日本語教育通信 日本語教育レポート 第32回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第32回】
私のJF日本語教育スタンダード実践例紹介
-日本語国際センター多国籍短期研修(冬期)「総合日本語」の場合-

日本語国際センター専任講師
押尾 和美

1. はじめに

 日本語国際センター(以下、NC)では、毎年、海外で日本語を教えるノンネイティブの日本語教師を招いて、教授能力向上、日本語運用力向上、多文化理解能力の養成を目的とした教師研修を行っています。教師研修事業は26年の歴史を持ちますが、2010年に発表された「JF日本語教育スタンダード」(以下、JFS)を研修に導入するようになってからは、JFSの理念を反映させた授業、つまり、「コミュニケーション能力の獲得と異文化理解の連関を重視した相互理解のための日本語」(国際交流基金2009、p.132)を目標に掲げた授業が展開されています。今回は、JFS導入後の筆者自身の意識の変化と、2014年度に筆者が行った授業を、実践の一例として紹介します。

2. JFS導入後の「総合日本語」授業

 「総合日本語」は、日本語の知識を整理し、運用力の向上を図ることを目的に設定されています。授業にJFSが導入されたのは、試行のころを合わせると8年ほど前のことになりますが、次の点が変わりました。

  1. (1) レベル設定を、ACTFLを援用した7レベル(初級-、初級+、中級-、中級+、上級-、上級+、超級)から、JFSの6レベル(A1、A2、B1、B2、C1、C2)に変更する。
  2. (2) 「~ができる」という表現を使ったCan-do記述文を使って、レベルや達成すべき課題がわかる「学習目標」を授業開始時に明確に示す。
  3. (3) 「学習目標」の達成度を測る具体的な「課題(=パフォーマンスタスク)」を各トピックの授業の最後に行う。
  4. (4) 研修開始時と修了時には自己評価チェックリスト、各トピックの最後の「課題」が終わった後に評価シートを記入し、伸びや達成度を自己評価する。
  5. (5) 「評価表」「体験の記録」「学習の成果」をポートフォリオに入れ、学習の記録を残すようにする。

 ①「学習目標の設定」-「教授活動」-「評価」という流れを意識し、一貫性を持たせるようにしたこと、②評価の手がかりとなるアウトプット活動を最後に取り入れるようにしたこと、③学習の記録をポートフォリオに残すようにしたことが導入後の大きな変更点と言えます。

3. JFS導入による筆者自身の意識の変化

 JFS導入によって、講師には、今まで考えてこなかったことを考えたり、今までやってこなかったことを授業に含めたりする必要性が生じました。以下、筆者自身どのような意識の変化があったか、振り返ってみたいと思います。

(1) 「JFスタンダードの木」を意識するようになった

 JFSでは、「JFスタンダードの木」(JFスタンダードの木)を使って、「コミュニケーション言語活動(日常生活の中で、言語を使って行っている活動)」と、「コミュニケーション言語能力(語彙や文法、発音など、言語そのものに関する知識や語用能力)」の関係を整理しています。JFSは、木の枝葉(「コミュニケーション言語活動」)の部分を学習目標にした授業を実践します。JFスタンダードの木を眺めながら、自身の言語活動とそのレベルについて考えたり、研修参加者が必要とする言語活動は何かを考えたりすることが多くなりました。

 この振り返りを経て、新しく授業に取り入れるようになったのが木の枝の「㉒社交的なやりとりをする」カテゴリーに含まれる「初めて会った人とのおしゃべり」です。今までは「おしゃべり」は授業で扱う内容ではないと思っていたのですが、試みに「自己紹介」の授業で「おしゃべり」の活動を取り入れてみたところ、「相手の話を聞いてもどう反応を返していいかわからなかった」「授業を受けて、自信を持って話しかけられるようになった」など、予想以上に大きな反響がありました。

JFスタンダードの木の画像
図1 JFスタンダードの木

(2) 研修参加者による協働の時間を増やすようになった

 コミュニケーション能力と異文化理解能力は、受身でいては身に付きません。積極的に日本語を使い、相互交流の場を提供するため、授業中にグループワークやペアワークを多く取り入れるようになりました。意見を述べ合ったり、共同作業をしたりする時間を増やしたことで、クラスとしての一体感が強くなったような印象があります。筆者自身は、講師として、「見守る・トラブルを調整する・次の活動につなぐ」ことを意識するようになりました。

