日本につながる子どものための日本語教育 【第2回】 座談会 日本につながる子どもの日本語教育のこれから(後編)
- 日本につながる子どものための日本語教育
- このコーナーでは、「日本につながる子どもの日本語教育」の関係者や広く関心のある方々に向けて、複数のことばと文化の中で成長する子どもを支えるために役に立つ情報や活動例、新しい取組などを分かりやすく紹介していきます。
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2025年4月
国際交流基金日本語国際センター
子どもの日本語教育分野の第一人者である佐藤郡衛(国際交流基金日本語国際センター所長)、真嶋潤子(同関西国際センター所長)ならびに、国際交流基金の日本語教育部門の担当部長である四ツ谷知昭(同日本語第1事業部部長)の3氏による座談会の様子を、2回に分けてお届けしています(前回の記事:【第1回】座談会 日本につながる子どもの日本語教育のこれから(前編) )。
今回は「教師や保護者への情報提供」「研修」「評価」などを取り上げ、日本につながる子どもの日本語教育のための今後の取組の可能性や方向性について考えます。

撮影:さくら屋フォトスタジオ
【座談会登壇者】
佐藤郡衛(国際交流基金日本語国際センター所長=写真左)
真嶋潤子( 同 関西国際センター所長=写真中央)
四ツ谷知昭( 同 日本語第1事業部部長=写真右)
1. 教師や保護者への情報提供
──日本につながる子どもを支える保護者や教師のみなさんから、情報提供や、研修などのサポートが必要だと言われていますが、どんな情報、そして方法が望まれているのでしょうか。
真嶋:必要な情報を考えると、子育ての段階や、グループの特性によって違うと思いますが、実際あるいはバーチャルにそこを訪ねればいろいろな情報が得られて、自分で選べるのがいいと思うんです。例えば海外で国際結婚して、子どもが生まれて学校をどこにするか悩んだりするでしょうが、生まれる前の段階から、母語で子育てすることについて考える機会を与えてくれたり、選択肢を見せてくれたりするところがあるといいですね。子育てのことばについては、最近現場の先生方のネットワークでそういうページが作られています(注1)。
佐藤:同じように教師研修も、自分で探したり、選べたりできるといいですね。各地でそこの事情に合った研修が行われていると思いますが、どんな研修が行われるかという情報が必要な人に行き届き、オンラインで遠くの人も参加できる機会が増えればと思います(注2)。
2. 悩みを共有し解決する場としての教師研修
佐藤:研修会と言っても、偉い先生の話を聞いて終わりというのでは、あまり意味がないと思うんですよね。前に話したように、海外に住む子どもも、子どもたちを支える教育現場も、多様化しているからこそ、教師の研修会にも「オープンダイアローグ」(注3)のような手法を取り入れることが有効だと思います。それぞれの参加者が話して悩みを打ち明けて、それに対して肯定的なメッセージを送っていくことで繋いでいく。その中で、自分たちで悩みを共有して、解決する、いわゆる納得解を見つけていくことが必要なんじゃないでしょうか。
理論的な話や知識も大切だけど、それをどう活用するかが重要ですね。研修会にもいろいろな種類があって、答えを出してくれる研修もあれば、話し合う研修もある。正しい答えが1つあってそれが知りたいとか、有名な先生に教えてほしいと思う人たちには、先に基礎的な知識を提供して、その後で「実は答えは1つじゃないんだ」と学ぶセッションを用意すればいいでしょう。そして、子どもにとって本当に必要なこととは何かという問いを巡って、親の思いと現実のずれがある中で、それぞれの納得解を見出すために、お互いに自由に話し合えること。そんな研修が、日本につながる子どもの日本語教育支援でも必要になると思います。
