日本語教育通信 日本語教育レポート 第43回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第43回】
桜美林大学の『まるごと 日本のことばと文化』を取り入れた日本語科目 -実践例とその課題について-

桜美林大学  グローバル・コミュニケーション学群 助教
古内 綾子

はじめに

 桜美林大学では、2018年度から短期留学生対象の日本語科目で、『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)を使っています。これらの科目を履修する学生は、海外の提携校等から半年~1年の短期交換で本学に来る学生です。本稿では、桜美林大学で『まるごと』を導入した背景と実際の授業実践、そして、活用するための工夫や、成果と課題について報告します。

1.桜美林大学の日本語科目について

 本学では、初級から上級まで様々な種類の日本語科目が開講されていますが、その中に短期留学生が履修する「日本語Ⅰ~Ⅴ」という総合日本語科目があります。この科目は、図1のように、初級から上級まで6段階あるレベルのうち1~5のレベルの科目として設定されています。さらに「日本語Ⅰ~Ⅴ」は、それぞれに、レベルか学習目的が異なる(a)と(b)の2つの科目が開講されています。現在、『まるごと』は「日本語Ⅰ(a)」~「日本語Ⅳ(a)」で使われています(表1参照)。

桜美林大学の日本語科目の構成図:初級から上級までレベルが6段階に分かれ、1~5の各レベルに「日本語Ⅰ(a)」「日本語Ⅰ(b)」のように2つの総合日本語科目が開講されている。上級に進むにつれ、総合日本語以外の選択科目の割合が増える
図1 桜美林大学の日本語科目の構成

表1 総合日本語科目と使用教科書・授業コマ数
レベル 日本語科目名 使用教科書 1週間の授業コマ数
中級 日本語Ⅳ(a) まるごと 中級2 4
日本語Ⅲ(b) まるごと 中級1 4
日本語Ⅲ(a) まるごと 初中級 4
初級 日本語Ⅱ(b) まるごと 初級2 りかい 6
日本語Ⅱ(a) まるごと 初級2 かつどう 6
日本語Ⅰ(b) まるごと 初級1 りかい・かつどう 6
日本語Ⅰ(a) まるごと 入門 りかい・かつどう 6

※日本語Ⅱ(a)と日本語Ⅱ(b)のレベルは同じですが、学習目的の違いで分けられています。

2.『まるごと』を導入した背景

 『まるごと』導入の理由は、「短期留学ならではの日本語授業を」という考えがあったためです。
 本学の短期留学生のニーズは、大きく分けると「母国よりも高度な日本語を勉強したい」「日本語が話せるようになりたい」という日本語学習に関するものと、「日本を経験したい」という日本体験を目的とするものがあります。つまり、日本語力向上に対する強いニーズを持つ学生もいれば、母国に戻って日本語学習を継続する予定もないけれど、日本にいるから日本語も学んでみよう、生活の中でちょっと使ってみたいという学生もいるのです。このような日本体験を留学の目的とする学生は初級レベルに比較的多く、このレベルを担当する教師からは「教科書の学習内容が、学生にとって多すぎるのではないか」という意見も出ていました。そこで、本学では、このような留学生のニーズから、留学中に実際に使える日本語が身につく授業を行おうと考え、初級~中級レベルの総合日本語科目の教科書として『まるごと』を導入することにしました。また、『まるごと』をシリーズで採用したのは、それまでは各レベルで異なる教科書を使っていたので、レベル間のアーティキュレーションも整えたいと考えたためです。
 『まるごと』は2018年春学期から段階的に導入されることが決まりました。導入に際し、『まるごと』に関する勉強会を行い、2018年の3月には、国際交流基金日本語国際センター専任講師の来嶋洋美先生を招き、『まるごと』のコンセプトや授業の進め方などを学びました。その後も教師間での模擬授業や、授業の進め方や教科書の使い方等に関する意見交換を重ねました。『まるごと』の導入は、担当する教師にとっても授業での取り扱い方や評価方法など、シラバスを大きく変える必要がある挑戦的な取り組みでしたが、このような勉強会を重ね、よりよい実践を行えるよう取り組んでいます。

