日本語教育通信 日本語からことばを考えよう 第4回

日本語からことばを考えよう
このコーナーでは、日本語に特徴的な要素をいくつか取り上げ、日本語を通してことばをとらえなおす視点を提供します。

【第4回】日本語の社会=文化的特徴

筆者(イクタン)アイコン画像

 みなさん、こんにちは。

 このコーナーでは、ことば―言語―というものはどんなものなのか、どうやってとらえたらいいのかを、日本語ということばを通じて考えていきたいと思います。


 前回は、ことば(言語)と文化や社会の関係について考え、両者が互いに反映している様子を見てきました。
 今回は、日本語がどんな社会=文化的な特徴を持っているかを考えていきたいと思います。

1. 日本語の社会=文化的特徴

 社会と文化というものは、「第3回 ことばと文化・社会」でも述べましたように、はっきりと分けられない部分や重なる部分もあるので、ここでは「社会=文化的」という語を使います。
 さて、日本語にみられる社会=文化的特徴にはどんなものがあるでしょうか。日本語の特徴といっても、日本語だけに見られるユニークなものである必要はなく、他の言語にも見られるけど、これは日本語の性質だと言えるものでいいです。

日本語についてよく言われていることをいくつかあげてみましょう。

1.1 結論が後ろに来る

例文を指し示すイクタン画像

  1. (1)実施につきましては、各部署で検討しましたところ、開催を推す声も
    高かったのですが、リスクも考慮し、開催しないこととなりました。
  2. (2)すごく行きたいんだけど、ちょっと今あれで、ううん、行かれないかな…

 これは、述部(動詞等)が最後に来るという日本語の言語的な特徴でもありますが、最後に結論を持ってくる表現が多い感じがします。
 「開催しない」「行けない」という結論に達するまでに、事情や理由をくどくどと述べていますね。動詞が最後に来るという文法的な特徴は世界の言語ではめずらしくありませんが、日本語では結論の前が長くなる傾向があります。でも、日本語に慣れてくると、最初の部分を聞けば、だいたい言いたいことはわかってしまいますよね。

1.2 あいまいな表現が多い

考えるイクタンの画像

  1. (1)前向きに検討させていただきます。
  2. (2)原則的にはそうなんですが、・・・
  3. (3)どちらでもないような・・・
  4. (4)お気持ちはわかりますが、・・・
  5. (5)問題なんじゃないかと思わなくもない。
  6. (6)「お茶はどうですか」「だいじょうぶです」

 「日本語はあいまい」ということがよく言われます。日本人自身もそう思っているようですが、本当にそうでしょうか。
 たしかに、日本の社会では、はっきりとした対立や強い主張を避ける傾向があります。言語表現にもそれは表れています。(1)のように、努力の姿勢を示して断るとか、(2)(3)(4)のように途中までしかいわないとか、(5)のように立場をあいまいにするとかさまざまな表現があります。(6)の「だいじょうぶ」もお茶がいるのかいらないのかあいまいですね。
 これは日本語自体があいまいだというより、日本の社会=文化では、このような表現が好まれているということなのではないでしょうか。つまり日本語を使う人があいまいであって、日本語自体があいまいなのではないということです。
 森有正という哲学者は、日本語は文法的でないというようなことを述べています(『経験と思想』岩波書店)。しかし、言語学的に見れば、日本語は分析可能な文法をもった言語であり、文法がない言語というものはおそらく世界には存在しないでしょう。「フランス語や英語は明晰で日本語はあいまい」というようなことを聞きますが、それは伝える内容や表現の問題なのでしょう。その証拠に、フランス語や英語の日本語翻訳は全くあいまいではありません。正確に伝えることができるのは、文法がしっかりとあり、言語的な性質があいまいではないからですね。逆に、日本語はあいまいさを正確に伝えるとも言えるのではないでしょうか。

1.3 複雑な敬語がある

 敬語については前回も少し触れました。
 日本語が母語でない方にお聞きしたいのですが、みなさんの母語には敬語がありますか。あるとしたら、日本語の敬語とどのように違いますか。

