日本語教育通信 日本語教育レポート 第42回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第42回】
海外日本語教師基礎研修におけるポートフォリオの活用について

日本語国際センター専任講師
押尾 和美

1.はじめに

 日本語国際センターでは、毎年、教授歴5年未満の比較的経験の浅いノンネイティブの日本語教師(以下、「参加者」)を日本に招聘し、約6か月にわたって日本語と教授法のブラッシュアップを行う海外日本語教師基礎研修注1(以下、「基礎研修」)を行っています。基礎研修では教師に必要な日本語運用力の向上、基礎的な日本語教授法の習得と教授技術の向上及び日本理解の深化を目標に掲げ、日本語科目・教授法科目・文化体験プログラムなどを企画運営しています。
 基礎研修では、「教育目的に沿って収集した学習者の学習成果のコレクション」ツール注2としてポートフォリオ(以下「PF」)を活用してきました。現在使用しているPFには、(1)日本語教師の教授法PF(ファイル形式)(2)日本語教師の日本語・日本文化PF(ファイル形式)、(3)わたしたちの日本体験の記録(ポスター形式)の3つがあり、参加者は6か月にわたってこれらに取り組みます。本レポートでは(1)教授法PFについて詳しくご紹介します。

「日本語教師の教授法ポートフォリオ」ファイルと「日本語教師の日本語・日本文化ポートフォリオ」のファイル画像
図1 日本語教師の教授法PFと日本語教師の日本語・日本文化PF

「わたしたちの日本体験の記録」の画像。イベントごとに体験コメントや写真が貼り付けられたポスター。
図2 わたしたちの日本体験の記録

2. 基礎研修における教授法PF導入の経緯と目的

 基礎研修で実施しているPFの中でも、教授法PFは最も導入が早く、今から16年前に遡ります。小玉ほか(2007)ではPFを導入する理由として先行研究をまとめ、その長所を下記のように挙げています。

  • その目標に到るまでの個々の個性的な学習の道筋を尊重する(Johonson 1996
  • 複雑な事態についての情報を細部まで詳細に、そしてその事態に忠実に提供する(Barton & Collins 1993
  • 結果よりむしろその活動や過程に注目した評価ができる(Batisdas 1996
  • 教師に自分の考え方を内省し、教え方を改善する機会を与えてくれる(Batisdas 1996

小玉ほか(2007:98)より引用

 知識の理解度は筆記テストで測れますが、教授法科目の場合その対象は限定的です。むしろ、一人一人の参加者が、「(教授法の講義期間中)授業で理解した内容を自身の現場にどのように活かせると考えたか」「(模擬授業の計画中)自身の教授現場にはどのような課題があり、その課題は教授法授業で得られた内容をどのように活用すれば改善できるか」「(模擬授業終了後)実際に模擬授業をやってみてどのようなことが改善され、どのようなことが次の課題として残ったか」を詳細に記録した方が、教師としての学びが成果として確認できます。言語教師の教育のためのPFは、当時アメリカの実践例があるのみでしたが、過程が把握できるPFは、参加者一人一人が6か月間にどのような学びや気づきを重ねたかを重要視する基礎研修の評価システムとして最適であると判断し、導入を決めました。
 導入当時の教授法PFは左側を綴じたノート形式で、授業の目標と評価基準を4段階で提示した「自己評価シート」、自身が設定した課題の達成度を自己評価する「目標達成説明シート」でできていました。学期末には、ボックスファイルに、教授法PF、授業レポート、自身の目標達成を示す証拠物(教案、作成した教材、集めた資料)一式を入れて提出してもらい、それらに講師が目を通して総括的な評価を出しました。

「目標&評価シート」「目標達成説明シート」「授業レポート(3回分)」「教案(第1案、実施案、改善案)」「作成した教材」「集めた資料」をボックスファイルに入れるイメージ画像
図3 導入当時の教授法PF

