日本語教育通信 日本語からことばを考えよう 第7回

日本語からことばを考えよう
このコーナーでは、日本語に特徴的な要素をいくつか取り上げ、日本語を通してことばをとらえなおす視点を提供します。

【第7回】時間とことば(2)テンスとアスペクト-二つのとらえ方

「筆者のイクタンです」の吹き出し付きの筆者(イクタン)アイコン画像

 みなさん、こんにちは。

 このコーナーでは、ことば―言語―というものはどんなものなのか、どうやってとらえたらいいのかを、日本語ということばを通じて考えていきたいと思います。


 子どものころの1年は今の1年より長く感じませんでしたか?「年をとるごとに、1年経つのが早くなる」とよく言われていますね。
 また、ふだんの生活をしている時と旅行をしている時の1日の長さはどうでしょうか?
 目をつぶってじっとしている時の5分間と研究会で発表している時の5分間、ゲームをしている時の1時間とテストを受けている時の1時間…
 時間の長さは同じでも、楽しいか退屈か、忙しいかひまか、幸せなのかつらいのか等によって、時間を長く感じたり短く感じたりしますよね。
 こういうのは時間をどう意識するかということについてのおもしろい問題ですが、ここでは時間がことばにどのようにあらわされているか、つまり時間の言語的表現についてお話してみたいと思います。
 みなさんは、テンスやアスペクトという用語をきいたことはありませんか。この二つは時間に関する文法用語です。今回はこの二つの用語を通して時間とことばについて考えていきたいと思います。

「テンス(Tense)/アスペクト(Aspect)」を指し示すイクタン画像

1. テンス(Tense

1.1 テンスって?

 ズバリ、現在・過去・未来のことです。「今日・昨日・明日」を左から右へ一直線に並べると、「今日」の左に「昨日」が、右に「明日」がきますね。この直線(時間軸)の真ん中に「今」を置くと、「3日前」「5か月後」「10年前」「1000年後」「5分前」「2秒後」を左右に並べて、時間的な位置を示すことができます。つまり、真ん中を「現在」、左を「過去」、右を「未来」として、出来事がいつ起きたかを今との時間関係でとらえ、指示することができます。(このような性質を言語学では直示的deicticと言ったりします)。
 そして、その時間的な位置において行われた出来事を動詞の形でどのようにあらわすのかというのがテンスなのです。つまりテンスは動詞の形conjugationにあらわれます。現在・過去・未来とも動詞の形が変わらない言語(conjugationがない言語)はテンスがないと言ってもいいでしょう。現在・過去・未来という時間の感覚は普遍的であると前回述べましたが、形態論注1的なテンスはどの言語にもあるものではないということになります。
 たとえば、タイ語でจะ ไป ญี่ปุ่น [ja pai yiipun]といえばこれから日本に行く、ไป ญี่ปุ่น แล้ว [pai yiipun leew]といえばすでに日本に行ったことを意味しますが、動詞(行く)はどちらもไป [pai]で未来も過去(完了)もその形は変化しません。(จะ [ja]は英語のwillのような助動詞、แล้ว [leew]は副詞ですでに行われたことを意味します。)

1.2 スルとシタ

 日本語のテンスの例として出てくるのがスルシタです。「スルが現在でシタが過去、未来形はないが、スルは未来もあらわす」というとらえかたです。
 「映画を見た」というのは、確かに過去をあらわしています。しかし、「映画を見る」、「フォーを食べる」、「紅葉狩りをする」というのは現在と言ってもいいのでしょうか。

  • 今度の休みは映画を見るつもり/予定だ。
  • 今日のお昼にはフォーを食べるつもり/予定だ。
  • 今年こそ紅葉狩りをするつもり/予定だ。

これらの例文は未来のことをあらわしてはいないでしょうか。

  • 毎朝6時に起きます。

というのは習慣をあらわしますが、発話時現在(話している今)ではありませんよね。
 では、発話時現在はどのようにあらわすのでしょうか?

  • 今、調査しています/調査しているところです/調査中です。

のように言うしかありませんが、これはもうスル形ではありません。(テイルアスペクトのところで扱います。)このように見てくると、日本語の場合、スル/シタ現在(未来)/過去というテンスをあらわすというのは難しくなってきます。 テンスはもともと動詞に時間(現在・過去・未来)による変化がある言語―サンスクリット語、ギリシア語、ラテン語等―を分析するための概念なので、それが当てはまらない言語もあるのです。

2. アスペクト(Aspect

2.1 アスペクトって?

