日本語教育レポート 第50回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第50回】自分たちで調べ、考え、対話して学ぶ、オンライン日本語教師養成講座

2023年10月
国際交流基金カイロ日本文化センター 日本語上級専門家
蟻末 淳

はじめに

国際交流基金カイロ日本文化センター(以下、JFC)では、日本語教師養成講座(以下、養成講座)を長年行ってきました。従来は、対面の講座としてJFCで行われてきましたが、2020年のコロナ禍のために一時中断し、2022年度に完全オンラインのコースとして再開することになりました。今回のレポートでは、この完全オンラインとなった養成講座の紹介と、コース内で活用したJiTTや自己調整学習といった方法について報告します。

JFCオンライン日本語教師養成講座の概要

オンライン養成講座は、以前の対面式と同じく理論編と実習編からなります。理論編で主に教授法を学び、実習編では実際にオンラインで授業を行います注1

トルコを除く、中東・北アフリカ地域には日本語教育を学べる大学の課程がなく、民間機関でも原則的に日本語教師養成は行っていません注2。そのため、日本語学習者が中東・北アフリカ地域でもっとも多く、大学の日本語主専攻の学科が8もあるエジプトでさえ、日本語教育について、学ぶ機会が多くありません(国際交流基金2023)。そのことを考慮し、JFCの養成講座では、以前から教師を目指す人だけではなく、現職の教師も広く受け入れてきました。今回、養成講座が再開する際にもその原則は変えませんでした。

すると、理論編には、60名以上の申し込みがありました。これまでは対面ゆえ、カイロ近郊に限られていた受講者が、オンライン化することにより、エジプトのみならず、中東・北アフリカ全体にまで広がったからです。選考等の結果、理論編には、エジプトを中心に、モロッコ、イラク、パレスチナ、イスラエルから31名が参加しました。そのうち28名は非日本語母語話者で、教師を目指す人だけではなく、あまり研修を受ける機会がない現職の教師も多く見られました。特に、エジプト以外の国に関しては、現職の参加がほとんどでした注3。中東・北アフリカ地域では、教師養成講座を受ける機会が少なかったことが理由としてやはりあるようです。

続く実習編には、理論編の修了生から、エジプトとイスラエル、パレスチナより延べ18名の受講者(以下、実習生)と13名の授業を担当しない見学者(以下、見学生)が参加しました。

このような皆さんが参加された2022年度の理論編と実習編の時期と対象、内容は表1の通りです。

表1:2022年度JFC日本語教師養成講座の内容

種別 実施期間 受講者数* 内容
理論編 2022年7月30日
~10月1日
全10回
31名
(26名)
JiTTと自己調整学習 / 学習観・教授観・ビリーフ(教師の役割)
外国語教授法とコースデザイン / 外国語教授法とシラバス / シラバス・授業の流れ
『いろどり』の授業の流れ・使い方 / JFスタンダードとCan-do / JFスタンダードと『いろどり』の授業 / 『いろどり』の教え方
実習編 コースA
2023年1月18日
~3月22日
全9回
6名+4名
(6名)
毎週の教案・授業スライド作成
30分✕3回の授業実習
「みんなのPadlet」上での非同期の授業や授業準備へのコメント
「個人のPadlet」上でのポートフォリオ(学習記録)
チェックイン・チェックアウト
コースB
2023年3月17日
~5月19日
全10回
6名+5名
(5名)
コースC
2023年6月10日
~8月12日
全10回
6名+4名
(6名)

*カッコ内は修了者。実習編の+記号の前は実習生、後ろは見学生の数。

理論編の授業

理論編では、学習者中心の考えの下、コースデザインやシラバスの概要を学んだ上で、教科書や授業の流れを分析し、自分で授業をある程度組み立てられることを大きな目標としました。その理由の一つとして、受講者は非日本語母語話者がほとんどであるため、文法的な理解は比較的身についていること、そして、これまで私がエジプトや中東・北アフリカ地域で授業を見学してきた経験から、文型の教え方を中心にすることにより、教師から学習者に知識をどのように移転するか、という考えにとらわれてしまうように感じたからです。

