世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)ホーチミンからこんにちは!

国際交流基金ベトナム日本文化交流センター(ホーチミン)
新井潤・五十嵐裕佳

『まるごと』便り

JF講座の活動の中心は、なんといってもJF日本語教育スタンダード準拠教材の『まるごと 日本のことばと文化』(以下、『まるごと』)です。総合日本語『まるごと』クラス運営、『まるごと』普及のための説明会実施、そして『まるごと』勉強会の実施の三本柱で活動しています。

これまでに『まるごと』入門(A1)から初中級(A2-B1)までのベトナム語版が現地出版されました。ふと立ち寄ったまちなかの本屋さんでも『まるごと』を目にすることが多くなってきました。

模擬授業の準備をする先生たちの写真
本屋に並ぶ『まるごと』

新しい教科書は、学習者も教師も興味をもってくれるものです。ですから、この機会に、ベトナム人日本語教師や学習者の興味の芽を育むために、わたしたちは定期的に説明会や勉強会を実施しています。特に勉強会では、現役の先生たちが集い、各機関の状況を共有し、『まるごと』の教材分析をおこなったうえで、教案の作成に取り組み、模擬授業・ふりかえりといった活動をおこないました。

本屋に並ぶ『まるごと』の写真
模擬授業の準備をする先生たち

また、個別機関にも対応しており、『まるごと』導入を検討している機関から要請があれば、『まるごと』を担いで、直接学校まで出向き、校長先生や担当教師と教材導入にあたっての相談・検討などもおこなっています。
実際に使用している機関からは、「写真やイラストが豊富で、受け取った学習者も楽しそうにページをめくっています」、「実際の場面を想定しやすくなっているので、会話練習になると、とても盛り上がって話をしてくれます」といった感想が寄せられています。
中級1・2(B1)のベトナム語版出版も予定されています。ベトナムでの日本語教育は、初級学習が中心である機関が多いですが、今年度は中級クラス開講の相談も増えるのではないかと、今からわくわくしています。

にほんご人フォーラム2019 ダナン

2012年に始まった国際交流基金と公益財団法人かめのり財団が共催している「にほんご人フォーラム」(以下、JSフォーラム)は、東南アジア5カ国の日本語教師と日本も加えた6カ国の高校生を対象にした、教師研修・相互交流プログラムです。年に1回のこのJSフォーラム、2018年度のインドネシア・バリに続き、2019年度もベトナム・ダナンでの海外開催でした。

フォーラムは生徒プログラムと教師プログラムから成るのですが、今回は5カ国、計11人の日本語教師が参加した9日間の教師プログラムについてご紹介します。

改善した指導案の発表の写真
改善した指導案の発表 

21世紀型スキルを考える

教師プログラムの目的は「21世紀型スキルの必要性と定義を改めて考えた上で、その育成を目指した授業を教師自ら改善する」こと。その目的を達成するために参加教師たちは、生徒プログラムに参加する生徒の観察、参加教師同士のディスカッション、自国から同行した日本語専門家(以下、専門家)との毎日の活動振り返りなど、いくつものセッションに取り組みました。そして、それらの活動を通じて得たインプットは、事前課題として作成した指導案の改善だけではなく、生徒に21世紀型スキルの大切さを伝える劇の制作という形でアウトプットしてもらいました。

生徒のかがやき

また、参加教師たちには、生徒の観察を通じて生徒が発揮している21世紀型スキルだけではなく、「生徒のかがやき」も発見してもらいました。「生徒のかがやき」というのは活動に表れる生徒自身の長所や努力のことです。最終的に、たくさん集まった「生徒のかがやき」をメッセージカードとしてまとめ、生徒1人1人に贈呈したのですが、中には感極まって泣き出してしまう生徒も見られました。

参加教師の変化と専門家の役割

JSフォーラムにおける専門家である私の役割はベトナムから参加した教師3人のサポートでしたが、彼女たちの9日間の変化は目を見張るものでした。日を追うごとに、日本語でのディスカッションにも慣れ、他の教師との協働や振り返り(メタ認知)といった21世紀型スキルを、教師自身がスムーズに発揮できるようになったことが、まず1つ目の変化です。そして、もう1つの大きな変化は教師の役割についての捉え方の変容です。厳しく教え導くだけではなく、「生徒のモチベーションを上げる」という大切な役割があるとわかったと3名とも口々に述べていました。これは、「生徒のかがやき」を観察するという初めての体験からだけではなく、他国の参加教師と生徒の関わりの様子に刺激を受けたからではないかと思われます。同じ「にほんご教師」である他国の仲間との交流が、これほどまでに大きな影響を与えることも驚きでした。

生徒観察の結果の写真
生徒観察の結果

最後に、JSフォーラムへの参加を通じて、専門家である私と支援対象であるベトナム人教師の関係も、「支援する人」と「支援される人」という一方通行の矢印で結ばれるものではないと再確認できました。今後も「にほんご教師」同士として一緒に学び、モチベーションを刺激し合う関係性を作っていきたいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation Center for Cultural Exchange in Vietnam
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金の海外拠点の一つで、日本語事業のほか、芸術文化、日本研究・知的交流の分野で文化交流事業を実施している。
ベトナム政府が推進する「国家外国語プロジェクト」のもとで、初等・中等教育の日本語教育の整備・発展に関する日越政府間の協力が合意されており、当センターは初等・中等教育のカリキュラム・教科書作成、教師研修等に協力している。
また、専門家派遣地を中心に中等日本語教師向け研修、巡回指導等を実施するとともに、新規日本語教師希望者、民間や高等も含む現職教師を対象とした新規日本語教師育成特別強化事業を展開し、ベトナムの日本語教育のさらなる発展のための重要課題である日本語教師の数の増加、質の向上に取り組んでいる。
加えて、国際交流基金アジアセンターが実施している「日本語パートナーズ」派遣事業によって、全国の日本語教育を導入している初等・中等学校の大半において、様々な世代の日本人がベトナム人教師のアシスタントとして活動し、生徒に直接に日本人と話す機会、日本文化に触れる機会を作っている。
ハノイ、ホーチミンでは、一般人対象のJF日本語教育スタンダード(JFS)準拠教材の『まるごと 日本のことばと文化』を使用した日本語講座を開講し、JFSの考え方や『まるごと 日本のことばと文化』のベトナムでの活用、導入の促進を図りつつ、各レベルのベトナム語版を順次出版している。 
また、2019年4月より開始された特定技能制度にも対応して、日本での就労希望者等を主な対象とした、日本で生活をするために必要な日本語(生活日本語)の普及事業を実施しており、関係する大学、短大、送出機関、職業訓練校等における日本語教育基盤整備およびその教師に対して説明会、勉強会、研修等による支援を行っている。
所在地 27 Quang Trung, Hoan Kiem, Hanoi, Vietnam
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:8名、指導助手:1名、生活日本語コーディネーター2名(うちホーチミン市:専門家2名、ダナン市:専門家1名派遣)
国際交流基金からの派遣開始年 2008年
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