日本語教育通信 日本語・日本語教育を研究する 第49回

日本語・日本語教育を研究する
このコーナーでは、これから研究を目指す海外の日本語の先生方のために、日本語学・日本語教育の研究についての情報をおとどけしています。

会議・放送通訳者 新崎 隆子

日本語教育におけるトランスレーション活動の導入

 日本語教育に通訳や翻訳を取り入れることは、学習者の生活や多文化共生社会の実現に貢献する可能性と意義があると考えます。ここでは、通訳と翻訳をまとめて「トランスレーション」と呼び、教師による講義や技術の指導及び受講生による実習やディスカッションなどを含めて「トランスレーション活動」と呼ぶことにします。日本語教育における「トランスレーション活動」には、1.日本語の学習効果の促進、2.日本語と多様な言語との間の通訳者・翻訳者育成、3.複数の言語が使える者としての学習者のアイデンティティの形成、という3つの効果が期待されます。本稿では、それぞれの効果を検討した上で、筆者の専門である通訳教育を中心に具体的な活動を提案します。

1.トランスレーション活動による3つの効果

(1)日本語の学習効果の促進

 ここ数十年の外国語教育では、メッセージの伝達を重視するコミュニカティブ・アプローチが重要視され、母語の使用は外国語を習得する上で弊害になるとして、トランスレーションを使うことは望ましくないとされてきました(Carreres, 2006; Cook, 2010; 染谷・河原・山本, 2013)。たとえば、日本の英語教育では明治時代以来使われてきた「文法・訳読式」の教授法が、コミュニケーションに使える英語の習得に不適切であるという考えが強まり、英語を教える際にはできるだけ日本語を排除することが推奨されるようになりました。文部科学省が2008年の高等学校新学習指導要領で「英語の授業は英語で行うことを基本とする」と規定したことにより、高等学校の英語の授業では原則として日本語は使われていません。
 しかし、最近では外国語教育におけるトランスレーション活動の効果が見直され、TILTTranslation and Interpreting in Language Teaching) が世界に広がりつつあります(新崎, 2019)。Cummins(2005)が提唱した「言語間相互依存仮説」(The Interdependence Hypothesis)によれば、外国語教育に学習者の母語を使うことは言語に共通の基底言語能力(Common Underlying Proficiency)を強めるため、母語との間のトランスレーションは外国語の能力を高める教育の目的にかなうということです。さらにCook (2010)はトランスレーション行為が言語意識と言語使用を発達させると述べました。
 欧州評議会(Council of Europe)が2001年に欧州の複言語主義に基づいたCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)を発表すると、複数の言語や文化を比較・対比させ、相互作用させながら豊かな複文化能力が育てられるという考え方が広まりました。CEFRCouncil of Europe, 2001)によれば、「受容」「産出」「やりとり(相互行為)」に続く4番目のコミュニケーション言語活動として「仲介」が挙げられ、異言語・異文化間のコミュニケーションを可能にするトランスレーションは「仲介」の一部とされています。2018年に出された補遺版The CEFR Companion Volume with New Descriptors注1では「仲介活動」の能力記述が拡充され「テキストの仲介」「概念の仲介」「コミュニケーションの仲介」ごとに具体的な活動が示され、トランスレーションは「テキストの仲介」に含まれます(North, et al., 2018, p.104)。
 新しい言語との対照は、すでに学んだ言語に新しい光を当てさせ、好奇心を刺激し、さらに異言語に出会ったときに積極的な姿勢をもたらすと言われています(ガジョ, 2012)。他にもトランスレーション活動を通して異文化間能力を培うための様々な実践が報告されており(Pym, et al., 2013)、今やトランスレーションは言語学習者の「読む、聞く、話す、書く」に続く5つ目のスキルの中に位置づけられています。
 筆者は長年、日本語と英語の間の通訳に携わってきましたが、二つの言語の橋渡しをするうちに、ことばの背景にある文化的な相違を強く意識するようになりました。これはモノリンガルの学習では得られないものです。染谷(2010)はトランスレーションをすることで「ことばへの意識」や「異文化への意識」を含む本質的なメタ言語能力が養われるとし、また、Hill(1979)は二つの言語に関する知識の強化や対象言語の使用国及びその文化に対する深い洞察力を深めることで上級レベルの外国語学習に役立つと述べています。またTakimoto & Hashimoto(2010) は、トランスレーションは外国語の学習者に文化の違いを探求することを通じて、二つの言語に対するより深い理解を促進する、目を見張るような(eye-opening)学習経験であると報告しています。
 日本語教育においても、スルタナリエワ(2018)がキルギスのビシケク大学で日本語とロシア語間の通訳を取り入れたところ、日本語発話について「語彙・文法」「談話構成」「流暢さ」の点で改善が見られたと報告しています。また、宇津木(2010)は、南米出身の中学生を指導するために中学校から教科書の翻訳を依頼された日系南米人が、翻訳作業は自分自身の日本語学習に役立つと感じたと述べています。

