日本語教育通信 日本語教育レポート 第37回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第37回】
中国におけるクリティカル・リーディング養成のための読解教材開発

西安交通大学 外国語学院日本語学科
学科長 張文麗

はじめに

 中国の大学における日本語学科2年生、3年生を対象とする読解のシリーズ教材、『新日語汎読教程』の第1冊が、2018年12月に高等教育出版社(北京)によって出版されました(図1)。また、これに続く第2~4冊は、2019年に出版される予定です。「汎読」とは、多読による読解授業で、大学によってカリキュラムが異なりますが、2学期~4学期注1設けられ、教科書に沿って進められるのが一般的です。

 筆者を含む執筆グループ注2で制作しているこのシリーズ教材は、テキストの内容理解と言語知識の学習に焦点を置いた従来の読解教材とは違って、学習者のクリティカル・リーディングの力を育てようとする点において中国では新しい試みの日本語読解教材です。本稿では、クリティカル・リーディングの考え方を教材に取り入れた背景について紹介し、読解授業の流れの中で、どのようにクリティカル・リーディングを実現するかについて報告します。

『新日語汎読教程』第1冊(総編集:張文麗 編集:曹紅荃)の表紙画像
図1 『新日語汎読教程』第1冊

1. 中国における外国語教育の新たな動き

 2018年、中国の外国語教育にとって重要な文書が2つ公布されました。一つは『普通高等学校本科専業類教学質量国家標準(高等教育学部学科教育質量国家標準、筆者訳)』で、これによると、外国語学科では、「外国語運用能力、文学鑑賞能力、異文化コミュニケーション能力、思考力」が能力養成の目標となり、さらに、「思考力」の中身については、「根拠、概念、方法、基準、背景などの要素について叙述、分析、評価、推理、解釈できる。自分の思考過程について内省し、コントロールすることができる(筆者訳)」と定義されています。

 もう一つの文書は『中国英語能力等級量表China’s Standards of English Language Ability(中国の英語能力スタンダード、筆者訳)』です。これは中国において初めてCan-do statementで英語使用者の能力を示すスタンダードで、画期的な意義をもつものです。このうち、大学の英語学科学習者の「読解理解能力」については、「文学作品、科学技術文章、社会時事評論などを読んで、内容をまとめ、作者の観点や立場を分析することができる。言語的にも構造的にも難しい専門的な文章を読んで、異なる文化事象を批判的に分析できる(筆者訳)」とされています。すなわち、多様なジャンルの文章理解だけではなく、書かれていることをさまざまな角度から分析・検討する思考力が必要とされます。この文書は、英語能力のスタンダードですが、日本語を含め、ほかの外国語教育にとってもたいへん参考になります。

 上記二つの文書は、外国語教育では学習者の思考力養成が必須であると提唱した点において共通しています。また、「思考力」とは何かが具体的に定義されており、その外国語で「なにができるか」という具体的な記述もされています。このような外国語学科の国家標準や外国語能力のスタンダードは、今後、教材開発、授業設計の指標となることはいうまでもありません。

 このように、中国の教育分野において、いまや思考力の養成がキーワードになっています。英語教育の分野では、クリティカル・リーディングやクリティカル・シンキングを主旨とする教材が既に出版されて、思考力養成の実践がなされています。一方、日本語の読解教科書に関しては、『読む力 中上級』(竹田ほか 2013)など、日本では出版されていますが、中国国内にはまだこういった教科書が見られません。わたしたちは新しい読解教材を作る際に、思考力の養成を目標に、クリティカル・リーディングの考えを取り入れたいと考えました。つまり、読解の授業では、テキストの内容理解だけで終わらせないで、さらに一歩進んで、異なる視点からの分析や推論、自分の経験や考えに照らしあわせた検討などを行いながら読んでいくことを目標としたのです。

2. 教科書の概要

 本教科書は、大学の日本語専攻2年生と3年生で、日本語能力試験(JLPT)N3以上、JF日本語教育スタンダードのA2~B1レベルの学習者を対象として想定しています。

 図2は、1課の構成を示すものです。リーディング1は主要テキストで、1200~1500字程度の文章です。リーディング2と3は補足テキストで800~1200字です。大学によってカリキュラムが異なるので、授業時間数が少ない大学では、授業でリーディング1のみを扱い、リーディング2と3は自習用にすることなどができます。

