日本語・日本語教育を研究する【第54回】CLILで広がる日本語教育の可能性 ― 内容と言語をつなぐ授業づくり
- 日本語・日本語教育を研究する
- このコーナーでは、これから研究を目指す海外の日本語の先生方のために、日本語学・日本語教育の研究について情報をおとどけしています。
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授 佐藤 礼子
1.はじめに
CLIL(Content and Language Integrated Learning:内容言語統合型学習)は、内容と言語の学習を同時に行う教育アプローチで、言語を学ぶだけでなく、言語を使って「学ぶ」ことを重視します。CLILは、2000年代初頭からヨーロッパで広く導入されてきており、EUの多言語主義政策の一環として、学校教育にCLILを取り入れる動きが広まりました(例えば、スペインの学校で、英語とスペイン語を用いて理科や社会の授業を行うなど)。私自身が実践を続ける中で感じるのは、目標とする言語を使って学ぶことを通して、自然な形で言語を使う仕組み作りができるということです。また、自分の考えを整理したり、問題を解決したりする活動も認知面としてCLILの一つの柱となっているため、授業での言語活動の幅が広がり、ひいては言語を使って「考える力」が育成されていくことも大きな特徴です。
日本語教育でもCLILへの関心は高まり、取り組みが広まりつつあります。一方で、CLILは複数の言語に日常的に触れる環境があるヨーロッパの児童・生徒の複言語教育として始まったアプローチであり、日本語教育に取り入れて授業を計画するにはハードルが高い部分もあります。例えば、内容を学習するうえで日本語の語彙学習の難しさが挙げられます。学習者によって漢字の習熟度に大きな差があるため、特に非漢字圏学習者には支援・足場かけが必要です。日本語教育において、どのように言語と内容のバランスをとるか、どのような能力を身につけるよう目標設定するか、多文化的な視点をどう導入するか、学習をどう評価するかなど、実際に授業を計画するにあたって戸惑うことも多いと思います。本稿では、CLILの特徴について述べ、CLILによる日本語授業の実践例を紹介します。
2.CLILの基本概念
CLILの授業では言語を使ってさまざまなことを行います。内容について知り、考え、話し合い、他者と学び、社会的・文化的背景への理解を深めていきます。CLILの理論的枠組みとして知られているのが、「4Csフレームワーク」です。これは、Content(内容)、Communication(言語:言語学習と言語使用)、Cognition(認知:学習と思考)、Community/Culture(協学・異文化理解)の4つの要素を統合して学習を進めるという考え方です(Coyle, Hood, & Marsh, 2010)。CLILの特徴は、内容と言語の学習に加えて、「認知」の要素によって思考力や問題解決力の養成を目指しているところにあります。また、授業における「協学」を通じて、学習者が自分と他者の意見や文化の違いを理解し尊重する姿勢、多文化への意識や国際理解を深めることを目指しています。
日本語の授業を例に考えると、言語知識(例:比較の表現)や言語使用(例:自分の住んでいた町を紹介する)に関する目標に、認知面の目標(例:雪が降る地域と降らない地域の降水量を比べる)も組み合わせるというイメージです。また、CLILの実践方法は多様化しており、「Soft CLIL(より言語が中心)」と「Hard CLIL(より内容が中心)」という分類のほか、目標言語での指導時間を限定的に設ける「部分的CLIL」と内容学習の大部分を目標言語で行う「完全CLIL」など、学習者のレベルや教育環境に応じたさまざまなタイプが存在します。このように、CLILは柔軟なアプローチとして発展してきました(Pérez-Cañado, 2012)。
3.言語を通して考える力の育成 ― 認知・協学の視点から
これまでに述べたように、CLILの特徴の一つは学習する力や考える力を育てるという認知面に重点を置いている点です。言語・内容・認知・文化(協学/異文化理解)を組み合わせることで、言語を使うだけでなく言語を使って考える活動を行うことができます。そのため、内容について「どう考えるか」「どう説明するか」「どう他者と共有するか」といった思考を促すプロセスを授業に組み込みます。これは学習スキルを育てることにもつながります。