(2)日本語と多様な言語との間の通訳者・翻訳者育成

 「通訳」や「翻訳」と聞くと、語学的才能に恵まれ訓練を受けた専門家の仕事と考える人は多いと思います。しかし、外国語を学習した人には、家族や友人、あるいは職場の上司や同僚から「外国の人が訪ねてきた」とか、「外国語で書かれた手紙が届いた」というような場面で通訳や翻訳を頼まれた経験があるのではないでしょうか。このような、特別な訓練を受けずに行う通訳・翻訳は「ノンプロ・トランスレーション(non-professional interpreting/translation)」と呼ばれ、古代から現代に至るまで、世界各地において生活のあらゆる場面に関わる形で行われてきました。グローバル化の進展に伴い、多様な言語話者が共生する地域社会が増えるにつれ、人々のコミュニケーションを支える言語教育のみならず地域における通訳や翻訳の必要性も高まっています。
 日本に居住する外国人の多くは、新しい環境で生活を送る必要を満たすために日本語を学びます。それと同時に、その後、あるいはすでに学習の過程で、多くの人が地域社会の期待や要請を受け、ノンプロ・トランスレーションに携わる可能性があります。中には、職場で日本語と母語の間の通訳や翻訳を頼まれたことがきっかけでプロになりたいと思う人もいるでしょう。しかし、効果的なトランスレーションをするためには語学力だけでは不十分です。言語の仲介者としての倫理や基礎的な技術などを身に着けることによって初めて地域社会の役に立つような実践をすることができます。
 たとえば、通訳者の本来の役割は当事者の発言を忠実に伝えることなので、「私はこのように思います」のように、発話者を一人称で表すのが原則ですが、訓練を受けていない人は三人称を使って「この人はこのように言っています」と訳す頻度が高く(Ciordia, 2017)、発言を伝達する忠実な仲介の役割を逸脱して、当事者の間に入り込もうとする傾向がみられます。医療通訳でも三人称を使う通訳者がいることが明らかにされていて (Moore, 2007)、コミュニケーションを助ける役割以外に、患者の仲間(peer)や専門家など複数のアイデンティティに立って発言をしているという報告もあります(Ticca, 2017)。しかし、たとえ善意からであっても、患者の仲間としての同情心から元の発言を変えたり、専門家として自分の意見を挟んだりすると、聞き手は対話の相手の発言をそのまま受け取ることができなくなります。通訳者は対話者同士の直接的なやりとりをゆがめないように注意しなければなりません。
 では、どのようなところでトランスレーションの原則や技能を学べば良いのでしょうか。国語審議会は文化庁への答申「日本語の国際化を進めるための方針」の中で、トランスレーションの実践と教育の重要性を強調し、大学の学部や大学院での教育への期待を示していますが、ここには複数言語のトランスレーション教育が含まれると思います。しかし実際には、日本国内では英語以外の通訳・翻訳を学べるところは少なく、それはプロの養成機関でも同様です。すなわち、日本国内で行われているトランスレーション教育は圧倒的に日本語と英語の間に集中しており、その他の言語の母語話者が日本語との間のトランスレーションを学ぶところはほとんどないのです。したがって、いわゆる少数言語を母語とする人たちがトランスレーションの基礎を学べるチャンスがあるとすれば、それは日本語教育しかないでしょう。
 日本に居住する外国人の日常生活や社会生活を助ける目的で日本語教育が実施されていますが、外国語の習得には時間がかかることから、地域社会におけるトランスレーションサービスは欠かせません。多くの移民を受け入れている他の国々と比べればはるかに少ないとは言え、日常生活のあらゆる場面で子供たちによる「家族のための通訳」 (family interpreting)などのノンプロ・トランスレーションが行われているのではないでしょうか(Angelelli, 2017)。アメリカに次ぐ世界第二位の移民受け入れ国であるオーストラリアでは、2002年にビクトリア州が希少な言語の通訳者を増やすための通訳コースを始めました(Lai, 2010)。日本に居住する外国人の中にも多言語の環境で育ち語学の才能に恵まれた人は多いでしょう。もしこのようなコースが日本にあれば、日本語の習得の先に、同胞コミュニティへの貢献やプロ通訳者・翻訳者への道筋があるという意識が生まれ、「多様な文化を尊重した活力ある共生社会の実現」(文化庁, 2019)に近づけるのではないでしょうか。

