日本語教育通信 日本語・日本語教育を研究する 第50回
- 日本語・日本語教育を研究する
- このコーナーでは、これから研究を目指す海外の日本語の先生方のために、日本語学・日本語教育の研究についての情報をおとどけしています。
日本語国際センター所長 佐藤 郡衛
「子どもの日本語教育」の再考
「子どもの日本語教育」の多様化
私は、これまで日本国内の外国にルーツを持つ子どもや海外で学ぶ日本をルーツとする子どもを対象にした日本語教育に関心をもち、「JSL(Japanese as a Second Language)カリキュラム」の開発、海外の日本人学校や補習授業校における日本語教育プログラムの開発などに関わってきました。小・中・高校生を対象にした日本語教育(ここでは「子どもの日本語教育」と呼びます)は、その対象が拡大し、多様化する中で実践と研究が進められてきました。「子どもの日本語教育」の実践と研究はこうした多様性をどのように組み込むかが課題です。そこで、私が関わってきた国内外の学校での日本語教育に焦点をあて、その多様化の現状を踏まえた上で、今後の実践と研究の課題について考えてみたいと思います。
「子どもの日本語教育」は、ここ30年ほどで大きく進展しました。日本国内の外国にルーツを持つ子どもと海外の永住者や国際結婚家庭の子どもが増加したためです。日本国内の「日本語指導が必要な児童生徒」は、2018年に約5万人に達するまでになりました。外国人の子どもの出身国や母語の多様化はもとより、国際結婚家庭の子どもや日本生まれ、日本育ちの外国人の子どもも多くなってきました。こうした子どもたちの生活背景、学習背景、家庭背景、母語の力などが多様であることはいうまでもありません。
また、海外で学ぶ日本の子どもの数は2020年の新型コロナウイルス感染症の影響で減少していますが、それまでは増加の一途を辿ってきました。海外で学ぶ子どものうち約半数は日本人学校や補習授業校に通っています注1。こうした学校は、もともと日本に帰国する子どもを対象にしていましたが、永住者や国際結婚家庭の子どもが多く就学するようになっています。文部科学省の調査では、補習授業校全体で「保護者のいずれかまたは両方とも外国人」という子どもが46.4%に達しています。また、日本人学校もアジアを中心にして国際結婚家庭の子どもが増加し、家庭内の言語や文化が異なる子どもが通うようになっています。
国内外での日本語教育の対象となる子どもの増加と多様化は、教育の場にも影響を及ぼしています。外国にルーツを持つ子どもは全国の学校に在籍するようになっています。日本の学校では「日本語」という教科はないため、多くの学校や教師にとり、はじめて日本語教育という課題に直面しました。この30年で学校における日本語教育はかなり進んできましたが、いまだ日本語教育を受けていない子どももいます。海外の日本人学校、補習授業校でも大きな変化がおきています。永住者や国際結婚家庭の子どもの増加により、日本人学校や補習授業校の中には「日本語」の授業を行なったり、日本語教室を開講したり、あるいは日本語力に応じて習熟度別の授業を行なったりしているところもあります。
こうした対象者の拡大は、指導者の多様化にもつながっています。国内外ともまったく指導経験のない教師が日本語教育を担うようになり、日本語教師、日本語ボランティアなど多くの人たちが学校に関わるようになっています。また、主に国際結婚家庭の子どもが「継承語としての日本語」を学ぶ場として補習授業校などが設立されていますが、そこでは親自らが教師として教えている例もあります。
「子どもの日本語教育」は、対象となる子どもの増加と多様化が進み、指導者も多様化していますが、実践と研究はこうした多様化に十分に対応できていないのが現実です。こうした多様性に対応するために何をなすべきかを考えていくことにします。
子どものとらえ方の再考
子どもの多様化に対応するには、子どものとらえ方を再考する必要があります。日本国内の学校、海外の日本人学校、補習授業校では、日本語を母語とする子どもを前提に教育を進めてきました。日本語は特に意識されず、自明視されてきたため、日本語ができないことが問題視され、日本語の習得が重要な目標とされてきました。日本語を基準にすることで、結果として日本語ができない子どもをマイナスにとらえるようになっています。こうした見方は、子どもにも伝わり、そうした子どもを低くみたり、日本語ができない子どもたちは自分を否定的にとらえたりするという現実があります。
