日本語教育通信 日本語からことばを考えよう 第11回
- 日本語からことばを考えよう
- このコーナーでは、日本語に特徴的な要素をいくつか取り上げ、日本語を通してことばをとらえなおす視点を提供します。
【第11回】日本語の態(Voice)について考える(1)
みなさん、こんにちは。
このコーナーでは、ことば―言語―というものはどんなものなのか、どうやってとらえたらいいのかを、日本語ということばを通じて考えていきたいと思います。
サウナが流行っているようです。好きな人にとっては健康にもよくて、すごく気持ちいいらしいです。暑い(熱い)部屋で汗を流した後で冷たい水につかる。それを繰り返すことで、体の状態が健康になり、とても気持ちよくて、ハイな状態になるそうです。
サウナが好きな人たちの間では、そんな状態を「ととのう」ということばをつかって表現しているようです。ただ、サウナはエアコンが効いていない部屋にいるようで、私はあまり得意ではありません。だから、「ととのう」という感覚もよくわかりません。残念ですが…
さて、日本語には、「ととのう」のほかに、「ととのえる」という表現があります。たとえば、「体が(サウナで)ととのう」と「体を(サウナで)ととのえる」という二つの表現があります。文があらわす意味は事実としては同じですが、とらえ方が異なります。
似た意味の漢字のことばに「調整する」がありますが、これは「ととのえる」のような使い方になりますね。「体が(サウナで)ととのう」の場合、どうなりますか?「体が(サウナで)調整される」となりますね。また、「心が休まる」「心を休める」「心を休ませる」という表現はどうでしょうか?
今回からしばらく、日本語の態を考えるというシリーズでこのような表現について整理して考えを深めていきたいと思います。
1. 態Voiceの定義と問題の範囲
態の定義は「動詞の形と格の連動した変化のパターン」と言ってよいと思いますが、これでは抽象的で「何言ってんだかわからない」ですね。これから具体的なお話をつづけた後に、次回以降またこの定義に戻ってきますので、今は一応心にとめる程度で結構です。
この態という文法カテゴリーに含まれるのは、自動詞/他動詞、受け身(受動態)、使役などです。今回は自他動詞を中心に、受け身や使役との関係についても考えていきましょう。
2. 自動詞と他動詞
サウナ好きの人々が「ととのう」を使う時ふつうは「何が」の部分を言いません。サウナという環境の中で自分の体が自然とハイになるという感覚を言い表すには最適な表現なのでしょう。「ととのう」の前にはたぶん「体が」ということばが入るはずですが、あえて省略しているようですね。この「ととのう」という動詞は自動詞(Intransitive)です。
「ととのえる」の方は「体をととのえる」ですが、この場合は「ととのえる」ことを働きかける何かがあります。「サウナが体をととのえる」「私がサウナで体をととのえる」などとなり、この場合、はっきり決めることができませんが、「(名詞)が」という部分。つまり動作主(Agent)という主語が省略されています。この「ととのえる」という動詞は他動詞(Transitive)です。
「ととのう」の方の「(名詞)が」は文の主語ですが、動作主ではありません。
動作主があって対象に働きかける文を他動詞文といいます。日本語では(選択的に、あるいは義務的に)主語を省略することが多いので、動作主は隠れることがありますが、たしかに存在しています。
「窓を開ける」と言えば、「だれか(動作主)が開けた」という意味になります。
「窓が開く/開いている」と言えば、誰かが開けたかもしれないけれど、その事実は無視して、「開いている様子や状態」を意味しています。
意味の上からは、自動詞文は自然、他動詞文は人為的ということもできますが、もともと文の形が違います。以下のようになります。
3. 自動詞と受け身
少し話はそれますが、「ととのう」「調整する」にはどのようなニュアンスがあるでしょうか?
ひらがなのことば(和語)は広い意味を含んでいて、よく言えば含蓄(がんちく)がありますが、悪く言うとやや曖昧(あいまい)になります。だから漢字のことば(漢語)に直すとより正確な意味を表しますが、まわりのもやっとしたところ、ふやっとしたところがなくなります。
「ととのう」ということばを同義(どうぎ)の「調整する」に変えると同じようなことが起こりますね。意味ははっきりしますが、「ちょっとちがうんだよな」ってなりませんか?
さて、自動詞と他動詞に話を戻しましょう。「調整する」に関して、みなさんにクイズです。
- (1)「調整する」は自動詞でしょうか、それとも他動詞でしょうか?
- (2)「調整する」の対(つい)になる自動詞はあるでしょうか?
- (3)「体が調整( )」に入ることばは何ですか?
- (4)受け身文と自動詞文には似たところがあります。どんなところでしょうか?
いかがですか?(1)は、「(何かが)体を調整する」から他動詞ですね。(2)の答えは「ない」です。(3)は、「調整される」という受け身の形になりますね。(4)は、「体が調整される」と「体がととのう」という文はどちらにも動作主(「何かが」の部分)がありませんね。受け身文は目的語が主語の位置にくる形なので元の動作主が、「によって」のような形になってしまうのです。「サウナが体を調整する」という他動詞文の受け身は「サウナによって(で)体が調整される」となりますね。(受け身については回を改めて詳しく考えます。)
4. 他動詞と使役
ところで、「心が休まる」の「休まる」は自動詞ですね。対(つい)の他動詞は「休める」です。一方で、「心を休ませる」という言い方もよくされています。これは使役ですね。
では、ここで使役文に関するクイズです。
- (1)使役文の意味するところは自動詞文と他動詞文のどちらに近いでしょうか?
- (2)自動車が動いているのを見ると「車が走る」と言いますね。これは自動詞文でしょうか、他動詞文でしょうか?
- (3)「走る」の対(つい)になる他動詞はありますか?
- (4)「車を…」と言いかけたら、「走る」のどんな形が入りますか?
(1)使役文と意味が似ているのは他動詞文です。(2)(3)「車が走る」は自動詞文ですが、「走る」の対になる他動詞はありませんね。(4)「車を走らせる」ですね。これは使役文です。使役文は「動作主が何かをする(自他動詞)」という文の上に使役主という主語が来ます。これは動作主と同じような働きをするので、その点で他動詞文と似たものとなります。
態の定義の謎(?)は解き明かされませんでしたが、今回は自他動詞を中心に、受け身や使役との関係も少し視野に入れて考えてみました。自他動詞というのは必ずしも全世界的言語にみられる現象ではありません。言語によって形態のシステムの複雑さには差があります。動詞の形態がシンプルであれば、態を表示しようがないので、態というカテゴリーが有用でないことも考えられるでしょう。このあたりについては次回で触れる予定です。
それでは、次回まで「ととのった」状態でいてください。
考えよう
- (1)「開く/開ける」の実質的な意味は同義と言えますが、「車が走る」に対する「車を走らせる」は少し違うようです。どのように違いますか。
- (2)「本を売る」、「ケーキを切る」という他動詞文に対する自動詞的な表現は受け身になりますが、そのほかに「本が売れる」、「ケーキが切れる」という表現もあります。どのような違いがあるのでしょうか。
- (3)みなさんの言語の動詞は自動詞と他動詞の区別がありますか。あるとしたら、どのように区別しますか。