(3)複数の言語が使える者としての学習者のアイデンティティの形成

 中島(2018)は複数の言語能力を有する者としてのアイデンティティや自己肯定感を確立するという立場から母語教育の意義を論じています。また、于(2019)は公立小学校の日本語指導に中国語と日本語の間の翻訳作業を取り入れ、「両方の言語を大切にすることは子どもたちが持つ資源をさらに豊かにする」としています(p.178)。
 外国語の習得は簡単ではありません。留学や外国での生活を将来の夢として描く人たちと異なり、人生の途中で思いがけず、またはやむを得ない理由で外国に移住した人やその家族は、新しい文化への適応が生活の必須条件になります。日常の必要性を満たす現地語のレベルに達するには、長い時間と忍耐が必要でしょう。もし、そのプロセスにトランスレーション活動があれば、自文化の知識や母語の能力に対する気づきが促されるのではないでしょうか。日本語の能力が向上して複数の言語を話せることが評価されるようになれば、自信につながり、日本語の習得にも弾みがつくでしょう。それは、母語や自文化を振り返り、対等の立場で日本語や日本文化を捉える機会にもなります。本格的なトランスレーション技術の訓練は日本語上級者を対象とすることになるでしょうが、その中から日本語と母語の能力を生かして通訳や翻訳で活躍する人たちが多く輩出されることになれば、日本の社会において助けられる側から助ける側に移行できる道筋を示す希望の光となると考えます。

2.日本語教育における通訳教育の提案

(1)通訳者の役割と倫理

 一番大切なことは通訳者の役割と倫理について指導することです。通訳者の役割は異なる言語話者の間のコミュニケーションを助けるために、話し手の発話を正確に聞き取り、聞き手の言語に忠実に訳すことが大原則です。自分の考えや感情から、メッセージを変えたり、当事者の間に介入したりすることは許されません。先にも述べたように、通訳者はコミュニケーションの主体的な参加者ではないので、通訳者が一人称の「私は」を使うときは、コミュニケーション当事者を指します。教育を受けていない人は「xxさんはこう言っています」と間接話法を使うことが多いようですが、必ず一人称を使って「私はこう思います」というのが決まりです。
 この中立で公正な立場を取るという原則は通訳者を守ることにもつながります。当事者間でもめ事が起きると、両方の言語が分かる通訳者に不満の矛先が向けられたり、仲裁役が期待されたりすることがありますが、通訳者の責任は発話を正確に訳すことに限られることを共通の理解とするべきです(Hale & Ozolins, 2014)。

(2)技術的練習

 日本語教育に取り入れる技術的な練習としては、1) シャドーイング、2) 順送りの訳、3) メモ取り、4) 逐次通訳を推奨します。

1) シャドーイング

 モデルリーディングを聞きながら連続的に音声を再生する訓練です。学習言語の音声の認知を促し、音声を真似て発音することで自然なリズムを体感し、発話能力を高める効果があると言われています(門田, 2011)。もともとは吃音矯正の方法として始まったものですが、のちに通訳訓練に取り入れられ、今では英語教育に広く取り入れられています。すでに日本語教育に応用されている先生も多いのではないでしょうか。

