日本語教育通信 日本語教育レポート 第35回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第35回】
CEFR/JF日本語教育スタンダードに準拠した初級(A1~A2)のコースデザイン紹介
-『みんなの日本語初級』を使ったスペイン・サラマンカ大学日西文化センターの実践例-

スペイン・サラマンカ大学 日西文化センター
日本語講座主任 加藤さやか

はじめに

 サラマンカ大学日西文化センター(以下、本センター)注1では、2012年より一般市民向け日本語初級コースにおいて、ヨーロッパ言語共通参照枠(Common European Framework of Reference for Languages:CEFR)及びJF日本語教育スタンダード(以下、JFS)に準拠したカリキュラムへの改編プロジェクトを開始しました。新カリキュラムの特徴の一つは、市販の教科書『みんなの日本語初級』(スリーエーネットワーク)をもとに、Can-doで目標設定を行ったオリジナルシラバスです。併せて評価の方法や基準も見直し、「目標-授業-評価」の三角形を意識したコースデザイン注2へと移行しました。本稿では、カリキュラム改編のプロセス、授業の方針と流れ、そして新カリキュラム導入後の変化について報告します。

1. カリキュラム改編

1.1. 経緯

 本センターの日本語年間コースの受講者は、中高生から大学生、仕事を持つ社会人、また少数ながら中高年者など様々な層から成ります。よって、学習動機やニーズも、「アニメ・漫画から日本語に興味を持った」、「日本文化に興味があり、いつか日本を旅行したい」、「言語を学ぶのが好き」、「大学の学部で日本語を選択しているが、留学を視野にもっと日本語力を強化したい」、「日本語能力試験(JLPT)に合格したい」など多様です。コースは10月から翌年5月までの8か月間で、1回80分の授業を週に2回、年間の履修時間は90時間です。カリキュラム改編以前は、初級は6レベルに分けられ、文法シラバスを基本に『みんなの日本語初級 Ⅰ』と『同 Ⅱ』を使用していました。しかし、2010年に国際交流基金のJFSが公開され、さらに同年首都マドリードでスペイン日本語教師会(以下、APJE)が設立されると、APJEと国際交流基金マドリード日本文化センター(以下、JFMD)の両者協力のもと、教師向けセミナーや研修会がマドリードで定期的に開かれるようになります。それらを通して、「相互理解のための日本語教育」という考え方がスペインの日本語教育の世界でも徐々に知られるようになるにつれ、本センターの教員の中でも従来のやり方を維持することに疑問が生じ始めます。しかし、当時はまだ教員の間でCEFRの理念やJFSについての理解に差がありました。そこで、まず機関の教員全員がJFMDから招聘した講師によるセミナーに参加し、CEFR/JFSについて基礎から学び、それに準拠した日本語教育とはどういうものか、共に考える機会を持ちました。二日間のセミナーには、JFS準拠教材『まるごと 日本のことばと文化』の教材分析や、従来の教科書を使ったCEFR的授業の実践報告例なども含まれており、おかげで新カリキュラムをデザインするにあたって必要な知識と具体的なコースイメージを得ることができました。

1.2. 新カリキュラム

 CEFR/JFSに基づくコースデザインのポイントの一つは、課題とする言語活動の達成を軸にした(行動中心アプローチ)シラバスですが、本センターでは、従来使用してきた『みんなの日本語初級』をCan-doベース化する道を選択しました。

1)レベル設定
 旧カリキュラムでは、レベル設定は基本的に文法知識に依拠しており、「『みんなの日本語初級』2冊全50課を6コースかけて学ぶ」イコール「初級修了」でした。新カリキュラムでは、教科書の課に沿って進むものの、コースごとの学習範囲の目標レベルを、「何ができるようになるか」というコミュニケーション言語活動の視点から見直しました。その際、CEFRの「共通参照レベル:全体的な尺度【PDF:422KB】」と「同:自己評価表【PDF:456KB】」を参照し、各範囲の目標レベルを、CEFR/JFSの定めるレベル基準で設定しました。その結果、『みんなの日本語初級』2冊全50課は4コースで終え、修了時にはA2後半に達することを目標としました。注3

Can-doの作成→二つのポイントからCan-doを検討→Can-doとしての適正を判断

2)Can-doシラバス作成
 教員4名で分担し、『みんなの日本語初級』の各課で何を学ぶかをCan-doの形で表す作業に取り組みました。以下は基本的な流れです。

 

 例えば、第14課の「会話」注4から、「タクシーの運転手に行先を伝え、『あの信号を曲がってください』など簡単な指示を出すことができる」というCan-doを作成したとします。新カリキュラムでは、第14課はA2.1つまりA2前半レベルを目標に学習している段階です。「JF Can-doリスト (Lista de JF Can-do)」注5によると、A1リストに「タクシーの運転手に行先を伝えることができる」(No.45)、A2リストには「駅員に目的地への行き方や電車の乗り方を質問し、いくつかの簡単な答えを理解できる」(No.58)とあります。これらから判断すると、A2.1レベルの学習者は、「自分で行先について質問しておおよその答えが理解でき」ればよい、ということで、「自ら道案内の指示を出す」のは難度が高すぎると考えられます。さらに、走行中の指示というシチュエーションでは、発言にある程度のスピードとタイミングが必要とされるため、難度が増します。これらのことから、前述の「タクシーの運転手に行先を伝え、『あの信号を曲がってください』など簡単な指示を出すことができる」というCan-doはA2.1レベルを超えている、つまり第1のポイントから見て不適当と判断しました。