そのため理論編では、まず自らの学習観と教授観を振り返り、話し合うことから始めました。そして、外国語教授法とシラバスを通時的、共時的に見て、自らの受けてきた授業を分析するなどして、コースデザインの基礎知識を身につけました。その後、実習編で使う、Can-doを学習の目標とした日本語コースブック『いろどり 生活の日本語』の各課の構成と授業の流れについて確認し、「ガニェの9教授事象」で『いろどり』のシラバスの分析を行いながら効果的な授業について考えました注4。最後に、JF日本語教育スタンダードCan-doの考え方を学習し、『いろどり』の使い方について詳しく見て、実習編に備える、というのが授業の大まかな内容です。

理論編の授業の方法として、JiTT(ジャスト・イン・タイム・ティーチング)を採用しました。JiTTとは、クラス内での能動的学習(active learning)とWebを用いた準備作業とを融合させた帰納的教育方法です(ライゲルースほか 2020)。受講者には授業前にLMS注5上で予め課題をしてもらい、受講者の答えや理解度などにより、講師はその後の対話型・同期型セッションの活動や流れを柔軟に変更します。

JiTTの方法を取り入れたのは、今回が初めての試みです。この養成講座のコースデザインを検討していく中で、JiTTを知る機会があり、この方法を元にコースデザインと実践を整理していきました(蟻末2021) 。その検討の流れを以下抜粋して紹介していきます。

まず、理論編は内容が10回と短期のため、授業で全てを説明する時間もなく、また、授業時間内ではできるだけ受講者同士の対話を通じて考えを深めてもらいたいと考えていました。そのため、初めは、予め学習する内容を動画などにして家で勉強してきてもらう反転授業を考えたのですが、インターネット上に大量の情報があるのに、わざわざ講師が時間をかけて反転授業用の教材を新たに作る必要もないかと思いました。そして、それ以上に、受講者が講師から情報を得ることを期待するのではなく、自分たちでインターネット上のリソースを使い、自分で調べる習慣を身につけてもらいたい、そしてさまざまなリソースで調べたことを受講者同士で意見交換することにより、他者の見方を取り入れ、統合する力が付くのではないかと考えました。

そのような考えから作成した課題には、答えが最初からある程度決まっている課題に加え、自らのビリーフを問い直すなどの答えが決まっていない課題も含めました(表2)。実際に受講者が教壇に立ったときのことを考えると、教育においては、全てが最初から方法や答えが決まっているものではなく、自分の経験や目の前の学習者の反応を見ながら、その都度適当な答えを探し出す必要があり、自らの養成講座の学習でもそういう経験をしてもらいたいと考えたからです。これらの課題に加えて、自らの学習を進める上に重要な自己調整学習に関するメタ課題のような課題も出しました。

表2:理論編のJiTTの課題の例

種別 課題
ある程度正しい答えがある課題 次のシラバスについて(構造シラバス、機能シラバス、など)特徴を調べて、どんなニーズ、どんな学習者に向いているか考えてください。
答えがない課題 日本語を教える上で大切なことは何ですか。
自己調整学習のメタ課題 10月の授業終了時の視点を想像して「どのようにこの講座の目的を達成し、日本語教師として授業をする自信をつけたのか」というタイトルで作文を書いてください注6
プロジェクトワークのような課題 次の学習者のプロフィールにあったシラバスを作ってください。

このようにコースの準備を進めていましたが、このコースデザインが、通常の予習とも違い、また反転学習とも違うことから、何か裏付けはないだろうかと探っていたところJiTTと出会い、次のように整理していきました。

JiTTでは、自分で調べ、そして、授業で教師や仲間から学んだことを、次の課題の学習に役立てるフィードバックループが重視されます(図1)。まず、学習者は講師から与えられた課題を授業前に提出します注7。講師は授業準備として、その回答をまとめて授業に使ったり、その回答に従って授業の流れを調整したりします。例えば、「日本語を教える上で大切なことは何ですか」という課題では、受講者の回答をカテゴリーごとに整理して見やすくしたり、シラバスについての課題では、間違いやすいところを分析し、よりわかりやすい説明を準備したりすることに役立てました。

JiTTのフィードバックループと授業の内を説明する画像
図1:JiTTのフィードバックループと授業の内容
(ライゲルースほか(2020)を参考に筆者作成)