2) 順送りの訳

 発話を文の頭から意味の固まりに分けてスラッシュを入れ、順番に訳していく訓練です。通訳訓練では「サイト・トランスレーション」とも言われます。どのような言語でも、リスニングをするときは話の流れに沿って意味を拾い、文末で意味を確定させています。だからこそ、次の文が発されてもすぐについて行くことができるのです。外国語の発話を聞くときに、母語の語順に合わせて理解しようとすると、文末で意味理解が完了せず、次の文の理解が難しくなります。順送り訳の訓練は、聞いた順番に理解を積み上げていく力を育てます。原発話を内容の誤解や欠落なく正確に聞き取れることが通訳には欠かせないので、これは必須の訓練です。
 練習方法としては、まず、音声を書き起こした原稿、またはスピーチのように聞き取って理解してもらうために用意された原稿を用意し、意味の固まりごとにスラッシュを入れておきます。そして学習者に文頭から固まりごとに次々と訳してもらいます。なるべく次を読まないようにして、先を予測しながら意味をつなげるように指導します。やり方に慣れたら、次は学習者が原稿にスラッシュを入れながら訳をつけていきます。そうすることで文を意味の単位に切り分け、それらの関係を考えたり、予測したりする練習ができます。その後で、音声を流し、聞きながら同じような処理ができるように指導します。
 最初から音声教材で意味の固まりごとに聞き取る練習をしても良いのですが、そのためには音声にポーズを入れた教材を用意しなければならず、教師の負担が大きくなります。また学習者の方も原稿でゆっくりと時間をかけて練習した方が無理なく学べるでしょう。「意味の固まり」という説明が難しいようなら、「日本語の文を朗読する際の息継ぎの場所と大体同じです」と言えば分かりやすいかもしれません。

日本語から中国語への順送り訳の例
原発言:
アジアの、/ あるいは / 東南アジアの近代美術とは何か、/ ということを考えるときに、/ 注目すべき点は / 2つある / と思います。
訳語:
亞洲的(アジアの)/或者説(あるいは)/東南亞的近代美術(東南アジアの近代美術)/ 究竟是什麼(面貌)(それ(顔)は何ですか)?/ 這個問題在思考的時候(この問題を考える上で)/ 値得注意的(注意すべき)/有兩點(二つの点があります)。

*楊(2001)より引用。括弧内の日本語は筆者による。

 この日本語文では、「アジアの・・・近代美術は何か」までの情報を処理しておけば、その後の「注目すべき点は2つある」の聞き取りがしやすくなるでしょう。

 以下は日本語学習者用ではありませんが、英語から日本語に訳す例も紹介しておきます。

英語から日本語への順送り訳の例
原発言:
It is a great pleasure for me / to be here / on this beautiful October morning / to share with you / this wonderful moment.
訳語:
それは私にとって大きな喜びです / ここにいて / この美しい十月の朝に / 皆様と共有しているんです/ この素晴らしい瞬間を。

 この英語文では形式主語 “it” が “to be here ~”以下を示しており、 “a great pleasure for me” を聞いただけでは何が嬉しいのか分かりません。 “to be here on this beautiful October morning to share with you this wonderful moment” まで聞いて、「ここで、この美しい十月の朝に皆様とこの素晴らしい瞬間が共有できることは私にとって大きな喜びです」と分かるのですが、意味の固まりを逆に追って理解するのに時間がかかり、次の発言を聞くのが遅れます。一方、順送りの処理は、聞き取った意味の固まりを記憶する負担が軽く、理解の遅れを減らすことができます。

3) メモ取り

 音声を聞きながら、後で訳出する際に必要な情報をノートに書き留める練習です。話者が話すスピードに遅れることなくメモをとり、話し終わったらすぐに通訳が始められるような書き方をしなければなりません。素早く行うために必要に応じて起点言語(原発話)と目標言語(通訳)を使い分けます。日本語学習者が母語に通訳するときのメモは、日本語と母語がまじりあったものになるでしょう。また、矢印、〇、×などの記号をよく使います。初めてメモを取る人は横に並べて書こうとしますが、そのようなメモには聞こえてきた単語が順番に並んでいるだけで、訳す前にもう一度読み直さなければならず、とても非効率的です。メモは、意味の固まりごとに書き留め「斜め」に配置するのが原則です。
 「順送りの訳」で紹介した英日通訳の例を用いて横並びのメモと斜めに取ったメモを比べてみましょう。横並びのメモは意味の固まりに分けられていません。斜めに取られたメモは意味の固まりが左上から右下に向かって並んでいるので、順送りの理解を再生しやすくなっています。ここでは It is a great pleasure for me / の部分を「嬉しい」を表す「ウレ」、to be here / を「ここ」、on this beautiful October morning / を「美 10 mor」、to share with you/ を「共 皆」、 this wonderful momentを「won mo」のようにメモしています。

