日本語教育通信 日本語・日本語教育を研究する 第46回

日本語・日本語教育を研究する
このコーナーでは、これから研究を目指す海外の日本語の先生方のために、日本語学・日本語教育の研究についての情報をおとどけしています。

昭和女子大学大学院 文学研究科 教授 横山紀子

入門期の日本語教科書:SLA理論からの検討(2)

1.はじめに

 本稿では、前回に引き続き、第二言語習得(Second Language Acquisition 以下、SLA)研究の言語習得メカニズムに関する理論*1を取り上げて概説し、入門期の日本語教科書におけるSLA理論に基づいた学習設計の例を考察していく。なお、前回同様、言及する教科書については、その執筆者がSLA理論を意識して設計をしたかどうかに関わりなく、教科書の構成やタスクにSLA理論が提唱する設計が読み取れるものを取り上げる。
 前回は、第二言語習得の源泉はインプットを理解することであると主張する「インプット仮説」、目標言語でのインターアクション中に生じる意味交渉が習得に貢献すると主張する「インターアクション仮説」の2つの仮説を扱った。今回は、「アウトプット仮説」「気づき仮説」を取り上げる。

2.「アウトプット仮説」

 「アウトプット仮説」(Swain 1995)は、「インプット仮説」が主張した「理解可能なインプット」は習得にとって必要だが十分ではないとし、アウトプットにも習得に貢献する役割があると主張する。話す(あるいは書く)活動では、自分が持つ言語のレパートリーからしか産出できないことから、アウトプットの機会は学習者に自分の言語知識の限界を認識させるものであり、それが習得に不可欠だというのがこの仮説の考え方である。
 アウトプットについては、たくさん話したり書いたりすることで言語が流暢に使えるようになるということが一般的に認識されているが、この仮説では、流暢さよりもむしろ正確さに貢献するアウトプットの機能に注目する。具体的には、次の3つの機能をあげている。

  1. a.気づきの機能:学習者はアウトプットの機会に、自分の言いたいことと言えることの間にあるギャップに気づき、そのことが新しい言語知識を得たり、既に得ていた言語知識を強化するきっかけになる。
  2. b.仮説検証の機能:アウトプットは、学習者が自らの中間言語*2の仮説を検証する機会である。
  3. c.メタ言語の機能:アウトプットの際には言語形式に関する意識的な内省が生じ、それが習得につながる。

 学習者の中にはアウトプット活動が好きな学習者と苦手な学習者がいる。アウトプットが好きな理由としては、自分のことばが相手に通じる喜びがあるであろう。一方、苦手な理由としては「言いたいことがうまく表現できない」懸念や「間違っていたらどうしよう」という不安などが考えられる。「アウトプット仮説」はこうした懸念や不安にこそ習得の鍵があるとする。第二言語でアウトプットをする際には「こういうことはどんな表現で言えばいいのだろうか」という疑問がしばしば生じるが、この仮説はその疑問こそが「自分の言いたいことと言えることの間にあるギャップ」に気づく機能だとしているのである(上記a.)。また、そうした疑問を持ちつつもアウトプットをすれば、それが相手に受け入れられるかどうかによって「学習者が自らの中間言語の仮説を検証する機会」となる(上記b.)。さらに、学習者が自分のアウトプットの正誤に注目し、「言語形式に関する意識的な内省」が生じることを「メタ言語の機能」と呼んでいる(上記c.)。
 上記a.b.c.のような機能は、どんなアウトプットにも生じる可能性があるが、場面を設定して特定の役割を演じるロールプレイなどの活動では、学習者の「気づき」(上記a.)や「仮説検証」(上記b.)を意識的・積極的に誘うことが可能である。次に示す【例1】は、2011年に出版された『できる日本語 初級』(嶋田和子監修/アルク)第4課の一部である。