授業当日は講師からの知識伝達型の講義は最低限に留め、Zoomのブレイクアウトルームを使って、課題についての意見を交換し、対話によって理解を深めることが中心です注8。例えば、それぞれの学習観の違いなどを、自らの学習経験を元に話し合いながら、深めつつ、客観視するような活動を行いました。また、シラバスを作成する課題では、予め準備してきた回答を比べながら、よりよいシラバスを一緒に協働して作りました。シラバス作りが初めての受講者も多かったのですが、最初はよくわからなくても、自分で更に調べたり、対話を深めたりすることにより、理解が進む様子が見て取れました。話し合いの言語はグループによって違いましたが、それぞれがメンバーの言語によって、アラビア語や英語、日本語などを使い分けながら進めており、複言語でのコミュニケーションが行われていました。そして、授業で対話するグループを固定化したことにより、仲間とのお互いの信頼関係ができ、授業外も含め相互に学習を進めることもあったようです。

理論編の授業では、自らの学習観や教授観を振り返り、現代の日本語教育においての教師の役割を考えるという内容を扱いましたが、その影響のみならず、JiTTという学習者が自ら調べ対話することを中心とした授業形式を実際に受講するという経験から、新たなビリーフの受容や自らの過去のビリーフの変容に至る受講者もいたようです注9

実習編の授業

実習編では、理論編で学んだ学習者中心の授業を実践するために、授業実習を行いました。教材は『いろどり』です。授業を受ける学習者は、エジプト及び中東・北アフリカ地域を中心に世界中から募集しました。理論編の修了者は、実習生として実習編のAからCの3つのコースのうち一つに参加して授業をすることができます。理論編の修了者は見学生として、授業を担当せずに見学をすることもできます。 実習生と見学生は、授業前日までに「チェックイン」を行います。チェックインでは、主に次のことを行います。まず翌日の授業で担当する授業の教案と授業用スライドを作り、「みんなのPadlet」と名付けた養成講座のPadlet注10にアップして共有します注11。同時にGoogle Formを使い、授業のために使った時間や、勉強の状況・満足度とその理由、次の授業の目標などを書いてもらいます。

チェックインの項目(抜粋)

  • 次の授業のために準備や勉強に使った時間(1~15時間)
  • 勉強の状況・満足度(1~5点)
    →どうしてそう思いますか。
  • 次の授業での自分の目標は何ですか。
    (授業実習の目標 / 見学での目標など)できるだけ具体的に書いてください。
  • みんなのPadletをチェックしましたか。
    →気がついたこと、勉強になったことは何ですか。
    →みんなのPadletに・コメント/質問などを書きましたか。

さらに「みんなのPadlet」に他の実習生や見学生がアップした教案とスライドを見て、それにコメントを書くことがルールになっています(写真1)。そのことにより、早く授業準備をして、他の人からのコメントをもらって授業準備を改良したり、他の人の準備を見てから自分の準備をしたりすることができます。この活動は、お互いから学び合うことができ、とても勉強になったという意見が多かったです。実際、毎回アップされる度に、授業準備が洗練されていくのが目に見えてわかりました。また、講師である私がコメントをしなくても、実習生及び見学生がお互いにコメントをし合い、学び合っている姿が大変頼もしく思えました。

写真1:みんなのPadlet
写真1:みんなのPadletのイメージ画像
(クリックすると詳細が確認できます)

『いろどり』を使ったオンラインの実習授業はZoomで行いました。実習生は原則1日3人で、各実習生はCan-doを1つ、30分程度の授業を担当します。実習内の授業で扱う文法を既に学んでいる学習者が多かったので(特にエジプトからの参加者を中心に『みんなの日本語』で勉強している学習者が多かったです)、文法を勉強するのではなく、Can-doを達成することを目標にし、会話など実際のコミュニケーションに焦点をおいた授業を行いました。学習者にはその後、アンケートでCan-doチェックとコメントをもらいましたが、授業内容に満足しているという回答が多かったです。学習者からのフィードバックも実習生にとっては、大変貴重で、よいモチベーションになったようです。