横並びのメモの例

ウレ me ここ 美 10 mor 共 皆 won mo

斜めに取ったメモの例

ウレ me

ここ

 美 10 mor

  共 皆

   won mo

 次の文が聞こえてきたら、また左上から斜めに並べていきます。仮に発話者が三つの文を話したとすると、ノートには斜めに並んだ固まりが三つ残っているので、これからいくつの文を訳さなければいけないかが一目で分かります。以下に、長い日本語発話文のメモを紹介します。ひとつの文ですが、通訳者はこの文を分割して(~話がありました。~指定しました。~参りました)三つの文としてメモを取っています。手書きのメモ例を参考にしてください。

話している人の画像

先ほどの福田大臣のビデオ・メッセージの中でも話がありましたように
我が国は2年前、むこう5年間を{IT教育の普及と外国語教育拡充の5年}と指定しまして、
この間、この両分野で数々の革新的な取り組みを行ってまいりました。 

メモ例
三つの文のメモ取り画像「ふくだ大/ビメッセ(改行)丸囲みの日/2y←/→5y/Ited/外ごed )5y(改行)~/革 とりくみ」

4) 逐次通訳

 日本語と学習者の母語の間の逐次通訳は、教師がバイリンガルであれば、双方向の実習ができます。たとえ、教師が学習者の母語を理解できなくても、ある程度の指導は可能です。長坂(2010)が行った通訳訓練法を応用した非母語話者日本語教師のための授業では、内容を理解するための事前準備をした上で、日本語テキストを読みながら、または音声で聞きながらメモを取り、最後はメモを見ながら記憶を頼りに日本語で口頭による要約または再生をするというやり方で、メモ取り、日本語による再表現や内容の確認などをさせています。これは逐次通訳の前半の部分(聞き取り、メモ取り、理解の確認)の訓練ですが、日本語から別の言語への訳出は行っていません。
 訳出をさせる場合は、日本語から他の言語への訳出であれば、日本語の聞き取りと理解を指導できますが、目標言語の表現の指導が難しく、他の言語から日本語への訳出では、日本語表現の適切さは指導できますが、それが原発言に忠実な訳かどうかを評価するのは難しいでしょう。そのため、ヨーロッパ(Setton & Dawrant, 2016)やオーストラリア(Hale & Ozolins, 2014)では多様な言語話者とのチーム・ティーチングを実施しています。日本では、学習者の母語が分かる人の協力を求めるのも良いと思いますが、導入レベルの通訳の授業では、母語を同じくする複数の学習者がいれば、ある程度のピア・レビューができるでしょう。インターネットで学習者の母語で書かれた文章や、話されたスピーチを探して教材にすれば、通訳された日本語の適切さだけでなく、急速に発達したAI翻訳などのテクノロジーを使って、内容の正確さも指導することができます。

3.まとめ

 外国語教育にトランスレーション活動を取り入れることによって学習効果が高まることは、多くの研究によって実証されています。日本語教育も例外ではないでしょう。また、学習者が社会の様々な場面でノンプロ・トランスレーション活動を行っているという現状を考えれば、日本語教育の一部として基礎的な指導を行うことは理にかなっています。今こそ、基礎教育の内容や実践方法を通訳・翻訳の実践者や研究者との協力を通して検討するべきであると考えます。

  1. 1.CEFRの補遺版は、CEFRを補完するものと位置付けられている(The CEFR Companion Volume, p.23)。

さらに詳しく学びたい方のための参考書

  • 水野真木子(2008)『コミュニティ通訳入門-多言語社会を迎えて言葉の壁にとう向き合うか…暮らしの中の通訳』大阪教育図書
    日本に暮らす外国人が増えている現状と、司法・医療・教育などの分野に関わるコミュニティ通訳について解説し、通訳者の倫理や練習のしかたについても紹介しています。
  • 友野百枝・宮元友之・南津佳広(2012)『通訳学101~理論から実践まで~』大阪教育図書
    通訳を学ぶ大学生向けのテキスト。通訳の歴史、理論、技術、練習の仕方が分かりやすく解説されています。音声教材のCDつきで、Teachers’ Manual にはエクササイズの解答が載っているので、メモ取りを含めた通訳技術の自習もできます。
  • 向鎌治郎・石黒弓美子ほか(2007)『英語通訳への道』大修館
    英語のプロ通訳者を目指す人たちのための指導書。通訳の種類や歴史、技術訓練を解説し、CDに収められた音声教材に従って通訳技術の自習ができるようになっています。

引用文献

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