3.『まるごと』を使った授業の例

 次に、実際に『まるごと』をどのように授業で使用しているのか、2つの科目の実践を紹介します。大学では、単位認定に必要な1科目あたりの学修時間が定められており、その時間には実際の授業時間と授業外学修時間が含まれています。本学では、日本語の授業のような演習科目では30時間の授業時間に加えて、15時間の授業外学修時間を行うことが定められています。そこで、教師は授業を設計する際に、授業外学修の内容も考えて設計します。

3.1 初級レベル「日本語Ⅰ(b)」<『まるごと 初級1 りかい・かつどう』使用>

 「日本語Ⅰ(b)」は、図2のような流れで1課を5コマで進めています。

「日本語Ⅰ(b)」の授業の進め方図:『かつどう』 1コマ→『りかい』 2コマ→総まとめ・クラスゲストとの会話・個人プロジェクト・学外授業  2コマ
図2 「日本語Ⅰ(b)」の授業の進め方

 各課の学習は『かつどう』を1コマ、その後『りかい』を2コマで進めます。その後2コマで、複数の課の文法の<総まとめ>や日本語クラスゲスト(日本語の授業にボランティアで参加する桜美林大学の学生。以下、クラスゲスト)を相手にしたCan-doの会話<クラスゲストとの会話>、「日本でしたこと/印象に残ったこと」の発表活動<個人プロジェクト>、施設見学など<学外授業>を行います。このように各課の学習の最後には、<クラスゲストとの会話>や<学外授業>など、留学したからこそ体験できる活動を取り入れるようにしています。また、この科目の目標には、書く力の向上も含まれるため、<総まとめ>で文法の復習や練習、<個人プロジェクト>の時間で発表原稿の作成、宿題などの授業外学修でも書く能力を伸ばす練習を行っています。さらに学期開始時には、『まるごと 入門』で学んだ内容の復習や整理を行います。これは、「日本語Ⅰ(b)」を履修する全ての学生が『まるごと 入門』を勉強してきたわけではないからです。授業外学修では、『まるごと+(まるごとプラス)』や教師作成の補足プリントを活用しています。そして、授業で語彙や漢字クイズをすることによって、学生が自律的に授業外学修に取り組めるようにしています。

3.2 中級レベル「日本語Ⅲ(b)」<『まるごと 中級1』使用>

 「日本語Ⅲ(b)」は本学では中級前半レベルに相当します。このクラスには、既に、母校で日本語能力試験N2合格を目指す学習を進めているものの、言語知識に不正確な部分が多く、実際の日本語の使用場面で課題を遂行するための言語運用力が十分ではないという段階の学生が含まれています。そこで、授業では文型や文法などの知識を身につけるだけではなく、コミュニケーションを支える様々な練習を通し、既存の知識を用いて適切に運用できる力の向上を目標として学習を進めています。
 この授業は、1週間に4コマで、『まるごと』に沿って進めています。授業外学修の課題としては、学んだ文法・文型や漢字を復習するためのプリントや、トピックの活動で新たに知った語彙・表現の使い方を練習するためのプリントを出しています。また、『まるごと』で学んだトピックと留学生活とをつなげるため、トピックに関連ある「留学生活で発見・経験したこと」を、自分で調べたり、クラスゲストに聞いたりして情報を集め、それをポートフォリオに記録するようにしています。
 写真1は、2020年度春学期の授業の様子で、学生が留学中の体験を通して興味を持った日本文化について、その体験と自分で調べたことをまとめて報告している場面です。学生が選んだ発表の題材は『まるごと』のトピックから選ばれたものです。2020年度はオンライン授業だったため、このようにパソコンの画面を共有しての発表となりました。発表には、クラスゲストも参加し、質疑応答などが行われました。

オンライン授業の画面イメージ:「自分の体験」として、体験授業で作ったどらやきと栗鹿の子をスライドで共有している様子
写真1 「日本文化」の個人発表の様子

4.『まるごと』を大学教育において実践する工夫

 『まるごと』は、主に海外の成人日本語学習者向けに開発された教科書であるため、大学生が日本で学習するという環境に合わせるために工夫が必要でした。以下では、その工夫についてまとめます。