そして、授業が終わった直後に簡単な振り返りをしたあと、1~2日後に「チェックアウト」を行います。チェックアウトでは、自分の授業と他の人の授業についてPadlet上でコメントした上で、チェックインで設定した授業実習(または見学)の目標が達成できたかを自己評価し、実習生は、更に『いろどり』が目指す「Can-doを目標とした授業」、授業全体の時間管理である「時間配分」、理論編で学習した「学習者中心」「ガニェの9教授事象」の観点から、自分の授業を自己評価します。また、必要に応じて講師に個別に質問をすることもできます。

チェックアウトの項目(抜粋)

  • (実習授業をした人は)以下が自分の授業でできたかどうかチェックしてください
    ★★★ よくできた★★☆ できた★☆☆ もうすこし

    (1)Can-doを目標とした授業 (2)時間配分 (3)学習者中心 (4)ガニェの9教授事象
  • (授業実習をした人は)自分の授業の採点をしてください(1~5点)
    →どうしてそう思いますか
    →どうしたら5が取れると思いますか。自分がこれからすることをなるべく具体的に書いてください
  • 今回の授業の自分の目標は何でしたか
    →自分の目標は達成できましたか。(1~5点)
    →どうしてそう思いますか

これらの「チェックイン」、実習授業の実施、「チェックアウト」のさまざまな要素は自己調整学習のサイクルモデル(Zimmerman & Moylan 2009)中で重要な役割を果たしています(図2)。自己調整学習とは目標を自ら立て、その目標達成のために、メタ認知、動機づけ、行動を自らモニタリング・コントロールしながら、自律的に進めて行く学習のことです(ジマーマン・シャンク 2006)。養成講座において、受講者は最初に目標を設定した上で(予見段階)、授業や学習を行い(遂行段階)、目標と照らし合わせて振り返りを行い(自己省察段階)、その結果を更に授業や学習の準備に活かすというサイクルになっています。そのサイクルの中で動機づけのコントロールなどを自ら行い、学習の継続をし、自らの目標に向かって進んでいくのです。


図2:自己調整学習のサイクルモデルと実習編のコースデザインの要素
Zimmerman & Moylan (2009) の図を参考に筆者作成)

実習生の授業準備とみんなのコメントと振り返りが中心である「みんなのPadlet」に加えて、個人的な授業や学習についての振り返りを個人のPadletにポートフォリオとして書いてもらいました。こちらは、受講者によって、かなり差がありましたが、熱心な受講者は「みんなのPadlet」への書き込みに加え、個人的な学びについて積極的に個人のPadletに書いていることがわかりました。中には、養成講座が終了した後も、自分の他の学習に関してPadletや他の媒体でのポートフォリオを活用しているという受講者もいました。

受講者のコメント

養成講座を修了した方の意見をいくつかご紹介します。

養成講座修了生のコメント(基本的に原文ママ)

【理論編について】

  • 教師は学生が日本語を学ぶのを手伝います。学生の自律を育成しようとします。それを達成するために、授業で学生に自分で発見したり、推測したりしてもらいます。そして、何かわからないことがあったら、自分で調べたり、または学生同士で相談したりしてもらいます。
  • (授業を受けて)よかったことは、同じ立場でほぼ同じ視点から同じ課題を考えて解決しようとしているクラスメートと話し合って、自分が考えられなかったことに気づいたということです。
  • (授業を受けて一番変わったのは)グループの中の自分に対する自分の態度です。学生時代は、先生であれクラスメートであれ、他人に助けを求めるのが「恥」だと思っていましたが、今回の講座では、グループで話し合って、教え合って、グループメンバーに助けてもらうのもいいのではないかと思うようになりました。

【実習編について】

  • チェックイン・チェックアウトは役立ちました。最初にアップロードした教材と最後の授業にアップロードした教材を比較すると、大変な上達がある気がしました。これはみなさんが毎回書いたコメントとフィードバックのおかげで、そのような上達を見ることができます。授業の後のフィードバックも役立ちます。そのフィードバックを通して、よくなかったところに気づきました。みなさんもたくさんアドバイスを言ってくださって、勉強になりました。
  • 見学の大切さがわかってきました。毎週実習したくて、どうして見学しなければならないのか最初は見学の意味がわからなかったです。でも皆さんの授業を見学するたびに、色んなことに気が付いて大変勉強になりました。気に入ったことは参考になって、次の実習に実践していました。あまりよくなかったことを避けようとしていました。
  • 実は先生の指導のおかげでコースでちゃんと自己調整学習で進めました。自分の目標をしっかりわかって、その目標に注目して努力して、最後は自己評価するというスキルが付きました。