(3) オーセンティックな素材を多く扱うようになった

 リアリティのある言語活動を授業に取り入れるとなると、扱う素材は必然的にオーセンティックなもの(実際の生活で使われているもの)になります。いつでも最新のトピックが扱えるよう、授業に備え、新聞記事・ウェブサイト・テレビCM・ニュース番組・トーク番組などに今まで以上に目を配り、収集するようになりました。母語話者が実際に生活の中で見聞きしているものを使うと、分かったときの達成感が大きく、学習意欲も高まるようです。クラスの中には、初来日の者、留学や訪日経験のある者が同席しています。最新のトピックを扱えば、これまでの経験や学習背景に関係なく内容に向き合うこともできます。

4. 海外日本語教師短期研修(冬期)における「総合日本語」授業の紹介

 ここでは、2015年1月~3月の冬期に行われた「海外日本語教師短期研修(以下、冬短研修)」(注1)の2クラスで筆者が実施した「総合日本語」の中から「環境」をトピックにした授業の内容を紹介します。

(1) 授業の実際

 私は授業をデザインするとき、「みんなの『Can-do』サイト」(みんなの『Can-do』サイト)を見て、レベルをイメージすることから始めます(注2)。CEFR Can-doは抽象的なものが多いのですが、JF Can-doは、日本語の使用場面を想定し、日本語での具体的な言語活動を例示したCan-doなので、活動をイメージしやすいのが特徴です。また、このCan-doを利用して、自分の現場にあわせた新しいCan-doを作ることも、JFSでは勧めています。
 今回の冬短研修の2クラスではB1.2~B2のCan-doを目標とすることになりました。そこで「環境」をトピックにした授業では、「関心を持つ話題についての短い、簡単なエッセイを書くことができる。(CEFR Can-do B1.2 ⑲レポートや記事を書く)」を大きな目標として設定し、授業はJF Can-doの「最近話題になっている環境問題などについて、自分の意見をまとめて、短い簡単な投書などを書くことができる。(B1⑲レポートや記事を書く)」を書き換えて行うことにしました。また、課題達成までの過程で行う言語活動も、目標となるB1~B2レベルのCan-doを見て、レベルの維持を心がけました。授業の大まかな流れは、以下のとおりです。各活動のあとにある(  )内の情報は、「JFスタンダードの木」のカテゴリー番号です。

表1 授業の概要

レベル: B1.2~B2
学習目標(=最終課題・パフォーマンスタスク): 日本で話題になっている環境問題について調べ、それを要約した上で自身の意見を書くことができる。
学習目標の基にしたCan-do 最近話題になっている環境問題などについて、自分の意見をまとめて、短い簡単な投書などを書くことができる。 (JF Can-do B1 ⑲レポートや記事を書く、トピック「自然と環境」)
大まかな授業の流れ(合計8時間):
1日目 (3時間) 目標を共有する 情報を収集する
  • 活動1:環境問題について書かれたウェブサイトを読み理解する。(⑨情報や要点を読み取る)
  • 活動2:ウェブサイトを読んでわからなかったところを教えあう。(㉗情報交換する)
  • 活動3:集めた情報を要約して報告する。(㊵要約したり書き写したりする)
  • 活動4:他の参加者の報告をメモを取りながら聞く。(㊴メモやノートを取る)
2日目 (3時間) 作文の構成を考え、 作文を書く
  • 活動5:集めた情報を統合し、わかりやすい構成原稿用紙の正しい使い方を意識しながら書く。(⑲レポートや記事を書く/㊻正書法の把握)
3日目 (2時間) 作文を完成させる
  • 活動6:他の参加者が書いた作文を読み、理解する。(⑨情報や要点を読み取る)
  • 活動7:相手の心情に配慮しながらよりよい作文にするためにコメントを述べあう。(㉕共同作業中にやりとりをする)
  • 活動8:コメントを反映させて書き直す。(⑲レポートや記事を書く)
1日目

1時間目:ウォーミングアップと語彙の導入
 まずは、最終課題が「日本で話題になっている環境問題について調べ、それを要約した上で自身の意見を書くこと」であることを伝えた上で、環境問題について知っていることを自由に述べてもらうところから始めました。この段階では、「環境問題」について全く知らないという研修参加者はいませんでしたが、「聞いたことはあるが具体的にはわからない」「知っているがうまく言語化できない」など、反応は人によってさまざまでした。
 続いて、環境問題に関係する語彙の導入を兼ねて、環境問題の概要がわかるイラストを提示し、それらは何が原因で生じるのか、内容を整理して説明する活動を行いました。

