日本語教育レポート 第51回
- 日本語教育レポート
- このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。
【第51回】日本語パートナーズが育んだ世界との10年の絆
-グローバルシチズン育成につながるプログラム-
2024年11月
国際交流基金日本語国際センター日本語教育専門員 羽吹幸
カナダ・アルバータ州教育省 日本語上級専門家 中込達哉
1. 日本語パートナーズ派遣事業とは
国際交流基金(以下、JF)は2014年度から、アジアの中学校・高校などに現地の日本語教師や生徒たちのパートナーとして、「日本語パートナーズ」(以下、NP)と呼ばれる日本人を派遣する事業を実施しています。日本語授業のアシスタントやサポートを行なったり、日本文化の紹介を通じて派遣先の生徒や地域の人たちと交流をすることで、日本語教育や国際交流に寄与するのが目的です。また、NPは日本のことを伝えるだけでなく、現地の言葉・文化・社会についても積極的に学び、その体験を発信することも期待されています。NPとして活動される方は、応募にあたって日本語教育に関する専門的な知識や教授経験は必要なく、幅広い世代や経歴の方々に開かれた派遣事業です。
NP派遣事業は、2013年12月に東京で開催された日・ASEAN特別首脳会議において日本政府が表明した、新たなアジア文化交流政策「文化のWA(和・環・輪)プロジェクト~知り合うアジア~」(以下、文化のWAプロジェクト)に基づいて開始した国際文化交流事業の取り組みの一環です。文化のWAプロジェクトは、日本語学習支援事業と芸術文化の双方向交流事業を二本柱としていましたが、そのうちNP派遣事業は「日本語学習支援の強化」を担う事業として、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までに3000人以上のNPを派遣することを目標としました。2020年度と2021年度は、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行によって早期帰国や渡航延期、派遣自体の中止に見舞われましたが、2023年度末までに3,158名注1を派遣しました。
2014年度~2023年度までの派遣実績
各国教育省やNPの各派遣校から好評価を得られたNP派遣事業は、2023年12月の日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議において発表された「次世代共創パートナーシップ-文化のWA2.0-」(以下、文化のWA2.0)により、今後10年間継続することが決まりました。文化のWA2.0では「双方向の知的・文化交流事業」と「日本語パートナーズ事業」を二つの柱として、日本とASEANの未来を創る人材を育成していく取り組みを実施していく予定ですが、引き続き日本語教育の現場において双方向の人的交流を担うのがNPとなります。
これまで報告者は、NPの教務担当として、募集から始まり、派遣前研修、派遣中、帰国後も多くのNPの方々と関わってきました。文化のWAプロジェクトによる10年が経過して、現在3,000名を超えるNP経験者の方々が、国内外問わずさまざまな分野で活躍しています。本レポートでは、NPとして大切な資質と派遣前研修から始まるつながりを重視した学びについてご紹介し、グローバルシチズンとして活躍するNPの今について報告します。