理論編については、自ら調べる学びと対話による学びを通して、受講者にとっての教師の役割が変わってくることがわかりました。また、グループを固定することにより、一緒に修了するという意識が深まり、勉強を頑張れたという受講者もいました。そして、JiTTのような教え方を自分の授業でも採用したいという声もありました。

実習編では、自分の国以外の学習者に教えることができたこともとてもいい経験になったようです。それは学習者の方でも同じだったようで、中東・北アフリカの先生に教わるのはいい機会だった、と好意的な意見が多数ありました。そして、Zoomのブレイクアウトルームで他の国の学習者と会話の練習ができたことが新鮮な経験だったようです。初めの方では、受講者はチェックインとチェックアウトを何のためにするのかよくわからない様子でしたが、続けて行くうちにメタ認知を活かして自分の学習の状況を把握することができるようになったようです。また、Padletで授業準備や授業実習についてコメントをし合うことにより、講師から教わるのではなく、受講者同士で教え合い、そして、それを元に自分自身で授業や準備をブラッシュアップすることができたという声が多くありました。実習編においては、一人ひとりで自己調整をするだけではなく、受講者が相互に影響を与えながら学習を進める様子がとても印象的でした。

修了者のその後

養成講座の受講者は大きく2つのカテゴリーにわけられます。これまで教師養成課程を受けたことがなく、学び直しをしたい現職の先生と、新たに日本語教師になりたい方です。前者の先生方に関しては、既に仕事があることから、今後、新しく学んだことを授業実践、更にはカリキュラム変更も含めた機関の日本語教育の見直しにまで役立てていただけたら、と考えています。例えば、モロッコ、イラクの現地教師の方は、今後の同国の日本語教育を担う人材であり、国全体の日本語教育に広く寄与することが期待されています。イラクでは養成講座以前から既に『いろどり』を使い始めており、講座を受けたことで質の向上が期待されます。また、モロッコに出張した際に、養成講座の理論編を修了した教師の『いろどり』の初級の授業を見ましたが、媒介語であるフランス語を適度に使いながら、学習者の日本語を上手に引き出していて、大変驚かされました。理論編を修了したことで、教科書の使い方がよくわかったと話していました。

一方、後者に関しては、まだまだ課題が多いのが現状です。例えば、エジプトでは、大学の日本語学科の卒業生を中心に、日本語教師を志す人は多く、養成講座についての問い合わせも多いです。しかし、エジプトの大学で日本語を主に教える助講師(アシスタント)などのポストの門は狭く、大学卒業時に決定してしまうことがほとんどです。また、エジプトは民間の日本語教育機関が少なく、また、必ずしも日本語教育経験や養成講座の受講経験などが重視されないこともあり、養成講座修了後に学んだことを役立てることはなかなか難しい状況です。

そのような中、JFCでは養成講座修了者の先生に声をかけて、短期の日本語コースの授業や教科書作成などで協働を行っています。また、プライベートの授業を行っている修了者も少なくないようです。このように、講座に参加した皆さんが何らかの形で今後に繋がることを期待しています。

おわりに

中東・北アフリカは世界でも日本語学習者数が少ないところですが、同時に教師不足に悩んでいる地域でもあります。ネイティブ信仰が強い地域や機関もあり、非日本語母語話者教師自身にも、しばしばそのような考えがあります。そんな中、たくさんの非日本語母語話者の受講者が、自国の学習者に限らず、さまざまな国の学習者に日本語を教えることができた、というのは大変いい経験になったと思います。

またコースAで実習を修了した非母語話者の受講者が、その後のコースB、コースCで最初に模範授業を行い、更に実習生の授業準備や実習授業に対して、適切なコメントでアドバイスをし、勇気づけている様子も大変印象的でした。そして、その受講者自身も、教えることによって大きく学びを得ていると語っています。自分たちで調べ、考え、対話して学ぶ、オンライン日本語教師養成講座は、同時に、お互いに教え合い、成長し合い、人を育てる養成講座とも言えるでしょう。コロナ後のオンライン化によって、JFCの日本語教師養成講座は大きく変わることになりましたが、今後もさまざまな方法論を取り入れながら発展していければと思っています。

