日本語教育通信 日本語からことばを考えよう 第12回
- 日本語からことばを考えよう
- このコーナーでは、日本語に特徴的な要素をいくつか取り上げ、日本語を通してことばをとらえなおす視点を提供します。
【第12回】日本語の態(Voice)について考える(2) 自他動詞の形と意味
みなさん、こんにちは。
このコーナーでは、ことば―言語―というものはどんなものなのか、どうやってとらえたらいいのかを、日本語ということばを通じて考えていきたいと思います。
ドラマを見ていたら
―だいじょうばない!
と言うことばが聞こえてきました。最近使われ始めた表現のようですね(「だいじょうぶ」の意味の変化については第5回で述べました)。「だいじょうぶ(だ)」は、われわれの文法用語ではナ形容詞とか形容動詞と呼ばれるものですね。
―それ、好きくない。
という言い方が、昔、少しだけはやりました。ナ形容詞をイ形容詞に見立てて、活用させたのですね。
学習者の誤用としては、「かわいいじゃない」、「大きいじゃない」のように、イ形容詞をナ形容詞のように活用させてしまうものが多いですが、「好きくない」や「だいじょうばない」のような例は誤用とは違います。わざとやっていますよね。「だいじょうばない」は「だいじょうぶ」を「あそぶ(あそばない)」、「ころぶ(ころばない)」などのような第1グループ動詞(品詞が変わった!)に見立てて、その否定形を作り出したのですね。りっぱです!
このことば、すぐに消えれば「ことば遊び」ですが、ずっと続けば「新しい文法」となります。その場合、今までの「だいじょうぶじゃない」は消えるのでしょうか。または、「だいじょうぶじゃない」と「だいじょうばない」が両方残って、意味や使い方に違いが出てくるのでしょうか。未来のことは...わかりませんね。
さて、今回は前回に続いて自動詞と他動詞について、形と意味の双方から考えていきたいと思います。
1. 形から自他動詞を考える
1.1 自他の対応関係
まず、日本語の自動詞と他動詞は対となっていることが多いことはみなさんもご存じのことかと思います。たとえば『日本語基本文法辞典』(The Japan Times)を見てみると、以下のような例が載っています。
でる-だす、にげる-にがす [-eru:-asu]
あく-あける、たつ-たてる [-u:-eru]
やける-やく、うれる-うる [-eru:-u]
これらの対の関係、つまり対応関係のルールはローマ字の方を見るとよくわかりますね。この形のルールは10ぐらいあります。加えて、「みえる-みせる ~ おわる-おえる」などの対応関係もありますが、こちらのルールは例外的なもので、規則的ではありません。
以上は形態論的(morphological)な対応ですが、また別に「なる-する」のような語彙的(lexical)な対応もあります。
このように自動詞か他動詞かを見分けるには、形態論的には10以上のルールと、さらに規則的ではない例外があり、加えて語彙的な対応もあります。こうなると、「かんたんに見分けるルールはない」といった方がいいでしょう。
では、どうしたらいいのでしょうか?
以下のように、動詞だけではなく、文型で覚えるのがいいと思います。動詞と結びついている格助詞(ガ・ヲ・ニ)と一緒に覚える、目的語がないかどうかを確認する等々です。
1.2 自他動詞の定義
辞書で動詞をしらべると、自動詞・他動詞の区別が記されています。そして自他の区別は文法的にはっきりと定義されています。つまり、日本語の場合、
- 目的語にヲ格をとる動詞=[他動詞]
「を手伝う」、「を待つ」、「をうたがう」 - 目的語にヲ格以外の格をとる動詞=[自動詞]
「に/と会う」、「に答える」、「に勝つ」、「と結婚する」
と、明確に区別されています。この時に動詞の意味は関係ないですね。ところが、ドイツ語では、意味的に日本語に対応する動詞の自他が反対になっています。
以下の例を見てください。
- 目的語に4格(対格:ヲ格)をとる動詞=[Transitiv](他動詞)
treffen(会う), beantworten(答える), gewinnen(勝つ), heiraten(結婚する) - 目的語に4格以外の格をとる動詞=[Intransitiv](自動詞)
helfen(手伝う), [auf jn] warten(待つ), [an jn] zweifeln(うたがう)
それでは、日本語のような格助詞やドイツ語のような格変化のない言語のタイ語・中国語・ベトナム語などではどうでしょうか。
タイ語 เขา ไป เชียงใหม่ [khaw pai Chiang Mai]
中国語 他 去 高雄。
ベトナム語 em đi Hà nội.