【例1】

『できる日本語 初級』(嶋田和子監修/アルク)p68-69

 この教科書では、どの課でも、まず扉ページでその課のテーマ(第4課の場合は「私の国・町」)について動機づけをした後すぐ、【例1】に示す「チャレンジ」というロールプレイに準じる発話タスクがあり、学習者はイラストで示されるやりとりに挑戦する。「〇〇さんの国/町は?」「アユタヤはタイのどこ?」「東京からアユタヤまでどのくらいかかる?」・・・といった内容のやりとりがイラストで示されるが、この段階では「〇〇から〇〇までどのくらいですか」「飛行機/バスで〇時間くらいです」という文型はまだ導入されておらず、学習者はうまく言えないであろう。しかし、この時学習者の頭の中には「これは日本語でどう言えばいいのだろう」という「自分の言いたいことと言えることの間にあるギャップへの気づき」が生じているはずである。この「チャレンジ」の発話の後にモデル会話をCDで聞いたり、文型・表現の説明を受けたり練習をしたりすることになっており、そこでは「from Tokyo to Ayutayaは?」「How long does it takeは?」という疑問に対する解答が得られる。つまり「チャレンジ」で用いた言語形式への修正や確認という「仮説検証」が行われることになる。
 ロールプレイは多くの教科書が導入している練習活動だが、従来は新出表現を導入・練習した後にロールプレイをさせる方法が一般的であった。それに対し、上で見たように、まずロールプレイをやらせ、新出表現は後から導入するという方式は、山内(2000)が「タスク先行型」と呼んでロールカード集や指導のポイントとともに紹介している。山内(2000)が中級から上級の学習者を対象にしていることから推察されるように、持てる言語表現がわずかしかない初級学習者には、この方式は難しく感じられるかもしれない。多くの初級教科書でロールプレイ活動が文型・表現を導入・練習した後の「仕上げ」的な位置づけで使われるのは、そのような理由からであろう。ただ、「仕上げ」的な位置づけで行われるロールプレイ活動であっても、以下に述べるような方法で「アウトプット仮説」の原則を活かすことは可能である。「仕上げ」のタイミングでロールプレイをした場合、学習者は指導されたばかりの文型・表現を必ずしもうまく使いこなせるわけではなく、ロールプレイに際して「これはどう言えばいいんだっけ?」という疑問、つまり「気づき」が生じる。この疑問を「仮説検証」につなげるためには、モデル会話に当たる音声をロールプレイ後に改めて聞いたり読んだりするとよい。次の【例2】で具体的に見ていきたい。

【例2】

  • 『つなぐにほんご 初級2』(ヒューマンアカデミー日本語学校/アスク出版)p17
  • 『つなぐにほんご 初級2』(ヒューマンアカデミー日本語学校/アスク出版)p21

 【例2】は、2017年に出版された『つなぐにほんご 初級2』(ヒューマンアカデミー日本語学校/アスク出版)第16課の一部で、左側は課の冒頭で学ぶべき会話がイラストとともに導入される「場面会話」、右側は「場面会話」に続いて文型練習が行われた後に行われる「はなしましょう」という活動のページである。左側の「場面会話」ではイラストで場面を理解しながら音声で会話を聞き、必要に応じて文字でも確認する(会話のセリフが赤字で示され赤シートで隠すことができるようになっている)。この課の場合は敬語表現や「もし~たら~」という仮定表現を導入・練習した後、右側の「はなしましょう」で「場面会話」と類似した会話をアウトプットするようになっている。「はなしましょう」にイラストで示される会話のモデルはCDに収録されているので、学習者は自分の発話後にこのモデル音声を聞くことで「仮説検証」ができる。

 アウトプットにおいて生じる上述の3つの機能に正に焦点を当てたと言える活動として、「ディクトグロス」(Wajnrub 1990)がある。「ディクトグロス」はディクテーションから派生した造語で、次のような手順で行う活動である。

  1. (1)教師は焦点を当てたい文法項目を含んだ一段落程度のテキストを用意し、そのテキストを普通のスピードで2回程度読み上げる。
  2. (2)テキストが読まれている間、学習者はメモをとる。
  3. (3)学習者はとったメモや記憶をもとに、ペアでテキストを文字で再生する。
  4. (4)最後に教師がもう一度テキストを読み上げ(あるいはテキストを文字で提示し)、学習者は自分たちが再生したテキストと元のテキストを比較する。

従来のディクテーションとは違って、普通のスピードで読み上げられるため、メモは断片的にしかとれず、学習者は理解した内容を自分の力で再構築することになる。この活動では、(3)のテキスト再生時に上記a.「気づき」が生じるとともに、テキスト再生をペアで行うことでc.「メタ言語の機能」が働くと考えられる。さらに、(4)では、元のテキストと比較することで自らが産出した言語形式についてb.「仮説検証の機能」が働く。
 教科書に「ディクトグロス」を活動として記載しているものは目にしたことがないが、「ディクトグロス」はどんなテキストでもでき、その実践報告や実証研究もある(王2010、堀2017等)。

3.「気づき仮説」

 「気づき仮説」(Schmidt 1990)は、インプット中の言語項目が習得に結びつくためには、インプットの内容を理解するだけでなく、その言語形式に注意が払われる必要があるとするものである。
 「気づき」は学習者の内面で生じる認知活動であるため、これを保証するような学習設計は難しいが、「気づき」を積極的に誘い、「仮説検証」の機会を作ることは可能である。【例3】は、2007年に出版された『ジェイ・ブリッジ for Beginners Vol.1』(小山悟/凡人社)第14課の一部である。この課は「将来の夢」がテーマで、登場人物の子供の時の夢と今の夢を比較しながら語る音声が主要なインプットになっている。【例3】は、登場人物の夢について発話や聴解をした後の活動で、音声を聞いて空欄を埋める形式である。

【例3】『ジェイ・ブリッジ for Beginners Vol.1』第14課(p.137)から

山川:
子どものとき、私の夢は絵本の作家に①     でした。
本を②     が好き③     
絵を④     も好きでしたから。でも、・・・・。(後略)