 手探りで始めた教授法PFですが、参加者一人一人が学んだことを書き留め、自身の教授法上の課題を見つけ改善していくプロセスを記録するツールとして大いに機能することが確認できました。以降、6か月の成果を測る評価システムとして、改良を重ねながら今日まで受け継がれています。

3. 現在の教授法PF

 2010年のJF日本語教育スタンダード(以下、「JFS」)公開以降、研修担当講師の間でPFの活用法、デザインのノウハウに対する理解が進みました。PFのデザインは何回か変更が加えられましたが、現在の教授法PFは、“The European Portfolio for Student Teachers of Languages (EPOSTL)”や『言語教師のポートフォリオ(J-POSTL)』を参考に作られています。EPOSTLは「EUの言語教育に携わる教員養成課程履修学生の成長を促すために開発されたリフレクション用実践ツール」注3J-POSTLは日本の言語教育の環境に合わせてEPOSTLを翻訳化したものです。
 EPOSTLは<Personal Statement><Self-Assessment><Dossier>という3つのセクションで構成されています。教授法PFは、構成はEPOSTLと同じ3つのセクションにしましたが、各セクションの名称は、参加者にわかりやすいよう≪私のこと≫≪自己評価≫≪学びと実践の記録≫にしました。構成は図4のとおりです。太枠は、学期末の評価対象としているものです。

私のこと、自己評価、学ぶと実践の記録の3つのセクションで構成されたイメージ図。各セクションの詳細は本文記載。
図4 教授法PFの構成

 現在の教授法PFは、ファイル形式になっています。3つのセクションが1冊のファイルにまとまっていて、それぞれのシートを自由に入れ替えられるようになっています。以下、それぞれのセクションおよびシートについて説明します。

≪私のこと≫

 ≪私のこと≫は、研修や教授法に関する簡単な質問に答えることで自分自身を客観的にふりかえることが目的のセクションで、評価対象にはしていません。
 「私について」は、授業オリエンテーション時に記入します。研修に参加しようと思った理由、研修に対する期待や不安を書き、研修開始時の初々しい気持ちを終了時に読み返すことで、6か月間の自身の変化に気づくことができます。
 「教授法 私の目標」も、授業オリエンテーション時に記入します。これは、理想の教師像を思いつくだけ挙げ、それに近づくために日本滞在中にどのような努力するか自身で計画を立てるためのシートです。研修終了時に、計画を実行したか・理想の教師に近づけたかをふりかえり、コメントを添えて達成度を〇△×でつけます。
 「私の教授環境」は、授業オリエンテーション後、クラスでお互いの教授環境を紹介しあうときの事前準備として書き込むシートです。参加者は世界中から招聘されており、それぞれの教授環境は一様ではありません。どのような条件で、どのような対象者に教えているかこのシートを見ながら情報交換することで、自身の教育現場の特徴を把握することができます。

  • 1.どうして基礎研修に参加しましたか。2.研修前の期待と不安を記入するシート画像。
    図5 私について
  • 1.どんな教師になりたい?2.そのために何をする?3.研修の終わりにチェック(できたこと・できなかったこと)を例示を見ながら表形式で記入するシート画像。
    図6 教授法 私の目標

1.学校2.学習者3.担当科目4.学習者のレベル5.学習者の学習目的6.クラスの人数7.学習者について1週間の勉強時間8.教師について1週間に教える時間9.授業でよくすること10.日本人の教師数11.学習者が日本人と交流する機会の有無12.使っている教科書、についてチェックまたは記入するシート画像
図7 私の教授環境

≪自己評価≫

 ≪自己評価≫には、授業内容をふりかえる「ふりかえりシート」が、1学期分と2学期分それぞれ入っています。「授業で扱った内容」「学んだこと・気づいたこと・やってみたいと思ったこと」には授業内容を思い出し、自身の学びについて自由に記述します。「疑問点」には理解できなかったことや同意できなかったこと、更に知りたいと思ったことなどを書きます。そして「どれぐらいわかった?」の欄では、0%から100%の値を目安に矢印の内側を塗ることで、授業内容がどの程度理解できたかを自己評価します。

