日本語教育レポート 第39回 インドの「日本語教師育成特別強化事業」 -体験して学ぶ新規育成コース!-
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- このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。
ニューデリー日本文化センター
日本語専門家 酒見 志奈子
1.インドの日本語教師育成特別強化事業
1.1 背景
インドでは、2017年9月に締結された日印共同声明により、より幅広く緊密な産業協力を達成するため5年で1,000人の日本語教師を育成することが決まりました。
この日印共同声明を受けて、2018年7月には日印両政府により日本語教師育成センターが開設され、2020年1月現在、すでに第3期生まで修了生を輩出しています。
国際交流基金ニューデリー日本文化センター(以下、JFニューデリー)は、日本語教師育成センターの協力機関として、コースの実施等を担っており、筆者とインド人講師1名がカリキュラム作成したり、コースで教えたりしています。
1.2 事業の目的、概要
この事業の目的は、日印共同声明の中にあるように、理工系の大学を含む教育機関で日本語を勉強する学生に、初級日本語が教えられる教師を育成することです。日本語が使える人材の育成によって、日印の経済発展、人的交流の促進が期待されています。特に日本にとっては、インドのIT(情報技術)分野での人材を専門的な知識や技能を持つ「高度人材」として受け入れたいという期待があります。このような人材を育成する教師が必要とされていますが、教授法を学んだ経験のある教師は多くありません。また、現在インドの日本語学校では日本語能力試験(JLPT)に合格することを目標とした日本語コース、授業が主流です。これからもっと日印の人的交流を活発にしていくためには、学習者のコミュニケーション能力を磨く授業が重要になってくると考えています。
インドの日本語教師育成センターでは、もうすでに日本語を教えている先生のためのコースとこれから日本語教師になりたい人のためのコース(新規育成コース)を開講しています。今回は、特に後者についてレポートしたいと思います!
2.新規育成コース
新規育成コースは教授経験がない大学卒業以上の社会人が対象です。中には、教授経験があっても、「新しいメソッドを習いたい!」という教育に対する情熱をもって、教授力のブラッシュアップのために参加する受講生もいます。このコースでは初級前半(A1レベル)が教えられるようになることを目標としています。
2.1 コース内容
期間は3か月、月曜日から金曜日までの毎日朝9時半から午後4時半まで、80分1コマの授業が4コマ行われます。受講生はインド各地から集まり、3か月間毎日日本語漬けの生活が始まります。
3か月のコースの内容は次の表の通りです。1か月を1Termとし、全体は3つのTermに分かれています。コース内容は大きく6つの部分(モジュール)に分けられます。
モジュール1と2は日本語のブラッシュアップ、モジュール3と4は教授法、モジュール5は日本文化、モジュール6は模擬授業です。
Term | モジュール | 科目 | コマ数 | 内容 |
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1st Term | オリエンテーション | 1 |
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教師としての心構え | 3 |
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5 | 日本文化1 | 1 |
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関係機関訪問 | 6 |
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1 | 日本語ブラッシュアップ1 | 16 |
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3 | 教授法 | 28 |
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中間試験(1回目) |
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2nd Term | 2 | 日本語ブラッシュアップ2 | 16 |
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4 | 教科書分析 | 6 |
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4 | ミニ模擬授業 | 24 |
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5 | 日本文化2 | 6 |
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中間試験(2回目) |
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3rd Term | 4 | 評価法 | 7 |
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6 | 授業見学 | 6 |
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6 | 模擬授業(準備含む) | 6 |
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最終試験 |
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2.1.1 いい教師とは?
開講後、すぐに「教師としての心構え」という授業があります。学生ではなく、教師としての心構えを持ってもらうためです。授業では、目指す教師像、ハラスメント、改善点の伝え方、の3つを主に取り上げました。特にハラスメントについての知識は教師同士だけではなく、学生との関係でも大切です。お互いを尊重し合える関係づくりができる教師になってほしいと考え、この授業を取り入れました。
これらの授業はすべて架空の人物が登場するケーススタディです。取り上げた事例は、将来教師として直面すると思われる問題です。ケーススタディを用いることで客観的に物事を考えることができます。どの受講生も真剣にディスカッションに参加していました。
このケーススタディで得られた学びによって、その後のグループ活動の中で、相手を尊重しつつも、自分の意見を伝える方法を身につけていっているようでした。
2.1.2 はじめての教授法
