日本語教育通信 海外日本語教育レポート 第27回

海外日本語教育レポート
このコーナーでは、海外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第27回】J-GAP韓国の発足と現在までの取り組み
― モデル校の釜山外国語大学を一例として ―

J-GAP韓国委員会
鄭起永(釜山外国語大学校)
検校裕朗(極東大学校)
奈須吉彦(釜山外国語大学校)
松浦恵子(釜山外国語大学校)

1.はじめに

 2010年夏に台湾で行われた日本語教育国際研究大会(ICJLE2010)のシンポジウムでは、学習機関が変わると起きやすい問題について話し合われた。具体的には、中学校から高校、高校から大学に進学した際に、既習事項の続きから学習が続けられず、新たな機関のカリキュラムに従う(既習事項を再度学習せざるを得ない)、大体の場合、ひらがな・カタカナの学習からの再開となるという問題である。このため、学習者は継続的なカリキュラムで学習を行うことができず、学習意欲を失う可能性が大きいという。
 このシンポジウムに参加したのは欧米やアジアの国であったが、国に関わらず同じような問題を抱えていることが明らかになった。このような状況を踏まえ、学習機関が変わってもスムーズに学習が続けられるよう連携をはかる「J-GAPJapanese Global Articulation Project)」というプロジェクト1が誕生した。
 韓国では、2011年1月からこのプロジェクトに参加し「J-GAP韓国」として活動を始めた。その後、会議やワークショップ、学会や研究会での発表、各教育現場での試みなどを実施し、現在もこのプロジェクトは進行中である。プロジェクト発足当初の参加国・地域は、日本、韓国、香港、アメリカ、カナダ、ヨーロッパであったが、その後、オーストラリア、中国、台湾が加わり、現在では9つの国・地域で活動が続いている。
 本稿では、J-GAP韓国発足後、具体的にどのような活動や取り組みを実施し、それを通してどのような課題が見えてきたかをモデル校の例とともに紹介する。

2.J-GAP韓国の発足とその後の活動

 J-GAP韓国は、2011年1月、国際交流基金日本語国際センターで行われた「日本語教育グローバル・アーティキュレーション・プロジェクト企画国際会議」へのプロジェクト参加以降、2月に正式に発足し活動が始まった。メンバーは約30名の中学校、高校、大学の日本語教師、文学や通訳、翻訳等の科目を担当する教師で、韓国人も日本人もいる。活動を行うモデル地域を釜山と設定し、同地域の中学校、高校、短大、大学の合計10校をモデル校とした。

2.1 2011年度の活動

J-GAP韓国のページの画像
J-GAP韓国のページ(J-GAP韓国のページ

 発足当初はメンバーもアーティキュレーションとは何か、J-GAPとしてのような活動を行うべきか、よくわかっている状態ではなかったので、毎月の月例会議では、まずお互いの現場の状況を知ることから始めた。そして各機関の各現場で抱えている問題や疑問に思っていることをざっくばらんに話すという時間を設けた。その結果、自分が所属する機関でどんなことを学習者に教えておけばいいのか、または自分が所属する機関に入ってきた学習者がどんな教科書でどのくらいの時間学習したのか、などの情報交換ができ、学習者への理解が深まった。
 そして、J-GAPの発起人である當作靖彦先生(カリフォルニア大学サンディエゴ校)と小西広明先生(国際交流基金ソウル日本文化センター)2をお招きして、初のワークショップを行った。
 2011年は毎月の月例会議をはじめ、このようなワークショップ、学会での発表などを通してJ-GAP韓国のメンバー自身がJ-GAPについて理解を深め、お互いがどう協力すれば学習者の学習がスムーズにつながるのかということを考え、協力体制を整える1年であったと言える。

2.2 2012年度の活動

 2012年度にも毎月月例会を行い、その際に年度内計画や実際に各自が受け持つ現場でどのようにCan-do(日本語で何がどれだけできるかを「~できる」という形式で示した文)3を導入しているか、などを報告しあった。さらに秋には2回目となるワークショップを開いた。2011年度のワークショップ参加対象者がJ-GAP韓国のメンバーに限定されていたのに対し、2012年度のワークショップではメンバー以外の参加者も受け入れ、J-GAPが目指すアーティキュレーション(学習機関が変わっても学習がスムーズに継続される)達成のためにはどうすればよいか、などについて話し合われた。また、中国で行われた日本語教育国際研究大会(ICJLE2012)では、シンポジウムやポスター発表を行い、J-GAPの活動の広報にも努めた。2012年度は、メンバーがJ-GAPの目標についてより理解を深め、各自が受け持つ現場に導入する試みを始めた年であった。