Bentley(2010)の『The TKT Course CLIL Module』には、CLIL授業の設計や思考力育成のための具体的な指針が示されています。目標とする思考力の例として、「創造的思考と情報の統合(知識を活用して創造・問題解決・発想する)」「探求する」「評価する」などが挙げられています。なお、認知スキルには段階があり、低次の思考スキルとして記憶、整理・順序づけ、定義、ふり返りが、高次の思考スキルとして推論、問いかけと話し合い、創造、評価、仮説形成があり、次第に難度が高くなります(Bentley, 2010)。Bloomによる思考の分類では、思考の難易度に応じて、記憶→理解(解釈、説明、分類、比較など)→応用(活用や実践)→分析(順序づけや特徴づけ)→評価→創造の順に、より高次の思考力であるとされます(Coyle et al., 2010)。
初級学習者の日本語授業で、記憶や理解にかかわる活動の占める割合が多い場合、計画的に評価や創造などの高次の思考スキルを用いる活動を取り入れるとよいでしょう。授業でより高次の認知活動や言語活動を行うには、工夫が必要です。思考活動に必要な言語知識や言語の使い方を導入する。学習者の母語や他言語のレパートリーを言語資源として活用するトランスランゲージング(translanguaging)を組み込むことも有効です(例:複数の言語を使って情報収集を行う、学習者同士が理解できる言語を使って話し合いを補足する、ツールを利用する)。
中級学習者になると、目標言語を使ってより高次の思考スキルを取り入れた活動を行うことが可能になっていきます。上級学習者ではより複雑な分析を行ったり、評価や創造の活動の割合を高くするなど、学習者の言語能力・思考能力に応じて活動を設計・調整することが求められます。これらは、学習者の日本語レベルだけではなく、学習目的、学習者の年齢(認知発達段階)、教育機関(例:中等教育機関か高等教育機関か、学部か大学院か)などによって、多様な授業形態が考えられます。
CLIL授業においては、内容・言語・認知面でより高度な活動を行うことになるため、学習を支援するための教師の「足場かけ(scaffolding)」の役割が重要です。たとえば、内容やことばの事前導入、絵・図表・動画などによる視覚的支援、学習者同士の協働的活動などが有効です。CLILの自然科学の内容を扱った授業では図解や映像資料が活用される一方、社会科学の授業では学習者の発話を促す問いかけが多く使われる傾向があります。また、教師による問いかけやヒントは、学習者の考えを整理し、内容理解や言語活動を促す支援となります(Mahan,2022)。
4.CLILによる日本語授業の実践例:日本の気候をテーマに
CLILの考え方に基づいた、初級後半レベルを対象とした日本語授業の実践例を紹介します。授業のテーマは「日本の気候」で、授業時間は100分間です。言語の習得により重点をおいたSoft CLILの授業として計画しました。
授業の事前課題として、日本全体のおおまかな地理や気候に関する動画(約10分間、英語)をあらかじめ視聴させ、予備知識をもって授業に参加するようにしました。学習者が地図に書き込みながら学習するために、日本の白地図とカラーペンを用意し、参照用の地図帳を持参しました。
授業は5つの問い(Q1~Q5)にしたがって進行し(表1)、内容面での情報を補うために、視聴覚資料(写真・動画)、Webサイト、地図などを利用しました。
地図(ちず)に 書きましょう
- Q1 日本でどこに行ったことがありますか。何をしましたか。
- Q2 日本は山が多いです。どこに山がありますか。
- Q3 日本海側(にほんかいがわ)は 冬に 雪(ゆき)が 多いです。
太平洋側(たいへいようがわ)は 夏に 雨が 多いです。
どうしてでしょう。 - Q4日本ではどうして雪が多いですか。
どこに雪がふりますか。 - Q5 夏休みや冬休みにどこに行きたいですか。
何をしたいですか。
1)日本の自然と地形(Q1)
