世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)点をつなげる

モスクワ市立教育大学
黒岩 幸子

ロシアでは18世紀に皇帝ピョートル一世の提案により日本語教育が始まり、長い歴史を持っています。長く大都市の高等教育機関を中心に日本語教育が行われてきましたが、現在では高等教育機関の日本語学習者はロシア国内の学習者の約3分の11)となり、初中等教育機関や学校教育以外の機関で学ぶ学習者が大きく増えています。またロシアの各地域で日本語教育が行われています。国土が広いため、隣の大都市へは飛行機での移動、あるいは列車で一日がかりの移動となることもあり、更に時差もあることを考えると、それぞれの都市は白い大きな画用紙の中の点のようです。この多様な点がつながるように、私は大学の授業とアドバイザー業務を行っています。

1)モスクワ市立教育大学での授業

モスクワの中心部にあるモスクワ市立教育大学で授業を行っています。

同大学は日本語を第一専攻言語とする学生が約300名、日本語学科教員が約30名とロシアでは一、二を争う大規模な日本語教育を実施する大学であり、その中で私は口頭表現の授業を担当しています。物事を深く考える学生が多く、授業で投げかけた問いに対し、実に興味深い答えを返してくれます。彼らは「日本語は難しい言語だが、難しいからこそおもしろい」、「違っているが、その違いがおもしろい」とよく口にします。とてもよく考え、知識としての日本語は頭の中にたくさんあるにもかかわらず、「間違えたら恥ずかしい」そうです。学年の始めには恥ずかしくてなかなか日本語を話そうとしなかった学生たちが、一年の終わりには「よく考えたなぁ」と思わせる堂々としたプレゼンテーションをして、次の学年へ上がっていくのを見るのは感慨深いひと時です。

教員はそれぞれの専門分野で学位を持つ方が多く、大学では授業以外にも様々な教育活動を行っています。ロシアCIS日本語教師会会議(研究発表の場。1年に2回開催されるうちの1回。ロシア全土、海外から参加者が集まります)、 言語オリンピアーダ(言語と文化の知識を競うもの。各種言語様々な形で行われており、モスクワ市立教育大学では高校生を対象に英・仏・独・日本語のオリンピアーダを行っています)、学内日本語スピーチ大会、文化イベント等を実施し、その様子はロシアを中心とするSNSサービスВКонтакте <Кафедра японского языка ИИЯ МГПУ>で発信されています。これらの活動を通じ、学内の先生方自らが点をつないでいると言えます。

モスクワ市立教育大学とロシアCIS日本語教師会会議論文集の写真
モスクワ市立教育大学とロシアCIS日本語教師会会議論文集

2)アドバイザー業務

極東地方以外のロシア全体の日本語教育支援を行っています。大学でも授業を行っていますが、こちらの業務の方が主となっています。モスクワで行う業務以外にも、私がロシア各地へ出かけていく業務もあります。

(1) ロシア各地へ出かけていく業務

オンラインで大抵のことができるようになっている昨今ですが、それでも直接、各地域の日本語教育の現場に足を運ぶのは大事な業務です。2019年度は8つの都市(例:エカテリンブルグ、ペルミ、トリヤッチなど)を訪れました。弁論大会審査員、地域の日本語教師へ向けてのセミナーの講師を合わせてお引き受けすることが多く、日本語学習者、先生方と直接顔を合わせることで初めて分かることが多々あります。特に、先生方と地域の日本語教育の状況、課題などをあれこれ話し合う時間は何にも代えがたい時間です。

(2) モスクワで行う業務

①オンラインセミナー
ロシアはとても広大、かつインターネットも整備されており、オンラインによる支援はとても有効です。連続セミナー(2019年度例:『まるごと 日本のことばと文化』を使用したセミナー)、1回完結型のセミナー(2019年度例:「日本で学んだ教授法はロシアの教育現場にどのように生かせるか」他)、ロシア人の先生が講師を務めるセミナー、私自身が講師をするセミナー等を上手く組み合わせ、ロシアの先生方の声に応えるよう行っています。

②学習奨励活動、教師会議
ロシア、CIS地域の広大な各地域から学習者、教師がモスクワへ集まる機会はとても貴重です。このような機会を作ること、上手く活用することは、点がつながる一つの方法です。毎年秋に行われるロシアCIS日本語教師会議、モスクワ国際学生日本語弁論大会(2019年:10カ国19名の大学生が出場)は30回を超える歴史を持ち、重みを感じます。
また、中等教育段階の学習者を対象とした「子供日本語祭り」も当地に根付いた行事ですが、2019年度の第26回大会は規模を拡大して実施することができました。モスクワ地域のほか、サンクトペテルブルグ、ペルミ、ノボシビルスク、イルクーツク、アンガルスクの中学・高校、語学学校やプライベートレッスンで日本語を学ぶ生徒13名が日本語でスピーチを行いました(子ども日本語弁論大会、モスクワで開催 参照)。大会前日には教師の交流会、生徒のための日本語アクティビティー活動を行いました。この新しい芽が今後につながっていくことを願っています。

以上、業務の一例を紹介しましたが、点は簡単に線や面になりません。ロシアにはロシアのやり方があり、それぞれの先生方が自分の教育現場を自分でよく考えて教育活動を行っています。ロシアの先生も点をつなぐ活動をしています。各人の興味に合わせ、ゆるくつながっていくSNSの世界のように、いろいろなコンテンツを見せていくのが私の次の課題だと感じています。

ペルミ第2ギムナジウムの日本語授業の写真
ペルミ第2ギムナジウムの日本語授業

※参照
参照:1)2018年度 国際交流基金海外日本語教育機関調査報告書

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Moscow City University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
派遣先機関であるモスクワ市立教育大学(かつてはMoscow City Teachers’ Training Universityであった。現在でも当地では教育大学として認識されている)は、初等・中等教育の教員を専門に育成する教育機関である。
日本語学科では教員養成の他、広く日本語専門家育成のための日本語教育が行われている。
日本語専門家は同大学での授業を担当する他、極東地方を除くロシア全体の日本語教育状況の把握や、ネットワーク構築、教師支援といったアドバイザー業務を行っている。
所在地 Russia, 105064, M.Kazenny per., 5
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
通訳・翻訳学部日本語学科、東洋学部日本語学科
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