目標

読む前に

リーディング1(主要テキスト)

  • タスク1
  • タスク2
  • タスク3

リーディング2(補足テキスト)

  • タスク

リーディング3(補足テキスト)

  • タスク
  • 言葉の使い方/表現と文型

図2 1課の構成

 テキストは、言語、教育、文化、コミュニケーションなど、大学生の知的レベルに相応しいテーマを選んでいます。書籍や新聞記事などからの抜粋が多いですが、一部専門家による書下ろしもあります。異なる立場や視点から同じテーマについて考えてもらえるように、同じテーマに異なるテキストを3つ入れました。例えば、第8課では、「生物」というテーマの下に、「生物はつながりの中に」「ダイコンは大きな根?」「明日のために今日も食う」と、3つの説明文を用意しました。

3. 読解授業におけるクリティカル・リーディング

3.1 クリティカル・リーディングの実現

 第8課の教案例をもとに、授業でどのようにクリティカル・リーディングを実現するかについて紹介します。

学習者レベル N3~
クラス人数 15~20人
教科書 『新日語汎読教程』第1冊第8課
目標
  • 筆者の説明のしかたの工夫について理解することができる
  • 生き物に対する理解を深めることができる
授業の流れ(週に1回、100分の場合)
  1. (1)目標を知る。
  2. (2)「読む前に」の質問について考え、テーマに関する背景知識を活性化する。
  3. (3)リーディング1を読んでから、タスク1をする。⇒文章の全体理解
  4. (4)リーディング1をもう一度読んでから、タスク2をする。⇒文章の細部理解
  5. (5)タスク3をする。
    ⇒グループによる討論や各自の思考の表現で、クリティカル・リーディングを目指す。
  6. (6)振り返りをする。
  7. (7)リーディング2と3を宿題にする。
  • 授業が週に2回の場合、2回目の授業でリーディング2と3を扱う。

 学習者は、リーディング1を読んだ後、タスク1、2、3の順に問題を解いていきます。タスクには出題意図、つまり、問題を解くことで身に付けてほしいスキルを、青枠で右上に明示しています(図3)。

  • 8課 p136 リーディング「生き物はつながりのなかに」の画像
  • 8課 練習問題 タスク1 青枠内容「キーワードの理解」「キーフレーズの理解」「全体の内容の把握と理解」の画像

図3 8課リーディングとタスク1

 タスク1では、テキストを1回読んでから、文章全体の理解を問います。3問の出題意図は、それぞれ「キーワードの理解」「キーフレーズの理解」「全体の内容の把握と理解」です。学習者は、1回目の読解後に、「生き物は、外の世界とつながり、一つの個体としてつながり、長い時間の中で過去の生き物たちとつながる」と、テキストの全体理解が大体できていればいいです。理解が目的なので、母語の中国語を使ってもいいということにします。

 続いてタスク2では、2回目の読解後に、「特定情報の抽出」や「複数の情報を関連付ける」など、細部の理解を図ります(図4)。ここでは文章の論理的構造を視覚的にわかりやすくするために、できるだけ図や表などを使っています。

 タスク3は、テキストの理解に基づいて、さらに一歩進んで、自分の考えを表現する練習です。まず、問題1の狙いのスキルは「今までの経験と関連付ける」で、生き物の特徴の具体例として、学習者に考えさせ、記述させます。学習者自身が同じ問題を考えることで、筆者の主張について本当にそうだと言えるのだろうか、違う角度がないのだろうかと、考えながらテキストを読むことができます。次に、問題2では、筆者の論点である「今、あなたが生き物として生きていることが、とてもすてきに思えてきませんか。(略)」について、「あなたはそう思えてきたか。またそういう気持ちになったか。その理由を中国語か日本語で説明しなさい。」と学習者に意見の表明と理由付けを求めます。これは、筆者の意見を客観視し、自分の考えと、その根拠や理由を述べる練習です。最後に、問題3では、「イヌ型ロボットとイヌのチロのどちらを飼いたいか」について、2組に分けて討論します。意見を共有するプロセスで、他の学習者の述べていることは、論理的に筋が通っているか、話の前後に整合性があるか、根拠は十分かなどを考え、賛成の意を表明したり、反論したりします。