自分が行ったことのあるところを白地図に記入し、他の学習者と経験を共有します。来日したことがない学生の場合、行きたい場所や知っている場所を記入させても良いでしょう。多くの学習者は、どの町が日本のどの地域にあるのか正確に把握していないことが多く、地図に記入する活動を通じて、新たな気づきを得ることができます。その後、教師が写真を用いて日本の自然について北から南まで紹介し、日本全体の地形や気候の特徴について考えさせます。
CLILの4つのCである内容、言語、思考、協学・異文化理解の面から、学習活動を分析します。①内容面では、日本各地の都市や観光地の場所やそれぞれの特徴を旅行先を例として理解することを目的とします。社会科の地理にあたる分野(日本の地形、地域の特徴)です。②言語面では、経験を述べる語彙や文型(〜に行ったことがあります、〜にあります、〜をしました、〜がきれいでした、など)を使い、自分の経験を説明します。質問・応答の表現も練習します。③思考面では、「理解(場所についての説明や特徴の比較)」「分析(場所の位置づけや特徴を考える)」へと進め、地図への記入を通じて空間認識能力を養います。④協学・異文化理解の面では、学習者同士での情報共有や、出身地と日本の比較をとおして異文化的な気づきを得ることを目指します。
2)地形と気候との関係(Q2〜Q4)
社会と理科を融合させた内容です。Q2「どこに山がありますか」では、学習者自身が考えたのち、日本の主な山脈(日本アルプス、奥羽山脈など)の位置を示した地図を見て、山脈の位置をカラーペンで白地図に書き込みます。日本全体に目を向けながら、日本の地形の特徴を考えます。Q3・Q4「季節によって雪や雨がよく降る地域が違うのはどうしてか」では、地域による気候の違いについて、グループで意見を出し合いながら仮説を立てます。話し合いの途中で気候に関する動画(日本語)を視聴し、映像から情報を読み取る練習もします。話し合いながら、白地図の陸や海の部分に降水パターンや風の向きについて季節ごとの特徴を記入していきます。最後に、教師が風向きや海流、山脈の関係を図で示しながら解説し、日本の地形と気候のつながりを可視化します。
①内容面では、日本の主な山脈の位置、地形の連なり、都市の立地、そして気候の地域差(降雪・降雨パターン)を学びます。地形と気象現象の因果関係を理解し、自然のメカニズムに触れます。②言語面では、映像で得た語彙情報を使って、自分の言葉で説明する力を養います。Q2で位置関係を表す表現(〜は〜の右/東にあります)、Q3・Q4で因果関係や比較を表す表現(〜ので、〜より〜です、など)を使って、説明するスキルを養います。③思考面では、地図への書き込みを通して「応用(活用や実践)」や「分析(現象を分解して考えたり特徴づける)」を行い、Q3・Q4で「仮説と検証」「評価(判断や批評)」を行います。空間的なイメージと科学的な思考を促します。④協学・異文化理解の面では、学習者同士で一つの目的を共有して、意見のやり取りを通して、協力して課題を解決します。
3)季節の条件と旅行の計画(Q5)
ホワイトボードに大きな日本地図を描き、学習者一人ひとりが自分の旅行を希望する場所を記入します。夏と冬など複数の季節での行き先を記入することで、その場所を選んだ理由やしたいことを季節の条件をふまえて考え、発表します。時間に余裕があれば、グループで旅行プランを立て、発表する活動に発展させてもよいでしょう。
①内容面では、季節に応じた旅行先を選ぶことを通して、日本の地域ごとの気候や観光資源の特性を理解します。②言語面では、希望や目的を述べる表現を使って、自分の計画や考えを話します。旅行プランを立てる場合は、交通機関や予定などを述べる表現を学ぶことができます。一つの目標(旅行先を一つ決める、など)に向けて作業することで、学習者間の意見交換が促されます。③思考面では、場所の特性や季節による条件を考えることで、「応用(知識を活用・実践する)」や「創造(計画する)」などの思考が促されます。④協学・異文化理解の面では、実際の行動(旅行する)とつながる計画を立てることで、教室での活動を現実に活かす経験となります。日本社会への理解を深めることにもつながります。
4)初級学習者への支援