2. NPとして大切なこと
ここでは、現地で7~10か月間活動する長期派遣を例に派遣の流れについて説明しつつ、私たちがNPにとって大切と考えていることについて紹介します。
2.1 NPとして活躍が期待される人とは?
NPの一般募集選考は年に3回行われています。提出書類に基づく第1次選考(書類選考)とオンラインでの第2次選考(面接選考)を経て、結果が通知されます。NPの主な応募要件注2は次のとおりです。
- 満20歳から満69歳の日本国籍を有する方(対象年齢が最も幅広い場合)
- 日常英会話ができる方
- 4週間の派遣前研修に全日程参加できる方
また、次のような点も、NPとして活動する上で非常に大事な条件になります。
- 本事業の趣旨および派遣制度を理解し、アジアの架け橋となる志をもっている方
- 現地の一般的な水準の生活環境(住居、暮らしぶりなど)に対応できる方
募集選考では、これらの要件を満たした方であるかどうかを確認します。NPは日本語教育に関する知識や経験は不要ですが、公的派遣である以上、ただ海外で暮らしてみたい、アジアの人々と交流したいという気持ちだけでNPを目指す方は、残念ながら不十分です。公的な活動であるという自覚と責任、派遣国から学ぼうとする謙虚な姿勢、置かれた未知の環境で柔軟に考え実行できるバイタリティ、受け入れてくれた現地の人々に対する感謝の気持ち、NPの経験を派遣終了後に活かす方向性や道筋などをもった方々が、NPとしてぜひ活躍していただきたい人材です。
2.2 「つながる」ための派遣前研修
NPの選考に受かって内定を受諾した方は、JFによって指定される研修機関(JF関西国際センター(大阪府泉南郡)、JF日本語国際センター(埼玉県さいたま市)、立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)のいずれか)で4週間、合宿形式の派遣前研修を受けることが派遣の必須条件です。この研修の全日程を修了してJFと「派遣の合意書」を締結された方が、晴れてNPとして派遣されることになります。
派遣前研修で、全体の半分近くの時間を使って学ぶのは現地語です。2.1で挙げた応募要件には「日常英会話ができる」ことが含まれていますが、一部の英語を公用語とする国を除いて、NPの派遣される国や派遣校のある地域では英語が通じないことがほとんどです。また、毎日を過ごす派遣校で日本語が通じるのはカウンターパートと呼ばれる日本語の先生だけであることが当たり前ですので、それ以外の先生方や地域の人たちと円滑にコミュニケーションを取り関係を築いていくためには、必要最低限の現地語を身につけてから渡航することが必須となります。
現地語学習の様子(マレーシアNP)
語学発表会の様子(タイNP)
派遣前研修のプログラムは、次の3つを目的としています。
- 1.事業の趣旨を理解し、日本語パートナーズとしての心構えを身につける
- 2.派遣先で安全に生活するための安全管理、健康管理の知識と技術を身につける
- 3.日本語パートナーズとしての活動に必要な知識と技術を身につける
目的1、2については、JF職員をはじめ、海外事情に詳しい大学教授や医師といった各分野の専門家が講義を担当します。目的3のための講義は、JFの日本語教育専門員に加え、NPを派遣先国で受け入れるJF海外拠点の職員や派遣専門家も担当し、NPに必要な実践的な知識と技術習得のため、次の各Partの目的に沿った講義と実践練習が行われます。
- Part1:NPの役割と活動、派遣国の日本語教育事情を知る
- Part2:TT(ティームティーチング)について理解し、TTの模擬実習体験をする
- Part3:日本事情・日本文化を紹介する
派遣前研修ではこういった大枠のプログラムをこなしつつ、私たち教務担当が特に重視しているのが、NP同士の「つながり作り」と自身の人生にNP活動をどのように位置づけるかの「自分作り」です。
2.1でご紹介したとおり、NPは性別・出身地・今までの経歴等々を問わず、幅広い年代の方に開かれた派遣事業です。研修施設で出会うNP同士は、NPに応募しなければ知り合う可能性はほとんどなかった人たちです。そんなNP候補生たちが、NPという同じミッションに向かって現地語学習やTT体験、文化紹介に取り組む中で、お互いを頼りにして助け合う関係性を築いていくことは、現地の人たちとのより良い関係づくりのリハーサルでもあり、現地でより良く活躍するための仲間作りでもあると考えています。そのつながり作りの一助として、研修期間中には「自主企画」の時間を複数回設定しています。この時間は、NP候補生が自主的にテーマを持ち合って、現地で活用できる知識や実践できそうな文化紹介のアイデアについて、お互いに教え合い学び合うものです。現地で実践できるアイデアを増やすという実利的な目的だけでなく、世代を超えてNP同士が学び合う気運作りと団結力を深めることに一役買っていると考えています。
自主企画「はにわ作り」
自主企画「つまみ細工」
自主企画「書道&水墨画」
