日本語教育通信 日本語教育レポート 第38回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第38回】
ベトナムで「日本語教師育成特別強化事業」が始まりました!
-その成果と課題、展望もふくめて-

ベトナム日本文化交流センター
日本語専門家 雄谷 進

1.ベトナムにおける「日本語教師育成特別強化事業」とは

1.1 実施の背景

 ベトナムの日本語教師の育成を目的とした特別事業が、日越外交関係樹立45周年である2018年より始まりました。この事業はこれまでの教師研修を一層充実させ、現在のベトナムにおける日本語教育をさらに発展させていくために重要な事業です。

 国際交流基金が2015年度に行った『海外日本語教育機関調査』でベトナムには219の機関に64,863人の学習者がいるという結果が出ており、2012年度調査の学習者数(46,762人)と比べると、3年余りで38.7%増加したことになります。現在は、さらに多くの機関で日本語教育が行われ、学習者もさらに増えていると思われます。また、日本語能力試験(JLPT)のベトナムにおける受験者数は2018年の2回の試験においてのべ69,843人となっており、これは世界で4番目、東南アジアでは最も受験者数が多い国となっています。

 このように「数」の面で拡大しているベトナムの日本語教育ですが、「数」が拡大しているからこそ、種々の問題を抱えるようになっています。日本語教育を実施したいという地域、学校は数多くありますが、日本語教師不足によりその希望どおりには広がっていっていないという課題があります。同時に、学習者の数の増加に伴って、日本語学習の目的・動機がたいへん多様化しているので、日本語学習者がそれぞれの目標を実現するための「質」の高い教育が行われることが、とても大切になってきました。

1.2 事業の目的

 こうした問題に対応していくための「鍵」が日本語教師の育成、特に、しっかりした教育を実践できる教師の育成であり、その課題に対応する事業として「日本語教師育成特別強化事業」を新たに開始することになりました。

 その目的は2つあります。第1の目的は、一定の日本語力を有する人材の中から日本語教師になる者を育て、増やしていくことです。新しい学校、これから日本語教育を始めたいという地域で、教師になる人材が1人でも多く誕生することを目指しています。第2の目的は、すでに日本語教師になっている人材の日本語教師としての能力を高めていくことです。ベトナムの日本語教育が急速に拡大してきたために、現在、日本語教師の職についている先生方の中には、日本語は堪能ですが、日本語教育について、専門的に勉強する機会がなかった人たちも多くいます。あらためて日本語教授法等を学んでもらい、各機関での教育活動を充実させてほしいと考えています。

 これらの目的の達成に向けて、ベトナム日本文化交流センターでは現在「新規日本語教師育成講座(以下、新規)」と「現職日本語教師教授法講座(以下、現職向け)」の2つを進めています。この「新規」と「現職向け」いずれも、その企画、実施、そして評価について、ハノイ国家大学外国語大学日本言語文化学部、ハノイ大学日本語学部の先生方と協力して実施しています。

2.新規日本語教師育成講座について

2.1 第一期開講状況

 「新規」は日本語教師に興味、関心を持つ大学生や社会人が対象です。第一期には44名の応募があり、選考を経て合格した19名で講座が開始されました。期間は2018年12月8日から2019年4月21日までの4か月半で、毎週末を利用して、教授法講義120時間、実習80時間の計200時間の講座を実施しました。講座では、日本語を教えることについて基本的な考え方や日本語教育の基礎的な知識から、教材分析、学習評価、ICT(情報コミュニケーション技術)の活用まで、日本語教師として「質」を伴った教育を提供するための幅広い内容を学びます。主な教材として、国際交流基金日本語教授法シリーズを用い、実施しました。

