日本語教育通信 日本語教育レポート 第36回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第36回】
ブラジルでの「子どもCan-do」開発の取り組み

サンパウロ日本文化センター
日本語専門家 中島永倫子
専任講師 末永サンドラ輝美

1. 「子どもCan-do」とは

1.1 子どもの「できること」

 日本語のクラスで子どものできることを目標に授業を考えるとき、皆さんならどのような「できること」を考えますか?

 ある勉強会でこのような意見がありました。「今テ形を勉強しているので『~てください』が使えるようになることですよね。」または、もう一歩進んで「今『~てください』を学習しているので、『自分でお願いができる』ことでしょう。」と。

 そもそも、「自分でお願いができる」という日本語力は、子どもの具体的な行動から考えると、どんな時に発揮されるのでしょうか。消しゴムを忘れて隣の席の子に貸してほしいときでしょうか?それとも、のどが渇いて母親に飲み物を買ってほしいときでしょうか?こう考えると、漠然と「お願いができる」というのは非常にあいまいで、「“どこで”、“誰に”、“どんな”お願いをするのか?」と、かなり具体的に考えなければ子どもにとっての現実的な使用場面が現れないことがわかります。

 ここでご紹介する「子どもCan-do」は、子どもの「できること」を、できる限り子どもの行動から考えて記述するように作られたテンプレートです。そして、その記述は子どもの行動に必要な言語能力だけではなく「できること」を体現するための認知的・社会的スキルや、文化的能力も含めて考えられるように開発しました。ここでは、開発の背景や方法、さらにはテンプレートの活用法をご紹介します。

1.2 どんなテンプレート?

 では、具体的にどのようなテンプレートかご覧ください。

「子どもCan-do」テンプレートの画像
図1 「子どもCan-do」テンプレート

 このテンプレートは上から下に記入します。まず出発点の「学校の方針・育成したい資質・能力」を各学校の理念や方針に合わせて記述し、「その能力や資質を持った子どもには、どんな認知的・社会的スキルがあるのか」と考えながら、子どもの行動(社会的スキル)やその背後にある思考(認知スキル)を記述します。そして次に、前項で考えた「行動と思考」を子どもが体現している場をイメージし「(子どもが)“どこで”、“誰と”、“何のために”、“何をする”」と考えて、実際の場面を設定します。ここまでできれば、その場面の中から、学ぶべき日本語Can-doや一般的能力Can-doが見えてくるはずです。Can-doが決まれば、後は生徒の年齢や日本語レベルに合わせて定型文や語彙を選出し、それらを授業で扱う学習項目とします。

 このテンプレートは、このような一連の作業を通して学校の理念と普段の日本語クラスに一貫性を持たせ、さらには「日本語Can-do」と「一般的能力Can-do」をそのまま授業の学習項目とし、授業を組み立てるために活用されることを目指しています。

2. 背景~複合的な課題解決を目指して~

 「子どもCan-do」開発に着手した経緯の一つに、ブラジルの公教育機関での初等教育段階(6-10歳)の学習者の増加がありました。しかし、ブラジルでは初等教育段階の日本語指導を専門にする学校教員が少なく、更に以下の4つの問題があることもわかりました。

  1. 1)ブラジルの教育制度には日本語教育のカリキュラムがないため、指導方針が立てにくい
  2. 2)学校で評価するのは日本語力のみで、言語と文化の関係が見いだせない
  3. 3)学校が掲げる教育理念と授業に一貫性がなく、何のための日本語教育かが見えにくい
  4. 4)初等教育段階に特化した教材が少なく、教師が拠りどころとできるツールがない

 これらのことから、ブラジルの教育制度に基づき、教育理念と一貫性を持って子どものさまざまな能力が促進できる「子どもCan-do」の開発に着手することにしました。さらに教師にとって使いやすい形となるようテンプレート化することにしました。というのも、ブラジルでは初等教育段階での外国語教育は必須ではなく、導入するか否かは学校の裁量で決まるため、日本語を導入している小学校ごとに全く違ったカリキュラム・シラバスや特色があります。このような独自性を活かして授業を組み立てるには、学校ごとに内容がカスタマイズできるテンプレートの開発が役立つのではないかと考えたからです。

3. 開発の方法

 テンプレート開発は以下の手順で行いました。

  1. 1)ブラジルの教育制度における外国語教育の方針を調べ、ブラジルにおける日本語教育の立ち位置を明確にする
  2. 2)言語と文化の両方に関与できる「子どもCan-do」の理論的枠組みを明確にする
  3. 3)教育理念と日本語の授業に一貫した繋がりが持てるよう「子どもCan-do」の概念図を作成する
  4. 4)「子どもCan-do」が現場で使える道具となるようテンプレート化を図る

