日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第9回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第9回】日本との距離が縮まる中で ─ 5年目を迎える中学校での日本語教育 ─

ソウル日本文化センター専任講師
三原龍志

はじめに

日韓友情年に当たる今年になって日韓関係はギクシャクしていますが、1998年から2004年にかけて韓国でなされた日本文化の段階的開放、2002年のサッカーワールドカップ日韓共同開催、日本での韓国映画上映や2003年の「冬のソナタ」放映に端を発した韓流ブームなど、一般の人々の間で日韓の文化交流が年々盛んになっています。国際観光振興機構の調べでは2004年の訪日韓国人観光客数が初めて 100万人を超え、訪韓日本人数も前年比35%増の244万人だったそうです。それに伴い日本での韓国語学習者の数も増えていて、2004年NHK教育テレビ「ハングル講座」4月号のテキストが中国語の発行部数を追い抜いて20万部以上になっているようです。そして韓国では、日本語の学習者数はその長い歴史とともに世界一の座を守っています。学校教育に限定して言うと学習者の90%は中等教育段階の学習者になります。

日本語の学習者数の表

上の表からも分かるとおり、高等教育段階や学校教育以外の日本語学習者は中国語学習者の伸張等の影響でその数を減らしていますが、初等・中等教育段階では機関数、教師数、学習者数ともに数字を伸ばしています。 具体的に中等教育段階での機関数の内訳を見ると、中学校が853校、高校が1661校となっています。1998年には中学校ではほとんど実施されていなかった日本語教育が2003年には初中等教育の約34%を占めるに至っています。

また学習者の具体的な数は把握できていませんが、教科書の販売部数から間接的にそれを知ることができます。国際交流基金ソウル日本文化センターが中学校教科書の出版社に問い合わせたところ以下のようなデータを入手しました。

教科書の販売部数の表

このデータでも中学校での日本語学習者の数が年を追ってかなりの割合で増えていることが推測できます。本稿では、その中学校での日本語教育について報告いたします。

教育課程

韓国の中学校では、1990年代からクラブ活動の一環として日本語が扱われてきましたが、2001年から中学校で第7次教育課程が施行(1997年公布)されたため日本語が正規の科目として開始されました。正確には、この課程では「中学校裁量科目」(選択科目)として「漢文、コンピューター、環境、生活外国語」が置かれましたが、その生活外国語つまり第2外国語(「国民共通基本教科(第1外国語)」は英語)の1つとして「日本語」が採用となりました。生活外国語は、日本語以外にドイツ語、フランス語、スペイン語、中国語、ロシア語、アラビア語が実用的かつ教養的価値が高いとして選ばれています。「生活外国語」は、その科目としての性格が、「・・・学習者が初級水準の生活外国語を覚えて、該当言語使用者と基礎的な意思疎通をすると共に、進学して該当言語を続けて学習できる基礎づくりをする。学習者が「生活外国語」科目を通して外国語に興味をもち、外国人の日常生活と彼らの生活様式への理解を深め、より肯定的で積極的な生活態度を身に付け、さらに世界の中の韓国人としてのふさわしい行動様式の基礎づくりができるようにする。」と規定されています。韓国では、日本語学習の機会が多く、高等学校、大学はもちろんのこと、民間語学学校や文化センター、企業内教育でも学習の機会が得られますし、テレビ、ラジオ、インターネット等でも学習することが可能です。その意味で「・・・該当言語を続けて学習できる基礎づくりをする。・・」という表現は示唆的です。

またその目的には、

日常生活に関する簡単な言葉と文章を使い、意思疎通ができる基礎的な能力を養い外国人の生活様式と考え方が理解できる態度を養う。

  1. 1.日常生活に関する簡単な言葉を聞いて理解する。
  2. 2.簡単な話題について口頭で意思疎通する。
  3. 3.日常生活に関連する簡単な語彙または文を読んで理解する。
  4. 4.やさしい語彙および簡単な文が書ける。
  5. 5.該当言語を使っている国民の日常生活文化への理解を深め、わが国(韓国)の文化を改めて認識し、正しい価値観を持つ。
  6. 6.該当言語で意思疎通しようとする積極的な態度を持つ。

という内容が記述されており、日常生活に関する簡単な言葉(日本語)によって意思疎通し、(日本人の)日常生活文化への理解を深めることを重要視していることがわかります。学習時間は全部で68時間が目安ですが、2年生時と3年生時にそれぞれ週1時間ずつ実施している学校と3年生時に週2時間実施している学校が多いようです。

教科書

教科書は、国定教科書『生活日本語 こんにちは』の1種類だけですが、中等教育前期という教育段階を意識した作りになっています。たとえば、シラバスは、中学生が遭遇することを予想した場面ごとに「あいさつ」を中心に言語の機能を考慮したものになっています。また全部で10課からなっていて、各課の構成は場面を提示するための挿絵が中心の本文部分と、機能を重視した「重要表現」、日本人の「言語習慣」を解説した部分、「役割練習」、「文化探訪」「遊び体験」「自律学習」の各部分からなっています。全般的にカラーのイラストや写真が多く載せられていて、場面や人間関係がわかるようになっています。文字はひらがなとカタカナだけで表記されていて、生徒の学習負担が高等学校での学習より軽減されています。

授業

教師は、生徒にとってコミュニケーション上の基礎となる簡単な挨拶や依頼、感謝などの表現をそのまま覚えて使わせるような授業を行っていることが多いようです。たとえば、日本のドラマやアニメの中からそのような表現が使われている場面を集め見せながら場面や表現のバリエーションを確かめ、簡単なロールプレイやゲームなどの教室活動を行っているようです。

中学校での日本語の授業写真1

また日本人の日常生活に関する映像をインターネットで集めたり、実際に日本へ行って教材となる風景や事物を写真に撮ったり実物を集めたりして、生徒に提示したり体験させたりしている教師もいます。

中学校での日本語の授業写真2

教師が抱える課題

しかし、課題も少なくありません。教育人的資源部は1クラス30名から35名学級を目指しているようですが、ソウルなどの大都市近郊の新興住宅地ではまだまだ1クラス50人規模の学校もあり、文化体験はおろかグループ活動もままならないというケースも存在します。またこれとは逆に主に地方では、少子化が進んでいて、1人の教師が決められた担当授業時間数(おおよそ週20時間が目安)を確保するため近郊の中学校や高校に出講して授業をしなければならないというケースも見受けられます。 教師からは、具体的に次のような声がよく聞かれます。

  • 週1時間だけでは、まとまった内容が教えられない。
  • 日本文化を体験させる場が乏しい。
  • 生徒は日本人の日常生活文化について興味を持っているが、教師の知識や体験が乏しいため、生徒の質問に適切に答えられる自信がない。
  • 生徒の中には、最近の領土問題や教科書問題によって引き起こされた日韓関係の影響を受けて日本に反感を持ったり、日本語学習に疑問を抱いたりする者がいる。

以前は日韓の関係を「近くて遠い国」と表現して久しかったのですが、最近は冒頭に述べたようにお互いの距離感がずいぶん縮まってきたように思います。以前より直接日本人と韓国人が接する機会が増えてきてその分、新たに戸惑うこともあるでしょうが、中学校の日本語教育ではその戸惑いを乗り越えてバランスの取れた日本観を醸成するためのヒントがあるような気がします。

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