2.2 講座内容

 第一期のスケジュール、内容を以下に示します。

1週目 1 開講式、オリエンテーション
2 教師の仕事、役割、いい教師、環境
出口戦略、就職先としての日本語教育機関[1]
3 JF日本語教育スタンダード[1]
4 コースデザイン[1]
2週目 5 ベトナムにおける日本語教育
6 学習体験[1]『まるごと かつどう』から学ぶ
7 JF開発教材、サイト紹介
8 学習体験[2]『まるごと りかい』から学ぶ
3週目 9 音声
10 教材研究『まるごと』初級、中級
11 初級を教える
12 文字・語彙を教える
4週目 13 他機関の教材紹介
14 聞くことを教える
15 読むことを教える
16 文法について
5週目 17 学習体験[3]『みんなの日本語Ⅰ』から学ぶ
18 教材研究
19 話すことを教える
20 日本事情・日本文化
6週目 21 作文・書くこと
22 評価[1]
23 評価[2]パフォーマンスについて
24 試験問題作成
7週目
25 ビジネス日本語
26 JLPTについて
27 教材分析
28 初中級・中級を教える
8週目
29 インターネット上のサイト紹介
30 ICT活用
31 教室活動・授業を楽しくする工夫
32 私の好きな日本文化(発表の準備作業)
9週目 33 私の好きな日本文化発表
34 教室活動(発表の準備作業)
35 教室活動発表
36 JF日本語教育スタンダード[2]
10週目 37 コースデザイン[2]
38 教え方を改善する
39 最終発表
40 出口戦略、就職先としての日本語教育機関[2]
ふりかえり
11週目~15週目 41~60 実習

教師育成担当講師&スタッフ4名で講座を準備している様子の写真
講座担当講師&スタッフ

 講座終盤では、外部から募集した生徒役を相手にした実習授業や、コースのまとめとしての会話テスト実施まで一連の流れを経験してもらい、それに対するフィードバックを担当講師から行いました。4か月半にわたる長い講座でしたが、受講生はすぐにクラスメートと仲良くなり、とても良い雰囲気の中で講座が進みました。この受講生同士のアットホームな雰囲気、これが無事に講座を終えられた理由の一つだと思います。この受講生間の雰囲気づくりも長い講座にはとても大切だと受講生から学ばせてもらいました。

講師役3名が生徒役を相手に実習しているところを、他受講生が観察している様子の写真
実習授業での一場面

2.3 受講生からの声

 4か月半の講座ではいろいろな授業を行いましたが、ポートフォリオや受講生の感想から、特に評判のよかったのは以下の授業でした。

  • よい教師とは、よい授業とは
  • JF日本語教育スタンダード、コースデザイン
  • ピアラーニング、ディクトグロス
  • ICT活用、役に立つサイト紹介
  • 『まるごと』と『みんなの日本語』の体験学習
  • グループ活動、発表(日本文化、教室活動、私の目指す教師とは)

 傾向としてはこれまで学んだことのない学習法に関心が集まりました。また、教材の少ないベトナムにおいては、ICT活用や役に立つサイトを紹介する授業が評価されたようです。また、コース全体を通して、「常に学び続ける姿勢」という言葉が受講生の中で深く受け止められたようでした。

3名ずつのグループで話し合う、活気ある授業風景の写真
授業の様子(グループでの活動)

2.4 修了認定

 最後に評価、修了認定について述べておきたいと思います。
 今回は以下の4つの点から評価を行い、修了認定をしました。

  • 出席率(40%)
  • 教授法小テスト(20%)
  • 教室での参加度と発表等(20%)
  • ポートフォリオ(20%)

 教師にとって大事なことを一通り学習してもらいたいということで、一番大切にしたのは出席率です。90%以上でなければ修了証書は出さないことを方針としました。これは60回にも及ぶ講座にもかかわらず3回欠席すると修了できなくなる厳しいものですが、18名がこの出席率をクリアし、無事修了することができました。

 一方、受講生からは、「教授法小テスト(20%)は、パーセンテージが少なすぎる」、「この講座は教授法なのだから、毎週行う教授法小テストのウエートを一番高く設定してほしい」との声が、教授法小テストの成績上位者から出ました。当然のことかもしれません。次回以降検討したいと考えています。

2.5 修了後の進路

 今回第一期を終えて、受講生から「新しく日本語センター注1を開設した」、「転職し、日本語センターのマネージャーに採用された」、「東京外国語大学の修士課程に合格した」、「ハノイ大学修士課程に合格した」という報告が早速ありました。また、外部機関からは日本語教育人材の問い合わせも多数来ました。うれしい限りです。第二期は、ベトナムの大学の夏休みを利用した6月17日から7月26日までの短期集中コースで、27名が受講します。

 なお、この「新規」は、ベトナムでは数少ない本格的な教授法講座ということで注目を浴び、テレビ局も取材に入り、放映されました注2

3.現職日本語教師教授法講座について

 もう一つの「現職向け」は、ベトナム各地で、週末の1日半または2日間を使って、決まったテーマによる講座として実施しました。講座のテーマは、事前にベトナム日本文化交流センターの日本語専門家やスタッフが講座を実施する地域へ出張し、その地域の日本語教育機関の先生方から出されたニーズや課題を考慮したうえで、その地域で最も要望が高いと思われるものを選びました。