私が専門とする異文化間教育では「文化間移動」という視点から外国にルーツを持つ子どもや日本にルーツを持つ子どもをとらえてきました。具体的には、ある文化から他の文化への一方向的な移動としてではなく、移動前の生活経験や学習経験、母語や母文化を活かし、子どもの過去といまをつなぐこと、子どもの発達段階を踏まえ、しかも将来を見通して子どもを支えていくことを強調してきました。こうした視点からみると、「日本語力が弱い」子どもは、母語や日常的に使う言語は十分な力があり、将来的には二つの言語の力を持つというようにとらえることができます。「子どもの日本語教育」では、子どもの持つ言語や文化の多様性に注目することで、子どものとらえ方を再考し、子どもたちのよさを引き出すようにしていく必要があります。
分離から協同の実践へ
子どもの多様化に対応するには、日本語力に応じた分離型の教育から、子どもたちが共に学ぶ実践を目指す必要があります。私は、ここ数年、「在外教育施設の高度グローバル人材育成拠点事業」(文部科学省からの委託で海外子女教育振興財団が実施している事業で通称「AG5」といいます)のプロジェクトに関わっています。その一つに「補習授業校における日本語能力向上のための総合的なプログラム開発」があります。これまで補習授業校は、日本語力が十分でない子どもを対象にして日本語や国語の習熟度別の授業などを行なってきました。しかし、こうした対応は補習授業校の子どもや保護者の分断を進める結果につながってきました。このプロジェクトでは、日本語力で分けるのではなく、日本語力が多様な子どもたちが共に学ぶ場として補習授業校を位置づけ直す取り組みを行なうことにしました。
そこで、ダラス補習授業校を中心に多様な子どもが共に学ぶ協同学習の実践を開始しました。そのための新しい単元を開発し、教科の枠をこえて日本語力の向上を目指した取り組みを行なってきました。日本語力が多様な子どもたちが共に日本語で考え、調べて、そして発表し合うという協同学習です。その結果、多様な子どもたちがそれぞれの強みを活かした学び合いにより、日本語の力が伸び、達成感も大きいことが報告されています注2。
また、「JSLカリキュラム」は、日本語を第二言語とする子どもを対象に開発されたものですが、日本語を母語とする子どもにも適用可能です。「JSLカリキュラム」は、教科の学習を行なう上で背景知識が十分でない子どものために、学習するための手がかりを用意すること、さらに理解を促し、表現できるように言葉の支援をすることを目指したものです注3。これは、日本語を母語とする子ども、特に学習内容を十分に理解できない子どもにとっても有効です。国内の学校でもこうした実践を行なっているところもあります。「子どもの日本語教育」は、日本語の力が多様な子ども同士が共に学ぶことで日本語の力を高めていくような協同学習を構想していくことが課題といえます。
「ことば」の多面性への着目
「子どもの日本語教育」は、指導者の多様性を活かす必要があります。そのためには、「ことば」の多面性に注目することが重要です。子どもにとり、「ことば」は認知発達に関わるだけでなく、自己表現、他者との関係の構築にとって不可欠なものです。学習するための日本語力をつけることは重要ですが、それはあくまでも「ことば」の一側面にすぎません。発達という視点からみれば、学校の学習がわからないことと同時に、自分を表現し、他の子どもと関わるためのツールである「ことば」を使えないことも大きな問題です。学習するための日本語の習得を強調するあまり、「ことば」の持つ多面性が閉ざされてしまうのは問題です。「ことば」の多面性に着目することで、多様な側面から子どもの発達を支えることが可能になります。その意味でも、日本語教師がもっと積極的に「子どもの日本語教育」に関わってほしいと思います。
子どもの多様な発達を支えていくには、指導者の力を向上させる必要があります。「AG5」では、子どもの実態を踏まえた授業づくりや指導法を共有し、それを自分の実践と突き合わせることができるような話し合いの「場」をつくってきました。そこに、他の補習授業校の教師、さらには保護者も参加し、自由に意見交換できるようになり、さらにテーマによっては違う「場」がつくられ、そこでリーダーシップをとる人も出てくるようになりました注4。そうした「場」は、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を持続的な相互交流を通じて深めていく」実践コミュニティと呼べるものです注5。これは、これまでのように目指すべき能力をあらかじめ設定し、そこに近づけるような研修や他の成功モデルを参照する研修とは異なり、「場」での参加者同士の話し合いから自分の実践の進め方を自ら見出していくものです。