2時間目:環境問題について書かれた日本語のウェブサイトを読む
 コンピュータールームに移動し、グループで、環境問題(「温暖化」「大気汚染」「水質汚染」「ゴミのリサイクル」「エネルギー」)のうち1つを分担し、協働で調べる時間としました。使用したウェブサイトは、小学生を読者に想定して公開しているもの(「つくろう・まもろう地球のみらい地球温暖化」三菱重工株式会社三菱重工)を利用しました。
 読解を始める前に筆者から、このウェブで使われている文体について説明し、その後、読解の協働作業(個人→グループ)に入りました。

配付した教材の画像
図2 配付した教材

3時間目:読み取った内容を報告する
 内容確認が終わった後、要約内容を分担し、他のグループの前で報告してもらいました。他のグループの発表を聞くことで、自身が読まなかった4つのテーマについての情報がわかります。研修参加者には、聞いている間はメモを取り、よくわからなかったところを質問するように促しました。

2日目

1時間目:作文の構成を考える
 まず、前回の報告内容を紙にまとめたものを配付し、各テーマについての報告を再度確認するところから始めました。そして、テーマの中から各自が書きたい内容を3つ選び、図3のような「思考マップ」の形に整理して、作文を書く前の整理をしました。

思考マップの画像
図3 思考マップ

2・3時間目:原稿用紙の書き方を確認する
 B2レベルのCEFR Can-doに「標準的なレイアウトや段落切りの慣習に従って、ある程度の長さのはっきりと理解できる文章を書くことができる。母語の影響を見せることもあるが、綴りや句読点の打ち方はかなり正確である。(㊻正書法の把握)」という記述があります。海外ではおそらくなじみの薄い、原稿用紙を使って作文を書くのも日本語学習のいい刺激になると考え、マスの埋め方のルールなどごく基本的な知識について時間を取って説明しました。細かいルールがあることを初めて知る研修参加者がほとんどだったようです。
 この日は、自分の考えた構成に基づいて作文を書いてくることを宿題としました。

3日目

1・2時間目:他の参加者の作文を読み、コメントする
 お互いの作文を交換し、読後、作文についてコメントしあう活動を行いました。目の前にいるクラスメイトに、どうコメントしていいか戸惑う様子が見られましたが、相手を傷つけない言い方や建設的なアドバイスの表現を全体で確認したところ、前向きなやりとりが始まりました。
 作文評価シート(図4)を配り、相手の作文を評価する活動もあわせて行いました。作文評価シートの利用は全員が初めてということでしたが、適切な記述を探してチェックをつけていました。授業終了後、筆者も添削した作文と評価シートを研修参加者にわたしました。

作文の評価シートの画像
図4 作文の評価シート

宿題:環境問題をテーマに作文を書く(最終稿)
 クラスメイトからのコメント・講師からのコメントを反映させ、最終稿を完成させました。下に紹介するのは、課題を達成した一例です。

環境問題をテーマにした作文の画像_1
図5-1 環境問題をテーマにした作文

環境問題をテーマにした作文の画像_2
図5-2 環境問題をテーマにした作文

 授業時間外を除き、課題達成に至るまで8時間を費やしましたが、その間、最終課題達成のための情報収集として「環境問題について書かれたウェブサイトを読み理解する」ことから始め、さまざまな言語活動を経験したことになります。あるテーマについて作文を書くという授業は今までも行われてきましたが、作文を書くまでのプロセスでも「言語活動」を意識するという点がJFS導入後は大きく変わった点と言えます。