 日本語の敬語のようなものがなくても、目上の人や親しくない人と話す時、改まった場面で話す時は丁寧に言うのではないでしょうか。そんな時に使われる丁寧な表現、相手を思いやる表現、親しみをあらわす表現などをポライトネス(politeness)と言います。ポライトネスによってコミュニケーションの相手に働きかけるわけですね。相手に敬意を表すために、特別な形を持った単語や文型が使われる点で日本語の敬語に通じるところがありますね。
 日本語の敬語はポライトネスの一部です。しかし、それは親しみを表すものではなく、相手との適切な距離をとるものとして使われます。つまり、場面や状況、そして相手に応じて使い分けなければならないものとして、文法的に形が決まっています。日本語の敬語の特徴はそのシステムが複雑で全体的であることです。(「広汎にいわば高度に体系的に発達」菊池康人(1997)『敬語』講談社学術文庫)。前回述べたように、話す場面(改まった、くだけた)や話す相手(親疎、上下、ウチ/ソト)によって、とる表現が決まっているということがその例です。
 ていねいな表現(politeness)というものはどの言語にも見られますが、日本語のように文法的に複雑なシステムがある言語はそんなに多くありません(韓国語はかなり日本語と近い敬語のシステムを持っているようです)。
 ポライトネスや敬語は人間関係を反映し、また調節する働きも持っています。相手に失礼にならない言い方は人間関係(社会)や価値(文化)を反映していますし、またことばの使い方から社会や文化が形作られていく側面もありますね。

2. はっきり言わない文化、はっきり言わない社会

 社会や文化はことばが使われる文脈です。その特徴はことばに影響を与え、またことばによって文化や社会もその特徴を形作っていきます。
 「空気を読む」ということばを聞いたことがあると思います。空気が読めない人は低い評価を受けることがあります。言われなくてもわかる、言われなくてもやるということが期待されています。こちらで伝えなくても察してほしい、分かってほしいという期待があるようです。

 文脈性contextuality)という考え方があります(E.T.Hall(1976)Beyond Culture)。情報や意味が今話されたことばから来るのか、ことばではない背景から来るのか、ということです。ことばに依存する程度が高ければ文脈性は低く、背景に依存する程度が高ければ文脈性が高いということになります。つまり、文脈性の低い文化では、言われたことがすべてで、言われなかったことはなかったこととされます。一方、文脈性の高い文化では、言われなかったこと-背景を推測することが必要です。E.T.Hallのランクによれば、日本は世界で最も文脈性が高い(つまり、背景から情報や意味をとらえる)文化を持つということです。

 社会という日本語は150年ぐらい前にオランダ語や英語から翻訳されました。それ以前にはこのことばはなく、近い意味としては「世間」ということばがありました(柳父章『翻訳語成立事情』岩波新書)。このことばは今でもよく使われますが、社会とは少し違う意味になります。「世間」というのは自分を取り巻く身近な世界です。顔が見える世界です。「世間」は非常に文脈性の高い世界です。日本の社会は「世間」的ということができるかもしれません。


 今回は、「結論が後ろ」「あいまい」「敬語」という点から、日本語の社会=文化的特徴をとらえようとしてきました。
 このような問題を考えるときに注意しなければならないのは、ステレオタイプです。同じ集団内でのコミュニケーションでも、望ましい人間関係のとらえ方や、何がいいかという価値観は個人差があります。「日本人は、日本語は、日本の社会は…」と決めつけることによって、そのとらえ方が型にはまってしまう恐れもあります。例えば、敬語をいつ、どの程度使うべきかには、個人差があります。同じ文脈でも、これぐらいで十分と考える人もいれば、すごく丁寧な言い方でないと気が済まないという人もいます。その結果「あの人は失礼だ」とか、「あの人は丁寧すぎる」という評価も生まれます。
 文脈性が高いということは、わかりあいやすいという利点もある一方で、空気を読まなければならないという窮屈さがあるかもしれません。

考えよう

  1. (1)敬語は複雑だし、堅苦しいからといって、なくしてしまうことができるでしょうか。
    もしできないとしたらどうしてでしょうか。
  2. (2)みなさんの母語(知っている外国語)にも「空気を読む」という表現に似たものはありますか。
    日本語との違いは何ですか。
  3. (3)「暗黙のルール」が多いのは文脈性が高い社会ですか、それとも低い社会ですか。

読書案内

  1. (1)菊池康人(1997)『敬語』講談社学術文庫
    菊池康人(2010)『敬語再入門』講談社学術文庫
    母語話者にとっても、非母語話者にとっても、わかりやすく敬語を学べます。ハンドブックのように使うこともできます。
  2. (2)E.T.Hall(1976)Beyond Culture. Anchor Press
    社会をとらえる概念としての文脈性(contextuality)についての研究です。
  3. (3)井出祥子(2006)『わきまえの語用論』大修館書店
    日本語の敬語の特徴がポライトネスと対照されて明らかにされています。

(生田 守/日本語国際センター専任講師)

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