上の例文はすべて、[彼 行く〈地名〉]となっています。
日本語では「行く」は自動詞ですが、下線の動詞は自動詞ですか、他動詞ですか。
これらの言語では、「動詞の直後に名詞が来るので他動詞だ」という解釈注も成り立ちますが、動詞が変化しないうえに、目的語の形も主語の形と変わらない(名詞が変化しない、格助詞がない)ので、自動詞・他動詞という分類そのものが無意味なのかもしれません。
このように、形式的に自他動詞を区別するとある意味すっきりしますが、まだちょっと違和感をおぼえませんか?意味がほぼ一緒なのに日本語の「手伝う」は他動詞で、ドイツ語のhelfenは自動詞なんて…。
考えよう 1
皆さんの母語あるいは知っている言語で日本語の「手伝う/助ける」に当たる動詞は何ですか。その動詞は自動詞のようですか、それとも他動詞のようですか。
2. 意味から自他動詞を考える
私たちが自動詞や他動詞をイメージするとき、実はその動詞の意味も考えています。前回も述べましたように、他動詞は動作主がいて、動作の影響を受ける目的語があるので、「だれかが何かをする」というイメージがありますよね。ここでは、自他動詞を意味の上から考えてみましょう。
他動性(Transitivity)ということ
他動詞には、とても他動詞らしい他動詞とそれほど他動詞っぽくないものがあるという分析をした人たちがいます(Hopper & Thompson 1980)。文法項の数、動作性、対象への影響など10のパラメーターに基づいて、他動詞らしさを測ろうとしました。それがつまり、他動性(Transitivity)という考え方です。
ここでは日本語の動詞での例を、『世界の言語と日本語』(角田1991)を参考にして、かんたんに考えてみたいと思います。
たとえば、「つぶす、つくる、まわす、愛する、さわる、感動する」という動詞がありますが、左はしの「つぶす」がもっとも他動詞らしくて、右へ行くほど他動詞らしさが低くなってきます。「さわる、感動する」は格助詞ニを取るので形式的には自動詞に分類されます。
「つぶす」は動作主と対象を表す語があって、動きをともない、対象に強い影響を与えます。動作は瞬間的に行われて完結します。「害虫をつぶす」とき、はでなアクションで、一瞬にして、害虫の命はなくなりますね。他動性の高い動詞は、出来事に劇的な変化をもたらします。
「つくる」も他動性は高いですね。何もないところからあるものを生み出すのですが、動作は(多くの場合)時間がかかります。「つぶす」にくらべると、少しアクションが地味ですね。
「まわす」は円周上の一点から別の一点に移動させることなので、さらに他動性は低くなります。
「愛する」は他動詞ですが、動作主がいますが動作はしないし、対象も目立った影響は受けませんね。両者とも内面的に何らかの変化を受けるかもしれないけれど、表面的にはわかりにくいですね。なので、他動性は低いです。
「さわる」、「感動する」はニ格の目的語(補語ということもあります)をとり、形式的には自動詞です。しかし、動作性や対象への影響などから考えても、また他の言語では他動詞である場合もあることから、意味の上からはそう簡単に自動詞だと言いきれないところがあります。いずれにしても、他動性に関してはとても低いと言えるでしょう。
このように他動性は「自動詞か、はたまた他動詞か」というような二つに一つ(二項対立)という分け方ではなく、動詞の意味的なところ(動作性、完結性、実在性等々)から考えて、他動性の高い動詞から低い動詞へというスケールを仮定します。そして、他動性の低い動詞のさらに低いところに自動詞がある、という考え方をします。つまり「意味(動詞が引き起こす出来事)」によって考えていくので、どの言語でも応用できるし、動詞の自他の違いが問題にならない言語(1.2で述べた例)でも動詞の他動性を語ることができますね。
考えよう 2
(1)「オッソブッコ(Osso Bucco)を作った。」、(2)「オッソブッコを食べた。」、(3)「オッソブッコを注文した。」 の3つの文で、「作る」「食べる」「注文する」という動詞と対象語(被動作主)である「オッソブッコ」の関係を考えてみましょう。そこから、動詞を他動性が高い順番で並べてみましょう。(今回は最後に答えを載せています。)
3. 態Voiceとは?