もう一つの「自分作り」は、自分の強みやできることを客観的に捉えなおし、NPとしての役割を踏まえて何ができるのか、したいのか、自分自身を分析的に再認識してもらうものです。その上で、派遣先のニーズに合わせて、現地との協働の中で自分がすべきことを考える準備でもあります。そのための時間として、「マインドマップ」の作成を通して自分自身について見つめなおし、作成したマインドマップを活用して文化紹介のグループワークなどに取り組みます。
このように研修全体をトライ&エラーの場として、一人ひとりが「自分作り」をし、そして同期のチームでの「つながり作り」によって、現地での想定外に前向きに立ち向かう心構えを形成します。「自分では気づかなかった自分の良さや強みを同期に教えてもらった」、「一人では不安だったが、同期の人たちに頼っていいことがわかって安心した」という声もよく聞かれます。研修でつながったNPは、今後は派遣国の人々とのつながりを築くべく、それぞれの派遣校へと飛び立っていきます。(現地での活躍については、NPサイトの「パートナーズの声」をご覧ください。)
3. 日本語パートナーズ経験者のその後の活躍
このような準備を経て渡航し、現地での充実した活動を基に、NPは派遣終了後も教育や多文化共生などさまざまな分野で活躍しています。
元々日本語教育を専攻していた大学生の中には、さらなる研鑽を目指して大学院に進学する人もいます。日本語教育に関わっていなかった方も、NPを経験したことで日本語教育に興味を持ち、帰国後に改めて日本語教員養成講座を受講したり日本語教育能力検定試験に挑戦したりする方もいます。地域の日本語教室や日本語学校、オンラインでのフリーランス教師など、日本語の支援者として活躍する場は多岐にわたります。また、外国人として海外で暮らした経験から日本国内の多文化共生支援に興味を持ち、生活・就労者や外国ルーツの子どもたちの支援に関わったり、地域の多文化共生コーディネータとして在住外国人と日本人との居場所づくりに取り組む方もいます。社会人としてNGOやNPO、一般企業の海外事業関連の部署に勤める方もいますし、JF職員になった方も複数名います。NPには現職の学校教員で参加される方も多いですが、勤務校に戻ってから自身の経験を生の海外体験談として日本の生徒たちに伝えたり、派遣校と勤務校の生徒たちの交流を継続的に行っていたりする方もいます。
図1 NP経験者の進路の例(日本国内)
日本国内での活躍だけでなく、再び海外を目指す方もいます。日本語教育の分野では、JFや国際協力機構(JICA)による公的派遣に再び挑戦して、JFの専門家や指導助手、米国若手日本語教員(J-LEAP)、EPA日本語講師、JICA海外協力隊として、海外の日本語教育現場でさらなる経験を積む方もいます。最近は現地雇用も増えつつあり、派遣国や第三国の送り出し機関、中等・高等教育機関、日本語学校などに就職して日本語教師として働く方もいます。現地語のレベルアップのため派遣国に戻って語学留学をしたり、現地の大学で日本語教育の学位を目指す方もいます。語学力を活かして、現地の企業や日系企業に就職したり、駐在員として再び派遣国に赴任する方、NP赴任地とは異なる国の日本大使館に専門調査員として勤務している方もいます。
図2 NP経験者の進路の例(海外)
こうやって見てみると、NPをきっかけに日本語教育に興味を持って、日本語の指導や支援に携わるようになるNP経験者は多い印象です。しかし、NP派遣事業はさまざまな経歴の人に開かれたプログラムであるため、日本語教育の分野にこだわることなく、NPになるまでの経歴とNP経験で得られたものをうまく融合させて、日本・海外を問わずさまざまな分野で活躍していただきたいと私たちは願っています。
4. 今後のNP派遣事業の展望
NP派遣事業によって国境を超えたつながりが生まれ、持続、拡大していることを、本稿を執筆しながら改めて感じています。それは、一人一人のNPの方々がそれぞれの派遣国で、派遣校だけでなく地域の人々とも積極的に密に触れ合い、JFのミッションである「日本の友人をふやし、世界との絆をはぐくむ。」を実践してくださったからこその成果です。
文化のWA2.0によりさらなる10年の継続が決定したNP派遣事業は、今後、各国の派遣人数を増やし派遣国も拡大していく予定です。2025年度からは、新たにインドへの長期派遣が始まることが決定しました。また、地方公共団体と連携して日本国内の多文化共生社会の実現に向けた取り組みにも寄与すべく、NP経験者のフォローアップ事業にもより一層力を入れて実施していく予定です。
NP派遣事業にこれまで参加してくださったNPの方々や、これから参加してくださるNPの方々と、共に育む未来が楽しみです。
注:
- 1.3,158名には、日本語パートナーズ短期派遣、大学連携日本語パートナーズ、ふれあいパートナーズを含みます。3,158名のうち、文化のWAプロジェクトのアジア文化交流強化事業費充当分による派遣人数は3,035名になります。
- 2.NPの応募要件は、派遣国によって年齢や学歴、求められる英語力などの要件が異なります。
NP派遣事業についてもっと知りたい方は、こちらのホームページをご参照ください。