真嶋:研修の効果がどこに表れるかというと、教育的な営みというのは最終的には子どもが受益者だから、子どもの何かが変わったか、成長したか、楽しんでいるか、続けているか、といったことになりますね。日本につながる子どもにとっての日本語を考えた場合、子ども自身の意思で学習に前向きになったとか、あるいは嫌いになっていないとか、そういうことが見えれば、効果があったと感じますが、それは1回研修したからぱっと変わるということではないかもしれません。でも、子どもは自分の存在が全人的に肯定されていると感じられる環境があれば、のびやかに育つと思います。
3. 評価
──「子どもの何かが変わったか」という時に、例えば言語の知識とか、行動とか、考え方とか、子どものどんなところを見るかによっても変わってくると思うんですが、これは言語教育における「評価」とも関係してきますね。評価についてどんな動きがあるのでしょうか。
真嶋:評価について、日本国内の動きについて紹介します。「外国につながる子どもたち」は学校の中で日本人の子どもと同じ方法で評価されて、「できない」「なかなか伸びない」と言われることで、発達にマイナスの影響を受けてしまう恐れがあります。でも実は、母語で言われたら理解できたり、母語と日本語を合わせたらできたりする場合もあるでしょう。このように子どもの言語活動を全人的に捉えて評価する枠組みを開発する研究が、文部科学省の委託で東京外国語大学に事務局を置いて行われてきました。具体的には「日本語能力評価方法の改善のための調査研究事業 」(2023〜2024年度)という研究です。『外国人児童生徒のためのJSL対話型アセスメントDLA』(以下DLA)という評価ツールがあって、これまで小中学校レベルしかなかったんですが、それを高校レベルまで作った上で、年齢枠別能力記述文(CAN-DOリスト)を開発してフィールド調査しているところです。2025年度には文部科学省のウェブサイト で日本語以外の8言語でも実施できる「改訂版DLA」のほか、「ことばの力のものさし」(CAN-DOリスト)等の関連資料が公開されると聞いています。また、今後は教員研修も必要だと思いますが、これまで「日本語ができない」ことで何もできないと思われていた子どもが、実は複数の言語を使ったらできた、ということがわかるようになったらいいと思います。新しい「ことばの力のものさし」は、日本国内で外国につながる児童生徒が学校の教科の学習にどの程度参加できるのかということを見ようとする視点でことばの力を捉えているので、海外に住む「日本につながる子ども」に当てはめるには検証が必要ですが、「日本語固有の知識・技能」と日本語に限定しない認知力に関わる「思考・判断・表現を支える包括的なことばの力」に分けて評価しようとすることは、海外のそれぞれの現場で子どものことばをどう評価するか考えるときに、参考にできるのではないでしょうか。
佐藤:評価といえば、プロジェクトベースの活動について、バックワードデザインで具体的な活動に落とし込む話をしましたが(第1回座談会前編を参照)、どんな目標と評価があって、そのためにどんな活動をしたのかを蓄積していって、自分たちでふり返って手直ししたり、他の教師がやってみて変更部分と変更理由を書き足したりして、みんなで実践を共有していけるといいですね。
4. コミュニティや教室同士のつながりの共有
佐藤:少し話が戻りますが、四ツ谷さんが言われた「各国・地域の教育政策と結びついている」点について、継承語の教室はコミュニティスクールなどで現地の支援を受けたりしているので、どう繋げていくのかを共有するのもすごく重要ですね。2023年にシドニーに行って、子どもたちが短い動画を作って発信するビデオコンテストについて知りましたが、地元で交流してオンラインでも広くつながるという取組に、可能性を感じました。補習授業校の実践研究をするAG5とかAG+というプロジェクトがありますが、補習授業校の高等部というのは人数が少なくなってしまいます。そうすると、他の学校と交流することが必要になってきて、そういう実践例を共有していくといいと思います。
──シドニーのほかにも「ドイツ発 複言語ファミリーをつなぐポータルサイト つなぐ」というサイトの運営や、そこで公開されている「わたし語ポートフォリオ」が他の国に広がるのをJFが一部支援していたりしているので、今後もそういう事例や関係者をつないでいくのが良さそうですね。