注:

  1. 1.本養成講座は、2021年度にオンラインで実施したカイロ大学日本語教師養成ディプロマコースの教師養成課程の授業をベースにしています。カイロ大学での実践については、蟻末(2022、2023)を参照ください。
  2. 2.以下、本レポートでは、中東・北アフリカ地域と記すときには、主にトルコ以外を指すこととします。なお、トルコは、チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学に教育学部日本語教育学科があり、日本語教育の学士号が取得できます。同国は中東・北アフリカ地域ではもっとも日本語教育が進んでいますが、一方で同国内にて日本語教育が完結していること、トルコ語が話されていることなどから、中東・北アフリカの他の諸地域とは日本語教育での交流が少ない傾向があります。
  3. 3.31名の参加者の内訳は、現職教師11名、教師経験あり6名(ともにプライベート授業を含む)、教師経験なし14名です。エジプト以外からの参加者5名のうち4名が現職教師で、残り1名も養成講座の期間中に授業を始めています。
  4. 4.ガニェの9教授事象は、インストラクショナル・デザインの観点からガニェにより提示された、学習の内的処理を支援するように設計された学習プロセスです(ガニェほか 2007)。
  5. 5.LMSLearning Management Systemの略。クラウドで学習者の学習の進捗や課題の提出、教材などを管理します。代表的なものはMoodleBlackboardなどがあり、本実践ではGoogle Classroomを使用しました。
  6. 6.本課題はニルソン(2017)で紹介されている、目標設定のための「私はこの授業科目でどのようにしてA評価を獲得したのか」というレポートを参考にして作成しました。
  7. 7.本来JiTTにおいては、課題の提出は授業の直前が推奨されていますが、授業準備の関係上、2日前にしました。
  8. 8.本来のJiTTでは、学習者が集まって直接話し合う同期のセッションは対面で行うことが前提とされていますが、完全オンラインの養成講座なので、同期部分もオンラインで行いました。
  9. 9.JFC養成講座のカリキュラムの元になった、筆者が担当したカイロ大学教師養成ディプロマコースの授業においてのビリーフの受容・変容については蟻末(2023)を参照ください。本養成講座についてのデータも取っていますが、同じくビリーフの変容への影響が観察されています。
  10. 10.Padletは共同編集ができるオンライン掲示板アプリです。
  11. 11.見学生は、授業準備と授業用スライドの提出は任意でしたが、フィードバックがもらえることもあり、提出する見学生が多かったです。

参考文献:

  • 蟻末淳(2021)「第6回明生日本語講演会:事前課題で柔軟に授業を運用する-オンライン『JiTT』の実践」(2023年8月8日閲覧)
  • 蟻末淳(2022)「日本語教師養成講座教育実習における自己調整学習のプロセス―受講者へのインタビュー調査から質的に探る―」『海外日本語教育研究』, 14, 1-18.
  • 蟻末淳(2023)「エジプトにおけるJiTTを利用した日本語教師養成コース―受講者へのインタビューから―」『国際文化表現研究』, 19, 45-66.
  • R.W. ガニェ・W.W. ウェイジャー・K.C. ゴラス・J.M. ケラー(2007)『インストラクショナルデザインの原理』(鈴木克明・岩崎信 監訳)北大路書房
  • 国際交流基金(2023)『海外の日本語教育の現状 2021年度海外日本語教育機関調査より』(2023年8月9日閲覧)
  • B.J. ジマーマン・D.H. シャンク(2006)『自己調整学習の理論』(塚野州一 編訳)北大路書房
  • L.B. ニルソン(2017)『学生を自己調整学習者に育てる アクティブラーニングのその先へ』(美馬のゆり・伊藤崇達 監訳)北大路書房
  • C.M.ライゲルース・B.J.ビーティ・R.D.マイヤーズ(2020)『学習者中心の教育を実現する インストラクショナルデザイン理論とモデル』(鈴木克明 監訳)北大路書房
  • Zimmerman, B. J., & Moylan, A. R. (2009). Self-regulation: Where metacognition and motivation intersect. In D. J. Hacker, J. Dunlosky & A. C. Graesser (Eds.), Handbook of Metacognition in Education, 299-315. New York: Routledge.
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