4回分の教授法授業について、授業の内容、どれいぐらいわかった?(%記入)、学んだこと・気づいたこと、やってみたいと思ったこと、疑問点を記入するシート画像
図8 ふりかえりシート

 「ふりかえりシート」は学期末の評価対象になっています。各欄は授業終了後忘れないうちに書くのが原則ですが、学期終了時に配付資料を見ながら慌てて書いている参加者もいます。講師は学期末(場合によっては学期の途中)にシートを回収し、フィードバックを返します。

≪学びと実践の記録≫

 ≪学びと実践の記録≫には、自身の成長を証明する文書をファイルします。評価対象となるのは、講師が出したテーマについて書いたレポート(2回分)、模擬授業の実施にあたって作成した教案と個別指導の記録(3回分)・模擬授業コメントシート(自己評価・相互評価・教師評価)、来日前に提出した教案を自己添削した教案です。学期末の評価の際は、対象となるものをファイルに入れて提出します。
 これら以外に、自身の判断で国に持ち帰りたいと思った教授法の記録もこのセクションに残します。「教え方知恵袋」には、講師やクラスメイトから提供された授業アイディアなどを記入します。このシートは母語で書くものですが、講師に目を通してほしかったりコメントがほしかったりする場合は日本語で書きます。「作ったもの」「集めたもの」に自分で作った教材やレアリア、集めた論文などを入れます。

  • <<学びと実践の記録>>ポートフォリオに入れたもの、入れた日付、アピールポイントを記入するチェックリストの画像
    図9 学びと実践の記録チェックリスト
  • シート上部に「研修中に発見した自分でもやってみたい教え方・利用してみたい情報をメモしましょう。」と記載され、自由に記入できるシート画像。母語で記入OKで、評価してほしいところは日本語で記入する。
    図10 教え方知恵袋

4. 評価方法とPFの活用法

 学期末の評価の際、PFが占める割合は以下のとおり半分を占めています。講師はPFに目を通し、「入れるべきものが入っているかどうか」「学んだことを自分のことばで整理できているかどうか」「学習したことを深める努力をしているかどうか」を確認し、全体を総合してABCDの4段階で評価します。

<1学期>
  • 日本語教師の教授法PF(「ふりかえりシート」「学期末レポート」)・・・50%
  • 参加度・・・30%
  • 出席・・・20%
<2学期>
  • 日本語教師の教授法PF(「ふりかえりシート」「学期末レポート」「模擬授業の教案」「個別指導の記録」「来日前に書いた教案の自己添削」)・・・50%
  • 参加度・・・30%
  • 出席・・・20%

 井之川(2006)はPFに関する先行研究をまとめ、使用目的によって次の3種類に分けられるとしています。

  1. (1)コレクションPF(ワーキングPF、プログレスPFとも言う)
    成果物全てを入れたPF。学習過程を記録することが目的。
  2. (2)アセスメントPF
    学習者の内省と教師のコメントを入れたPF。成果を評価することが目的。
  3. (3)ショーケースPF(ベストワークPFとも言う)
    自身が全ての学習成果の中から選んだものを入れたPF。自身の能力や成果を第三者に提示することが目的。

 教授法の授業オリエンテーションの際、講師は上記について説明し、研修期間中は(1)、学期末には(2)として利用することを説明します。また、帰国後は所属機関に研修成果を報告するための(3)として利用できることを研修期間中何度も伝え、積極的にPFを豊かにしていくことを勧めています。

5. 教授法PFに対する反応

 PFを使った評価は、世界を見ても実はまだそれほど一般的ではありません。参加者も、基礎研修に参加して初めてその存在を知り、取り組んだ人がほとんどでした。よくわからないまま始めたPFでしたが、それでも6か月後に「PFだけは帰国の飛行機の機内持ち込みにする」と言ってファイルを胸に抱いて帰国した参加者、「帰国後もPFを読み返している」と連絡をくれた参加者もいました。6か月取り組んだことで「PFは自分自身の記録」というメッセージはしっかりと理解できたようです。
 ここでは、筆者が基礎研修を担当した2017年度~2019年度の研修で、「ポートフォリオ評価」をテーマに扱った授業の中で参加者から聞いた反応を紹介します。