日本国内でも「子どもの日本語教育」は多様な指導者が関わっており、こうした対話型の研修が有効だと思います。そのために「オープンダイアローグ」という考え方が示唆に富んでいます。これは、フィンランドで行われていた精神医療の実践システムのことですが、最近では教育の世界でも多様な実践が試みられるようになっています。その特徴は、(1)多様なメンバーが集まり、それぞれが抱える問題を共有する、(2)そこでは対応策を話し合うのではなく、まだ語られていない実践や経験を持ち寄り、それにことばを与えて新たな実践の道を探る、そして(3)ネットワークを強化していくことにあります注6。学校の教師、日本語教師、日本語ボランティアなど多様な人がそれぞれの実践や経験を丁寧に語り合いながら、それぞれの実践と経験を言語化し、そこから新しい実践の方向性を自分たちで紡ぎ出すことこそが必要ではないでしょうか。「子どもの日本語教育」には多くの人たちが関わり、それぞれが努力を重ねてきましたが、対話が少なかったように思います。こうしたオープンダイアローグによって、対話を成立させ、しかも対話が成立するような関係をつくっていくことが重要です。そのために関係者が知恵を出し合う必要があります。
「子どもの日本語教育」の課題
最後に、「子どもの日本語教育」の課題について考えてみましょう。まず、これまでの研究の出発点としてきた学習者の再定義が必要です。日本語教育の対象を日本語力が低い子どもと位置づける狭義な定義から、「グローバル人材」や社会を構成する「市民」というように広義に定義することです。「AG5」では、日本人学校や補習授業校の日本語学習者を「グローバル人材」として位置づけ、バイリンガル・バイカルチュラルな視点から日本語の学習を進めています。また、国内の高校では、外国ルーツの生徒を日本社会の一員として位置づけ、社会に参画できるようにするための日本語の学習に取り組んでいます。学習者の再定義は、「子どもの日本語教育」の目標、指導内容・方法を再構成することにもなります。
学習者を広義にとらえることで、日本語を母語とする子どもを日本語教育に組み込むという視点も出てきます。日本語教育が、日本語母語話者にとっても有効なことを示していくことです。先に紹介した「JSLカリキュラム」の実践はその一例です。ある程度日本語力のある外国人の子どもと学習内容を十分に理解できない日本語を母語とする子どもが共に学ぶことで、ことばの力と学力の向上を図る取り組みです。こうした学習指導のアプローチは、教師が日常の授業で「学習するためのことばの力」を意識することにつながっていきます。
「子どもの日本語教育」の研究は、参加・協同という視点から進めていくことでより深まっていくように思います。言語教育では、行動主義や認知主義の学習論から、正統的周辺参加論、拡張的学習論などの関係論的な学習論が導入されてきました。こうした学習論は、学習者が協同の活動への参加を通してことばに触れ、ことばの力を高めていくことに注目するものです。今回、ダラス補習授業校での協同学習の実践を紹介しました。これは参加を通した学びに力点をおく「状況的学習論」をベースにした実践の試みです。今後、関係論的な学習論から「子どもの日本語教育」の研究を進め、子どものことばの学習のプロセスを文脈に即して実証的にとらえていくことが課題です。
注
- 1.日本人学校とは、日本語で日本の教科書を使って勉強する全日制の学校で世界に95校あります。大半の教師が日本から派遣されています。補習授業校は、平日は現地の学校やインターナショナル・スクールに通いながら土曜日だけ日本語で勉強する学校で世界に229校あります。実際に教えているのは、現地に在住の方が多いです。
- 2.「AG5」の取り組みについては、佐藤郡衛他(2020)『海外で学ぶ子どもの教育』明石書店を参照してください。
- 3.「JSLカリキュラム」については、佐藤郡衛・斎藤ひろみ・高木光太郎(2005)『小学校JSLカリキュラム「解説」』スリーエーネットワークを参照してください。
- 4.この取り組みについては、「日本人学校・補習授業校応援サイトAG5」を参照してください。
- 5.レイヴ&ウェンガー(佐伯胖訳)(1993)『状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加』産業図書、123~181頁参照。
- 6.オープンダイアローグについては、斎藤環著・訳(2015)『オープンダイアローグとは何か』医学書院を参照してください。
子どもの日本語教育に関する参考文献
- 1.近藤ブラウン妃美他編(2019)『親と子をつなぐ継承語教育』くろしお出版
- 2.佐藤郡衛(2019)『多文化社会に生きる子どもの教育』明石書店
- 3.ジム・カミンズ、中島和子(2021)『言語マイノリティを支える教育【新装版】』明石書店
- 4.バトラー後藤裕子(2011)『学習言語とは何か』三省堂