『いろどり』サイトに「いろどりの教え方」ページが開設され、教え方動画がアップされました
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- このコーナーでは、国際交流基金の行う日本語教育事業の中から、海外の日本語教育関係者から関心の高いことがらについて最新情報を紹介します。
2022年6月
国際交流基金日本語国際センター
『いろどり 生活の日本語』(以下、『いろどり』)は、日本で生活する目的で日本語を学ぶ人のために作成されたコースブックで、ウェブサイト(いろどり 生活の日本語)から全て無料でダウンロードできます。付属教材や各国語版も作られ、世界の日本語教育現場で使われるようになってきています。
『いろどり』は、コミュニケーション場面での課題遂行を目標とする「行動中心主義」に基づく教科書です。日本での実際の生活の中で、日本語を使ってできること=Can-doを学習の目標にしています。しかし、これまでCan-doを目標とした行動中心の授業の経験がない先生からは、「どう教えたらいいかわからない」「これまでの教科書と勝手が違うので難しい」のような声も聞かれました。特に、これまでの日本語教育において主流だった、文型中心の教え方に慣れた先生は、『いろどり』の教え方に戸惑ったり、『いろどり』の理念を生かせない教え方になってしまったりする場合もあるようです。
こんな教え方になっていませんか?『いろどり』の教え方を考える
具体的に例を考えてみましょう。
☹はじめに文型を全て説明してから、練習や活動に入る
→その日に学ぶ文型について、まず最初に全て説明しないといけないと思っている先生もいます。しかし、第二言語習得(SLA)の研究から、説明を聞いて文法知識を身につけても、コミュニケーションに結びつかないことがわかっています。『いろどり』では、SLAの知見に基づいて、実際にコミュニケーションしてみた中から、そこで使われていた文型に注目し、自分でルールを発見するというプロセスを重視しています。
☹会話例を聞かせないで、スクリプトを読ませる・音読させる
→『いろどり』では、音声によるインプットを重視しています。自分が話せるようになるためには、まずたくさんのインプットをする必要があるからです。各活動の会話例は、聞いて理解するためのインプットで、これを自分で音読できるようになる必要はありません。
☹ある文型について、様々な場面での例文を示す
→例えば「~と、~」という文型を教える場合、「ボタンを押すと、動きます」「右に曲がると、郵便局があります」「春になると、桜が咲きます」のような様々な場面での例文をたくさん示す先生もいます。しかし『いろどり』では、文型を学ぶのはCan-doを達成するのに必要だからであって、Can-doの達成に関係ない例文は、示す必要はありません。ほかの場面での例文は、ほかの場面でのCan-doを目標とした活動でその文型が必要になったとき、スパイラルに練習していきます。
☹最後の話す練習で、ことばを入れ替えるだけの代入練習で終わってしまう
→話す練習の最終的な目標は、実際の場面で、目的を考えながら、必要な情報をやりとりしたり、本当のことを言ったりすることです。そのため、最後のロールプレイは、単にことばを入れ替えて終わりにするのではなく、場面や目的を考えながら、自分が本当に言いたいことを言う練習をするのが大切です。
「いろどりの教え方」ページ
上に挙げたのは、あくまでも例です。しかし、こうした現状から、『いろどり』の教え方を詳しく知りたい、特に、文型中心の教え方をしてきた教師でも、『いろどり』をどうやって教えればいいかがすぐにわかる資料があればいい、などの要望が寄せられていました。こうしたニーズに応えて、2022年5月、『いろどり』のウェブサイト上に、新たに「いろどりの教え方」のページが開設され、教え方動画がアップされました。
「いろどりの教え方」は、『いろどり』を使って教えている、またはこれから教えたい先生のためのページです。現在は、2本の教え方動画と教案が載っています。将来は、『いろどり』を扱ったセミナーの動画へのリンクや、「教え方Q&A」のような情報を載せていくことも計画しています。
トップページの、「付属教材・資料」のアイコンの隣に、「いろどりの教え方」ページに行くためのアイコンが設置されています。ここをクリックすると、「いろどりの教え方」のページに行くことができます。
教え方動画について
今回アップされた教え方動画は、以下の2本です。
- 1.『いろどり 生活の日本語』の使い方 ― 入門(A1)活動別の進め方 ― (83分)
- 2.『いろどり 生活の日本語』の使い方 ― 初級1(A2)第7課を例に ― (67分)
1.は、カンボジアの国際交流基金プノンペン連絡事務所での対面授業を収録したもので、『入門(A1)』の第5課と第6課の中から、技能別に、「話す」の活動を2つ、「書く」と「読む」の活動をそれぞれ1つずつ、計4つの授業を見ることができます。2.はタイの国際交流基金バンコク日本文化センターで行われた対面授業で、『初級1(A2)』の1つの課(第7課)の授業を通しで収録したものです。動画には、授業の導入、活動1「聞く」、活動2「話す」、活動3「読む」、活動4「書く」が含まれています。
いずれの動画も、活動の大まかな流れを説明したあと、教材の紙面と授業の実際を見ながら、それぞれの部分の意味や目的、進め方、注意点などを、詳しく解説しています。先の例に挙げたようなポイントについても触れられていますので、動画を見れば、『いろどり』で教える際の大切な点が理解できるようになっています。授業見学をしているつもりで、最初から最後まで順番に通して見てもいいですし、自分に必要な部分だけ、一部を抜き出して見てもいいでしょう。
授業では各国の媒介語を使った授業になっていますが、教室に共通の媒介語がない場合についても解説がなされていますので、例えば日本国内の教室で、多国籍の学生に教える場合についても参考にすることができます。
なお、それぞれの動画の授業の教案もいっしょにアップされています。教案を見ながら動画を見れば、授業の流れを俯瞰することができます。
動画でわかる『いろどり』の教え方
動画を見れば気付くと思いますが、『いろどり』は基本的には、教材を順番にそのまま進めていけば、教えられるようになっています。
よく「教科書 “を” 教える」のではダメ、「教科書 “で” 教える」のだ、と言われることがありますが、これは、コミュニカティブな教え方が求められているにもかかわらず、文型シラバスの教科書しかなかった時代の話ではないでしょうか。当時は、その課の文型をコミュニケーションの文脈の中で示すために、教師が「文型導入」の場面を考えて教室で演じたり、コミュニケーションのための自由度の高い応用的な活動を、別の教材から持ってきたり、教師が自作したりする必要がありました。
しかし、『いろどり』は、はじめからコミュニケーションを目標として作られた教科書です。Can-do達成までの授業の流れはSLAや外国語教授法の研究成果に基づいており、教科書の順番で授業を進めれば、Can-doが達成できる=実際の場面でコミュニケーションできるように作られています。もちろんそれぞれの現場に合わせてアレンジすることは推奨されますが、まずは教科書の通りに教えてみることで、教材の意図が理解できるのではないかと思います。
『いろどり』は、使うのに極めてハードルが低い教材です。教えた経験の少ない先生でも、授業準備の負担も少なく、だれでも効果的な教え方ができるはずです。また教えた経験の豊富な先生こそ、もし文型中心の教え方からなかなか発想が変えられない場合には、この教え方動画を見たうえで、教材を使ってみてください。
「いろどりの教え方」ページや、この教え方動画が、『いろどり』を使う皆様の役に立つことを願っています。
(磯村一弘/日本語国際センター専任講師)