日本語教育通信 日本語・日本語教育を研究する 第41回

日本語・日本語教育を研究する
このコーナーでは、これから研究を目指す海外の日本語の先生方のために、日本語学・日本語教育の研究について情報をおとどけしています。

大阪大学大学院文学研究科教授  金水 敏

「役割語」とは何か

1.クイズ2題

 突然ですが、クイズを2つ出します。まず、次の文を見てください。

  1. a. おお、そうじゃ、わしが知っておるんじゃ
  2. b. あら、そうよ、わたくしが知っておりますわ。
  3. c. うん、そうだよ、ぼくが知ってるよ
  4. d. んだ、んだ、おら知ってるだ。
  5. e. そやそや、わしが知ってまっせー
  6. f. うむ、さよう、せっしゃが存じておりまする。

 同じ内容を伝えようとしているのですが、日本語にはこんなにいろいろな言い方があるのだということにまず気づかされます。では、それぞれの文を話している話者はどんな人か、次のリストから選んでください。

 1 関西人  2 老人  3 男の子  4 武士  5 田舎の人  6 お嬢様

 第2問です。下の絵を見てください。

老人(男性)のイラスト 若い女性のイラスト1 若い男性のイラスト 若い女性のイラスト2 少年のイラスト
a b c d e

 a~eの人物が話すとしたら、次のどの文でしょう。これも、内容はどれも同じです。

  1. 1.おれは、この町が大好きだぜ。
  2. 2.あたしは、この町が大好きなのよ。
  3. 3.わしは、この町が大好きなんじゃ。
  4. 4.ぼくは、この町が大好きさ。
  5. 5.わたくしは、この町が大好きですわ。

 クイズは以上です。答えはこの記事の最後を見てください。

2.役割語とはなにか

 上のクイズを通して考えたかったことは、ある話し方と、それを話す人の人物像とが、深く関係しているのではないか、ということです。話し方には、自分のことを「おれ」というか「ぼく」というか「あたし」というかといった語彙の選択、「知ってる」というか「知っとる」というかといった文法形式の問題、声の出し方やテンポなど、音声についての特徴が含まれます。
 人物像は、話者の性別、世代、職業・社会的役割の種類、話された時代のちがい、その他いろいろな人に関する類型のことを指します。時には宇宙人や犬・猫(「ちがうワン」「そうだニャー」など)のように、人間以外の話者も含まれます。キャラクターということばで表されることもあります。
 ある話し方を聞くと、それを話している人の人物像が頭に思い浮かべられるとき、あるいは、ある人物像を示されると、その人が話しそうな話し方が思い浮かべられるとき、その話し方のことを「役割語」と呼ぶことにします。
 役割語の大事な特徴として、「現実の世界では使われていないかもしれない話し方も含まれている」という点があげられます。たとえば、首都圏に住む老人はまず「わしは知っておるんじゃ」のような〈老人語〉を話しません。先に挙げた、宇宙人や動物の話し方も、むろん現実の世界には存在しないものです。

3.役割語はなぜできる

 人は、家族や友人など、親しい人のことは普段からよく観察して、その人ごとの性格に細かく気づくことができますが、あまり親しくない人、会ってもその場かぎりですぐ別れるような人は、その人の性別、年齢、仕事の種類、見た目などによって「この人はこんな人に違いない」と決めてかかることが多いと思います。このように、人物像によって性格や能力などを決めてかかるような思いこみを、「ステレオタイプ」といいます。ステレオタイプを作り出す機能は、人間の心にもともと備わっている傾向と言えます。役割語は、ことばの上でのステレオタイプと考えることができます。つまり現実の話し方をじっくり観察するのでなく、「この人ならきっとこんなふうに話すだろう」とあらかじめ決めてかかっているわけです。
 役割語には、でき上がってから長い間変わっていないものもありますが、時代につれて少しずつ変わっていくものもあります。たとえば〈老人語〉ができ上がったのは250年以上も前の江戸時代であることがわかっています。一方で、若い女性の話し方の表現などは、100年前と今とでかなり変わっている面があります。このことについては、あとでやや詳しく述べます。

4.役割語は何の役に立つか

 役割語が力を発揮するのは、絵本、マンガ、アニメ、映画、昔話、小説などの“フィクション”(作り話)の世界です。というのは、すでに共通理解が進んでいる役割語を使うことによって、話者の人物像を瞬間的に読んでいる(見ている)人にわからせることができるからです。例えば、次のような例を見てください。ある小説から、台詞の部分だけを取り出してみました。どんな人がしゃべっているのか、わかりますか。

A「彼女かもね」
B「どっちでもさ」「そしたら、僕たちのやることが一つ少なくなる!」
A「そうね。でも、いずれにしても本物のロケットの行方は追わなくちゃならないわ。そうでしょう?」「ちゃんと破壊されているかどうかを、確かめるのよ」
B「それで、分霊箱を手に入れたら、いったいどうやって破壊するのかなぁ?」
A「あのね」「私、そのことをずっと調べていたの」
C「どうやるの?」「図書室には分霊箱に関する本なんてない、と思ってたけど?」

 この例では、Aが女性、Bが男性であることは明らかですね。Cはやや曖昧ですが、Aにくらべたら女性性は薄く感じられます。実はこれは、『ハリー・ポッター』の一節で、Aがハーマイオニー(女)、Bがロン(男)、Cがハリー(男)です* (J. K. ローリング(著)・松岡佑子(訳)『ハリー・ポッターと死の秘宝』上巻、静山社、2008、146頁)。このように、役割語は台詞の話し手の違いをくっきりと示してくれます。参考のために、英語の原文も挙げておきます。日本語に比べると、話し手の手がかりはかなり薄いことがわかりますね(英語にも役割語と呼べるものは存在しますが、このような文脈ではあまり発揮されていません)。