  • 8課 練習問題 タスク2 青枠内容「特定情報の抽出」「複数の情報を関連付ける」の画像
  • 8課 練習問題 タスク3 青枠内容「今までの経験と関連づける」「論理・展開の把握と理解 論理性を批判する」の画像

図4 8課タスク2とタスク3

 このように、全体の理解から細部の理解へ、文章の理解から自分の意見へと、段階を踏んで、理解を深めていくと共に、自分の意見を表現するようにタスクを設定しました。学習者はタスクを通して、書き手の思考の道筋を追いながら、問題を探し出して自分の考えをきちんとした形で書いたり話したりすることが求められます。この思考プロセスがクリティカル・リーディングにつながると考えます。

3.2 言語知識についての考え方

 各課の最後に[言葉の使い方]、[表現と文型]を入れました(図5)。これはけっして言語知識の学習を意図したものではありません。教師が教室でいちいち言葉や表現を教えると、理解の過程をさえぎって、読解が言語知識を学ぶ手段になり、肝心の理解とクリティカル・リーディングが二の次にされてしまうおそれがあります。

 このセクションは学習者の自習用につけたものです。読解の授業は、あくまで内容理解を第一目標に据えなければなりません。学習者が質問に答えたり、話し合ったりする過程でテキストの情報を獲得し、自分の経験と関連付けて、自分の考えを表現することが常に求められます。言語知識は、この過程において付随的に習得されるものと考えます。

  • 8課 p150 言葉の使い方(1.こそ 2.成り立つ 3.増す 4.かじる)の画像
  • 8課 p152 表現と文型(1.~を通じて 2.~ほど 3.~とはいえ)の画像

図5 8課[言葉の使い方]と[表現と文型]

4. 試用の状況と今後の課題

 教科書の試用は、2つの大学で2人の教師によって合計3回、行われました。少人数で話し合いが十分に行われたクラスでは、評価がよかったのに対して、30人の一斉授業のクラスでは、産出の多いタスクに抵抗感をもつ学習者がいました。それは、学習者は各自の考えがあるものの、それを表す日本語力がついていないためだと考えられました。そこで、グループワークにして、まず中国語で話し合ってそれから日本語で表現するという対策をとると、産出タスクへの抵抗感が薄れたということでした。

 授業後のインタビューでは、「タスクをこなすのは大変ですが、四肢択一の問題より文章をよりよく理解できました」「先生に答えを教えてもらうのではなく、自分たちであれこれ考えて自分の意見を言えるから、とても達成感があります」などの声が聞かれました。限られた範囲での試用ですが、学習者にクリティカル・リーディング養成に役に立つ教材と感じてもらえたと言えるでしょう。

 ただし、この教科書では、論理的に筋が通っていない、一貫性を欠くなど、それ自体に欠陥のあるテキストを取り上げていませんので、テキスト自体の論理的妥当性・一貫性を問う練習はそれほど多くありません。クリティカル・リーディングの養成は、教師が長期間にわたって意識的に行っていくべきものです。さらに、作文と連動させて、クリティカル・ライティングの養成もあわせて行う必要があるでしょう。

 最後に、教材開発に際して、昭和女子大学横山紀子先生、東京工業大学仁科喜久子先生に助言をいただきました。また、国際交流基金日本語国際センターで海外日本語教師プロジェクト型研修を受け、古川嘉子先生、木谷直之先生に有益な意見を多数いただきました。あわせてお礼を述べたいと思います。

  1. 1.中国の大学は2学期制で、大学2~3年の間の4学期中に読解授業を設けることが多いです。
  2. 2.執筆グループの主要メンバーは張文麗、曹紅荃、張偉莉(西安交通大学)、朱桂栄(北京外国語大学北京日本学研究センター)、労軼琛(東華大学)です。

参考文献

  1. 教育部高等学校教学指导委员会(2018)『普通高等学校本科专业类教学质量国家标准』高等教育出版社
  2. 教育部・国家语言文字工作委员会(2018)『中国英语能力等级量表(China’s Standards of English Language Ability)』
  3. 竹田悦子・久次優子・丸山友子・八塚祥江・尾上正紀・矢田まり子編著、奥田純子監修(2013)『読む力 中上級』くろしお出版

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