4.1 工夫1:大学生に合わせてトピックやCan-doを変える

 成人学習者と比べ、大学生はまだ人生経験が少なく、トピックによっては語るべきこと自体が少なかったり、その場面をイメージしにくかったりするということがありました。例えば、「結婚式でのスピーチをする」「旅行のツアーに参加する」「出張」などは、実体験の少なさから、そこで学ぶ日本語に興味を持ちづらく、学習動機にも影響がありました。クラスゲストと会話をしようにも、お互いの経験や知識不足から、会話が成り立たないということもありました。そこで、<トピックだけ活用し、Can-doを変える>か<Can-doを活かし、場面を変える>などの工夫をしました。例えば、「勤めている会社と自分の仕事について話す」というCan-doは「将来希望する仕事について話す」にしたり、「結婚式」のトピックでは「結婚式のスピーチをする」の代わりに、「自分の国の結婚式について話す」というCan-doに変えたりしました。
 また、学習している場所が日本国内であるため、実際の場面での運用をイメージしやすくする工夫として、例えば、情報を読みとるCan-doは初級レベルであっても生教材を利用し、学んだことは実生活で活かせるという達成感を持てるようにしました。

4.2 工夫2:留学生の学習背景・ニーズへの配慮

 短期留学生の多くが日本語を母国で勉強しており、その多くが文法積み上げ式の方法で学んできています。そのため『まるごと』の学習方法に戸惑う学生も少なくありません。また、短期留学生の中には日本語専攻の学生も多く、彼らは日本語の語彙や文法など、言語知識を身につけたいというニーズを持っています。このような異なる学習背景とニーズを持つ留学生がストレスなく学習が進められるよう、文法や語彙に特化した学習も取り入れています。方法は、補助プリントの配付、「文法の復習の時間」やクイズの実施、作文の活動を発展させた文法学習、「自分の語彙リスト」の作成などで、担当教員が学生の様子を見て実施しています。

4.3 工夫3:ポートフォリオ評価の活用

 『まるごと』の各課の目標はCan-doで設定されています。つまり、実際にそれぞれの場面で日本語を運用できるようになることが各課の目標であり、それができたら目標達成となりますが、それは教室の中だけで達成されるものではありません。また、日本語学習を通して日本文化や自分の文化を考え、理解することも学習の中には含まれています。そこで、『まるごと』を使った科目では、留学生活中の日本語運用、学習過程や思考を「見える化」させ、それらすべてを成績評価の対象とする方法として、ポートフォリオを活用しています。例えば、初級レベルの「日本語Ⅱ(a)」という科目では、『まるごと』にある各課のCan-doリストとは別に、短期留学生の生活に関するCan-doリストを事前に配り、留学生活中にどのCan-doをいつ実践し、達成できたかを記録してもらいます(写真2)。また学生は、留学中に経験する異文化体験の記録もポートフォリオにまとめます(写真3)。教師は、これらの記録も評価対象としています。これらのポートフォリオは、事前に評価基準や評価全体における割合を学生に示し、学習の成果を証明する重要な記録であることを意識づけています。例えば、「日本語Ⅱ(a)」では、Can-doリストを全体の評価の10%、「異文化体験のポートフォリオ」を20%として評価しています。

  • Can-doリストイメージ:会話Can-doについて記入する欄、体験したこと、どうだったかを記入する欄がある。学習者は英語で記入
  • Can-doリストイメージ:店での会話Can-doについて記入する欄、レストランでの会話Can-doについて記入する欄がある。学習者は日本語で記入