教授法の授業では国際交流基金日本語教授法シリーズを使用して、音声、文法、文字・語彙、会話の基本的な教授法を学びます。これらはほとんどの受講生にとって初めての内容です。まずは受講生自身が学習者だったころのことを思い出すところから始めます。「勉強しているとき何が難しかったか」「どんな授業が面白かったか」などです。そのあと実際にいくつかの教授法を体験し、それぞれの良い点、悪い点に気づかせます。どれも一方的に知識を与えるタイプの授業ではなく、「受講生が体験して自分で気づく」授業になるよう組み立てています。
2.1.3 日本語ブラッシュアップ
N3レベルがほとんどの受講生に対し、日本語ブラッシュアップの授業も並行して行っています。JLPT対策が中心の勉強しかしてこなかったという受講生が多く、日本語で話したり、書いたりというアウトプットが苦手だという声がよく聞かれます。そんな彼らに対し、1st Termは『まるごと』初中級(A2/B1)を使って、「ほっとする食べ物」のプレゼンテーションや「おすすめの勉強法」のグループポスター発表といった、アウトプット中心の授業を行います。2nd Termでは『みんなの日本語中級Ⅰ』を使い、文法や読解に力を入れつつ、ここでも、「インドの笑い話」を劇で発表するといった、アウトプットを重視した授業を行います。
ほとんど毎日が発表の連続です。発表が苦手だと言っていた受講生も、コース修了時には日本語で自分の考えを言うことに自信を持つようになっています。
「おすすめの勉強法」ポスター発表1
「おすすめの勉強法」ポスター発表2
2.1.4 日本文化
コミュニケーション能力の育成のためには相手の文化を理解することも大切です。このコースでは、ビジネスマナーや文化体験の企画の仕方を学ぶ授業も取り入れています。
- (1)文化体験
- 日本文化2では、「浴衣を着て盆踊り」をテーマとして、受講生はまず、文化体験イベントの企画案を書きます。そのあとはコース運営側が企画した文化体験イベントを学生として体験します。その時、自分たちが立てた企画案とどこが違うのかを考えながら体験してもらいます。文化体験は後片付けも大切です。浴衣のたたみ方も学びます。体験後は、みんなで振り返りをし、もう一度自分のイベント企画案を書き直します。振り返りの時間に出てきたコメントは「説明よりも体験する時間を長くしたほうがいい」「夢中になると、先生の指示は通りにくくなる」「授業だけではなく、準備や後片付けも大切」などでした。今までは、学生として文化体験を楽しむ側でしたが、この授業では教師として、どんな準備が必要で、学生にどんな指示を出さなければならないか、イベント中にどんな問題が発生しやすいかなど、体験を通して学んだようです。
浴衣を着て記念写真
浴衣をたたみます
- (2)ビジネスマナー
- 日本文化1と2では、携帯電話のマナー、就職活動の面接の練習、ビジネス敬語などを含めた、ビジネスマナーも取り上げます。特にインドでは日本語を使って仕事をしたいという需要が多いので、この授業を取り入れました。携帯電話のマナーを1st Termで学ぶのは、マナーを知識として学ぶだけではなく、3か月間実践することで身につけてほしいからです。
2.1.5 模擬授業
3rd Termはいよいよ受講生自身による模擬授業です。受講生は3人で1グループを作り、1グループ1時間の授業を行います。授業は『まるごと』1時間、『みんなの日本語』1時間で、2回行います。2つの教科書で模擬授業を行うのは、違ったタイプの授業を体験させるためです。2nd Termで行った教科書分析での学びを生かし、2つの教科書の目標や対象とする学習者の違いを意識した授業を実践します。ミニ模擬授業では、他の受講生が学生役を担当しましたが、この模擬授業ではJFニューデリー日本語講座の学生や、ネルー大学の学生が対象です。

模擬授業
2.2 評価
2.2.1 新規育成コースのテストは?
各モジュールの筆記試験(モジュール6は実技のみ)と毎Term行われる会話テストとポートフォリオで評価をします。合格点は60%以上です。また出席率は70%以上が求められます。各Termの試験で合格できなければ、退学となります。
2.2.2 ポートフォリオ評価
ポートフォリオは第1期、第2期ではコース期間中に2回振り返りを行い、最後の1回で評価をするという形でしたが、第3期目から毎月1回、合計3回振り返りと評価を行うことにしました。これはインド外務省からの要望で、「資料をきちんと整理したり、自分の勉強をまとめたりする能力は、これからのインド人にとって大切だと思うので、力を入れて欲しい」と言われたからです。よって、配点も各教科100点満点なのに対し、ポートフォリオは150点という傾斜配点を用いています。まずクラスで、ポートフォリオの振り返りを行います。「どんなことに興味を持って、自習を行ったか」「何を目的としてこの資料を入れたのか」「勉強は計画通りに進んでいるか」「うまくいかないところ、相談したいところはないか」といったことを話し合います。そのあと、今度は教師と受講生が1対1の面談形式で学習状況や、資料の整理など、ポートフォリオの振り返りを行います。
ポートフォリオはルーブリックで評価します。主な評価項目は「きちんと資料を整理できているか」「自習部分があるか」「授業中に配布された課題に真剣に取り組んでいるか」「授業や文化体験の振り返りで、自分の学びを深く考察できているか」などです。ポートフォリオ作成は初めてという受講生が多く、面倒だと感じている受講生もいます。しかし、その効果を理解して就職先の学校でポートフォリオを自分の学生にも作らせているという修了生もいます。
2.3 受講生の声
最後の模擬授業を終えた受講生からは「先生が教えるだけじゃなくて、学生に考えさせることが大切だと気が付いた」というコメントが数多くありました。
また、教授経験がない受講生からは「教える自信がついた」という声とともに、「学生と仲良くなるだけではだめ」「教えるだけではなく、自分を磨くことも大切だとわかった」といったコメントもありました。
もうすでに教えた経験のある受講生からは「これから、ここで習った新しい方法で授業をするのが楽しみ!」といった声も聞かれました。
そのほか、コース全体の振り返りシートには「別々な人のちがう考え方がわかるようになりました(原文ママ)」「他の人のことをもっと思いやるようになりました」といったコメントが書かれていました。教授能力だけではなく、人としての成長も実感できた受講生もいて、うれしく思います。
3.今後の課題と展望
これまでの第1期から第3期は、毎回試行錯誤を重ねて、コースカリキュラムを作ってきましたが、毎回改善点が見つかります。来期はとくにポートフォリオ、模擬授業の評価ルーブリックの見直しをしていきたいと考えています。
修了生の中には既に大学で教えている人や自分の学校を立ち上げるといった人、JFニューデリーの日本語講座で教えている人もいます。
ですが、まだすぐに就職先が見つけられる修了生ばかりではありません。これからも彼らへの就職支援が必要です。
修了生が、このコースで学んだことを活かし、自分が教える学習者の夢をサポートできるようになってほしいと思います。