 【例3】の空欄を埋めると、「子どものとき、私の夢は絵本の作家になることでした。本を読むのが好きでしたし、絵をかくのも好きでしたから。」となり、下線部は学習者が手を動かして書くことになる。ここで、多くの学習者は、「作家になる」のような動詞を「でした」に結びつく名詞句にするには「作家になること」のように「こと」をつける必要に気づくであろう。さらには、「夢は・・・作家になることでした」に対して、「本を読むが好きでした」では「こと」ではなく「の」が使われていることにも気づくであろう。なぜ、どんな時に「こと」が使われるのか、「こと」と「の」をどう使い分けるのかについて、まずは学習者自身がこの新しい言語形式に気づき、「もしかして・・・・ではないか」という仮説を立てることは、始めから説明を与えられるよりも習得促進効果が期待できると考えられる。

 【例4】は、2010年に出版された『基础日语综合教程1』 (曹大峰[総編], 林洪[編]/高等教育出版社)第8課の一部である。ここでは、留学生の作文と添削後の作文を学習者に比較させる活動が設計されている。たとえば、【元の原稿】では「みなさんは富士山に登りましたか。」となっているところが【添削した原稿】では「みなさんは富士山に登ったことがありますか。」となっていて、この課で導入される「~たことがあります」という言語形式に気づかせ、その意味を文脈の中で考えさせるようになっている。

【例4】

『基础日语综合教程1』(曹大峰[総編], 林洪[編]/高等教育出版社)p141

『基础日语综合教程1』(曹大峰[総編], 林洪[編]/高等教育出版社)p140

4.さいごに

 さいごに、改めて前回と今回で概説した4つの仮説をふりかえってみよう。「インプット仮説」は、言語が伝えるメッセージの「意味」を理解することの重要性を訴え、言語形式の学習を積み重ねていけば言語を習得できるという伝統的な言語学習観に衝撃を与えた。「インターアクション仮説」およびその後の研究は、学習者が参加する意味交渉に注目し、学習者が理解可能なインプットを得るだけでなく、自らのアウトプットの誤りや、対話相手の発話中にあるモデル表現に気づく重要性を指摘した。「アウトプット仮説」は言語形式への「気づき」の重要性をさらに大きく取り上げ、アウトプットの機会がそのきっかけとなることを指摘した。さらに、言語形式への「気づき」が言語習得に果たす役割を正面から取り上げたのが「気づき仮説」である。
 以上のような理論構築の流れにおいて、言語形式の学習を積み重ねていく伝統的学習ではなく、豊かな文脈を伴って言語が伝える「意味」に焦点を当てたインプット、インターアクション、アウトプットが言語学習において重要だとする認識が広まった。しかし同時に、「意味」に焦点を当てた言語学習を基盤としながらも、「言語形式への気づき」を伴うことが重要だとする認識もまた強くなってきた。こうした認識の結果として生まれたのが「フォーカス・オン・フォーム(Focus on Form)」(Doughty & Williams eds. 1998)と呼ばれる指導法である。「フォーカス・オン・フォーム」は、豊かな文脈の中であくまでも「意味」に焦点を当ててインプットを与えたり、インターアクションやアウトプットをさせたりする中で、付随的、部分的あるいは瞬間的に学習者の注意を「言語形式」へと誘う指導法である。
 「フォーカス・オン・フォーム」の指導法としては、意味を伝えるテキストの中で学習対象の言語形式をくり返し使い、集中的なインプットを行う「インプット洪水」、テキスト中の学習対象の言語形式を太字にしたり下線を引くなどの方法でインプットへの注意をうながす「インプット強化」などがある。「フォーカス・オン・フォーム」を応用した学習設計も初級教科書に少しずつ取り入れられている。たとえば、【例3】に示した箇所では、「子どものとき、私の夢は絵本の作家になることでした。本を読むのが好きでしたし、絵をかくのも好きでしたから。でも、今はちがいます。今は小学校の先生になりたいです。教育はとても大切な仕事ですし、子どもに勉強を教えるのは楽しいですから。」(下線は本稿筆者)という山川さんの話に加えて別の3人の登場人物による同様の話が示され、このページだけで「こと」が計3回、「の」が計9回出てくるが、これも「インプット洪水」と考えられる。

 以上、前回から2回にわたり、入門期の日本語教科書における学習設計と4つの仮説との関連を考察してきた。冒頭で述べたように、教科書の執筆者がこれらの仮説に基づいて設計を行っているかどうかはわからない。しかし、意識されているか否かにかかわらず、この記事で取り上げたような多くの教育現場で使われる教科書にSLA研究の成果は少しずつ反映されるようになっている。教科書を使う立場にある教師たちがこれらの仮説が目指す理論構築を理解した上で教科書を活用・応用することで、学習はより一層の効果を上げるだろう。また、その効果を実践報告として、あるいは実践研究として発表していくことは、SLA研究のさらなる発展への刺激となるにちがいない。

注記

  1. *1本稿が扱うのはいずれも理論に至る前の「仮説」だが、第二言語習得のメカニズムを説明する理論構築を目指したものであることから、広義の「理論」という語を使っている。
  2. *2中間言語とは、学習者が第二言語として構築している言語体系のことで、学習者の第一言語の体系とも目標言語の体系とも異なる独自の体系を指す。

引用文献

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