2.3 2013年度の活動

2013年度の交流会の写真
2013年度の交流会の様子

 2013年度は、前年度に引き続き各現場での実践およびその報告、学会や研究会などでの発表、そして、交流会、ワークショップなどが計画されている。

3.モデル校の取り組み(釜山外国語大学を例に)

 前述の通り、J-GAP韓国のモデル地域は釜山でありモデル校が10校ある。ここでは、そのうちの1つである釜山外国語大学での取り組みを一部紹介する。

 釜山外国語大学の日本語学部は、1学年の人数が220名にもなる大きな学部である。しかしながら、アーティキュレーションという点から見ると、高校までの学習が継続的なカリキュラムのもと、スムーズに行われているとは言いがたい状況だった。既習者であっても必修科目であるという理由で基礎的な学習科目を受講しなければならず、極端な場合には、JLPTのN1合格者がひらがな・カタカナなどの文字学習から始めるという事態も起こっていた。学習者が履修登録をする際には、レベルチェックが行われず、1つのクラスにJLPTのN1合格者と日本語の文字がまったく読めない学習者が混在していた。その結果、N1を合格した学習者はあまり努力せずに良い成績が取れる一方で、文字学習から始める学習者はあまりのレベルの差に愕然として、学習を諦めてしまうケースも見受けられた。
 このような状況を打開すべく、2013年度入学の1年生を対象にレベルチェックを行い、その点数によって受講クラスを指定した。そして必修科目であってもそのレベルをクリアしていれば、他の科目を受講することで単位の振り替えが可能となった。
 こういったレベル別授業の制度はまだ始まったばかりであるが、受講前にレベルチェックを行うことで、少なくとも以前のような極端なレベル差は生まれていないようである。さらに既習者は再度ひらがな・カタカナなどの文字学習から始めなくてもいいため、その時間を他の学習や次の段階の学習に使うことができるようになった。
 以下、<表1>に、日本語関連科目に関するカリキュラム改正前後の科目名を挙げる。改正前は、日本人講師は会話や発音、文法や作文は韓国人講師、というような分業になっていた。しかし、改正後は日本人講師が日本語関連科目を担当することになった。科目名も「日本語A1」というような名前に変わり、内容も「やりとり」「表現」「聞く」「読む」「書く」の5つの言語活動を扱う総合日本語の科目となった。韓国人講師は主に通訳・翻訳、ホテル観光、ビジネスIT、教員養成などの専門科目を担当している。

<表1> 釜山外国語大学のカリキュラム改正前後の日本語関連科目
従来の科目 カリキュラム改正後4の科目
(1学期)
カリキュラム改正後の科目
(2学期)
  • 「日本語会話初級I」
  • 「日本語会話中級I」
  • 「初級日本語I」(文法)
  • 「日本語発音クリニック」
  • 「高級日本語会話I」
  • 「日本語作文」
  • 「日本語A1」
  • 「日本語B1-1」
  • 「日本語B2」
  • 「日本語A2」
  • 「日本語B1-2」
  • 「日本語B2」

4.活動を通して見えてきた課題

 以上のようにJ-GAP韓国の発足からその後の活動を概観してきたが、その活動は平坦なものではなかった。今後の課題も少しずつ浮き彫りになってきている。課題として主に以下のようなものがある。

  1. 所属機関の方針やカリキュラムによる限界
  2. 同じ機関内でCan-doを取り入れた授業の有無
  3. 教育課程の枠内でのCan-do導入

 Can-doの導入や実践は、授業を担当する講師が決められる場合もあるが、機関によっては方針やカリキュラムにより思うようにいかないこともある。現在ある枠の中でどのように導入し実践していけるか、または所属機関の方針やカリキュラム自体を変えないといけないのか、その場合はどこにどう働きかければいいのかなど、解決しなければいけない問題がある。
 次に、同じ機関(学校)で同じ科目名の授業であっても、担当講師によってCan-doを取り入れた授業もあればそうでない授業もある。これは、機関側が担当講師にカリキュラムの作成を任せた場合に起こる問題であるが、やはり科目名が同じ場合は、授業内容も統一するのが良いのではないだろうか。さらに、授業内容によっては、Can-doを導入しにくい授業(例:日本文化や日本文学の授業)もあるかもしれない。今後は、このような科目の取り扱いにも検討が必要である。
 韓国の中学校や高校には、国で定められた教育課程があり、指定された教科書が存在する。その枠の中でレベルを分けてCan-doの導入を試みても、学生数や教師数の調整がつかずレベル別に分けることが難しい場合がある。進学のために受験勉強にシフトせざるを得ない実情も見受けられ、アーティキュレーション達成よりも目前に迫る現実(受験勉強)がより重要視される場合もあるのだろう。