写真2 Can-doリスト記入例

日本での異文化体験を写真と文章でまとめたポートフォリオ(複数)の画像
写真3 学生の異文化体験のポートフォリオ

5.成果と課題

 『まるごと』を使った授業実践から、教師と学生には次のような影響が見られます。

5.1 『まるごと』を使った実践の成果

 学生が日本語を使いながら運用力と知識を身につける学習プロセスを経験するのを見て、教師は、より運用を意識した学習活動を実践するようになりました。これまでも活動を通して日本語を学ぶ授業は行っていましたが、その意識の変化は、試験内容の変化や課題の作り方等にも見られます。例えば、これまでは教科書に提出されていた語彙をそのまま暗記するような課題やクイズを出していたものを、それぞれの学生が実際にその課の活動を通して新たに覚え、これからも使いたいと思った単語やフレーズなどを、場面とともに確認する課題にしています。試験は、例えば、テ形や使役形などを学習する場合、動詞の活用を機械的に問うものではなく、場面と共に提示し、適切な表現を用いて運用できるかを問うものにしました。作文の課題についても、教師は、学生がテーマに対して書きたいと考えたことを文章化することが重要であると考え、文法運用の練習とならないように取り組んでいます。加えて、ポートフォリオや振り返りを重視し、留学生活全般を通した学びを意識させるような指導が行われています。
 一方、学生は、『まるごと』の補助教材が充実していることから自律学習に取り組みやすくなりました。そして、学んだ文法や語彙を活用し表現することへの苦手意識も減り、より積極的に表現するようになっています。学生の作品を見ると、以前に比べ長い文章で自分自身を表現したり、学外授業でも積極的に周囲の人に話しかけたりする様子が見られます。これらの変化は、『まるごと』の成果であると考えています。

5.2 課題

 2年間の実践を経て、いくつかの課題も出てきています。まず、多様な学習背景・ニーズを持つ留学生がスムーズに学習を開始できるような工夫が必要になっています。4.2で書いたように、知識学習先行で勉強してきた学生には、『まるごと』の学習の流れは慣れるまでに時間が必要でした。そのギャップに強いストレスを感じ、学習に集中できないという学生もいます。そこで、短期留学という限られた時間で満足感のある学習ができるよう、科目ごとのオリエンテーションで『まるごと』の学習の流れや評価方法について丁寧に説明し、事前にそれらを理解し、安心感を持って学習に臨めるようにすることが必要だと考えています。また、文法や語彙の知識など言語知識の学習や意見文や論説文などのライティングの学習を希望する学生には、日本語の選択科目でそれらが学習できることを示すなど、学生の学習動機や心情に配慮した履修指導を行うことが必要だと考えています。
 また、中級レベルの科目においては、上級レベルのクラスで求められる、アカデミックな日本語能力を向上させるための学習をどう組み込んでいくかが課題となっています。短期留学生対象の総合日本語科目の教科書として『まるごと』を採用したのは、2.で述べたように、学生のニーズに応え、留学中の日常生活での日本語運用力向上を目標とするためです。この点については、『まるごと』の活用を通して、文法知識はあっても使えていなかったことを実感し、運用練習が重要であることを意識した学生がいることからも、目標に適した教科書だと考えています。一方で、中級レベルの留学生の中には、社会的問題について議論したり、大学の専門科目のレポートを書いたり、専門的な文章を読んだりするために必要なアカデミックな日本語運用能力を身につけることを目標としている学生もいますが、『まるごと』ではそのような場面が設定されていません。そこで、それらの学生のニーズに応える方法としては、本学では、まずは、日本語の選択科目を活用し、アカデミックな場面での日本語運用力を伸ばすことを考えています。短期留学生の日本語学習は総合日本語科目の学習のみで行われるものではなく、大学で履修する全ての科目を通して、総合的に行われると考えています。そこで、学生のニーズをしっかりと確認し、多様な選択科目を活用し、それぞれの学生に合った学習をアドバイスすることで解決していきたいと考えています。そして、適当な選択科目がない場合は、授業外学修時間を活用することも考えています。例えば、授業外学修として、『まるごと』のトピックに関係した新聞記事を読む、また、その中の語彙を学ぶなどができるのではないかと考えています。中級レベルの科目については、『まるごと』の導入が初級と比べ遅かったこともあり、現在、アカデミックな日本語能力の育成をどのようにして達成させるかは、教師間で意見交換をしつつ、試行錯誤を繰り返している段階です。『まるごと』で育成されるコミュニケーション能力と大学での学びに必要となるアカデミックな言語能力をどう関連づけていくか、今後も継続した実践と改善を進め、短期留学生に充実した学習を提供できるよう取り組んで行きたいと思っています。

注:

単位認定のための学修時間については、『大学設置基準』【PDF:971KB】の第21条に記載があります。

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