(2) 研修参加者からの評価

 授業を受けた研修参加者は、どのような感想を持ったのでしょうか。授業と同じ週に残したポートフォリオの記述を紹介します。

  • 一つのテーマを通して4技能に触れるのはすばらしいです。インターネットを使って環境問題について調べたり、情報を他人のために要約させたりしました。そうすると学生の探求と読解能力を高める目標が達成することがわかりました。次は、人の前で情報源から撮った要約したものを発表させました。このステープで、話す・聞くといった技能ができました。最後は作文として書かせて、書けるようになりました。
  • 環境問題についての作文を作成することがありました。簡単にかけると思ったのですが、バランスが合いませんでした。先生は、環境問題というどんなことか、具体的な例、解決策などについてインタネットから情報を探せるサイトを紹介してくださいました。それは日本語の勉強について非常に役に立つじゃないかと思いました。原稿用紙に作文するとき、どんなルールで書くのかを教えてもらいました。今までぜんぜん知らなかったルールなので、これからわすれずに書けると思います。
  • 書いた作文をおたがいに間違ったところをみて、けんかにならないようにやさしい言葉を使いながら相手の見方に対してコメントをするきょうじゅう法が気に入りました。そして原稿用紙を作成するときのルールを教えてもらってよかったと思います。知らないところがあってべんきょうになりました。参考にしたいです。
  • 環境問題をテーマに作文を書く授業では、世界どこの国でも課題になっている環境について、たくさん新しい言葉や知識を得られることができました。これからいろいろなテーマに関する語彙や知識を増やしながら主要点を理解できるようになり、自己視点を説明できるようになりたいです。
  • 書きたい内容を「思考マップ」にまとめてさまざまな結束手段を使って、具体例だけではなく解決策を書き、わかりやすく書くとエッセイを書くことができるようになっていく。

(すべて原文のまま)

 これらの記述から、トピックについての理解が深まったこと、「作文を書く」という課題が達成できたこと、教授法のヒントが得られたことが確認できます。
 コース全体が修了した時点での研修参加者の自己評価を見てみると、「総合日本語」授業を通して自身の日本語力の伸びを実感していることがわかりました。

表2 授業評価アンケート(抜粋)

Q1 あなたの日本語は伸びたと思いますか 少し伸びた(2)伸びた(8)
Q2 クラスで行う活動のレベルはどうでしたか やさしかった(1) やややさしかった(1) ちょうどよかった(8)

4. 今後にむけて

 コミュニケーション言語活動の達成を学習目標にし、研修参加者同士の協働を意識した授業を計画・実践したことで、筆者自身、JFSを取り入れた授業を行うトレーニング期間が終わったような気がしています。最後に、これらの実践を経て感じている今後の問題について書きます。

(1) 扱うカテゴリーの拡大

 JFスタンダードの木には、言語活動(枝葉の部分)は40、言語知識(根の部分)は13の詳細なカテゴリーがあります。授業は、コミュニケーション言語活動(「受容①~⑪」「産出⑫~⑲」「やりとり⑳~㉛」)から選んだCan-doが達成できるよう組み立てていますが、今後は、熟達度に大きく関わる「方略㉜~㊳」や「テクスト㊴㊵」にも目を向け、意識して扱っていきたいと思っています。

(2) 言語活動と言語知識のつながりの明確化と共有

 「総合日本語」はコミュニケーション言語活動を目標にした授業を通して言語知識を拡充することも大切にしていますが、語彙・文法の何を扱うかは授業担当講師に任されています。NCで研修を受ける参加者はほとんどがBレベル以上ですが、Bレベルに必要な言語知識が何なのか、明らかになっていません。今後は、JFSにたずさわるそれぞれが持っている実践記録や研究成果を集め、「このレベルの言語活動を達成するには、この言語知識が必要」という情報を共有していく必要があります。

 JFSは常に「過程」であって「完成品」ではありません(嘉数2006、p.55)。完成に向けて、これからも開発は続きます。

  1. 注12年以上の経験を持つ55歳以下のノンネイティブ日本語教師を日本に招き、2ヶ月間にわたって、日本語力や日本語教授法の知識と技術の拡充を目指すプログラム。
  2. 注2「みんなの『Can-do』サイト」では、JF Can-doだけでなく、CEFR Can-doも検索できる。CEFRとはCommon European Framework of Reference for Languages: Learning, Teaching, Assessmentの略で、ヨーロッパの言語教育・学習の場で共有される枠組み。

参考文献

  1. 嘉数勝美(2006)「ヨーロッパの統合と日本語教育―CEFをめぐって―」『日本語学』第25巻第13号
    pp.46-58 明治書院
  2. 国際交流基金(2009)『JF日本語教育スタンダード 試行版』
  3. 国際交流基金(2014)『JF日本語教育スタンダード2010 利用者ガイドブック 第三版』

*の資料は、「JFスタンダード概要」(JFスタンダードとは)からダウンロード可能です。

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