 以上を鑑みると、 教師1人1人がアーティキュレーションやCan-doを意識して毎回の授業に臨むことは重要である一方で、1人の教師が受け持っている授業内でできることには残念ながら限界があることがわかる。所属機関のカリキュラムの変更や国の教育課程に関することは、1人の教師の働きかけによって成し遂げられることとは言いがたい。そのため、J-GAP韓国ではこのようなカリキュラムや教育課程に関し決定権を持つ人物をメンバーにすることで、韓国全体がわずかずつであっても変わっていくよう動き出している。

5.将来の展望

 以上のように2011年の発足から3年目を迎えているJ-GAP韓国であるが、将来の展望としては主に以下のようなことが挙げられる。

  1. レベル別授業を開始する機関の増加
  2. 学会や研究会でのさらなる広報活動
  3. 実践と事例報告の情報共有
  4. 韓国の評価院5や教育庁6に対する働きかけ など

 レベル別に学習者の日本語を伸ばすことができる機関が今後増えていけば、学習意欲を損なったり、大きすぎるレベル差に戸惑ったりする学習者が1人でも少なくなるはずである。従来のやり方から、新しいやり方に変えることは多大な時間と労力を要する。しかし、一旦過渡期を過ぎ軌道に乗ればうまく動き出して、結果的には学習者の増加や1人1人の学習者の日本語力の伸びにつながるはずである。そのような状況になるためには、まずはJ-GAPというプロジェクトの周知から努め、J-GAP韓国のメンバーによる実践とその報告を学会や研究会で行うことが重要である。学習者がどのような変化を遂げたか、その機関を卒業した後に本当にスムーズに学習が引き継がれたかなど、追跡調査の報告も必要となるであろう。評価院や教育庁に働きかけをすることにより、国の日本語教育の政策自体が変わることが期待できるかもしれない。
 1つの国の日本語教育の政策を変えることは、たやすいことではないが、10校のモデル校の事例やモデル校間の連携の事例が今後増えていき、教師と学習者の意識が変われば可能性があるかもしれない。その可能性に向けて、地道に努力を続けるべきである。

  • 1各国と地域の活動は J-GAP(Japanese Global Articulation Project) で確認できる。
  • 2所属は2011年5月当時のもの。
  • 3「JF日本語教育スタンダード」JF日本語教育スタンダード
  • 4カリキュラム改正後の「日本語A1」や「日本語B1-1」「日本語B2」は、CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)の基準を参考にしている。
  • 5「韓国教育課程評価院」を指す。教育課程研究・開発や学校教育支援事業、各種国家試験の出題管理、教科書検定を行う機関。
  • 6教育・学芸に関する業務を担当するために、市や道(日本の「県」に当たる)に設けられた教育行政機関。具体的には教育課程の運営、科学・技術教育の振興、社会教育やその他の教育・学芸の振興、施設や設備、教具、授業料、入学金に関することなど学校運営に関わる支援を取り扱っている。

<参考文献>
検校裕朗「Can-doの重要性とJ-GAPのアジアにおける進捗状況 ―韓国・日本・香港を中心にして― 」『韓国日語教育学会 2011年度 第20回 国際学術発表会』pp.113-117

鄭起永「アーティキュレーション達成のための韓国におけるJ-GAP韓国の活動 ―釜山モデル地域に与えるインパクト― 」『異文化コミュニケーションのための日本語教育(ICJLE2011)』pp.9-10.

鄭起永、松浦恵子、奈須吉彦、検校裕朗「Can-doを通じてできること ―J-GAP韓国の活動が釜山に与えるインパクト― 」『大韓日語日文学会 2011年度 創立20周年 秋季国際学術発表会』pp.287-288

鄭起永「J-GAPの背景とプロジェクト国家の動向 ―アメリカ・カナダ・ヨーロッパを中心にして― 」『韓国日語教育学会 2011年度 第20回 国際学術発表会』pp.110-112

奈須吉彦、松浦恵子「釜山外大における現状とアーティキュレーション達成のために今、できること」『韓国日語教育学会 2011年度 第20回 国際学術発表会』pp.118-120

松浦恵子、金庸珏、金鍾熙、李明姫、孫東周、趙堈熙「J-GAP Korea(Japanese Global Articulation Project)の普及と達成に向けて」『異文化コミュニケーションのための日本語教育(ICJLE2011)』pp.710-711

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