 2018年度は10月にハイフォンで、第一回「初級レベルにおけるコミュニケーション能力向上のための教授法」を実施したことを皮切りに、年度内に5都市で計8回実施しました。講座には、大学、民間の日本語センター、技能実習生送り出し機関等の先生方が参加しましたが、普段はお互いに交流する機会が限られているため、情報交換やネットワーキングの点からも有意義であり、また活気あふれる講座が実施できたと思います。

2018年度 現職日本語教師教授法講座
日にち テーマ 実施場所
2018年
10月20,21日
第一回
初級レベルにおけるコミュニケーション能力向上のための
教授法
ハイフォン
2018年
11月11,12日
第二回
中級レベルの教え方
ハノイ
2018年
11月24,25日
第三回
中級レベルの教え方
ハノイ
2018年
12月22,23日
第四回
中級レベルの教え方
ホーチミン
2019年
1月12,13日
第五回
初級レベルにおけるコミュニケーション能力向上のための
教授法
フエ
2019年
1月19,20日
第六回
中級レベルの教え方
ダナン
2019年
2月24日
第七回
音声の考え方
ホーチミン
2019年
3月24日
第八回
音声の考え方
ホーチミン

4.今後の課題と展望について

4.1 新規日本語教師育成講座の課題

 「新規」はベトナムでは数少ない、新たに日本語教師を育成する講座ということもあり、多くの方に関心を持っていただいて実施されました。この講座は1回だけで終わるのではありません。今後継続的に「新規」を行っていくためにも、ベトナムの大学で日本語を専攻している3、4年生や、卒業生が大きなターゲットになることは間違いないと考えています。しかし現状は非常に厳しい状況です。第一期、第二期ともに期待している大学生の応募があまりありませんでした(第一期は1名、第二期は4名)。講座説明会に参加してくれる学生は多く、日本語教師という仕事に興味を持ってくれる学生も少なくありません。しかし卒業後の生活に鑑み、より待遇の良い日系企業等に行ってしまう現実があります。今後、「新規」修了後の進路実績を積むことで、大学生の将来への不安を少なくできればと思います。

 もう一つの課題は開催場所です。「新規」について、現在はベトナム日本文化交流センターが設置されているハノイでのみ開講していますが、今後は日本語教育が盛んに実施されている他の地域(ホーチミン、フエ、ダナン等)でも実施することを検討しなければいけないでしょう。

4.2 現職日本語教師教授法講座についての課題

 「現職向け」は毎回大勢の現職教師に関心をもっていただいています。「中級レベルの教え方」というテーマの際は、募集を開始してからわずか一日で60数名、2019年度の講座「役立つサイト紹介」というテーマでは100名を超える申し込みがありました。現在ベトナムの先生方が抱えている課題、新しい教育動向への関心、種々の教材、役に立つサイト紹介、Eラーニング教材等、現場の先生方に寄り添い「現職向け」を企画・実行していければ、今後も大勢の先生方に参加いただけると思います。教授法のレベルアップ、授業の効率化に貢献できるよう、今後も「現職向け」を進めていきたいと思います。

4.3 今後の展望

 ここベトナム日本文化交流センターは、ハノイ国家大学外国語大学、ハノイ大学という日本語教育の中心的な大学の講師陣に加え、センターの日本語専門家等の力も合わせながら、これからますます盛んになるであろうベトナムの日本語教育をお手伝いできるよう、向き合っていきたいと考えています。

 さらに今後の日本語教育の方向性を見るうえでも、技能実習生の送り出し機関、民間の日本語センター、大学、短大、IT、農業、介護、看護関係等、いろいろな機関、分野における日本語教育の現状と新しい動向等、常に現場と向き合いつつ、ベトナムにおける「新規」「現職向け」の「日本語教師育成特別強化事業」を進めていければと思います。

 この事業の修了生がベトナムの日本語教育の世界、語学教育の世界で評価され、信頼される人材として活躍の場を広げるとともに、社会的な高い評価、よりよい待遇を得られるようになることを期待しています。

  1. 1.ベトナムでは、日本語だけを教える日本語センターもあれば、それに加え人材派遣、コンサルティング、日本への人材送り出し、留学の仲介等を行っているところも、日本語センターと呼んでいます。
  2. 2.新規教師育成事業について、VTV4の日本語版で放映されました。(2018年12月9日、日曜日)
    Japan Link - 09/12/2018
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