日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第21回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

第21回 王立プノンペン大学(RUPP)日本語学科の設立 -日本語教育とこれからのカンボジアの発展との繋がり-

勉強する様子の写真

王立プノンペン大学日本語学科
学科長 ロイ レスミー
Royal University of Phnom Penh
Department of Japanese
Head Department  Loch LEAKSMY

1.はじめに

 王立プノンペン大学(英語名、The Royal University of Phnom Penh, カンボジア語名、 Sakolvithialai Phumin Phnompenh以下RUPPと省略)はカンボジアの首都プノンペンにある総合大学である。カンボジアで一番大きく、歴史の古い大学である。現在学生数は9140名、教職員433名である。

 RUPPには3つの学部(理学部、社会人類学部、外国語学部)と人材開発センターがあるが、外国語教育が盛んなため、外国語学部は大きく目立つ存在となっている。外国語学部の中には英語学科、フランス語学科、日本語学科、韓国語学科の他に、単位習得のない(non-credit)コースとして中国語コース、タイ語コース、カンボジア語コースも開設されている(注1参照)。

 RUPP日本語学科は、カンボジアで初の、しかも2009年現在で唯一の日本語主専攻の高等教育機関である。

2.日本語学科の歴史と現状

 RUPPの日本語教育は、同大学の在学生を対象とした単位取得のない(non-credit)コースとして1993年に始まった。授業は海外青年協力隊(JOCVJapan Overseas Cooperation Volunteers)隊員によって行われ、筆者もプノンペン大学在学中の4年間、このコースで日本語を学んだ。

 このコースは2005年に終了したが、日本語学習を希望する学生は増加しつづけていた。また、カンボジアと日本の友好関係を築くための人材を養成しようという機運もあり、大学は正規の日本語学科開設を決定し、教育・スポーツ・青年省(日本の文部科学省にあたる)に設置認可を申請したところ、2003年5月に4年制の日本学科が正式に認可された。そして、2005-6年度より、初の日本語学科生を受け入れることになった。

 日本語学科設立の目的は以下の3点である。

  • 幅広い知識と教養のある若いカンボジア人を養成する
  • カンボジアの次世代のリーダーとなれる人を養成する
  • 日本語を通して、新しいことに挑戦し、新しいものを生み出せる力を持った人を養成する。

 2008-9年度において、教員15名(うち日本人10名)と、学生(第1期生~第4期生)235名が、11のクラスに分かれて在籍している。

3.コースデザインとカリキュラム

 カンボジア初となる国立大学の日本語学科は2003年に開催できるように認可されたが、全く何もないところからのスタートであるため、2003年から2年間にわたり、筆者が日本の大学院で日本語教育に関する研究をするために派遣されることになった。研究の成果は、『王立プノンペン大学における日本語教育の改善「アンケート・インタビュー・教材開発の実験の結果を中心に」』と題した論文にまとめた。(注2参照)

 2005年に帰国した筆者は、2005年10月の開講に向けて、国際交流基金の派遣専門家の片桐準二氏と協力して日本語学科の開設と運営に着手した。まず、コースデザインやカリキュラムデザインを行い、教員や教室、教材を確保し、学科内の規則などを準備した。どの作業も手間がかかったが、日本語学科の設立の目的に応えられるように、やはりコースデザインとカリキュラムデザインを決めた段階を一番重視した。主に筆者が日本で書いた論文の内容を基にし、またRUPPの別の学科のコースデザインとカリキュラムも参考にして作成した。

  1. (1)カリキュラム

 RUPPでは、大学または学部の指定する共通科目や選択科目といった科目が存在しない。2006年度から教育・スポーツ・青年省の指導で一般教養科目が1年生の必修(合計27単位)となったが、それ以外は英語(合計7単位)も含めて全て日本語学科で開講しなければならない。学科生は、1年生で一般教養・英語・基礎日本語を学び、2年生では英語も続けるが、専攻へ進むために必要な専門基礎科目として日本語・日本事情を学ぶ。3年生では学科共通専門科目として言語学と日本語学の基礎も学ぶようにしている。そして、4年目には日本語教育(アカデミック)専攻と日本語(ビジネスのための日本語)専攻とに分かれる。1学期16週間(試験週間を含まず)の年2学期制で、学生は週18~20時間の授業を受け、4年間で138単位以上を取ると卒業ができる(表1参照)。取得学位は日本語教育学士(B. Ed.) または日本語学士(B.A.)である(詳しくは注1参照)。