CLILでは、内容に注意を向けることで、知りたい伝えたいという意欲を高めます。初級レベルの学習者を対象とする場合、活動を円滑に行うための言語面の支援が不可欠です。言語面では、学習者が自らの経験や意見を無理なく発話できるように、教師がモデル発話を提供すること、個別活動と協働活動をバランスよく組み合わせること、説明や発表の前に事前練習をする機会をもつこと、トランスランゲージングを活用することなどが挙げられます。また、主要な概念や語彙を事前に提示し学習しておくこと、視覚資料(図表、地図、動画)を活用して内容理解や思考を促すこと、なども有効です。
5.さいごに
日本語授業にCLILを導入するには、事前準備や支援の工夫が必要となりますが、実践を通して、学習者も教師も多くの気づきと学びが得られることを実感しています。授業を計画するなかで、「このやり方はCLILなのか」と迷うこともありました。しかし、枠組みに当てはまるかどうかを気にするよりも、目の前の学習者にとって何が必要かを考え、柔軟に取り組むことが大切だと思いながら、日々実践を続けています。
CLILの枠組みや学習支援の方法、トランスランゲージングの考え方は、授業を組み立てる際に非常に参考になります。この原稿を読んでくださっている皆様とも、「より良い授業をつくるにはどうしたらよいか」を考える協学の仲間として、実践を共有していければと願っています。
おすすめの資料
- 1Bentley, K. (2010). The TKT Course CLIL Module. Cambridge University Press.
この書籍は、ケンブリッジ大学英語検定機構が開発した英語教師に求められる言語・教授法の基礎知識を測るテストであるTKT(Teaching Knowledge Test)のために書かれたシリーズの中のCLILに特化した巻です。CLILの理論と実践を教師向けにわかりやすく解説しており、授業の計画に役に立つ具体例が示されています。 - 2David Marsh Education. https://davidmarsh.education
CLILの共同提唱者の一人であるDavid Marsh博士のサイト。研究、講演、出版物、教育プロジェクトの概要が紹介されています。CLILの最新動向、教育におけるAIの活用についての情報が得られます。 - 3奥野由紀子(編著)、小林明子、佐藤礼子、元田静、渡部倫子(著). (2018). 日本語教師のためのCLIL入門. 凡人社.
CLILの基本理念から授業設計、教材作成、評価方法までを解説した入門書です。CLILを初めて学ぶ日本語教師向けで、実践に活かせる内容となっています。ここで紹介された授業設計は、上級学習者を対象とした日本語教科書(『日本語でPEACE[Poverty 中上級]』(2021)、『日本語でPEACE CLIL実践ガイド』(2022))に活かされています。
引用文献
- Bentley, K. (2010). The TKT Course CLIL Module. Cambridge University Press.
- Coyle, D., Hood, P., & Marsh, D. (2010). CLIL: Content and Language Integrated Learning. Cambridge University Press.
- Mahan, K. R. (2022). The comprehending teacher: Scaffolding in Content and Language Integrated Learning (CLIL). The Language Learning Journal, 50(1), 74–88. https://doi.org/10.1080/09571736.2019.1705879
- Pérez-Cañado, M. L. (2012). CLIL research in Europe: Past, present, and future. International Journal of Bilingual Education and Bilingualism, 15(3), 315–341. https://doi.org/10.1080/13670050.2011.630064