 言語学者Comrieによると、テンスは「発話時との外的時間関係をあらわし、直示的」であるのに対して、アスペクトは「出来事内部の時間的姿をあらわし、非直示的」であるということです。
 つまり、話している今から見ていつ出来事が起きたかをあらわすのがテンスだとすれば、アスペクトはその出来事の時間的な性質(時間的姿)をあらわしています。性質(時間的姿)というのは、その出来事が、ずっと続くのか(継続性)、終わったのか(完成性)、繰り返すのか(反復性)等の観点から時間をとらえたものです。
 たとえば日本語ではテイルアスペクト形式の一つと考えられていますが、本当にそうでしょうか。今述べた性質(時間的姿)に沿って例文を示します。

  • 昨日は一日中歩いていた。(継続性)
  • 答はとっくに見つかっている。(完成性)
  • 多くの人が感染症でなくなっている。(反復性)

 アスペクトもテンスと同様に、動詞の形にあらわれますが、日本語ではこれらの例文のように、同じテイルの形が異なる時間的性質(姿)を意味していてアスペクトがはっきりしていないことがわかります。つまり、アスペクトがはっきりしている言語もあれば日本語などのようにそうでない言語もあるということです。
 はっきりしている言語でも、テンスとアスペクトを厳密に分けることは難しいです。(例えば、フランス語動詞の過去には完了的な複合過去、継続的な半過去、過去を一点としてとらえる単純過去があって、テンスとアスペクトは区別されるというよりは一体化しているようです。)

 アスペクトは、以上述べたように、継続性・完成性・反復性などの時間的性質にかかわることですが、ことばの形(特に動詞)がどのように変化するかを考える時に重要なのは出来事が完了しているか、していないか(完了/未完了)ということです。完了について少し考えてみましょう。

2.2 完了

 中学校の時、英語の授業で現在完了形を習いましたが、最初はよくわかりませんでした。例えば次の二つの文:

  • I saw it yesterday. 「昨日見ました。」(過去)
  • I have already seen it. 「もう見ました。」(完了)

どちらも「見ました(見た)」なので、日本語の観点から見ていると過去と完了の違いがわかりませんでした。今は大人(?)になりましたので、ン十年前の自分に少し説明してあげることもできます。
 「見ました」(過去)は「昨日」という過去の一点を指示して、そこで起きた出来事として述べています。
 「見ました」(完了)は起きた出来事がすでに終わっている(完成/完結している)ことを現在の観点から述べています。
 テンス(過去)は時間軸上の過去に起きた出来事として、アスペクト(完了)は発話時点から見て出来事が完了していることを述べているということになります。これは、過去は過去に、完了は発話時点に参照点reference pointがあるとよく説明されます。
 さらに日本語には、

  • そのドラマなら見ているよ。
  • そのマラソンコースは走っているよ。

この二つのような言い方があって、完了を意味しています。
 アスペクトについてはまた次回改めて詳しく見ていきたいと思います。

3. 二つの時間のあらわし方-テンスとアスペクト

 今まで述べてきたことをまとめます。
 時間の言語的表現には二つのとらえ方-テンスアスペクト-が主に動詞の形にあらわれていることを見てきました。テンスやアスペクトがはっきりしている言語では、動詞の形とテンスやアスペクトはしっかり対応していて、テンスやアスペクトが同じであれば動詞の形も同じ、テンスやアスペクトが変わればそれに対応して動詞の形も変わるはずです。
 現在・過去・未来をとらえることができるのはユニバーサル(普遍的)なことですが、動詞の形が現在・過去・未来で変わらなければ、テンスという概念はあまり役に立たないかもしれません。
 日本語では現在過去は動詞の形の上で区別しているようですが(行く/行った)、現在未来は形で区別できません。つまり、日本語では、現在・過去・未来意味としては三つに分けられますが、形(テンス)の上ではそうではないということになります。
 アスペクト(がある言語)については、完了しているか、していないかがポイントです。完了という概念はユニバーサル(普遍的)かもしれませんが、動詞の形にあらわされているかどうかは言語によって異なります。


 時は流れると言いますが、時間は止めることも、もどることも、飛び進むこともできません。また、長さや広さのような空間のようにはっきりととらえることもできません。現実ではそうですが、ことばの世界では私たちは時を自由に行き来できますね。時間というものがことばの世界でどのようにとらえられているのかを考えるのもおもしろいと思いませんか。

考えよう

考えるイクタンの画像

  1. (1)「食べた」というのは過去の出来事をあらわしていると考えられますが、完了の意味にもなります。どんな文脈/場面でそうなるのでしょうか。
  2. (2)
    • そのドラマなら見ているよ。
    • そのドラマなら見たよ。
    二つとも完了を意味する文ですが、違いはどんなところにあるでしょうか。
  3. (3)
    • その話ならもう聞いています。
    • いま天気予報を聞いています。
    二つの文の「聞いています」はどんな時間をあらわしていますか。

読書案内

  1. (1)庵功雄、清水佳子(2003)『日本語文法演習 時間を表す表現―テンス・アスペクト―』スリーエーネットワーク
    テンスやアスペクトについて基本的なことがわかる演習中心のガイドです。
  2. (2)Comrie, B.(1976)Aspect-an Introduction to the Study of Verbal Aspect and Related Problems, Cambridge: Cambridge University Press
  3. (3)Comrie, B.(1985)Tense, Cambridge: Cambridge University Press
    テンスとアスペクトについての定義はこの2冊に書いてあります。古典的な入門書です。

注:

  1. 1.Morphology: 語を構成するしくみ、ことばの形についての研究です。

(生田 守/日本語国際センター専任講師)

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