表1 日本語学科カリキュラム概要(4年制8学期)
学年 科目種類・内容 学習時間
1 一般教養・英語 384
基礎日本語(初級前半) 192
2 専門日本語(初級後半と中級前半)・日本事情・英語 640
3 専門日本語(中級後半と上級日本語)・日本事情・情報技術・言語学 640
4
(専攻を
選択)
日本語教育(アカデミック)専攻(言語学、日本語総合、情報技術、教授法、文学、教育実習、卒業論文「日本語研究」) 576+
日本語(ビジネス)専攻(音声学、日本語総合、情報技術、ビジネススキル、日本社会、日本経済、企業研修、卒業論文「日本研究」) 576+
総学習時間/取得単位 2432+
/138単位
以上
  1. (2)使用教科書

 1年生と2年生の1学期までは、スリーエーネットワーク発行の『みんなの日本語I』と『みんなの日本語II』のカンボジア語版(写真1)を使用する。

初級日本語『みんなの日本語I』カンボジア語版の写真
写真1 初級日本語『みんなの日本語I』カンボジア語版

これは筆者と他のカンボジア人教師達がカンボジア語に訳して、カンボジア日本人材開発センター(英語名、Cambodia-Japan Cooperation Center以下CJCCと省略)が出版した教材である(詳しくは注3参照)。

 2年生の2学期からは日本語技能別のさまざまな教科書が使用されている。『読解をはじめるあなたへ』(凡人社)、『聴解が弱いあなたへ』(凡人社)、『短期集中 初級日本語文法総まとめポイント20』(スリーエーネットワーク)、『会話に挑戦!中級前期からの日本語ロールプレイ』(スリーエーネットワーク)、『知のワークブック―大学生と新社会人のための』(くろしお出版)などである。

  1. (3)コースの目標

 日本語学科卒業時の目標として、以下のものを設定した。

  • 日本の大学に留学できる日本語能力(日本語能力試験2級以上)を持つ。
  • 日本語に関する専門的な知識を持ち、それを活用することができる能力を持つ。
  • 日本語を使ってのコミュニケーション能力を持ち、職場や日常生活に直接関係のあることや個人的な関心事について、滑らかに会話に入ることができる。
  • 日本語を使いながら、異文化理解の心を持ち、仕事を円滑に行える。
  • 毎日の身近な話題について、例えばラジオ、テレビ番組などの要点を理解できる。

4.日本語学科の実践的な行動

 日本語学科を卒業する学生の希望の多くは、日本留学及び日本企業・団体への就職である。日本語学科への新入生の学習動機付けと共に卒業生の希望に応えられるように、日本語学科は、以下のことを実行している。

  1. (1)1年間交換留学のプログラム

 RUPPと協定を結んでいる5つの日本の大学のうち、3つの大学(昭和女子大学、早稲田大学、創価大学)に1年間の交換留学プログラムで在学生を送っている。2007年からスタートして、これまでに送った2年生と3年生(合計5名)について、留学先の大学からの評価、成績と、帰国後の成績を見ると、彼らの日本語能力や日本に対する知識が非常に高まったことが分かった。特に会話力と聴解力で目立っている。これは今までの日本留学の実績だと言える。

  1. (2)人材開発ネットワークづくり

カンボジア全国に日系企業は約40あるが、日本語学科卒業生の採用予定がある企業は数社という状況にある。RUPP日本語学科の第1期生が4年生になった今年(2009年)、日本人商工会、JICAJNNCJapanese NGO Network in Cambodia; 在カンボジア日本人NGOネットワーク)といったカンボジアを支援する関係機関が参集し、産学官共同の就職支援活動として4年生対象の合同会社説明会をスタートした。

 合同会社説明会はRUPP日本語学科の初めての試みで、現地スタッフ採用予定の日系企業・団体と、就職希望学生が効率良く面接(マッチング)する場を作ることを目的に開催した。この活動を通して、大学と社会との間の風通しをよくし、人材の育成と開発・活用という一貫した流れに沿って協力する体制の必要性が浮かび上がった。専門的に日本語教育を受けた人材を活用するシステムの構築には、日本からの直接投資が少ない現在、日系企業ばかりでなく、JICAJNNCなどカンボジアを支援する力の結集、言わば「日本力」の後進しが必要とも言える。こうして、人材開発ネットワークづくりが始動したのである。