3.1 ブラジルの教育制度における外国語教育の方針

 ブラジルでは1980年以降、市民性の育成を基盤とした教育改革が実施され、90年代より21世紀スキルが意識されるようになりました。また、1996年の教育法改訂により基礎課程後半(11~14歳)で現代外国語が必修科目となり、後に「教育国家カリキュラム教育指針」注1 には、外国語教育は生徒の人間性及び市民性向上につながるため人間育成を前提に進める必要がある、ということが明記されました。 (Brasil, MEC/SEF 1997)

 これらから、ブラジルの外国語教育は子どもの社会性を育成するために位置づけられていることがわかり、日本語教育においても言語能力だけではなく異文化理解など社会で生きていく人間育成を視野に入れた個人の資質や能力の育成に関与できる枠組みが必要であると考えました。

3.2 JF日本語教育スタンダードとCEFRを合わせた理論的枠組み

 日本語能力の育成にはJF日本語教育スタンダード(以下、JFスタンダード) (国際交流基金 2017)を参照し、異文化理解及び個人の資質育成に関わる能力の育成は、CEFRの一般的能力 (Council of Europe 2014)を参照しました。それぞれを以下の図のように関連させることで、包括的に子どもの資質や能力を育成できるのではないか、と考えました。

JFS「日本語能力」とCEFR「一般能力」関連図
図2 日本語能力と一般的能力の関連図

3.3 理論を形にするために

 手順3)の理論的枠組みの概念を図式化、4)の道具としてのテンプレートを作成する作業では、ブラジルの小学校で指導する日本語教師注2 と計4回のワークショップを行い、彼らからフィードバックを得ながら作成しました。ワークショップの目的は、現場の教師の視点からさまざまなCan-doを出し合い分類することを通して、現場に即した大きいCan-doから小さいCan-doへの構造を明確にし、そこに共通する規範を見つけ出すことでした。

 1、2回目のワークショップでは、ドイツのワークショップ「こどもCan Do注3を例に、「学校」という領域内で子どもの「できること」を集めてもらい、それらを「大きいCan-doから小さいCan-do」という「階層」にわけて考えるワークをしました。しかし、学校の中で「何のために、どんな場面で、何ができるのか?」と連想していくことは、想像以上に教師たちには難しい作業で、ほとんどの教師が「では、今『テ形』を教えているので、『テ形』が使えるゲームで…」と文法項目や文型から「大きいCan-do 」を見つけようとしました。しかしそのように考えると、多くの場合は学校の理念と結びつかず考えが迷走し、一貫性のある内容を考えることに苦労しました。

1回目

まずはポストイットでCan-doを書き出し、分類してみる。(例「ともだちをつくる」ためのCan-do)

ポストイットで書き出したCan-doを分類するワーク(画像)

2回目

縦のつながりを意識しようとするが、小さいCan-doから考えた結果、大きいCan-doが後付になり、一貫性がなくなる。

Can-doを階層に分けて考えるワーク(画像)

 そこで3回目では、視覚的に「大きいCan-do」から「小さいCan-do」へのつながりが見えるようテンプレートを試作し、そこに記入しながら考えてもらうようにしました。しかしそれでも「具体的に何を書くといいのかがわかりにくい」という意見が出たため、最終回では、テンプレートの各枠に説明を加えたところ「ようやく学校の理念から授業で扱う言語項目までのつながりが見え、自分たちで書けるようになった」とのフィードバックを得ました。

3回目

テンプレート試作版を提供

テンプレート試作版画像

4回目

テンプレート試作版に説明を追加

テンプレート試作版に説明を加えた画像

 このような作業を経てテンプレート化した「子どもCan-do」は、図3のように子どもの育成を基軸に、「資質」や「能力」といった抽象的な事項を、階層が下がるにつれてより具体化できる構造となりました注4

「子どもCan-do」の構造イメージ
図3 「子どもCan-do」の構造

4. 「子どもCan-do」の実践例

 ワークショップに参加した教師の小学校では、(1)授業を組み立てるための道具、(2)カリキュラム・シラバスを見直すための道具、として「子どもCan-do」を使用しています。

4.1 授業を組み立てるための道具

 課外授業として日本語を教えているA校には、日本で生まれ育ち両親の都合でブラジルに帰国した日系人の生徒が数名在籍していました。彼らは外国語としてポルトガル語を学習しながら教科も学ばなくてはならず、負担の多い学校生活を送っていました。そのため日本語を学ぶ生徒が、帰国した生徒を友達としてサポートできるようになることが、学校の教育理念でもある「思いやりのある子」「異文化理解能力を持った子ども」に通ずるのではないかと考え、具体的な子どもの行動、場面や活動を設定し、授業で扱う内容を図4のように決定しました。