‘Or she,’ interposed Hermione.
‘Whichever,’ said Ron, ‘it’d be one less for us to do!’
‘Yes, but we’re still going to have to try and trace the real Rocket, aren’t we?’ said Hermione. ‘To find out whether or not it’s destroyed.’
‘And one we get hold of it, how do you destroy a Horcrux?’ asked Ron.
‘Well,’ said Hermione, ‘I’ve been researching that.’
‘How?’ asked Harry. ‘I didn’t think there were any books on Horcruxes in the library?’
(J. K. Rowling Harry Potter and the Deathly Hallows, Bloomsbury Publishing, London, 2007, p. 88)

5.男ことば・女ことば

 『ハリー・ポッター』でも活用されていた、〈男ことば〉〈女ことば〉について、少し詳しく触れたいと思います。ここでは広く、「男っぽく聞こえる話し方」「女っぽく聞こえる話し方」という見方でまず言葉遣いを整理します。男も女も、「わたしは~です」のように丁寧体で話す時は、あまり違いが出ません。普通体で話す時の話し方で違いが出やすいようです。まず、一人称の表現を見てみましょう。

  • 男:ぼく、おれ、(自分)
  • 女:わたし、あたし

 次に、“断定”の表現。

  • 男:今日は雨だ/今日は雨だよ/今日は雨だね
  • 女:今日は雨/今日は雨よ/今日は雨ね

 これらの例では、〈男ことば〉から「だ」を消すと、〈女ことば〉になっていることがわかります。
 次に、“終助詞”の例です。

  • 男:行くぜ/行くぞ
  • 女:行くわ(行くわね、行くわよ)/今日は雨だわ

 〈女ことば〉の「わ」は、「だ」に付けることもできます。「わ」をつけると、「だ」を消さなくても女っぽく聞こえます(ただし、この「わ」は音調が最後に少し上がる「わ」です)。
 次に、感動詞の例です。

  • 男:おい/こら
  • 女:あら/まあ

 相手に強く働きかける「おい」「こら」は男専用、おどろいたときのことば「あら」「まあ」は女専用に聞こえます。役割語の〈男ことば〉〈女ことば〉には、攻撃的な男性、受け身的な女性という対比が感じられます。
 次に、命令の形。

  • 男:行け/行くな
  • 女:行って/行かないで

 直接的な命令形「行け」「行くな」のような形が男っぽいのに対し、「行って」「行かないで」のように“お願い”するような調子は女っぽく聞こえます。その他、「行ってちょうだい」「行ってくださる?」のようなやさしい言い方は女専用と捉えやすいでしょう。
 その他にも、例えば「降るかしら」のような疑問の言い方「ほほほ」という笑い声は女性的であるとか、いくつかの特徴が男女の言葉遣いの違いとして指し示せます。「めし」「くそ」「食いてえ」などの卑語を用いるか用いないか、ということも性差に含められるでしょう。
 ところで、これらの男女の話し方の違いは、明治時代の東京ででき上がりました。いまでもこのような使い分けはフィクションの作品のなかにたくさん見つけ出すことができます。特に、外国語の作品を翻訳したり、日本語に吹き替えたりするときには、これらのちがいを強調する傾向があります。
 しかし、現代の現実の男女の話し方を観察すると、かならずしもこのような違いは見つからないことが多いのです。地方の方言ではもちろんですが、東京や東京の近くの地域でもそうです。現実には、性差による話し方の違いはたいへん縮まっていると言ってもいいと思います。それにつれて、マンガやアニメなどでは、〈男ことば〉に相当する言葉遣いをする女性キャラクター(特に若い女性)も増えているようです。

6.最後に

 ここに述べた以外にも、「役割語」にはさまざまな種類や特徴があります。また、本来の役割語の使用法をわざとずらして(つまり、キャラクターにわざと違う役割語を使わせて)そのキャラクターを目立つようにする、というテクニックもマンガやアニメなどで見られるようです。
 役割語は様々な分野の研究にまたがる対象で、領域横断的な研究が進められつつあります。また日本語教育でも重要な課題として認められるようになりました。さらに、役割語の違いを作り出す言語的な要素、あるいは役割語によって描き分けられる人物像は、各外国語や地域によって随分違うために、対照研究の必要性も認識されるようになりました。役割語の対照研究は、高度な翻訳にとっても大変重要であると言えるでしょう。今後も多くの教育・研究に携わる皆様が、役割語に関心をもち、その研究に参画されることを強く願っています。

役割語に関する参考文献

  • 金水 敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店
  • 金水 敏(編)(2007)『役割語研究の地平』くろしお出版
  • 金水 敏(編)(2011)『役割語研究の展開』くろしお出版

※下記サイトに、役割語関連の情報を随時アップしています。

(第1問の答え:a-2 b-6 c-3 d-5 e-1 f-4)
(第2問の答え:a-3 b-2 c-1 d-5 e-4)

* 当初掲載時に文中に誤りがありました。「4.役割語は何の役に立つか」の第2段落2行目「…実はこれは、『ハリー・ポッター』の一節で、Aがロン(男)、Bがハーマイオニー(女)、…」となっていましたが、正しくは、Aがハーマイオニー(女)、Bがロン(男)でしたので、訂正いたしました。読者の皆様に謹んでお詫びを申し上げます。申し訳ありませんでした。

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