日本語教育通信 日本語からことばを考えよう 第6回

日本語からことばを考えよう
このコーナーでは、日本語に特徴的な要素をいくつか取り上げ、日本語を通してことばをとらえなおす視点を提供します。

【第6回】時間とことば(1)-時間の感覚と表現-

筆者(イクタン)アイコン画像

 みなさん、こんにちは。

 このコーナーでは、ことば―言語―というものはどんなものなのか、どうやってとらえたらいいのかを、日本語ということばを通じて考えていきたいと思います。


 みなさんは、タイムマシーンがあるとしたら乗ってみたいですか?映画でも、Back To The Futureとか『時をかける少女』とか時間を移動するお話がありましたね。過去や未来に自由に行けるという発想は多くの人にとって魅力的ですね。
 私たちの頭の中には時間の感覚というか観念のようなものがあって、言語にかかわらず共通する部分もかなりあると思います。今回(第6回)から何回かに分けて、時間とことばについて考えていきたいと思います。日本語教師がよく使うテンスとかアスペクトという文法用語やそれについてのいろいろな問題を考える前に、今回は、現在・過去・未来など時間の感覚(観念)やそれがことばにどのようにあらわれているかについてお話ししたいと思います。

1. 現在・過去・未来

 タイムマシーンが夢(非現実的)なのはなぜでしょうか?
 私たちの頭の中には、現在・過去・未来という区分がありますね。
図で書くと、このように直線状に並ぶ感じでしょうか。

  • 過去
  • 現在
  • 未来

北浦和駅で電車を降りるイクタンの画像

 私は毎朝「北浦和」という駅で降りますが、その前の駅は「浦和」で、北浦和の次の駅が「与野」です。「北浦和」が現在とすると、「浦和」は過去で「与野」は未来というのと同じような感覚ですね。
 違うところは何でしょうか?
 駅の間は自由に(電車に乗れれば)移動できますが、時間の間は(どんなに短い時間でも)移動ができませんよね。過去に戻ることはできないし、未来をのぞくこともできませんね。時間は空間とは異なって、私たちが動きまわることができないのです。だからタイムマシーンやSFが夢あるものとしてあつかわれるのでしょうね。

2. 過去は前?それとも後ろ?

 時間をあらわすことばは「年・月・日・時・分・秒」等の単位や「昨日・今日・明日」等いろいろあるように思えますが、本当に純粋に時間をあらわすことばはあるでしょうか。たとえば、「三日前・三日後」という表現は「前・後」という空間をあらわすことばを使っていますね。未来は「まだ来ていない」、過去は「過ぎ去る」…と空間移動の表現です。そういえば、「時間」ということばも「間」という空間表現を使っていますね。
 ところで、未来はなのでしょうか後ろなのでしょうか。
マラソンで考えるとゴールは前にありますから、未来に向かって、前に走るイメージですね。また、反省会はイベントが終わった後にふりかえる(後ろを向く)ものなので、なんとなくですが、未来過去は後ろのような感覚です。
 ところが、「前」や「後ろ」を使った時間の表現を見てみると、「三日後に会いましょう」は未来のことで、「三日前に会いましたね」は過去のことです。そうすると、イメージでは[未来][過去後ろ]ですが、ことばの表現としては逆になって、[未来後ろ][過去]になります。
 観点を変えてみましょう。
 未来というのはまだ見えない不確かな領域です。前は見えますが後ろは見えませんね。そうすると、未来は背後から迫ってくる感じがしませんか。レポートのしめきりに追われるし、明日の新聞を読むことはできませんね。それに対し、過去は確かに存在した領域です。もちろん、旅行先で知り合った人の名前や昼に食べたメニューを忘れてしまうこともありますが、そういうことがあったのは確かですね。ことばの表現はこちらの[未来後ろ][過去]という観点を取っているのでしょうね。

星を見るイクタンの画像

 たとえば、星空を目の[]にすると、見えている光は実は過去のものなのですね。光が届くのに時間がかかるわけですから、私たちは、数分前から何万年前まで、あらゆる過去の光を目の[]にしているわけですね。
 前にあるのは未来というイメージですが、実際には、前にあるものは見えるもので、星空であったり、体験した出来事の記憶だったりするわけですね。

3. 時間の感覚はどのようにことばに表現されているか

 時間をどうとらえるかは、社会的・文化的に違いがあると思いますが、現在・過去・未来という時間の感覚は、人類共通の普遍的な観念ではないでしょうか(例外があったらごめんなさい)。また、どの言語でも「昨日・今日・明日」という語や概念が存在するのではないでしょうか。(昔、パキスタンに住んでいてウルドゥー語を習った時、“kal”という語が昨日も明日も意味できることを知りましたが、文脈から昨日と明日を取り違えることはないし、「行った」「来る」を前につけて違いをあらわすこともできます。)
 私が初めて時間とことばの関係を意識したのは中学校で英語を習った時です。英語の動詞には「過去」や「未来」そして「完了」という形があることを知りました。さらに、高校でフランス語を習った時には、複合過去、半過去、単純過去、未来、前未来、…と気が遠くなるほど、動詞の時間表現が複雑という印象がありました。
 日本語の動詞も「食べる」「食べた」「食べるかもしれない」「食べるだろう」「食べなければならない」といろいろな形をとりますが、時間的な表現としては「食べる」と「食べた」の2種類ですね。
 タイ語を習った時は動詞が変化しないので、安心(?)しましたが、フランス語にくらべてやさしいわけではありませんでした。
 このように、時間(現在・過去・未来)によって動詞に変化(単純・複雑)が生ずる言語と生じない言語があるのですね。
 動詞に時間による変化がない言語(日本語もその一つだと思っています)では、どのようにして、現在・過去・未来をあらわしているのでしょうか。そうですね、「昨日」、「一週間後」、「20分前」のように、副詞的に時間表現が使われていたりするのですね。
 動詞が時間によって変化する、つまり動詞に時間の情報が含まれているからと言って、その言語の時間の感覚がより正確だということではないし、また逆に、含まれていないからと言って不正確だということでもありません。


 現在・過去・未来のような時間の感覚もそれを表現する昨日・今日・明日のようなことばも普遍的に存在することを述べましたが、よく使われるテンスやアスペクトという用語は、時間の感覚(観念)をあらわすというより、時間が語(動詞)にどのようにあらわされているか、その形態について使われるものです。だから、言語によっては、それ(動詞の形態)がはっきりしているものもあれば、すっきりしていないもの、あるいは、ないものもあるようです。
 今回のお話は、次回お話しするテンスというものにかかわるものでした。テンス・アスペクトとは何でしょうか。この二つはどう違うのでしょうか。ことばを教える/学ぶ上では、どんな問題が在るのでしょうか。次回以降取り上げる予定です。

考えよう

考えるイクタンの画像

みなさんの母語(あるいは知っている言語)について、考えてみてください。

  1. (1)未来や過去は前・後のどちらであらわしますか。
  2. (2)時間の情報はどのようにあらわしますか。また、動詞は時間によって変化しますか。
  3. (3)「時が流れる」とか「時を費やす」と同じような表現がありますか。

読書案内

  1. (1)瀬戸賢一(2017)『時間の言語学―メタファーから読みとく』ちくま新書
     時間とことばの関係についてわかりやすくまとめられています。特に、時間が何にたとえられているかを考察して、私たちの認識を新たにしようとしています。

(生田 守/日本語国際センター専任講師)

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