テンプレートの記入例画像
図4  テンプレートの記入例

 この学校では、このCan-doに基づいて授業を実施し、その後日本語を学習する生徒と帰国生が交流する時間を設けました。

4.2 カリキュラム・シラバスを見直すための道具

 必修科目として日本語クラスを導入しているB校では、学年ごとに毎月1冊の本を決め、その内容と関連付けながら教科学習をするProjeto Leitura(「読書プロジェクト」の意)を実施しており、日本語クラスもそこに参加しています。しかし同時に、学校内外での行事や日本関連イベントの準備をしたり、『まるごと 日本のことばと文化』注5 を導入するなど、指導内容に一貫性がなく日本語クラスの立ち位置を模索している状態でした。そこで、現在参加しているプロジェクトや行事を洗い出し、「子どもCan-do」を活用して以下の3点を考える作業をしています。

  1. (1)各プロジェクトやイベントは学校の理念にどうつながっているのか
  2. (2)それらを実施することで「子どもの資質や能力育成」にどのように関与できるのか
  3. (3)資質や能力が発揮できる場はどのようにあるのか

 実はこれらは、テンプレート上部3つ(「学校の方針」、「そのために必要な子どもの行動と行動の裏づけとなる考え」、「そのスキルを体現する実際の場面や活動」)に該当する項目です。このようにテンプレート上部を使って、まず大きなCan-doを考えることで、プロジェクトや行事の意義を明確にすることができます。この作業は少し大変そうですが、学校の方針に基づいて日本語クラスがするべきことやできることを見定めることにつながりますので、とても大切だと考えます。

5. 今後の課題・展望

 ワークショップに参加した教師たちは、「子どもCan-do」をベースに現在さまざまな取り組みを行っていますが、当初は「背後にある理論的枠組みも馴染みがないため理解するのが難しく、テンプレートだけを渡されても使えない」との意見がありました。現在テンプレートを使用する前に講義及びワークショップを開催していますが、実際には1回や2回の研修を受けただけではすぐに使えるようにはならないようです。しかし先日、4.1で紹介したA校の先生から「私は今まで『授業で何をする?』だけを考えていた。けれど、今では『これをするのは何のため?』と自然と頭の中で大きいCan-doから考えるようになっていて、自分でもびっくりした!」との報告を受けました。このように「子どもCan-do」に関心を持った教師や学校には支援を継続し、遠隔地にも対応できるようオンラインでの支援にも着手できればと考えています。

 「子どもCan-do」が目指すものは、現場の教師が自信をもって日本語教育に取り組めるようにすることです。次はこのテンプレートをベースに「どのような授業ができるのか」「どのように評価することができるのか」にも取り組んでいきたいと考えています。多くの日本語教育に携わる現場の教師の支えとなるよう、また「本当に使えるツール」となるようこれからも開発を進めていきたいと考えています。

  1. 11997年に教育省より交付。教科ごとの目標や方針など各地でカリキュラムを作成する際に基準となる指導項目や内容及び評価基準が記載されている。
  2. 2参加校は計3校。内2校は必修科目として、1校は課外授業として日本語クラスがある。参加者は計9名。9名中1名は学校のコーディネーター兼授業担当教師、1名はJICAからの派遣ボランティア、1名は大学院生、その他6名は授業担当教師。言語状況は、日本語母語話者の教師は3名、非母語話者は6名。
  3. 3 ワークショップ「こどもCan Do」は、〈チーム・もっとつなぐ〉によるドイツに在住する日本にルーツを持つ子どもの保護者や教師を対象に実施されたワークショップで、以下はその報告書である。
    『複言語キッズの日本語習得・日本語継承をサポートするワークショップ「こどもCan Do」』(チーム・もっとつなぐ 2015)

    複言語キッズの日本語習得・日本語継承をサポートするワークショップ「こどもCan Do」【PDF:10.47MB】(2018年10月15日)

  4. 4「子どもCan-do」開発の詳細は、「国際交流基金日本語教育紀要14号」-「ブラジル初等教育の「子どもCan-do」‐「人を育てる」日本語教育をめざして‐」を参照。
    国際交流基金日本語教育紀要
  5. 5国際交流基金がJF日本語教育スタンダードに準拠して開発した日本語コースブック。
    まるごとサイト

参考文献

  1. Council of Europe(2014)『外国語教育Ⅱ-外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠(追補版)Common European Framework of Reference for Languages : Learning, teaching. assessment』吉島茂・大橋理枝(訳、編)、朝日出版社
  2. 国際交流基金(2017)『JF日本語教育スタンダード 【新版】利用者のためのガイドブック』、国際交流基金
  3. Brasil MEC・SEF (1997) Parâmetros Curriculares Nacionais - 3º a 4º ciclos do Ensino Fundamental - Língua Estrangeira
    Língua Estrangeira【PDF:622KB】(2018年10月15日)
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