前回、態(Voice)とは「動詞の形と格の連動したパターン」だと言いました。格というのは名詞(項)と動詞(あるいは述部)の関係ですが、動詞が名詞を支配(コントロール)するパターンとも言えます。
「太郎が花子に花をおくった。」という文を例に説明しましょう。「おくった」という出来事において、「太郎」は動作主、「花子」は受け手、「花」は目的語として役割を果たしていますが、日本語ではそれを示すためにガ、ニ、ヲという格助詞を用います。格の示し方は言語によって違います(語順、名詞の変化、助詞等)が、格自体はユニバーサルなものです。
さて、「動詞の形と(その)格が連動したパターン」とは何でしょう?
前回の例文をもとに考えてみましょう。
- (1)体がととのう。(自動詞)
- (2)体をととのえる。(他動詞)
- (3)体を調整する。(他動詞)
- (4)体が調整される。(受け身)
- (5)体を調整させる。(使役)
自・他動詞、受動・能動、他動詞・使役などの対(ペア)は、名詞の後の格助詞(を/が)と動詞の形のセットによって決定されていますね。このような対(ペア)の表現は、事態は同じだけど、見方が異なる二つのパターン(日本語では格助詞と動詞の形の組み合わせ)で、このようなパターンを態というのです。
いかがでしたか。態の定義の謎(?)は解けましたか。
早いもので、今回が12回のシリーズの最終回になります。今まで読んでくださった読者の皆さんには心から感謝の気持ちを申し上げます。このシリーズを通して、日本語や言語について皆さんがますます興味を持ち、理解やとらえ方を深めていただけたら、とてもうれしいことです。このシリーズがおもしろいと思った方もつまらないと思った方もいらっしゃると思います。とらえ方は人それぞれです。同様に、わかり方もまた人それぞれではないでしょうか。ことばに対する自分なりのわかり方や考え方が発見できるといいですね。
さて、前回と今回は自動詞と他動詞を通して態について考えてみましたが、態については、使役や受け身などをめぐって、お話ししたいことがまだ少しあります。
続きは別のプラットフォーム(note.com)でお話ししようと思っておりますので、よろしかったら、イクタン(ことばを考える)を訪ねてみてください。お待ちしております。
それでは、お元気で!
謝辞:
本文中のドイツ語の例は、Karl-Franzens大学のKaori Sohar先生にご教示いただきました。ありがとうございました。
注:
たとえばタイ語の例で「彼はチェンマイからくる。」だと”khǎw maa càak Chiang Mài.”となりますが、動詞maaの後にcàakという前置詞が来るので、他動詞ではなく自動詞であるということです。
考えよう 2の答え:
対象である「オッソブッコ」がどのような変化をこうむったか(影響を受けたか)ということを中心に考えると、
- (1)「オッソブッコを作った。」では、料理する人が材料を変化させることによって、完成品(オッソブッコ)が出現します。
- (2)「オッソブッコを食べた。」では、対象(オッソブッコ)がなくなっていきますが、動作主の内部に取り込まれていきます(消えるのとは異なります)。
- (3)「オッソブッコを注文した。」では、対象(オッソブッコ)そのものには変化がありません。
「対象(被動作主)への影響」という点においては、(1)(2)(3)の順で他動性が高いといえるでしょう。
参考文献:
- Hopper, Paul J. & Thompson, Sandra A. (1980): Transitivity in grammar and discourse. Language, 56.
- 角田太作(1991)『世界の言語と日本語』くろしお出版, 75-81.