 大学卒業生たちはカンボジア社会の各分野のリーダーとしてカンボジア社会が抱える諸問題に取り組み、それを解決する人材として成長することが期待されている。世界的不況の中でカンボジア経済はプラス成長を続けるが、とりわけ経済発展への貢献が待望されている。

日本語学科で行われた4年生対象の合同会社説明会の写真
写真2 日本語学科で行われた4年生対象の合同会社説明会の様子

5.今後の課題

 日本語学科は開設後4年目を迎え、2009年7月に、学科の第1期生が初めて卒業した。卒業生45名のうち、会社説明会後、すぐに就職が決まった学生もいるが、これからどうすればいいかと迷っている学生もいる。将来のカンボジアの発展の力になるために、今すぐに就職を考えず、まず日本に留学したいと思っている学生も少なくない。初めての卒業生が出たと言っても、彼らの卒業試験の結果及び卒業論文、企業研修終了後の企業の評価や要求から見ると、まだまだ課題はたくさんある。学生の能力を上げるためには、カリキュラムとシラバスの他、学習環境や教材、教員を見直す必要がある。以下はその課題である。

  1. (1)ビジネス日本語教育の質の向上

 少なくとも日本語能力試験2級、できれば1級の日本語力がなければ、多様な実務に対応できない。ビジネス日本語教育における人材育成の指針と達成能力レベルの検討が必要である。多様なビジネス場面で活躍できる実践的な日本語能力の伸長が望まれている。

  1. (2)教育機関におけるカリキュラムの検討

 経済のグローバル化に伴い、ビジネスコミュニケーション言語が英語になっており、日本語学科においてもビジネス英語教育が不可欠である。その一方で、日本の社会や文化、ビジネス習慣に対して理解を持つ人材を育成するという観点から、ビジネス日本語教育には大きな意義がある。また、労働力の質の向上についてはIT教育も必須と考えられる。「情報技術」科目は必修であり、今年度からコンピューター室も設置されたが、まだIT教育環境は十分とは言えない。

  1. (3)日系企業による積極的採用

 まず、人材市場の拡大と雇用機会の増大が前提となるが、学生からは卒業後の就労機会が増えることと、キャリアパスの明確化が要望されている。しかし、現在のカンボジアの教育制度では、昇進昇給につながるキャリアを蓄積できるような教育がまだ十分に行われておらず、中長期的な教育制度と教育内容の見直しが必要となっている。RUPP日本語学科としては、能力や成果の伸長のためにできる教育は何か模索して、教育内容に反映させなければならない。また、現在の「企業研修」に始まるインターンシップの拡大などへの取り組みを通じ、マッチング機能の強化も課題である。日系企業が就職支援(人的資源の活用)を通じてカンボジアの産業・経済の活性化、持続的成長を支援することは日系企業の利益追求と矛盾しない。

  1. (4)RUPPの日本語学科の積極的活動

 RUPP日本語学科が、カンボジアの日本語教育の中核機関としてこれからのカンボジアにおける日本語教育発展を支えるため、日本語学科の教員たちはカンボジア日本語教師会(Cambodia Japanese Language Teachers Association; CAJALTA)の活動に積極的参加する必要がある。また、日本語学科の教員たちが実行委員会に参加して毎年行われているカンボジアスピーチコンテストの活動を通して、日本語学科への入学希望者や在学生に、日本語学習の動機付けを高めることも重要である。

 日本語学科は設立されたばかりで、まだまだ解決しなければならない問題が多くある。これからもカンボジアと日本の関係者の方々の協力と学生の熱意に支えられ、一歩一歩前進していきたい。

RUPP外国語学部の風景の写真
写真3 RUPP外国語学部の風景

注1 プノンペン大学 プノンペン大学

注2 昭和女子大学 文学研究科日本文学専攻(博士前期課程・博士後期課)http://www.swu.ac.jp/graduate/nichibun/index.html (昭和女子大学 昭和女子大学)

注3 カンボジア日本人材開発センター カンボジア日本人材開発センター

〔参考ウェブサイト〕
国際交流基金 日本語教育国別情報(カンボジア)
国際交流基金 日本語教育国別情報(カンボジア)
国際交流基金 日本語教育国別情報
国際交流基金 日本語教育国別情報

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