肯定的な反応(一部)
  • 授業のふりかえりシートを書くと、配付資料やノートを見ながら授業を思い出すので復習になる。
  • 習慣化すると常にPFを意識するようになる。PFが手元にないとき、ノートの端にメモを書く習慣がついた。
  • PFを見返すと自分の変化がわかる。自分の6か月間が詰まっている。
  • 思っていたより自分は「できる」ということがわかった。
否定的な反応(一部)
  • ファイルしたりシートに記入したりするのが面倒だった。
  • ファイルの中からどれを外し、どれを残したらいいか判断できなかった。
  • 「やらされる」方が楽。自分ではできないので授業中にPFを開く時間を取ってほしい。
  • 担当講師が読むことを意識していたため、否定的なコメントが書けなかった。

 PFには、「①「部分」よりも「全体」を評価する ②「結果」よりも「過程」を評価する ③長期間にわたる「変化」を評価する」注4という特徴がありますが、どれにも「自分で判断して整える」「意識して継続する」力が関わっています。肯否の反応は、PFの内容そのものというよりこれらの力があるかどうかで分かれたものと考えられます。
 否定的な反応の最後の発言は評価される側の素直な声とも言えるでしょう。気持ちはよくわかりますが、よい結果(評価A)を得るための手段として利用するのは本来の目的とは外れています。研修期間中、わかったこと/わからなかったことを言語化し、できたこと/できなかったことを参加者同士でフィードバックし合い、自分のPFに残しますが、これらを何度も繰り返すことで、自らを客観的にとらえ、どのように思考・行動すればよいかを建設的に考える能力(批判的思考)が身につきます。批判的思考が身についた教師は帰国後も成長し続けることが期待できます。PFの説明にあたって、「帰国後も自身の日本語学習や授業改善について自律的に考えられるようになる」という、講師側が意図する長い目で見たPFの効果も説明し、研修期間中何度も強調すれば、今後喜ばしい辛口コメントが増えるかもしれません。

6. 今後の課題・展望

 最後に、今後の課題・展望について述べます。提出されたPFには参加者それぞれの6か月間の学びが散りばめられていますが、提出されたPFを質的量的な点で見ると個人差を感じざるをえませんでした。こつこつと書き溜め、自身で考えた痕跡が伝わるPFが数多くある一方で、評価対象に指定したものを最小限書いて最小限ファイルしたPFや、書いたものや配ったものを無造作にファイルしたPFもわずかながらあります。これらの差は当然評価に反映させるべきですが、どのように評価し、参加者にフィードバックすればいいでしょうか。その方法に講師は苦心しています。
 評価にあたって講師の負担が増えたことも課題の一つです。講師は10名前後の参加者のPFに細かく目を通し、コメントし、評価していますが、限られた時間でこなすのは大変な負担になります。信頼性を維持しつつ効率よく評価できるようにすることも課題です。
 解決策として、例えば誰もが高く評価するPFを集め、そこから質量ともに基準を抽出し、参加者と共有するのも一案かと考えています。評価基準をルーブリックにまとめ、あらかじめ参加者に提示しておけば、評価の客観性や信頼性が担保できる上、参加者も自身で目標を設定して取り組むこともでき、評価のための部分、自分の記録のための部分の区分が明確になります。今後の課題としたいと思います。

注:

  1. 1.2018年度までは「海外日本語教師長期研修」。内容に大幅な変更はありませんが、2019年度から「海外日本語教師基礎研修」に名称が変更されました。
  2. 2.横溝紳一郎(1999)p40
  3. 3.清田洋一ほか(2010)p130
  4. 4.『学習を評価する』(2011)p107

参考文献

参考ウェブサイト

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