世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)2020年度の活動を紹介します

ローマ日本文化会館
鶴田靖行

日本語講座という有機体

ローマ日本文化会館(以下、当館)が運営する日本語講座(以下、JF講座)では、毎学期200名ほどの人たちが日本語を学んでおり、7名の非常勤講師と日本から派遣された日本語指導助手(以下、指導助手)が授業を担当しています。このJF講座の運営が会館の日本語専門家(以下、専門家)の主要業務の一つです。

一口に日本語講座の運営と言っても、それは多種多様な業務から成り立っています。日本語教育の専門家ならではの業務だと言えるものから、端から見れば専門家でなくてもできると思われるものまで様々です。例えば、新規受講生の募集・受入れ、中途入学者へのプレースメントテスト実施、進級者の継続手続き、テキスト受渡し、オンラインミーティングルームの予約、ダウンロード資料の用意、授業記録の確認、試験作成・実施、カリキュラムの修正・変更、次学期の開講準備、受講生や外部からの質問対応、非常勤講師へのサポートなど。当館には日本語講座担当の常勤事務スタッフや専任講師がいないため、適宜他のスタッフの助けを得ながら専門家と指導助手でこれらの業務を担当しています。

私は講座を一つの有機体と考えています。講座運営業務は事務的な要素が強いため、一見機械的に行われているように見えるかもしれません。しかし、様々な細胞や器官で構成された人間の体がほんのわずかな不具合から全体の平衡を崩してしまうことがあるように、講座運営もわずかなミスや思慮の不足から深刻な問題に陥る場合があります。医師が体全体への影響を考えながら患部の治療にあたるように、私たちも講座全体を俯瞰しながら一つ一つの業務に誠心誠意取り組んでいます。

『まるごと』ダウンロード教材の整備

『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)の特徴の一つとしてダウンロード教材の豊富さが挙げられます。JF講座を運営する国際交流基金の拠点では日本語学習者や日本語教師に対するサポートの一環として、ダウンロード教材の現地語化を進めています。

イタリア語は他の言語に比べて翻訳作業が遅れていましたが、2019年から『まるごと』の語彙リスト「ごいインデックス」の翻訳を開始し、2020年に入門から初中級までの翻訳を完成させました。翻訳作業の進め方ですが、まず専門家が語彙の例文を『まるごと』から抽出し、それをもとにイタリア語が堪能な日本人スタッフが下訳を作成しました。その下訳を日本人スタッフとイタリア人スタッフで協議しながらブラッシュアップし、授業担当者の観点から非常勤講師が確認した後、専門家と日本人スタッフとイタリア人スタッフの三者で最終調整を行いました。翻訳で工夫した点は補足説明が必要な訳語にいかに的確で簡潔な説明を付けるかという点でした。今後はさらに『まるごと 中級1』ダウンロード教材の現地語化を進めていく予定です。

日本語の教材に記載されている、日本語とイタリア語の単語表の画像
イタリア語のごいインデックス

演劇的手法を用いた日本語ワークショップ

2020年1月から2月にかけて、演出家や俳優といった演劇の専門家による日本語教師向け及び日本語学習者向けのオンライン・ワークショップを開催しました。ここでは日本語学習者向けのワークショップの様子についてみなさんにご紹介します。

このワークショップは2日にわけて開催しました。初日はウォーミングアップとして、ひらがなとじゃんけんを使った活動を行いました。ひらがなを使った活動では、画面上に参加者が並ぶというZOOMの特徴を生かし、各参加者が表示した1文字のひらがなを組み合わせた単語や文章を考えました。じゃんけんを使った活動では、ZOOMのタイムラグに影響されずに行える後出しじゃんけんや両手じゃんけんで盛り上がりました。これらの活動は楽しさを演出するだけでなく、手を動かし声を出すことによって、次のグループ活動までに声が出やすい体に変える狙いが含まれていました。

次に「想像上のフリーマーケット」というグループ活動を行いました。はじめに準備段階として、よく使われることわざを商品になぞらえて、その商品のコマーシャルを作成しました。この活動では、日本語学習者のほかに2名の日本人演劇関係者が参加することによって、グループ内のアイデアがより活性化され、参加者の間でリアルなコミュニケーションが生まれていました。完成したコマーシャルはZOOMのバーチャル背景や画面の切り替えを利用したり、部屋にある小物を取り入れたりするなど、オンラインならではの工夫が見られました。その後ブレイクアウトルームを使って、想像上の商品を売買するフリーマーケットを開催しました。参加者は買い手と売り手に分かれ、ブレイクアウトルームを自由に移動しながら、商品に関する説明・質問をしたり、まとめ買いをする代わりに値切ったり、閉店間際に投げ売りをしたりしていました。オンライン空間でここまでリアルなフリーマーケットのコミュニケーションが実現できたことは講師にとっても参加者にとっても嬉しい驚きでした。

今回、日本語教師である私にとって最も印象的だった点は、講師たちが学習者のつまずきや質問、突発的なトラブルを厭わず、それをコミュニケーションが生まれるきっかけととらえていたことでした。他方で私がこれまで行ってきたコミュニケーションを重視した授業実践や講座運営などをふり返ると、つまずきやトラブルができるだけ生じないように先回りして対策を立てておくことが少なくありませんでした。コミュニケーションという観点から見ると、私の行為はコミュニケーションの芽を摘んでいたと気づかされた経験でした。

想像上のフリーマーケット Imaginary Flea Marketという見出しのある、オンラインワークショップのスクリーンショット
ワークショップ活動の一例

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Cultural Institute in Rome (Italy)
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ローマ日本文化会館は1962年、政府による海外初の日本文化会館として開館、日本語講座は1964年に開講された。以来、文化芸術交流、海外における日本語教育、日本研究・知的交流を3つの柱として様々な事業を実施。イタリアの日本語教育機関は高等教育がほとんどである中で、ローマ日本文化会館の日本語講座は、高校生や一般社会人にも日本語学習の機会を提供し、年間延べ400名強が日本語を勉強している。日本語講座の運営の他に、イタリア国内外での研修会を通した教師支援、ネットワーク形成支援、日本語能力試験などによる学習者支援、日本語教育事情の情報収集、地元団体が主催する催しへの協力などにも力を入れている。
所在地 Via Antonio Gramsci, 74 00197 Rome, Italy
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名、指導助手:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1986年
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