世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)教師研修オンライン化への試行錯誤の記録(2020年、香港)

香港日本語教育研究会
斎藤 誠

香港・マカオの2020年以降の日本語教育も例外なく、新型コロナウイルスの流行に多大な影響を受けています。香港におけるオンライン授業への移行は、他国に比べ早く、比較的スムーズだったと言われています。実際にはどうだったのか、本稿では筆者が見た範囲でその経緯を記し、日本語専門家としてどんな支援をしたのかをお伝えしようと思います。

新型コロナウイルス発生の一報は、2019年12月になると香港中に知れ渡っていました。クリスマス前には既に、地下鉄の車内などでマスク姿の人を多く目にするようになりました。香港政府は2020年1月25日、域内感染症警戒レベルを「最高」に引き上げ、香港の全学校に対して、1月28日までの予定だった春節休暇を延長する措置を発表しました。

当初は休暇が2、3週間延びる程度かと思われていましたが、世界中への蔓延を受け、休校措置は解除されず、一部教育機関からオンライン移行への動きが出始めました。香港では準備態勢が万全でなくてもまずは始めてみて、その都度改善しながら進めるというスタイルが普通であり、それが学生の「学び」を止めない動きにつながっていると思われます。その中で、私が支援できることが何なのか非常に悩みましたが、学生だけでなく「『教師』の学び(=学び合い)も止めない」のが重要だと感じ、まずはWeb会議に慣れていない先生方への支援から始める事にしました。2月末、香港の日本語教師SNSグループ上で、Web会議ソフトの「お試し会」を開くところから試行的に開始し、筆者自身もオンラインの経験が皆無な中、試行錯誤しながら習熟に努めました。そこから派遣先機関主催のワークショップとして、Web会議ソフトの勉強会を開いたり、オンライン授業に関するウェビナーを開催したりしました(https://www.japanese-edu.org.hk/jp/activities/monthly/2020/may.html)。

感染の収束が見えない中で、2月以降停止していた2019-20年度集中日本語教師研修(2019年度のレポートも参照https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/teach/dispatch/voice/voice/higashi_asia/china/2019/report08.html)は、後半(2~5月)に予定していた模擬授業を4~5月に期間短縮し、オンライン形式で実施しました。その時のできる範囲で実施したものですが、誰もが初のオンライン授業という試行錯誤の中で、研修生から予想よりも高い満足度をいただきました。

2020-21年度にオンラインで開催された日本語教師研修のパソコン画面のスクリーンショット
2020-21年度集中日本語教師研修(オンライン実施)

これに並行して、単発のワークショップをオンラインで実施しました。やってみると、資料・リソースの共有やインターネット上のリソースへのアクセスが容易で、参加者が気軽にテキストで質問できるなど、対面よりメリットを感じる部分が多いと感じました。また、海外からの参加者も増え、交流が活発化しました。実施後の参加者アンケートにも肯定的な意見を頂きました。一方、オンラインでは、多人数になるとどうしても会話のチャンネルが限定されてしまい、雑談のように気軽に話せる機会を持てませんが、イベント終了後もそのままオンラインスペースを開放し、参加者間で自由に話す時間を作るなど、できる範囲で工夫をしています。

これらの経験を基に、2020年9月から8か月強にわたる集中日本語教師研修は、準備段階から全面オンライン形式を前提としたコースデザインにしました。前半「理論編」後半「実習編」で構成していますが、後半の「実習編」では、一般の日本語学習者8人に遠隔参加していただきました。学習者へ事後アンケートを取ったところ、オンライン形式への評価は高く、「もし今後も授業を受けるとしたら」の質問に、全員が「対面よりもオンライン授業で受けたい」と答えました。一方で、研修生にもオンライン形式への感想を聞くと、「対面授業の方が自分に合っている」と答えた人も半数程度いて、意見が分かれました。2021年4月に久しぶりに対面形式の研修を実施したのですが、オンライン、対面双方の特徴を実感する機会となりました。

オンライン授業への移行期、香港・マカオの先生方に対して、私の支援が必要な人に届いているのかどうか、非常に不安でした。実際、声が届かなかった方がいらっしゃると思います。しかし、私が知っている限り、香港・マカオの先生方は逞しく、柔軟に状況の変化に対応しご活躍されています。

これからの時代、教室で学んできた学習者は対面、オンライン、ハイブリッドなどから自分に合う授業形態を選び、教師も柔軟に対応できる能力が求められる時代になりました。教師研修も、テーマや目的によってオンライン、対面を使い分けていくことを自分の課題としたいと思っています。

2021年4月にオンラインで実施された香港日本語教育研究会月例会のパソコン画面のスクリーンショット
香港日本語教育研究会月例会(2021年4月)「HKDSE日本語試験とはどのようなものか」

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Society of Japanese Language Education Hong Kong
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
1978年に香港大学、香港中文大学、香港理工学院(現:香港理工大学)、在香港日本国総領事館日本語講座(現:香港日本文化協会日本語講座[以下、文化協会])の日本語・日本文化の教師を中心に創立、2005年5月文化協会から独立、2007年NPO化。シンポジウム、セミナー、教師研修開催、機関誌『日本学刊』発行等の日本語教育関係者支援事業、小中高生日本語スピーチコンテスト、文化祭、奨学金等の日本語学習奨励事業、日本語能力試験現地運営(香港・マカオ)等を行なっている。
専門家業務内容は、研究会各事業への協力、香港・マカオの日本語教育機関に協力しての日本語教育支援の他、教師研修実施やネットワーク形成支援等。
所在地 Rm701-2, 7/F, Marina House, 68 Hing Man Street, Shau Kei Wan, Hong Kong
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 2006年
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