ことばが習慣・価値・ものの見方を反映しているということを意味します。

1.1.1 習慣

 たとえば、日本の新年の行事である「正月」ということばは、新しい年が始まるということだけではなく、門松やお雑煮、年始のあいさつなどの風習もセットになっています。それは同じ新年の行事でも、中華圏の春節や、欧米のNew Year’s Dayとは異なる習慣をともなっています。その他、「そば、すし」などのことばは食習慣、「プラごみ」はごみを分別する生活習慣が背景となっています。このようにことばは習慣とセットになっていることが多く、この意味で「ことばは文化」ということができます。

1.1.2 価値

義理チョコをもって苦笑いするイクタンの画像

 日本語には「思いやり」、「気くばり」、「恩」、「義理」(義務とどう違うでしょう)というようなことばがあって、外国語に翻訳するのがなかなか難しいようです。これらのことばは、日本語社会の中でずっと大切にされてきたこと、よいとされてきたことを表しています。文化・社会の中で、何がよくて何が悪いかという判断を下すのが価値の観念です。みなさんの文化・社会では、このようなことばにどんなものがあるでしょうか。
大切なことですが、「義理」と同じ意味の単語がないからと言って、他の言語では理解が難しいということではありません。一語では対応するものがなくても、文で説明することは可能です。

1.1.3 ものの見方

 ものの見方とは、大げさに言うと、「世界観」のことです。つまり、人間が身の回りの世界をどのようにとらえているか(知覚しているか)ということです。習慣や価値と並んで文化の大切な要素の一つです。
日本は雨が多い気候風土だからか、「小雨、霧雨、小糠雨、大雨、氷雨、にわか雨、通り雨、驟雨、狐の嫁入り、春雨、五月雨、夕立、白雨、秋雨、時雨」など、雨を表すことばが多いことはよく知られていますね。極北地帯の民族では雪をあらわすことばが、パシュトゥーン語(アフガニスタン、パキスタン西北で話されている)ではナツメヤシを意味することばがとても豊富にあるそうです。
人間は身の回りの世界を自分の関心によってとらえて、ことばにしているようですね。別の面から言うと、ことばが違うと、もののとらえ方も違ってくるようです。
かんたんなことば、たとえば、体の部分を表すことばでも、言語によってあらわす領域が変わってきます。日本語では、よく「腰が痛い」とか「肩がこる」と言いますが、「腰」というのは体のどの部分でしょうか。先日、”This is us”という英語のドラマを見ていたらhipということばが、字幕では「腰」となっていました。
肩がこっているイクタンの画像 「腰」の英語訳としてはwaist, backなどがあります。体のある部分を示すかんたんな言葉ですが、言語によって、指し示す領域にズレがあるようですね。また、「(肩が)こる」という表現があります「痛い」とも違うような感覚です。「肩こり」なんて言いますが、どうも日本人に多いようで、私の経験ですが、タイに住んでいた時、タイ人にこの感覚を伝えるのに苦労した記憶があります。でも、そのタイの人が日本に来た時、「肩が痛いです」と言っているのを聞いて、「ああ肩こりだな…」と思いました。もしかしたら、「肩こり」というのは日本社会に特徴的な表現なのかもしれませんね。
このように「腰」とか「こる」とか注意を向ける部分はものの見方に関係があります。
その他にも、「【第2回】ことばの意味とは?」で紹介した『ことばと文化』(鈴木孝夫)には、太陽の色が、文化・言語によって、「赤」だったり「黄色」だったり、また、虹の色が「七色」だったり「八色」だったり、ことばとものの見方が深く関係している例が挙げられています。

1.2 「ことばは社会」ということ

 「社会」ということばは普通にも使われますが、専門用語でもあります。「文化」同様、かんたんに定義するのは大変ですが、人間関係のネットワークあるいはシステムと言ってよいでしょう。「ことばは社会」であるというのは、ことばが場面や状況において人と人との関係を反映しているということです。

1.2.1 ことばが使われる場面・状況

 ことばの表現は場面・状況に応じてバリエーションがあります。
たとえば、改まった場面で話すのか、それとも、くだけた場面で話すのかによって、表現が変わってきますね。「今日」と「本日」は指し示す意味内容は同じですが、「本日」は改まった場面で使われ、イベントなどで司会者が開会を宣言する様子が目に浮かびます。逆に友だちに向かって「本日はどこ行こうか?」なんて言ったら変ですよね。
また、話し相手が親しい人なのか疎い人なのか、目上なのかそうでないのかによっても、異なった表現をとりますね。敬語なんかは目上の人に使うイメージが強いですけれど、関係が疎い相手にも使われます。「最近どうしてる?」は親しい同士、「最近、どうしていらっしゃいますか。」はあまり親しくないか、目上の人に使われますね。反対に、親しい人に敬語を使うと関係が疎くなったみたいに感じるのではないでしょうか。
その他に、これは日本の社会・文化的特徴を表すことばですが、ウチ/ソトという概念も関係があります。
たとえば、日本語の親族名称は、ウチ/ソトを反映しています。自分の親族はウチで、他人の親族はソトに位置付けられています。例えば、私の「父」、あなたの「お父さん」のように。ただし最近では、公的な場面でも「私のお父さん」という言い方がよく見られますが。また、会社などでソトからかかってきた電話ではウチの者を(ウチでは目上でも)「部長の山田は外勤しております」のようにへりくだった表現を使います。

1.2.2 敬語と協調原則

 日本語は敬語というものが非常に発達していて、場面や状況、人との関係に応じた表現が多様です。これは日本の社会を反映しているということができます。日本語の敬語については稿を改めて詳しく考えますが、日本語の敬語のようなものがなくても、どの言語にも、ていねいな表現や親しい人とそうでない人に対して使い分ける表現がありますね。
それは、人間が社会の中で円滑なコミュニケーションを図ろうとする本能があるからといわれています。そもそもコミュニケーションの前提として、「人間は基本的に協調しあっている」という協調原則のようなものがグライス注1という学者によって示されています。かんたんに言うと、人間は仲よく、そして、うまく人とやっていこうというのが基本であり、ことばを使う/コミュニケーションを行うときにはこれが根底にあるということです。

2. 文化・社会におけることばの役割

 「文化」と「社会」という二つの概念は重なり合っていて、はっきりと分けきれない面があります。今回はこの二つを簡単に整理してことばとの関係を考えてみました。ことばと文化・社会はお互いを反映するように関係しているということができるでしょう。それは、コミュニケーションが文化や社会という文脈において、人と情報をともにしたり、親しくしたりするために行われ、ことばがコミュニケーションに大きな役割を果たしているからです。

考えよう

考えるイクタンの画像

  1. (1)みなさんの言語(あるいは知っている外国語)では、日本語の「腰」にあたる単語は何ですか。指し示す部分にどんな違いがありますか。
  2. (2)日本語では鶏肉(鳥の肉)は「肉」の一種類と考えます。でも、魚肉(魚の肉)は「肉」とは考えません。みなさんの言語(あるいは知っている外国語)では、どのように分類しますか。
  3. (3)「人間は基本的に協調しあっている」というルールはあたりまえのようですが、なぜコミュニケーションを考える上で大切なのでしょうか。

注:

  1. 1.Grice, P. (1975) Logic and Conversation. In P. Cole, & J. L. Morgan. (Eds.), Syntax and Semantics, Vol. 3, Speech Acts (pp. 41-58). New York: Academic Press.

(生田 守/日本語国際センター専任講師)

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