5. 日本につながる子どもの日本語教育の「これから」
──最後に座談会のテーマ「日本につながる子どもの日本語教育のこれから」の「これから」について、それぞれお考えをお聞かせください。
四ツ谷:今回お話を伺って、関係者を繋ぐネットワーキングがやはり必要だなと改めて感じました。2023年度に実施した「日本につながる子どもの日本語教育関係者ミーティング」や現在進行中の教材共有プロジェクト(注4)もネットワークを意識した取組ですが、ネットワークが基盤としてあり、そのうえで具体的にどういう施策を行っていくかということなんだと思います。
JFには25か国・26の海外事務所があり、世界各地の日本語教育機関や関係者と連携を取りながら事業を展開しています。日本国内の外国につながる子どものための日本語教育をやってきた方が日本語専門家として海外に派遣される例も増えてきていますので、国内外での知見を繋いで活かしていくことも、JFが取り組んでいくべきことの一つなのかなと思いました。
佐藤:ネットワークは、ただ繋がるだけではなく、誰のため、何のためのものかという視点が必要ですね。そうしないとなかなか維持できない。ネットワークは、双方向性の中で作っていくということが重要なので、持続可能にするための面白いと思えるような仕掛けを作っていただくと嬉しいなと思います。
真嶋:日本につながる子どもたちが、のびのびと持てる力を伸ばしていってもらうための日本語教育に関わる施策にJFが本腰を入れて取り組むということ、これは大きな意味があることだと思います。日本と海外の狭間で辛い思いをしている人たちが、日本に繋がりがあってよかったと思ってくれるように、世界中の経験のある方や専門家の方のお知恵を拝借しながら環境を整えていくことで、光を当てるという意味で、明るい楽しい事業になるといいな、これから発展していくといいなと思っています。
──「日本につながる子ども」だけではなく、大人も含めてネットワークを広げ、深めていく取組が重要だと改めて感じました。今回の座談会では、タイやオーストラリアでの実践例についてもお話がありましたが、次号以降では、世界各地域で創意工夫されている活動や取組についてもご紹介していきたいと考えています。ご期待ください。
注:
- 1.「子育てのことばをかんがえる」(MHB学会 海外継承日本語部会)は、子育てする際のことばについて考える機会を提供し、さまざまなパンフレットや情報へのリンクを掲載しています。
- 2.「日本語教育オンライン事業」(国際交流基金)は、世界各地のJFの拠点や専門家が現地の団体といっしょに取り組んでいるオンラインセミナーなどの事業を紹介しており、「日本につながる子どもの日本語教育」に役立つものが多くあります。一部の内容は視聴できます。
- 3.「オープンダイアローグ」はフィンランド発の精神医療の実践システムです。教育での利用については佐藤郡衛(2022)「「子どもの日本語教育」の再考」を、「オープンダイアローグ」については斎藤環著・訳(2015)『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)をご参照ください。
- 4.国際交流基金日本語国際センターでは、2024年度から2025年度にかけて「日本につながる子どものための教材収集・共有プロジェクト」を実施しています。海外の6名の教師が実践例を持ち寄って、その背景にある教育理念や現地事情について分析し、記述します。2026年度に「みんなの教材サイト」上で教材と背景の説明を公開し、海外の現場の教師が参考にしたり、修正して利用したりできるようにする予定です。
もっと知りたい方のために
- オフィーリア・ガルシア、スザンナ・イバラ・ジョンソン、ケイト・セルツァー著 佐野愛子・中島和子監訳(2024)『トランスランゲージング・クラスルーム―子どもたちの複数言語を活用した学校教師の実践』明石書店
- 佐藤郡衛(2022)「「子どもの日本語教育」の再考」(『日本語教育通信』日本語・日本語教育を研究する 第50回)