 また、第2のポイントである真正性に照らしてみます。本センターのA2.1.レベルの受講者は日本へ行ったことがない者が大半です。初めての日本で地理も不案内な中、一人でタクシーに乗って、走行中の運転手に道順の指示を出す、という行動は現実味に欠けると思われ、真正性の点からも本コースで提示するCan-doとして不適切と判断しました。

 なお、最終的に第14課では「会話」からはCan-doを作らず、「練習C」などを材料に、

  1. 食事時や教室など日常的な場面で、「その塩をとってください」など簡単な言葉で頼んだり、頼まれたことに対応することができる。
  2. 相手の様子や状況を見て、「窓を開けましょうか」など簡単な言葉で、手伝いを申し出たり、申し出に対応したりすることができる。
  3. その場にいない人が今何をしているか、他の人に尋ねたり、簡単に答えたりすることができる。

といったCan-doを作成しました。

 上述のような要領で各課のCan-doを定めていき、下図1のようなシラバスにまとめました。2013年度に試作して、実際に試行後、全教員間で授業報告を共有し、問題点や困難な点を出し合い、それをもとにCan-doを修正する作業を行いました。改善作業は現在も続いています。なお、出来上がったCan-doの視点から各課のページを見直すと、文型や語彙、練習問題の中に、Can-doの達成に不必要なもの、関連しないものがあることがあります。それらについては授業中に扱わないか、ごく簡単な説明に止めるという方針を取りました。

Can-doシラバス2013年度版
図1.Can-doシラバス2013年度版

3)評価
 見直しにあたり、基本とした考えは次の2点です。一つは、「目標-授業-評価」の三角形注2が成立していること、もう一つは、学習者自身が評価する機会を設けること、です。1点目は、学習者が「このコースを通して自分は何ができるようになるのか/なったのか」という目的意識と達成感を感じられることを目指しています。2点目は、学習者がCEFRの考える「社会で行動する自立した言語使用者」となっていくために、初級の段階から自分の学習を振り返りメタ的に認知する習慣をつけることを意図しました。

 2点を基本に見直した結果、まず口頭試験が大きく変わりました。授業で扱った言語活動(Can-do)が達成できているか否かを測るためのものと位置付け、レベルごとにルーブリックを作成し、全教員で共有して課題達成度と、質的側面の二面から採点するという方法に統一しました。試験問題には、授業で扱ったCan-doに基づいたタスクを作成し、受験者用タスクカードに「場面」+「状況」+「相手」+「行動」を基本要素として記述しました。例えば、Can-doが「街中で知らない人に目的地の場所を尋ねたり、尋ねられた時に簡単な言葉で教えたりすることができる」とすると、タスクカードは、「サラマンカの街角」+「道を聞かれる」+「見知らぬ日本人」+「目的地を教える」を含む記述文になります。従来、口頭試験の評価というのは、教員によってばらつきが出やすいものでしたが、基準や評価ポイントを共有することで、教員間で透明度が高まり、評価もしやすくなったと思います。

 もう一つの変化は、学習者の自己評価用ツールとして「Can-doチェックリスト」(図2)を導入したことです。授業の初めにリストを見て、その日やること(目標)を把握した上で授業に参加し、最後にまたリストでチェックする、というサイクルを作ったことで、学習者にとってもその日の学習成果が明確になり、達成感につながっているようです。

学習者用「Can-doチェックリスト」2017年度版
図2.学習者用「Can-doチェックリスト」2017年度版

2. 『みんなの日本語初級』を使ったCEFR/JFS的授業の方針と流れ

 『みんなの日本語初級』を用いた「CEFR/JFS的授業」をデザインするにあたり、意識していることは以下の三つです。

  1. 1)学習者に目標を意識させ、達成度を自分で評価する習慣をつけさせる
  2. 2)予備知識や経験を利用して自ら意味を推測したり予測したりする能動的な学習態度へと導く
  3. 3)学習者にとって現実味のある言語活動を基本とする

 これらはコースの基本方針でもあります。そして、授業の現場において以下のような形で実践しています。

  1. 1)授業はCan-doリストに始まりCan-doリストに終わる
  2. 2)学習者の気づきを大切にし、最初から教師が文法や文型を説明せずに、観察や推測を促す
  3. 3)練習や活動案は教科書に出てくる語彙や場面に束縛されない

 以下は教案の一例ですが、基本方針さえおさえていれば、導入や活動に用いる各教材の選択や利用方法は、各教員の判断に任されています。特に、音声や視覚教材は、『みんなの日本語初級』シリーズに限らず、他教材や教師のオリジナルなど様々です。

学習者レベル A1後半
クラス人数 15人~20人
『みんなの日本語初級』の課 第10課「チリソースはありませんか」
Can-do(到達目標) 街中で知らない人に目的地の場所を尋ねたり、尋ねられた時に簡単な言葉で教えたりすることができる。
文型、語彙 「○は△の まえです/にあります」、位置の名詞
授業の流れ
  1. Can-doチェックリストで、学習目標を知る
  2. 『みんなの日本語初級』のビデオでシチュエーションをつかむ
  3. 「練習C」(PPT注6によるイラスト提示とCD音声)で語彙と文型の予測
  4. 語彙リスト注7と『書いて覚える文型練習帳』で新出語彙と文型の確認
  5. 「練習A」でさらに文型の確認
  6. 「練習C」に戻って口頭練習
  7. ビデオに戻って活動その1(登場人物のセリフの吹き替え)、PPTの写真を使って活動その2(サラマンカの街角の写真の前で会話)

    PPTイメージ:サラマンカの街角の写真

  8. Can-doチェックリストで自己評価。宿題に練習B
※『みんなの日本語初級』本冊の「文型」や「例文」は、その課の全Can-do学習後に、ディクテーションや翻訳、並べ替えなどの活動に利用

3. 新カリキュラム導入後の変化と今後の課題

 新カリキュラム導入から4年経ち、見受けられる変化の一つは、教師の教科書に対する意識です。教科書に書いてあることを教えるのではなく、教師側の目的に沿って教科書を利用する、いわば「教科書を教える」のではなく「教科書で教える」姿勢になりました。また、学習者に対する教師の役割についても、根本的なところから見方が変わってきたようです。自分の知識や教科書の内容をただ伝授するのではなく、学習者が目標達成のために進むべき道程を考え、その道中、方向を示唆したり、必要なツールを与えたり、促したり、といったモデレータ的役割の意識が生まれました。

 一方、受講者側の大きな傾向として、従来よく聞こえていた「文型や文法をいっぱい勉強したけど、実際話そうとしても出てこない」「聴解が怖い」といった声が非常に少なくなりました。年度末のコース評価アンケートでは、授業を評して「参加型」「生産的」「楽しい」「インタラクティブ」「活動的」といった言葉が見られ、「コースを通して向上したと思う能力/知識は何か(複数回答可)」という問いには、「文法的知識」と同じぐらい「コミュニケーション能力」にマークされており、「コミュニケーションするための日本語」を習得している自覚がうかがわれます。また、かつて6コースをかけて『みんなの日本語初級』2冊50課を学習していた時は、その間にやめてしまう受講生も多く、初中級以上のコースの成立が困難だったのが、Can-doシラバス化により4コースで修了可能になった結果、A2/B1(初中級)やB1(中級)のコースまで学習を続ける受講者が増えつつあることは、評価すべき成果と捉えています。

 一方、今後の課題として、各課のCan-doの内容の検討と記述方法の工夫は継続して行っていく必要があります。自分たちが作成したCan-doが該当レベルで適切なのかどうか、判断が難しい場合も多く、再検討して修正や削除に至る場合もあり、現在の全50課分のリストは未だ完成とは言えません。また、漢字の扱いも大きな課題です。現在のシラバスでは、読み書きに関するCan-doの数が少なく、漢字学習は切り離して別のテキストを用いて行っています。漢字学習をどう位置付けるか、今一度検討が必要とされています。

  1. 1サラマンカは首都マドリードの北西約200kmに位置する大学都市。サラマンカ大学はスペイン最古の大学とされ、2018年に創立800周年を迎える。同大学付属の日西文化センターは、1999年に日本サラマンカ大学友の会の支援で設立されて以来、学問と文化を通して両国の相互理解を促進することを目的に、日本語講座をはじめ様々な文化活動を行っている。
  2. 2目標、授業、評価に一貫性を持たせたコースデザインのこと。設定した目標により、評価の方法と、授業の内容やデザインを決めるという手順で行う。
  3. 3 その後、A2/B1(初中級)、B1(中級)コースも新設し、2017年度現在A1からB1まで開講中。
  4. 4Can-do作成の材料は、その後シラバスの改善を続ける中、「練習C」や「会話」など本冊に限らず、シリーズ教材の『初級で読めるトピック25』や『聴解タスク』なども加えるようになった。
  5. 5JF Can-doは、国際交流基金が日本語のコミュニケーション言語活動の例として示すCan-do。トピック別に記述され、A1、A2、B1、B2レベルがある。Lista de JF Can-doJFMDが選んだJFCan-doをスペイン語に翻訳したものである。
    Estándares de Fundación Japónよりダウンロード可。
  6. 6パワーポイントの略。
  7. 7『みんなの日本語初級 翻訳・文法解説スペイン語版』の各課の「ことば」のこと。

参考文献

  1. Council of Europe (2004) 『外国語教育Ⅱ 外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠』初版 吉島茂、大橋理枝(訳、編)朝日出版社
  2. 国際交流基金(2010)『JF日本語教育スタンダード2010 利用者ガイドブック』国際交流基金
    ※最新版として『JF日本語教育スタンダード【新版】利用者のためのガイドブック』がございます。
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